31.騒動の余韻2
夜の学園は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
昼間に吹き荒れた混乱の名残が、まだ訓練場の土に残っている。焦げた砂の匂い、崩れたゴーレムの欠片、そして風に舞う細かな灰。
誰も近づこうとはしないただ1人を除いて。
「……静かね」
カノンは、剣を手にその跡地に立っていた。
月明かりが銀色の輪郭を作り、彼女の影を長く伸ばす。
あの暴走を止めたのは自分だ。だが、止めきれなかったものがある。
彼の…グレンの瞳にあった、恐怖と怒りと絶望の色。それが焼き付いて離れない。
「力さえあれば、って思ってたのにな」
昨年、彼女は座学を捨て、ひたすら剣を振った。
力があれば、誰かを救えると信じていた。
けれど今日、力はひとりの少年を壊した。
振るえば救えると信じていた剣が、何も救わなかった。
「…みんな、どう思ってるんだろうな」
頭に浮かんだのは、レオンの真っすぐな目と、ユリウスの静かな声。
迷いながら、それでも前に進もうとする彼ら。
カノンは小さく息を吐き、剣を鞘に納めた。
「私も、あんなふうに立てるだろうか」
答えは風の音だけが返した。
⸻
同じ夜、学園から離れた森の外れ。
枝を踏み折る音と、荒い息だけが闇に響いていた。
「ハァ……ハァ……逃げ……きれたか……?」
ダリオが肩で息をしながら、木に背を預ける。
その隣では、モークが片腕を押さえ、血のにじんだ布を乱暴に縛っていた。
2人の顔は、恐怖と混乱でぐしゃぐしゃだ。
「グレンの奴……なんであんなことに……!」
「知らねぇよ! でも、戻ったら終わりだ。俺たちも殺される!」
風が木々を揺らす。
そのざわめきの向こうから、もう1つの“音”が近づいてくる。
足音。一定の間隔で、まるで狩人のように。
「…誰だ!」
ダリオが声を張る。しかし、返事の代わりに低い笑い声が落ちてきた。
「探したぞ。まさか生きていたとはな、薬の実験体ども」
闇の中から、黒い外套の男が現れた。
月光がその胸元の徽章を照らす――王家の第一紋章。
男は手にした杖の先で地を叩きながら、2人を値踏みするように見下ろした。
「お前たち、まだ使い道がある。
あの薬の“次”を試すには、ちょうどいい素材だ」
「な、なんだと……? 助けてくれるんじゃ――」
「助ける? 違う。使うんだよ」
黒外套の男の指先がわずかに動くと、周囲の空気が歪んだ。
魔術式が展開し、2人の体に赤い紋様が浮かぶ。
逃げようとした瞬間、膝が砕けたように地に崩れ落ちた。
「安心しろ。すぐに“力”を与えてやる。
次は……暴れるだけでいい」
闇が、彼らを包み込む。
モークの目に浮かぶのは、恐怖と……奇妙な興奮だった。
⸻
一方その頃。
カノンは学園の塔の上から夜空を見上げていた。
月が静かに光を落とす。
月光が彼女の横顔を照らす。静寂の中、足音が近づく。
カノン…やぱだらここにいたか
「……ここにいたんだな」
カノンは振り返らず、低く言う。
「止めたつもりだった。でも、遅かった」
「いや、あれは誰でも止めきれなかった。人の力じゃない」
俺も何もできなかった。強力な力の前には数は意味をなさないのか。
レオンの声に悔しさが滲む
少しの沈黙。風が吹き抜け、折れた木の枝が軋む。
「それでも見過ごしたのは同じだよ」
カノンの拳が震えていた。
「何度も見てきた。力を誤った人間の末路を。でも、今日のは……違う。誰かが“使った”。」
レオンはその言葉に目を細めた。
「……気づいてたか。だれかが薬を渡した。どこかからの指示、だろうな」
「わかってる。でも、私は勇者として“力を振るうだけの駒”にはなりたくない」
「俺も同じだ。人を動かすのは“命令”じゃなく、“意志”のはずだろ」
2人はしばらく言葉を失った。
やがて、カノンが顔を上げる。
「次に何か起こったら私が止める」
「その時は俺もいる」
レオンが静かに言うと、月明かりの中で2人の影が並んだ。
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