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ファーストコンタクト(2)

 下りた先には料金所がなかった。振り向くと、高速も消えていた。

――来た道を戻って境界を探せば……

 幸いなことに、舗装の上には砂が薄く積もっており、バイクのタイヤの跡が残っている。

 私はバイクを降りて方向転換した。

 そして、バイクを押して歩く。

 タイヤの跡は五十メートルほどで消えていた。

 その消えていた地点を過ぎると、もとに戻れるのではないか。

 そう期待したが――

 タイヤの跡が消えている部分を超えたが、期待ははずれた。

 後輪がその跡を超えても何も起きなかった。

 いや、何も起きなかったわけではない。

 周囲に妙な連中が現れた。

 オレンジ色のだっぽりとした服を着た一団だ。あの服は、まえにテレビで見た、富士山で液体を撒いていたカルト集団の連中が着ていたものに似ている。だが、ここにいる連中は人ではない。肌の色は緑。小さな角もある。そして、よく見ると、身体の部品は、大きすぎたり小さすぎたり、バランスを欠いている。まるで、複数の人物の身体を部品ごとに分割し、でたらめに縫い付けたように見える。たぶん、そのせいであろうが、動きもぎこちない。

 そんな相手が二十人程度。皆、一メートル程度の長さの棒を持っている。

――バイクで突っ切るか?

 いや、そこを棒で殴られたら避けようがない。

 ホイールに棒を突っ込まれるのも困る。

 逃げることを否定し、私は素手で迎え撃つことにした。

 ヘルメットをかぶっているし、ウェアにはプロテクタが入っている。

 守りはOK。

 問題は、細身のレザーパンツが蹴りの動きを妨げることくらいだ。

 中段は蹴ることができる。

 だが、上段は無理。

 レザーパンツは伸びないから姿勢が制限されるのだ。

 さて――

 オレンジ服の連中は一斉に襲ってきた。

 だが、まったく統制が取れていない。

 つまり、私の敵ではない。

 そのとき、私の顔には笑みが浮かんでいたように思う。

 鬱憤が溜まっていたのだ。

 戦いは歓迎する。


 まず、正面から近づいて来た相手に前蹴り。

 相手は三メートルほど宙を舞い、地に落ちると身体がバラバラになった。

 あの身体は部品を適当にくっつけただけで、ちゃんとつながっていないようだ。

 何人かは、その様子を見て逃げ出した。

 だが、まだ十人以上残っている。

 相手の攻撃をいなしつつ、その背後に回り込む。そして、そいつを別の敵の前に蹴り飛ばす。私はそんな風に立ち回った。相手は弱く、大抵は一撃でバラバラになった。

 彼らはただ獣のように向かって来るだけ。それでも何度か棒を食らいはしたが、ヘルメットとプロテクタのおかげで致命的なダメージにはならない。

 私が負ける要素はない。

 だからだんだんつまらなくなってきた。

 あとは単純作業。

 多少時間がかかったが、私は逃げて行った者以外のすべての敵を倒した。

 すると、弾かれるような感覚とともに風景が変わった。

 

