20.七不思議2
演習場に近づくにつれ、トン……トン……と規則的な音が耳に届いた。
まるで誰かが黙々と木刀を振っているかのような、乾いた音。
「……聞こえるか?」
マルコが眉をひそめて立ち止まる。
「ああ、間違いない。中からだ」リカルドが答えた。
ユリウスは無言で頷き、剣の柄に手を添えて周囲を警戒する。
俺は無意識に喉を鳴らした。七不思議――噂でしかなかったものが、今こうして確かに目の前で現実になっている。
「行くか」
誰ともなくそう呟いて、重い扉を押し開けた。
――その瞬間、音が消えた。
耳を澄ましても、木刀の乾いた響きは一切聞こえない。
さっきまで確かに鳴っていたはずなのに。
「……おい、どういうことだよ」
マルコが不安げに辺りを見回す。
リカルドは鼻で笑ったが、その目は鋭く細められている。
「俺たちをからかってるのか、あるいは……これが七不思議ってやつか」
中は広い。練習用に区切られた仕切りの部屋がいくつも並び、木刀や防具を置く棚が通路に沿って続いている。
ひとつ、またひとつと扉を開けていくがどこも空っぽ。
「誰もいないな……」
「いや、見ろ」
リカルドが指差した部屋の床には、折れた木刀が散乱していた。
その中の一本を拾い上げると、手の中でスッと掻き消えるように消失する。
「……っ」思わず後ずさった。
「幻か」ユリウスが淡々と告げる。だが、その表情は固い。
さらに奥の扉を開けると、赤黒い染みが床一面に広がっていた。血のように見えたが、目を瞬かせた瞬間にはもう跡形もなくなっている。
「……遊ばれてるな」ユリウスの声は低かった。
俺たちは一旦外に出てみた。
すると再び、トン……トン……と木刀の音が響き始める。
「やっぱり外からは聞こえるのに、中に入ると消える」
マルコが頭を抱える。
「これじゃ、探しようがないだろ……」
俺は息を吐き、心を落ち着けた。
普通に探すだけじゃ駄目だ。七不思議はそう簡単には解けない。
「……なら、こうするしかないな」
俺は手をかざした。
「来い、ピースケ」
羽ばたきと共に、小柄な白い幻獣が姿を現す。
マルコとリカルドが目を見開いた。ユリウスは表情を崩さないが、視線がわずかに鋭さを増した。
「他の幻獣もいるの……やはりお前の魔力、普通の召喚士じゃなかったか」リカルドが低く呟く。
俺は答えず、ピースケを演習場の奥へ飛ばした。
レベルが上がって強化されたスキルによって、その視界が脳裏に流れ込んでくる。
誰もいないはずの部屋で確かに「誰か」が木刀を振っていた。
人影。全身は霞んでいるのに、木刀の軌道だけがやけに鮮明だ。
(……見える)
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
だがただ“見えただけ”では何も起きない。
試しに近づいてみても、ピースケは影に触れられず、影もこちらに反応しない。
「倒せってことじゃ……ないのか」
次の瞬間、影が振るった木刀の残響が耳に残る。
その音に、俺はハッとした。
(合わせろ、か……?)
木刀の音に、自分たちの剣を。
俺はピースケを戻し、仲間たちに振り返った。
「……影に剣を合わせるんだ。そうすれば答えが出るかもしれない」
「はぁ? 何言ってんだお前」マルコが呆れ顔をする。
「でも、それしか手がかりはない」ユリウスが静かに言った。
その声には妙な確信が宿っていた。
リカルドが口元を歪める。
「面白い。幻影の稽古相手ってわけか。……乗った」
俺たちは再び演習場に足を踏み入れた。
扉を閉めると同時に、トン……トン……とあの音は消える。
だが今度は、影の振るう軌道が頭の中に焼きついて離れない。
「行くぞ」
俺は剣を構え、影の動きに合わせて振り下ろした。
シュッ――と空を切った瞬間、耳に確かな木刀の衝撃音が響く。
「今、当たった……!」
俺の声に続くように、リカルドも踏み込み、影の軌道へ剣を突き込む。
ユリウスも無言で同調し、マルコは半信半疑ながら渾身の一撃を放った。
カンッ、カンッ、カンッ
乾いた音が重なり合い、やがて演習場全体を揺らすように響き渡る。
すると、霞んでいた影が徐々に輪郭を帯びていく。
浮かび上がったのは、1人の青年の姿だった。
無言で木刀を振るい続ける、古めかしい制服姿の学生。
その面影はどこか初代勇者アウロロ=ゴールドと似ているように思える
「……これが七不思議の正体か」
ユリウスが低く呟く。
だが次の瞬間、青年の姿はスッと薄れていき――消えた。
同時に演習場に静寂が戻る。
「終わった……のか?」マルコが辺りを見回す。
リカルドは木刀を拾い上げた。さっきまで幻だったはずのそれが、今は確かな重みを持って彼の手に収まっている。
「ただの幻影じゃないな。……おそらく“未練”だ」
ユリウスは黙って剣を鞘に収めた。
「記録に残す必要はない。だが俺たちは“見た”。それだけは忘れるな」
彼の横顔は妙に硬かった。
その理由を問いただすことはできなかったが、胸の奥に重いものが残る。
俺たちは無言のまま演習場を後にした。
背後で、風に揺れるように一度だけトン、と木刀の音が響いた気がした。




