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13.束の間の休日

 森から戻った生徒たちは、教室に集められた。

 座席に腰を下ろした瞬間、緊張の糸が切れたように安堵の息が漏れる。包帯を巻かれたガイルは机に突っ伏し、「……命があってよかった」と小声でつぶやいた。


 ユリウスはそんな様子を横目に見ながら、ちらりとレオンに視線を向ける。

 咄嗟の指示、冷静な判断、そしてあの戦いぶり…

(……田舎から試験を受けて合格するだけはある)

 心の中でそう認めざるを得ず、ユリウスは静かに姿勢を正した。


 そのとき、扉を開けて教師が入ってくる。

「今日の件については我々で処理する。皆は気にせず、しっかり休むこと」

 疲れの色を浮かべる生徒たちに柔らかい声をかけると、黒板の前に立ち直し、チョークを手に取った。


「さて…疲れているところで悪いが、今後の行事についてだ。……学園祭が近い」


 一瞬、教室の空気が張り詰めるが、すぐに大きなざわめきに変わる。

「えっ、学園祭!?」「ほんとに!?」

 緊張と恐怖で沈んでいた顔に、ぱっと明るさが戻った。


「学園祭は二つの大きな催しに分かれる。ひとつは上級生による武術大会。卒業後の進路に繋がる大切な舞台だ」

 黒板に大きく文字が書かれる。


「もうひとつは下級生の催し。1年生はクラス単位で、2・3年生はクラブ単位で出し物を行う」


 その瞬間、教室に笑い声が広がる。

「屋台やろうぜ!」「演劇も面白そうだな!」

 誰もが口々に意見を出し合い、空気は一気に華やいでいった。


 カノンが目を輝かせてレオンの袖を引く。

「ねえねえ、何するんだろうね! すっごく楽しみだよ!」


 マルコは胸を張り、「食べ物なら俺に任せろ!」と声を上げ、ガイルは「今度は穏やかにいこうぜ……」と苦笑をこぼす。


森での死線と、今日の教室の笑顔。

 その落差を噛みしめつつ、レオンは仲間たちと過ごすこの「日常」がかけがえのないものだと胸の奥で強く感じていた。


ーー


夜の学園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

剣を研ぎ自室に戻る途中、廊下の先に人影が見えた。


カノンだ。

窓辺に立ち、夜空を見上げている。


「カノン?」

思わず声をかけると、彼女は振り返り、少しだけ照れたように笑った。

「……あ、ごめん。眠れなくて」


近寄って隣に立つと、窓の外には星が瞬いている。

レオンの脳裏には、さっきまでの戦いの光景がまだ鮮明に残っていた。

オークの咆哮、振り下ろされる棍棒、仲間たちの叫び。……あれはほんの一歩間違えれば誰かが死んでいた。


隣で静かにしていたカノンが、ふと口を開いた。

「……今日のレオン、すごかったね」


「え?」と聞き返すと、彼女はまっすぐな目でこちらを見た。

「だって、召喚も使わずに、あんなふうにみんなをまとめて……。私、怖くて……本当に足が動かなくなるかと思った」


その声に、レオンは胸の奥が少しざわついた。

カノンは勇者だ。生まれ持った力を背負わされている存在だ。

それでも、あの場で怯えていたのはやっぱり普通の女の子なんだ。


レオンは苦笑しながら、視線を落とした。

「いや、必死だっただけだよ。正直、俺だって足がすくみそうになった」


「でも、前に出てた。……あれは、私にはできなかったと思う」


その言葉にレオンは少しだけ言葉を探し、そして静かに答えた。

「俺は勇者でもなんでもない。ただ、あの場で誰かが声を出さなきゃ、全員やられてた。それだけだ」


一瞬、カノンの表情が驚きに揺れ、それからふっと笑みをこぼした。

「……やっぱり、すごいよ。私は勇者だから、勇者だからって思ってばかりで……でも、レオンは違うんだね」


レオンは少し肩をすくめて見せた。

「俺は俺にできることをやるだけだよ」


言葉にしてみると、それ以上でもそれ以下でもない気がした。

ただ必死で剣を振って、仲間と共に生き延びたそれだけだ。


夜風が窓から吹き込み、カノンの髪がさらりと揺れた。

その横顔を見ながら、レオンは心のどこかで思った。

勇者って呼ばれる彼女だって、結局は自分と同じように怖さや不安を抱えているんだ。


カノンは少し深呼吸をして、軽く笑った。

「ありがとう、レオン。……おやすみ」


「おやすみ、カノン」


彼女の背中が遠ざかっていくのを見送りながら、レオンは小さく息を吐いた。

明日からの日常は戻ってくるのか、それともまた試練が待っているのか。

答えはわからない。

だが、少なくとも今は彼女を見ていると、自分も前に進める気がした。



――その頃


 学園の執務室。教師たちが集まり、分厚い扉の内側で小声の議論が交わされていた。


「……やはり報告は必要だな」

 一人の教師が険しい顔で口を開く。


「うむ。通常、あの森の近辺にオークなど現れるはずがない。しかもあの個体……大きすぎた」

「単なるはぐれでは説明がつかん。上にも伝えねばなるまい」


 机の上には簡単な地図が広げられ、赤い印が打たれている。

 生徒たちが遭遇した場所――そこは普段なら安全域とされている区域だった。


「何よりも、生徒の前では軽々しくは言えんが……もし群れが潜んでいるのだとしたら厄介だ」

「我々の責任は重い。対応を誤れば、学園そのものに影響する」


 短い沈黙が落ちる。

 窓の外からは、教室で学園祭を楽しげに語り合う生徒たちの声がかすかに届いていた。


「……生徒たちには余計な不安を与えるな。だが、上への報告は急げ」

「うむ。直ちに準備しよう」


 重苦しい空気の中、教師たちは深刻な表情で頷き合った。

 笑顔の影で、密かに蠢く不穏の兆し。

 それは確かに、学園の外へと広がろうとしていた。

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