19.七不思議
夏休み明けの爆破事件以来大きな事件はなく学園には平穏が訪れていた。
学年末試験を控えた学園内は、普段より少しだけざわついていた。
廊下を歩く生徒たちは、答案の話や勉強の進み具合で盛り上がるが、どこか落ち着かない空気も漂う。
放課後、俺は図書室前の小道を歩いていた。
「なあ、レオン。ちょっと面白い話聞かないか?」
後ろからマルコの声がした。軽やかで、少し得意げな口調だ。
振り返ると、マルコとリカルドが揃ってこちらを見ている。
「なんだよ、急に」
「いや、面白いっていうか、七不思議の話だ」
リカルドはにやりと笑った。
「最近、また学校中で噂になってるんだ。ちょっと見に行こうぜ」
「俺も?」
俺は自分から行こうとしたわけではない。ただ、2人の視線に押される形で頷いた。
「まあ……興味あるなら、付き合うくらいはいいか」
翌日3人で学園の奥へ向かう道すがら、話題は七不思議の内容へと移る。
「人体模型が勝手に動くってやつか」
マルコが手を振りながら説明する。
「集めているのは自分の部品なんだって。で、初代勇者のアウロロ=ゴールド像が邪魔しに来るらしい」
「……なんで像が邪魔するんだよ」
俺は眉をひそめる。マルコとリカルドは少し笑いながら、次の話題に移った。
「演習場で木刀の音が響く現象もあって、それを確認できたら次に進めるらしい」
「なんだか、ちょっとした冒険みたいだな」
リカルドはわくわくした表情でつぶやく。
角を曲がったところで、前方にユリウスが立っていた。
「……あれ、君たち、どこへ?」
背筋をぴんと伸ばし、視線を俺たちに向けるその青年は、気配だけで周囲の空気を変えてしまう存在感があった。
「えっと、その……ちょっと探検というか、噂の確認を」
リカルドがぎこちなく答える。
ユリウスは軽く目を細めて、状況を察したかのように頷く。
「七不思議か……なるほど、ならば私も同行しよう。監視として」
3人の顔が一瞬強張る。隠そうとしたが、どこかぎこちない雰囲気を読まれたらしい。
「……いや、別に悪いことするわけじゃないんだけど」
マルコが弓を背負い直しながら言うが、ユリウスは軽く手を振り、追求する気配はない。
「心配するな。君たちを止めるためではない。危険を避けるためだ、何かあった時のためにな。4人ならパーティーとしてちょうどいい数だろ?」
そう言いつつユリウスも内心はワクワクしていた
こうして、いつの間にかユリウスも俺たちの列に加わった。
目的地の人体模型のある場所へ、俺たちは歩を進める。
夜の校舎は、やけに音が響く。
俺の足音すら、誰かに後ろから追われてるみたいに聞こえて落ち着かない。
「……気味が悪いな」
思わず口から漏れた。
「お前、怖いのか?」とマルコが振り向く。
強がった声。でも、その指先は僅かに震えていた。
「そういうお前の声、震えてるぞ」リカルドが即座に返す。
二人のやりとりに、俺はちょっと救われた気分になった。
ユリウスは黙ったまま先を歩いている。背筋をぴんと伸ばしたその背中は頼もしいけど……逆に、この異様な空気を際立たせている気もした。
理科室の扉を開けた瞬間、むっとする薬品の匂いが鼻を突いた。
ランタンの明かりがぼんやりと室内を照らし出す。
……いた。
窓際に立っている。
白く乾いた骨のような体。ところどころ部品が欠けて、空洞だらけの人体模型。
ただの置物のはずなのに…俺は見た。首が、ギギ、と音を立ててこちらを向くのを。
「……動いた」
マルコの声が震える。
俺は息を呑む。眼窩の奥は空っぽのはずなのに、そこから何かを訴えかけられている気がした。
――助けて。そんな声が、頭の奥に直接響いてくる。
「……部品を探してほしい、ってことか?」
俺が小さくつぶやくと、模型はぎこちなく首を縦に振った。
その瞬間、廊下の奥から重い足音が響いてきた。
ドン……ドン……。
空気が震える。嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「来るぞ」ユリウスの低い声。
