8.レオンの休暇2
試験が終わり、張り詰めていた気持ちが一気に緩んだ。
宿舎に荷を置いたレオンは、居ても立ってもいられず王都の街へと足を踏み出す。
――王都。
石畳の通りには人の波が絶えず、屋台からは焼きたての肉や香辛料の匂いが漂ってくる。
(すげぇ……これが王都か。村とは比べものにならないな)
目に入ったのは大きな武具屋。店先にはずらりと剣や槍が並び、見物人も多い。
レオンは吸い寄せられるように店内へ。
「お、見ない顔だな。受験者か?」
恰幅のいい店主が声をかけてきた。
「ええ、まぁ。すぐには買えませんけど、見ておきたくて」
レオンは木剣を腰に下げたまま答える。
剣の並びを見て気づいた。前世で言うなら鉄、鋼、それに希少金属と思しき品々。
値札を見て小さく息を呑む。――高い。簡単に手が出る額ではない。
(でも、いい剣を持つことが実力に直結するのも確かだな)
店主がにやりと笑う。
「まぁ今はまだ見ておけ。強くなって、いつか買いに来い」
「はい」
レオンは軽く頭を下げて店を後にした。
次に立ち寄ったのは魔導具屋。
煌びやかなランプ、指輪、魔石を埋め込んだ杖――どれも不思議な力を帯びている。
(魔術科じゃないけど、魔力がある俺にとっては無縁じゃない……か)
ふと、水を浄化する魔導石の説明に目を止める。村にあればどれだけ助かるだろう、と考えてしまった。
――そんな風に胸を躍らせていた時。
「待てっ、泥棒!」
鋭い声が市場を切り裂いた。
視線を向けると、少年が小さな袋を抱えて人混みを掻き分けて逃げていく。その後ろから必死に追うのは、俺と同じくらいの年の少年だった。茶色の髪に薄汚れた上着だが、腰には商人らしい帳簿袋を下げている。
「誰か! あいつが俺の店の小袋を!」
(……あの金額じゃ騎士も動かないか)
市場の衛兵は遠巻きに様子を見ているだけ。小さな盗みには関わらないようだ。
俺は躊躇なく追いかけた。
「ポチ、行くぞ」
ペットを装い召喚しているポチに跡を追わせる。人混みを縫うように走る。
盗人が裏路地に入った瞬間、ポチが前に回り込み、牙を見せて威嚇した。
盗人が裏路地に入った瞬間、回り込むようにし牙を見せて威嚇した。
「ひっ……!」
少年は尻餅をつき、袋を手放した。
追いついた茶髪の少年がそれを拾い上げる。
「はぁ……はぁ……助かった! ありがとう!」
彼は俺の顔を見て、驚いたように目を丸くした。
「君、受験生だろ? ありがとうな!君もありがとう!」
「別に、大したことじゃないよ。君の荷物なんだろ?」
「ワンッ!」
少年は袋を大事そうに抱え直し、深く頭を下げた。
「うん。俺はエリオ。家は商人をやってて、店番中に盗まれちゃったんだ。もし君が止めてくれなかったら、親父に大目玉食らうところだった」
「そうか。俺はレオン」
エリオは真っ直ぐ俺を見て笑った。
「覚えとくよ、レオン。今度絶対、恩返しするから!」
その笑顔は田舎臭さのない、王都育ちらしい自信に満ちていた。
ただの一幕のはずなのに、なぜか俺は彼が今後も関わる気がしてならなかった。
(勇者の仲間じゃなくても……俺にだって、俺の縁がある)
人混みのざわめきの中で、俺はそう確信していた。