エデン(6)
たぶん、ここは少しだけ『あちら』にずれた場所なのだろう。だから『あちら』の『私』から知識が流れ込んで来るのだ。かつて持っていた感情も含めて。
このとき、私は何とか自分を抑えることができた。もし抑えられなかったら、私は独りで熊神に戦いを挑んでいたかもしれない。その誰だったか憶えていない人のために。
私は二人に話した。あれがヤルダバオートの子、ヤウェであることを。
「あれが神様?思ってたのと違う」
「人を怪物に変えている犯人が神様だなんて……」
「で、あいつをやっつけるの?」
「やっつけるのは無理だと思う。超能力でもなければ」
さて、どうすれば良いのか?
あれは神。上位の神々を知覚することができない低級な神ではあるが。
しかし低級でも神なのだ。
世界は層構造になっていて、高次の存在ほど広範囲にわたって存在する。
知識が私の中に流れ込む。
相手は複数のレイヤーにわたって存在する。
このレイヤーにある一部分だけ滅しても意味がない。
かの神はほかの神々が見えなかったから唯一神を名乗るようになった。
父神と同じだとすれば、熊頭もほかの神々の居る領域を感知できない低次の存在。
逆に、私はどうだ。
ここにいると、『あちら』の知識が流れ込んで来る。
私は高次の存在の一部。
――私に熊神を倒すだけの力はある?
わからない。
そもそも、あれだけの数の化け物がいるところに飛び込んで行くのは愚かだ。もしも化け物が少ないタイミングがあれば、戦いを仕掛ける価値はあるかもしれないが。
鍵は『あちら』だ。
いまの私は『あちら』に近いところに居る。
別のレイヤーにもアクセスできる。
すべてのレイヤーで熊神を倒すことができれば――
いずれにしても、いまは化け物が多すぎて無理だ。
戦略的撤退しかない。
私たちは三人の男と戦った場所まで戻って来た。
「この木刀をくれた木を覚えてる?確か、あの木だったように思うんだけど」
私は木刀を出してくれた木を探した。
「それ、返しちゃうの?持ってた方が良くない?」
「返さなきゃいけない気がするんだ」
私は木を見つけ、木刀を幹に押し付けた。すると、木は、六尺棒の時と同じように、木に吸い込まれて行った。
「ありがとう」
木から借りたものを返すのは、極めて大事なことのように思えた。
「さて、今度はどっちに行こう?」
「駅の方は?交番があった辺りにお巡りさんいないかな」
「じゃあ、そっちに行こうか」
たぶん警官はいない。
こんな事態になる前でさえ、交番はいつも無人だった。
いや、無人に見えるだけで、奥にはいた。居留守を使っているだけで。一度交番の電話から所轄署に問い合わせてみたら、奥から警官があわてて出てきた。露骨に迷惑そうな態度で。ここにまともな警官はいないのだ。
駅の方には高層マンションが林立していた。だから、高層から落下した大量の死体で化け物が大発生したはずだ。私はそう考え、駅の方角を避けていた。しかし、駅のまわりにいた化け物たちもあのプールに向かったはず。いまなら駅に向かっても問題ないだろう。
駅に向かう道では、地面が大きくえぐれている場所が多くみられた。木が何本も倒れている。この場所は人工的な林に囲まれた高級マンション群があった場所だ。この荒れ様は、多くの死体を取り込んで巨大化した化け物が暴れたのだろうか。
ふと振り返ると、由美が倒れた木の根元にしゃがみ、木の幹に手を当てていた。すると、木が起き上がり、回復した。折れた箇所はもうわからなくなっている。
「由美さんすごい。あたしもやってみる」
美也子が別の倒れた木に触れると、同じようにその木も起き上がり、回復した。
「おもしろーい」
そう言って、美也子は片っ端から倒れた木に触れて回った。
自分だけ木を助けないのは悪いような気がして、私も手近なところにある、倒れた若木に手を当ててみた。すると、由美や美也子と同じように、木は起き上がった。その木から「ありがとう」と言われたような気がした。
そう言えば、この辺りの林は、マンション建設時に育ち切った木々を植えたものだ。どうしてこんな若木があるんだろう。それも木々の列からはみ出すように。
若木はそこかしこに存在した。これらの若木は世界が変化した後で生まれたものに違いない。ひょっとして、化け物に吸収されなかった人たちは木になってしまったのだろうか。もしそうなら、自分たちも木になってしまう可能性がある?私はそんなふうに思ったが、二人を不安にさせると思い、口には出さなかった。
私が大きな木の根元に腰を下ろすと、由美が左側に来て腰を下ろした。
私の肩に頭を凭せ掛ける。
「あー面白かった。きゅうけーい」
美也子はそう言って、私の右側に腰を下ろした。そして、話を始めた。
「ここは化け物とかがいるけど、あたしはいまが好き。亡くなった人には悪いけど。やっと自由になれた」
美也子はそれっきり黙った。
見ると、彼女は眠っていた。
反対側を見ると、由美も眠っている。
そして、私も眠く――