暗がりから現れたのは、黄金の甲冑に身を包んだ巨像だった。
初代勇者アウロロ=ゴールド。
学院の守護像が、剣を携えてこちらへと歩んでくる。
「嘘だろ……!」
振り下ろされた一撃が床を砕き、俺は思わず飛び退いた。
粉塵が舞い、耳が痛くなるほどの衝撃音。
「強すぎる……!」
ほんの一瞬で理解した。勝てない。まともにやり合えば、一太刀で終わる。
カタ、カタ、と音を立てて、人体模型が廊下を進もうとする。
……守れってことか。
「くそっ……護衛かよ!」
剣を握り直し、俺は仲間たちと共に黄金の巨像へ立ち向かった。
黄金の巨像が剣を振るうたび、床石が粉々に砕けて火花が散る。
耳をつんざく轟音と、肺に突き刺さるような圧力。
これが――「勇者」と呼ばれた存在の残滓なのか。
「マルコ、援護を!」
俺は叫びながら巨像の剣を受け止める。骨が軋むような衝撃。やばい、このままじゃ腕が折れる。
「了解ッ!」
マルコの矢が暗闇を裂き、黄金の兜へと突き刺さる――が、火花を散らしただけで弾かれた。
「なっ……硬すぎるだろ!」
「無駄撃ちはやめろ!」ユリウスの鋭い声が飛ぶ。
彼は冷静だ。巨像の足運びを観察している。その視線は、一点の揺らぎもない。
だが、そんな時間を与えてくれる相手じゃない。巨像は模型めがけて大きく踏み込んだ。
「させるかよ!」
俺は咄嗟に横から剣を振り抜いた。
甲冑に浅く火花が走り弾かれる。
「ちっ……!」
まともに相手しても勝ち目はない。
でも模型は必死に進んでる。欠けた足を引きずりながら、ぎこちなく。
助けを求めるように、カタカタと音を立てて。
……そうか。
勝つ必要はない。ただ、時間を稼げばいいんだ。
「リカルド!」
「分かってる!」
リカルドが詠唱を終え、眩い閃光が廊下を包んだ。巨像の動きが一瞬止まる。
「今だ、走れ!」
俺たちは模型を囲うように動き、盾のように前へ出る。
迫りくる黄金の影。足元の床石が砕け、破片が飛び散る。
喉が焼けるように乾く。怖い。だが。
「来いよ、化け物……!」
俺は剣を構え直した。
巨像の瞳孔のない兜の奥から、冷たい視線を感じた気がした。
模型は、俺たちを信じて歩き続けている。
廊下の突き当たり――壁の隙間に、何かが埋まっているのが見えた。
骨のような、黄ばんだ「腕」。
カタカタ……。
模型が一歩前に進むと、まるで引き寄せられるように、その部品が震えた。
次の瞬間、骨は床を滑って模型の肩口に吸い込まれるように嵌まった。
「……繋がった……」
思わず呟く俺。
カタカタカタッ、と模型が嬉しそうに音を鳴らした気がした。
だが、その直後。
「――ッ!」
空気が一変した。重い気配が背筋を押し潰す。
巨像が、動いた。
さっきまでただ邪魔していたのとは違う。明確に模型を殺すために剣を振りかざしている。
「守れ!」ユリウスの怒声が飛ぶ。
俺は反射的に前へ出て剣を構えた。
火花。衝撃。膝が砕けそうなほどの重み。
「ぐっ……!」
全身が悲鳴を上げる。それでも、ここで退いたら模型は壊される。
「援護!」
俺の声に呼応し、マルコの矢が巨像の兜をかすめ、リカルドの炎が脚を包む。
あまり聞いているようには見えない
(今しかない……!)
「うおおおっ!」
俺は渾身の力で剣を押し返す。火花が散り、巨像が一歩だけ下がった。
模型は、その隙に再び前へ進む。
「……守るしかないんだな、最後まで」
息を荒げながら呟いた俺に、ユリウスが短く笑った。
「その意気だ。次が来るぞ」
前へ一歩出たのはリカルドだった。
彼は無造作に剣を抜き、淡く光を宿す。
刃を包む炎が瞬時に立ち上がり、赤い軌跡を描く。
――ゴォッ。
空気が焼け、周囲の闇を払うように明るくなる。
リカルドは軽く笑って、正面から巨像の大剣を受け止めた。
「遅い」
ひと振りで衝撃を流し、反撃の炎刃を叩き込む。
ズガァン!
装甲が弾け、黒煙が噴き出す。
俺はその光景に息を呑んだ。
(やっぱり、リカルドの魔剣士モードは強いな…)
「レオン!」
彼が短く呼ぶ。
応えるように、俺は剣を構え直した。
炎で刻まれた隙を狙って、俺の斬撃が食い込む。
ギィン!
