表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

12.課外授業

課外授業当日。

王立学園の生徒たちは朝早く、森の入口に集められていた。監督の教師や騎士団が見守る中、空気には張り詰めた緊張感が漂う。


「これより課外授業を開始する。森の魔物を討伐し、生きて戻ること。それが課題だ」


その宣言に、周囲がざわめいた。

訓練ではなく、いきなり実戦――命のやり取り。


レオンはさりげなく森の木陰に視線を向ける。

そこに、小さな影がひっそり潜んでいた。

鷹に成長したピースケ。

薄暗い枝に溶け込むように身を寄せている。

頼んだぞ!

ピィッ1羽の鷹と数羽の小鳥が飛び立った



班の仲間は、第二王子シリウス、その護衛ユリウス、そして弓手のマルコ。

五日間の訓練で形になってきた連携も、本物の戦場で通じるかは未知数だ。


森に入ると、湿った空気と薄暗い光が支配する。

鳥の声が途切れ、代わりに聞こえるのは落ち葉を踏む音だけ。


「来るぞ!」

ユリウスが低く叫んだ瞬間、茂みから魔狼が飛び出した。


「受ける!」

大盾で牙を受け止めるユリウス。

「斬る!」

その隙にシリウスが斬り込み、レオンも側面から追撃する。

マルコの矢が足を射抜き、動きを止めた。


短い時間で、狼たちは沈黙した。


(……やっぱり、いける)

レオンが安堵した瞬間、木陰のピースケの鳴く声が聞こえる

その共鳴が「油断するな」と告げるように胸を叩く。

レオンは表情を変えずに剣を握り直す


ーー


カノンの班。


「そこっ!」

鋭い踏み込みとともに、カノンの剣が閃いた。

大きな猪型の魔物は抵抗する間もなく喉元を裂かれ、地面に崩れ落ちる。


「ふぅ……やった!」

彼女は剣を軽く振り払い、汗を拭った。

動きにぎこちなさはあるものの、力強さと根気で押し切る姿は勇者の名にふさわしかった。


「おおっ、さすが勇者だな!」

班の仲間が歓声を上げる。


ガイルもその中に混じって笑っていた。

「ははっ、見事なもんだ。俺の出番なかったな」


ーー


レオンはピースケの視界を通じて広域を見張りつつ、ピーたちの細やかな反応から異変を拾う。


(……痕跡がある。進路先に、カノンたちの班が……まずい)


