エデン(5)
「男が足りないなら、俺らが手伝ってやんぞ」
三人組の柄の悪い男たちが現れた。それぞれ、五十代、四十代、三十代といったところか。声をかけたのは一番若い男だ。
由美と美奈子は立ち上がって私の後ろに回った。
四十代と見られる男が一番若い男の肩に手を置き、私の目を見ながら前に出た。
「兄ちゃん、俺はオトコでも良いんだ。だから、人数はこれでちょういいぞ」
「兄ちゃん?あんたより歳をとっていると思うが」
私は軽口を叩いた。
「嘘つけ。オマエ、どう見ても三十行ってないだろ。まあそんなことどうでも良いけどよ」
男は「楽しませてやるから」と言って私の手を掴んだ。
私はその手を振り解くのと同時に、足刀で男の膝関節を蹴り折った。続いて、態勢を崩す男の顔面に正拳を叩きこむ。
男は転がって若い男の脚元に横たわった。
「この野郎……」
小さくそう言うと、地面に転がった男は白目を剝いて気を失った。
「アニキっ」
若い男が倒れた男に手を伸ばすと、その手は倒れた男の身体の中に吸収された。
化け物が誕生した。
それはもう一人の男に襲いかかる。
吸収されつつある男たちの悲鳴が静かな森に響いた。
「森の中へ」
由美の声がし、私は視界の端に美也子と由美が走るのを見た。たぶん、間に何か障害物があれば、と考えたのだろう。
私もそれに続く。
だが、私は森の入り口で足を止めた。
木に手を当て、頭の中で木刀を思い描く。
このときの私は、木が望みを叶えてくれることを疑わなかった。そして、思った通り、木から木刀が生えた。
木刀を選んだのは、力まかせに叩けば良いと思ったから。
今回の化け物は、妙な形で吸収されてひどくバランスが悪くなっている。運動能力も攻撃力も低そうだ。
私は木刀をとり、手近なところから化け物の手足を叩き折る。
手足を一本ずつ折ったところで、化け物は奇声を上げながら逃げ出した。
最初は混乱してデタラメに逃げているようだったが、途中で方向転換し、特定の行先があるような動きに変わった。
そちらに化け物を呼び寄せる何かがあるのかもしれない。
私は由美と美也子に手で合図をした。
二人が傍らに来ると、私は小声で考えを伝えた。
「あいつがどこに行くか確認しよう」
人や化け物がどこに行ったのか見ておきたい。
「でも、危ないよ」
美也子は安全第一のようだ。由美は考えこんでいる。
「そうだね。わかった。じゃあ、二人はここにいて」
私はそう言って、速足で化け物を追う。
化け物は森と草原の境界を進んでいる。見通しは良い。距離をとっても尾行できる。
私は化け物を追いながら、いまの出来事を考えた。
私は加減をした。
殺すようなことはしていない。
だが、あの男は化け物になった。
負傷しただけでも化け物になるのだろうか。
――わからない。
しばらく進むと、私は後ろに気配を感じた。
「私もついて行きます」
由美の声がした。美也子もいる。アヒルのような口をしているから、いやいやついてきたのだろう。
「どのくらい負傷すれば化け物になるんだろう」
真志は小さく囁いた。
「えっ?」
由美は真志の独り言を聞いていた。
「あのとき、私はあいつを殺さなかった。足を折って殴っただけ。それでもあいつは化け物になった」
「わからないことは考えてもしょうがないの」
美也子は屈託がない。
「そうだね。でも……」
そう言いつつも、本当のところ、私はそれほど責任を感じてはいない。相手が相手なのだから。
「しょうがないよ。いまは非常時なんだから」
美也子がフォローを入れた。
「そうですよ」
三人の間に沈黙が訪れた。
三人は黙々と歩く。
森の境界に来た。
この先も森はつづく。
だが、ここは境界だと感じる。
植生がまるっきり違うのだ。
まるで日本ではないような――
化け物はその森の中に入って行った。
その森に入ると、風景がいきなり荒れ地に切り替わる。
まるで瞬間移動したように。
さっきの森はただの幻だったのだろうか?
そこは見渡す限りの荒れ地。
少し先には神殿がある。
神殿の手前には石で作られた黒い水を湛えたプールがあり、あちこちから集まる化け物たちはそのプールに向かっている。
化け物たちはさまざまな方向からやって来る。
そして、そのままプールに入っていく。
来る方向によって、化け物を構成する人種が違う。
この荒れ地は世界各地につながっているのかもしれない。
化け物の様子を見ていると、神殿から誰かが出て来た。
それは小太りの人物で、頭は人ではなく熊。
「あの熊男が犯人ってことだよね?」
美也子は小声で囁いた。
熊男。
その姿は、私の記憶を呼び覚ます。
「まずい。戻ろう」
私は二人にそう囁き、後退り始めた。走って逃げたいが、見つかってはまずい。だが、身を隠せる場所にたどり着くまで熊頭から目を逸らせない。
由美と美也子にも私の緊張が伝わり、二人は黙ってうなずくと足を速めた。
私は黒い水と熊頭の男を知っている。
私はあいつに大事な人を奪われた。
それが誰だったか憶えていない。
憶えていないが、あいつへの憎しみが狂おしく溢れ出る。