 そこは高架下。

 たぶん、上を走っているのは圏央道だろう。

 私はスマホを取り出し、マップで現在位置を確認する。

 圏央道で間違いない。

 マップ上で現在位置を記録する。問題が発生したとき、またここに戻って来られるように。見た目が同じなだけで、ここが元の世界ではない可能性だってあるのだから。

 私は自宅へ向かってバイクを走らせた。16号に乗ると、周りは見覚えのある景色になった。だが、微妙に何かが違うような気がする。

 帰り道、馴染みのラーメン屋に寄った。

 味噌ラーメンを注文する。

 しばらく待つと、記憶通りのラーメンが来た。

 だが、味が微妙に違う気がする。

 違和感は家に帰るまで消えることはなかった。

 家に入ると、少し肌寒いが、私は裸になって風呂場に直行した。

 身体が汗で気持ち悪い。

 一刻も早く身体を清めたい。

 その思いでいっぱいだった。

 ゆっくり風呂につかりたいところだが、今回はシャワーにする。

 私は穢れが残らないよう身体の隅々までタオルで拭き清めた。

 満足いくまで身体を洗い清めたら、着替えを取りに和室に入る。

 電気をつけ、押し入れの扉を開け、引き出し式の衣装ケースから下着とスウェットの上下を取り出す。

 そして、それを手に取って立ち上がり、LED照明を消した。

 部屋が暗くなる。

 だが、それは普段と違う暗さだ。

 すぐ目の前で半開きになっている引き戸に向かって一歩踏み出す。

 すると、引き戸は二歩分遠のいた。

 棚に中途半端に置いた照明のリモコンが転がり落ちる。

 周りはさらに暗くなる。

 さらに一歩踏み出す。

 引き戸はさらに二歩遠のく。

 周りはさらに暗くなる。

 私は闇の中に取り込まれようとしていた。

 そのとき、私は足元に転がっているリモコンを見つけた。

 足の親指でボタンを押す。

 すると、天井のLED照明が点灯した。

 そして、世界はもとに戻った。

 引き戸が逃げないのを確認し、私は和室から逃げ出した。

 寝る場所は和室。

 だが、今日はだめだ。

 照明を落とした途端、また――

 そんなことを考えてしまった。

――今日はソファで寝よう。

 寝る前には歯を磨く。

 洗面所に行き、歯ブラシに手を伸ばす。

 歯ブラシは、鏡に吸盤で貼りつけたフォルダに刺さっている。

 歯ブラシを取ろうとして中指の第二関節が鏡に触れる。

 だが、指に伝わる感触は鏡ではない。

 私は鏡を見つめる。

 鏡には自分が映っている。

 何もおかしなところはない。

 私は鏡に手を伸ばした。

 やはりちがう。

 私は咄嗟に手を引き戻そうとした。だが、手は鏡から離れない。

 逆に、身体が鏡に引き寄せられた。

 次の瞬間、万華鏡のように世界が分裂した。

 私の視界には、いくつもの鏡がある。

 そのうちの一つが私を飲み込んだ。

 気がつくと、私はソファで寝ていた。

 寒い。

 身体が冷え切っている。

 ちゃんと布団を敷いて寝よう。

 私は和室に布団を敷き、明かりをつけたまま布団に潜り込んだ。

 だが、明るすぎる。

 リモコンで常夜灯モードに切り替える。

 部屋は夕暮れ時の明るさになった。

――これなら寝れる。

 そう思ったのだが――

 みしっ。

 ダイニングで音がした。

 さっきまで暖房されていた部屋が冷えはじめ、建材が鳴っているのだろう。

 こつん。

 今度は、さっきまで居た洋間の天井で音がした。

 ぱさぱさっ。

 いま寝ている和室で、畳の上に何かが落ちたような音がした。

 私の足元の辺りだ。

 頭に小人が天井から下りたというイメージが浮かんだ。

 すると、小さな足音がこちらに――

 私は枕元に置いたリモコンのボタンを押した。

 部屋が明るくなると同時に、音のした方を見る。

 だが、そこには何もない。

 代わりに、ちゃんと閉めたはずの押入れが三センチほど開いていた。

 私はこういうのが苦手だ。

 ホラー的な場面を想像してしまう。

 そして――

 押し入れの暗い隙間に光るものが見えた。

 たぶん、あれは目だ。

 そう考えてしまった。

 すると、押し入れの戸がゆっくりと開き――


『彼らすべては、心魂的かつ物質的身体が肢体ごとに彼らによって完全なものとなるまで、その身体のために働いた。(中略)さてすべての天使たちと悪霊たちは、その心魂的身体を整え終わるまで働いた。ところが彼らの仕上げたもの全体は長い間動けず、身動きできなかった』

                ヨハネのアポクリフォン §54


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