折れた木々。えぐられた土。

間違いなく大型の魔物の通り道。

レオンは息をのみ、仲間に声をかける。


「次はあっちの方に行ってる?」

「良いね!あっちの方が視界がひらけてる」

とマルコ。

短く告げ、班を導いた。


――その頃。


「……これは」

土に刻まれた大きな足跡を見て、班の一人が声を上げる。


「オークだ騎士団でこんな足跡を見たことがある」カノンの声が硬い。

「今のうちに戻ろう。これ以上進むのは危険だよ」


しかしガイルは、腕を組んで首を傾げる。

「でもさ、これだけじゃ報告にならないだろ? “足跡ありました”だけじゃ頼りないだろ。大きさぐらいは見といた方が……」


「危ないってば!」

カノンの声は切羽詰まっている。


それでもガイルは軽い笑みを崩さず、「ちょっと覗くだけ」と言い張った。

しばらく押し問答が続き――やがて、ガイルがため息をつき、片手を上げる。


「……わかったよ、戻ろうか」


その直後。


ズシン、と地面が震えた。

低い咆哮が木立を揺らし、巨体が影の中から迫ってくる。


「オークだっ!」

誰かの叫びが森を裂いた。

木々の隙間から姿を現したのは、体高が大人の背丈をゆうに超える灰緑色の巨体。

一匹のはぐれオークだった。


「っ……でかい……!」

カノンが剣を構え直す。

額には玉のような汗が滲み、足取りはわずかに重い。

勇者と呼ばれた少女といえど、圧倒的な質量を前にすれば、恐怖は容赦なく胸を締めつける。


「おい、こいつ……まずいんじゃ……」

仲間の一人が声を震わせる。

武器を抜く音が重なり、次の瞬間には戦闘が始まっていた。


「俺のせいだ! 俺が見に行こうなんて言ったから!」

ガイルが自分を叱咤するように叫び、勢いそのまま前に飛び出した。

大振りで大剣を力任せに振り抜き、オークの脚へ叩き込む。


「うおおおッ!」

鈍い衝撃音。

だが分厚い皮膚に阻まれ、傷は浅い。

逆にオークの棍棒が振り下ろされ、ガイルは腕で防ぎきれず弾き飛ばされた。


「ぐっ……!」

木に背を打ちつけ、息を呑む。

腕に痺れと鈍い痛みが走るが、骨までは折れていない。

よろめきながらもすぐ立ち上がり、再び大剣を構えた。


「まだ……やれる!」


カノンが叫ぶ。

「無茶だよ!」

それでもガイルは後ろに下がらず、再び前線に踏みとどまった。

オークの咆哮が再び森を震わせる。

それと同時に、近くの茂みの向こうから駆け足で迫る気配――。


「今の音……戦ってる!?」

レオン班の耳に届いたのは、確かに戦闘の轟きだった。


ーー


再びオークと向き合った時に声が聞こえた

「下がれ、カノン!」


振り返ると、木々の間からシリウス王子とレオン、護衛のユリウス、それにマルコが駆け寄ってくる姿があった。


「っ、レオン!」

カノンの顔がぱっと明るくなる。



巨体のオークが咆哮をあげた瞬間、場の空気は完全に戦場へと変わった。


「っ、逃げるしか……!」と誰かが口走るが、すぐにレオンが叫んだ。

「全員、陣形を取れ! 正面から受けるぞ!」


レオンたちの班とカノンたちの班が合流し、自然と二つの円陣が重なる。前衛にシリウスと護衛、横にレオンとカノン、後衛に弓士のマルコとミナが位置を取った。


矢が放たれる。しかし、分厚い筋肉に弾かれたかのように浅く突き刺さるだけで、オークはほとんど怯まない。

「……効きが悪い! 矢じゃ止められない!」とマルコが短く吐き捨てる。


すぐにレオンが判断した。

「ミナと念の為剣士のクルト! 先生を呼んで来い!マルコは牽制を続けてくれ!」


「っ、わかった!」

仲間にうなずき、木々の間を駆け出していく。マルコは震える手で弦を引き絞り、少しでも注意を逸らそうと矢を放ち続けた。


ガイルは腕を押さえながらも一歩前に出て、無理に笑みを浮かべる。

「やれやれ……俺ら、えらい目にあってるな……!」


「黙って下がって!」カノンが苛立ったように叫び、盾を構える護衛の影に身を寄せる。


その瞬間、シリウスが踏み込み、剣を振り下ろした。鋭い金属音とともに戦闘が始まる。

大きな森の中で、二つの班の力を合わせた必死の戦いが幕を開けた。


巨体のオークが吠え、丸太のような腕を振り下ろす。ユリウスが咄嗟に盾を突き上げ、衝撃を正面で受け止めた。重い音が響き、地面がめり込む。


「ぐっ……! まだだ、耐えろ!」ユリウスが歯を食いしばり、必死に盾を押し返す。


その隙を逃さず、シリウスが鋭く踏み込み、斜めに剣を振り抜いた。刃は分厚い皮膚を裂くが、致命傷には至らない。オークは獣じみた咆哮をあげ、シリウスを薙ぎ払う勢いで腕を振り回した。


