そんなときには
「……それでさ、やっぱりあいつら田代に住んでたんよ。最近捕まったヤツが供述したってテレビで言ってた」
「うそー」
「マジマジ。何か月か前なんだけど、近所の人たちと警察に行ったんだよ。で、警察のヤツら、こんな田舎にアヴィラが来るわけないだろーって言いやがるのよ」
これは数日前の会話だ。
私が会っていたのは、地方の工場から出張で出て来た元同僚。
アヴィラ――
テロをはじめ、様々な問題を起こしたカルトである。
あのカルトとは少しだけ因縁があるかもしれない。
新入社員の頃、私は工場で研修を受けていた。そこはかなりの田舎で、周りには畑以外何もない。最寄りのコンビニは歩いて三十分以上。スーパーや食事ができるところはさらに遠い。会社から安物の自転車は支給されていたが、とても車なしで生活できる場所ではなかった。
そんな環境だったので、休日は、地元の同期がドライブに連れて行ってくれた。
「ちょっと止めて。ちびる」
「やめてよ。結城君下品」
「いや、この辺まずいんだって。あそこ、カルトの施設でさ、監視小屋とか作ってて、近づくと危ないって話だぞ」
「まじ?」
「いいから止めろ。もう無理」
あの頃の私には喧嘩なら受けて立つ若さがあった。実際、刃物を持った相手でも三~四人なら勝てる自信があった。だから、私は大橋の警告など気にも留めなかった。
私は車を降り、建物の裏手にまわって立小便をした。その建物は、後日、ライフル工場だと発覚する場所だ。そのとき、建物は異様に静まり返っていた。
「早く乗って」
車に近づくと、山岸が焦っているようだった。
「どうしたの?」
私が車に乗ると、大橋はアクセルをめいっぱい踏み込んだ。
車は建物から出て来た白ずくめの男の横を走り抜ける。
「もー、大橋君がヤバいって言ってたでしょ」
私は山岸に怒られた。
「結城君てさぁ、わざと人を怒らせるようなことをしてない?」
木内に言われた。
「ごめん」
私はそう言って後ろに手を伸ばし、木内の腿を軽く叩いた。
「ああ、セクハラ。……じゃなくて、手ぇ洗ってないのに触らないでよ」
彼女は正しい。
私はわざと怒らせるようなことをしていた。
私は木内を愛していた。
だが、同時に、彼女に嫌われなければならないと強く思い込んでいた。
あのときも同じだったのかもしれない。
私はきっと木内を不幸にし、世界を巻き戻したのだ。だが、あのころは、いまのように、多くの記憶を持ち越すことができず。朧げな何かに導かれるように行動していた気がする。
そういえば、大学の頃もそうだった。
大学時代、私は、夢の中で見かけた女性と現実の世界で出会った。
彼女は後輩。私はバイトのし過ぎで研究室に入るための単位が足りず、一年留年していた。これまで彼女を一度も見かけたことがなかったのは、留年した一年間、落とした数科目だけを受講し、それ以外の時間はアルバイトに明け暮れていたからだ。あの当時、私は貧乏学生だったのだ。
初めて彼女に出会ったとき、彼女も私を見て何やら不思議な表情をしていた。その後、彼女は私に何かを話そうとしていた。だが、私は彼女が何かを言う前に逃げた。時にはわざと嫌われるようにもした。私は世界を巻き戻し、彼女に起こった不幸をなかったことにしようとしていたのかもしれない。
あの時も。
あの時も。
そしてあの時も。
――ああ、私は逃げてばかりなのか。
退職届を出した一週間後、私は秋葉原にいた。アヴィラから連想したのだ。数年前まで、ここにはアヴィラの経営するパソコンショップがあり、信者たちがビラ配りをしていた。
昔を思い出しながらパソコンショップを周っていると、かつての同僚である工藤に出会った。
工藤は〇国のキャッスル電子の子会社に勤めている。
「キャッスル電子からオファーが来てるんだけどさ、どういう会社か教えてくれる?」
私は転職先を探していた。転職サイトに登録して、すぐに来たオファーがこれだった。
「ああ、やめとけ。俺ももうすぐ辞めるから」
「うそぉ?入って一年も経ってないんじゃない?」
「まあね。キャッスルは最初からクソだったよ。内定してから、前の会社に退職届出したって言った途端に約束してた年俸減額されてさ、入ったら入ったで、約束だった実験環境作るって話が全部ナシにされてさぁ、研究できねえの」
「それ酷くない?訴えたら?」
「無理。相手は〇国の大財閥だよ。あいつら金持ってるよー。この間だって、〇国で財閥解体始めたんだけどさ、キャッスル財閥に手をつけようとした途端に担当大臣の首切って、グループ企業の副社長が代わりに大臣になったんだよ。金で何でもできるんだよ。あの国は異常!」
工藤はなおも愚痴を続けた。
「顔合わすたびに『〇島は〇国の領土だ』とか『日本で一番悪い奴は豊臣秀吉で、二番目が伊藤博文だ』とか喧嘩を売って来るやつらがいるのよ。周りの連中も、それが始まると、皆それに同調しやがって――」
工藤の愚痴は続いた。
工藤と話した後、私は〇国企業からの誘いを断った。
もちろん、同じことを繰り返したくないから日本の大企業は対象外。
最終的に、私は田舎の小さな会社で仕事をすることを選んだ。