硬い手応え。けれど確かに通じた。
背後では、カタカタと人体模型が部品を拾い上げている。
それを狙うかのように、巨像が暴れだした。
「邪魔をさせるな!」
リカルドが前に出る。
俺は隣に並び、二人で刃を振るった。
「よし……残りはあと一つだ!」
マルコが拾い上げた部品を掲げ、息を切らしながら笑った。
人体模型はぎこちない動作でそれを受け取り、カタカタと音を立てて組み込んでいく。
けれどその瞬間――。
ズゥゥン……!
空気が一変した。
奥の闇が揺らぎ、巨像アウロロの身体から異様な魔力が噴き出す。
鎧の隙間から黒い光が漏れ、動きが目に見えて速く、重くなる。
「な……っ!? 強くなってる!」
マルコの声が裏返る。
大剣が振り下ろされ、俺たちは反射的に飛び退いた。
床が大穴を開け、石片が弾丸のように飛び散る。
「クソッ、もう防ぎきれん!」
リカルドが歯を食いしばり、炎を纏った剣で必死に受け流す。
だが剣筋ごと押し込まれ、火花が散った。
ユリウスでさえ表情を硬くしている。
「……このままでは持たない」
俺の胸が焦燥でいっぱいになる。
(ダメだ……このままじゃ全員やられる!)
喉の奥から、自然に言葉がこぼれた。
「……来い、ベーさん!」
――バシュンッ!
床の魔法陣が一瞬で広がり、白い光が爆ぜる。
次の瞬間、漆黒の大きな熊が姿を現した。
厚い毛並みと獰猛な爪、その巨体が雄叫びをあげる。
「な、なにっ……!?」
マルコが目を剥く。
「幻獣……召喚だと……!?」
ユリウスも驚愕に声を漏らす。
ベーさんは俺の前に立ちはだかり、巨像アウロロと正面からぶつかった。
金属と爪がぶつかり合い、轟音が響き渡る。
その光景を見ながら、リカルドだけは別の顔をしていた。
驚きはあるがどこか納得したように。
「やっぱり……魔力の数値が普通じゃなかった。そういうことか」
彼は小さくつぶやき、剣を握り直した。
「ベーさん、行くぞ!」
俺は大声を上げる。
ベーさんは咆哮と共に跳躍し、アウロロに突進した。
その瞬間、仲間たちの息が止まるのがわかった。
「す、すごい……こんな大きな幻獣、初めて見た」
マルコの目が輝き、体が小刻みに震えている。
「……だから魔力が、異常だったんだな」
ユリウスは納得したように小さくつぶやく。
普段は冷静で感情を表に出さない彼が、眉をひそめながらも戦況を見据えている。
アウロロは巨大な腕を振り回し、ベーさんに何度も攻撃を仕掛ける。
しかしベーさんは敏捷に回避し、爪で鋭く反撃。
鋼と肉のぶつかり合う音が庭に響き、空気が震える。
「今だ! 俺、行く!」
人体模型は最後の部品を抱え、暗がりから素早く動く。
その動きを見たマルコとリカルドは、すぐに護衛に回る。
アウロロの視線は依然として模型に向けられている。
攻撃の間隙を縫って、模型は部品を無事に組み込むことに成功した。
その瞬間アウロロは糸が切れたように動きが止まる
「やった!」
マルコとリカルドも、目を見合わせて息を整える。
「……信じられない。まさか、あの剣技で本質は召喚士なんて」
マルコがまだ興奮気味に言い、リカルドはただ頷いた。
人体模型は少しだけ体を揺らして俺たちに感謝の気配を送った。
「……これで、全部揃ったんだな」
俺は深く息をつきながら、仲間たちを見渡した。
誰もが少し放心している。だが、それ以上に、これから先に何が待っているかを思うと、緊張の糸はまだ解けない。
「次は……どうなるんだろうな」
リカルドの低い声が、暗がりに溶け込む。
俺は答えを探しながらも、ベーさんとともに再び警戒を強めた。
すると模型は無言で俺たちに鍵を差し出し、アウロロは何事もなかったかのように元の位置に戻っていった。
俺たちは息をつき、緊張で固まった体をゆるめながら、その場に立ち尽くした。
この夜は、まだ終わっていない