「シリウス、下がれ!」レオンが叫び、横合いから飛び込む。自らの剣で軌道を逸らすと、衝撃が腕に走った。痺れるような痛みに思わず奥歯を噛みしめる。


「今だ!」カノンも続き、渾身の突きをオークの脇腹へと放つ。

鈍い手応え。カノンの攻撃は確かに刺さったが、逆に怒りを買っただけだった。オークは振り返りざまに吠え、拳を振り下ろす。


「カノン!」

レオンが一歩踏み込み、剣を交差させて受け止める。膝が軋むほどの衝撃に、視界が揺らぐ。だが、ここで退けば後衛が潰される。


背後からマルコの矢が飛ぶ。狙い澄ました矢はオークの目に掠り、わずかに怯ませた。

「今のうちに整えろ!」マルコが声を張り上げる。


胴体を斬りつけてもジリ貧だな…視覚から奪うか!

「正面から受けるな! 片足を狙え!マルコは引き続き目を狙ってくれ!」

レオンが叫び、ユリウスとともに左右に散った。


ユリウスの盾が突進を受け止め、同時にレオンとカノンが左右からから右膝へ斬り込む。分厚い皮膚に火花が散り、刃が肉を裂いた。


「ぐおぉぉッ!」

苦悶の咆哮と共に、オークの膝が沈む。巨体がわずかに傾いた。


「今だ、目を狙え!」


その声に応じてシリウスが素早く踏み込む。剣ははオークの両目を切り裂き、鈍い叫びが森に響いた。視覚を失ったオークが暴れ狂い、木々を薙ぎ払う。


「下がれ!」レオンが叫び、仲間を押しのける。

しかし、視界を奪われたオークの攻撃は大振りで、動きは次第に荒くなっていた。


「押し切れる!」ユリウスが吼え、盾で体当たりを仕掛ける。よろめいたオークの側面を、カノンの剣が深く切り裂いた。


「仕留める!」

シリウスが鋭い斬撃を叩き込み、レオンも最後に渾身の突きを胸板へと放つ。


木をなぎ倒すようにして、オークの巨体が崩れ落ちた。


静寂。

森に残るのは荒い息遣いと、血の匂いだけだった。


レオンは剣を引き抜きながら振り返る。

「……よくやった。連携がなければ、今のは勝てなかった」


互いに頷き合う仲間たちの顔は、泥と汗にまみれながらも確かな達成感を宿していた。


ーー

「……っ、はぁ……はぁ……」

カノンは剣を握ったまま膝を折りそうになり、必死に耐えていた。

全身を緊張が支配していたせいで、力を抜けばそのまま崩れてしまいそうだった。


ユリウスは盾を地面に突き立て、荒く息を吐き出す。

「……重かった……あんなの、もう御免だ……」

額から滴る汗が土に落ち、じわりと黒く染み込む。


シリウスは黙って剣を拭い、まだ息を整えられずにいるカノンへ視線を投げた。

「よく耐えたな」

短い言葉だが、それ以上に雄弁な響きがあった。


レオンは剣を下ろし、仲間たちを見回した。

「……全員、生きてるか」

確認する声は低く、それでいて確かに安堵を含んでいた。


「俺のせいで……」

ガイルが小さく呟く。傷は浅いが、その表情は苦悶に歪んでいた。

誰もすぐには言葉を返せなかった。皆、ただその場に立ち尽くし、自分が生き残ったという現実を飲み込むのに精一杯だった。


——そのとき。


「無事か!」

木々の間を抜ける足音と共に、険しい声が響く。


現れたのは担任教師と、先ほど使いに走ったミナとクルトだった。

教師の目がオークの死骸をとらえ、驚愕に見開かれる。


「これは……お前たちが、やったのか……!?」

駆けつけた先生たちが周囲を警戒しつつ、横たわるオークを見て目を見開いた。


「……無事か? よく持ちこたえたな」

短く、それでも確かな安堵を込めて告げられる。


へたり込んだマルコが思わず笑みを漏らす。「なんとか、みんなで……」

カノンも剣を下ろし、肩で息をしながら小さくうなずいた。


先生は全員の顔を順に見渡し、声を落として言う。

「無事でよかった。それが何よりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