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11.学舎での日々

翌朝。

王立学園の一日は、まだ薄暗い夜明け前の鐘の音で始まった。

慌ただしい靴音が寮の廊下を響かせ、眠り足りない新入生たちは次々に叩き起こされる。


「うう……レオン、起きろってば! 置いてかれちゃうよ!」


同室のマルコが、髪をぼさぼさにしながらレオンの肩を揺さぶった。

その手には早くもパンの欠片が握られている。


「……食いながら起こすなよ」

「だって朝食の時間、短いんだよ!? ここの先輩たち、残してる暇なんてないって……」


渋々身支度を整え、大食堂で急ぎ足の朝食を終えると、すぐに講堂へと集められた。


壇上に立ったのは、担任のオルド教官だ。

いつも通りの無表情だが、その眼光は鋭く、教壇の上から新入生たちを射抜いていた。


「いいか。課外授業は一ヶ月後だ」


その一言に、ざわめきが走った。

例年より早い。いや、早すぎる。準備どころか基礎すら固められないうちに外へ出されることになる。


だがオルドはそれ以上の説明をせず、すぐに次の言葉を告げた。


「よって今日から、余計な猶予は与えん。覚悟して臨め」


張り詰めた空気。

誰もが「何かある」と感じているが、誰一人口には出さない。

ただ、不自然なほどの焦りだけが訓練計画ににじみ出ていた。


(……やっぱり。村で感じた不穏さは間違いじゃなかった)

レオンの胸に冷たい予感が広がる。


午前は戦史と魔物学の座学だった。

講師が魔力で浮かべる板書は容赦なく切り替わり、ペンを走らせる音が教室に満ちる。


「ちょっ、待って! 速いってばぁ!」

隣でマルコが半泣きの声を漏らす。


レオンは必死で手を動かしながら、前列のカノンに目をやった。

背筋を伸ばして板書を写す姿は一見堂々としている。


(さすが……真剣だな)


だが、よく見るとノートには空白が多く、同じ言葉が何度も繰り返し書かれていた。

眉間にはうっすら皺が寄り、講師の説明が進むたびに口元が固まっていく。


(……やっぱり苦手なんだ。頭で理解するのは、得意じゃないんだな)


それでもカノンは必死にノートに書き留める。現実逃避なのか真剣なのかはわからない



午後は訓練場でのそれぞれ武器の素振りや技術練習

魔術科は魔力操作、詠唱の反復。

汗で制服が肌に張り付き、足は鉛のように重くなる。


夕食の時間、マルコはぐったりしながらも山盛りの肉を頬張った。

「うぅ……死ぬ……でも食べなきゃ明日も……」

「食欲だけは底なしだな」


レオンも無理にパンを噛みちぎりながら、心の奥で思う。


(本当に……一ヶ月で課外授業か)


説明もなければ、理由も語られない。

だが、この異様なスパルタぶりは何より雄弁だった。

魔の影は、確かにすぐそこまで迫っている。

忙しない日々がすぎていった


ーーー


課外授業を目前に控えた放課後、広い講義室の一角では、生徒たちがそれぞれ班分けに追われていた。

学園の方針で、課外授業は四人一組で行動することが義務付けられている。班分けは基本的に生徒同士で決める形式だが、一部は特例として学園側が調整を行っていた。


レオンは黒板に貼り出された名簿を見て、小さく息を吐く。


「俺とマルコ……それに、第二王子シリウス様と、その護衛の騎士……か」


隣で覗き込んだマルコが、ぎょっとした声を上げる。

「ま、待て待て! お、王子殿下と同じ班!? いやそれどころか護衛の人まで!? 俺、場違いにもほどがあるって!」


「……落ち着け、マルコ」

レオンは苦笑しつつも、胸の奥にじわりと緊張を覚えた。王族と、直々に仕える護衛と肩を並べることになるとは。


やがて、当の本人たちが姿を現す。


「……はじめまして。シリウスです。よ、よろしくお願いします」

控えめな声とともに、柔らかな微笑みを見せたのは第二王子シリウスだった。言葉は丁寧だが、どこか自信の揺らぎを感じさせる。


その後ろに立つのは、背筋を伸ばした若い騎士。鋭い眼差しでレオンたちを一瞥し、胸に手を当てて礼を取った。

「ユリウス=グランベル。殿下の護衛を務めている。今回の課外授業では班員として行動を共にする。……足を引っ張らないでくれ」


「お、俺はマルコ! えっと……足、引っ張らないようにするから!」

マルコが慌てて頭を下げ、レオンも続けて自己紹介する。


「レオン=ヘムロックです。よろしくお願いします」

「……ああ」

ユリウスは短く応じたが、その表情は硬い。殿下を守る立場ゆえか、信用を与えるのに時間がかかりそうだ。


一方、シリウスはそんな空気を和らげようと、少し不器用に笑った。

「僕も、戦いは得意じゃないけど……みんなと一緒なら、きっと大丈夫だと思う」


(……柔らかい人だ。でも、こんな性格だからこそ周りに支えられているんだろうな)

レオンは心の中でそう感じながら、静かに頷いた。


こうして、レオンたち四人のパーティーが決まった。

課外授業まで残された時間は、わずか五日。

その短い間に連携を学び合うには、決して余裕はなかった。


訓練場に並べられた木人形が一斉にぎしぎしと動き出す。

人形と言えど重量があり、腕の打撃をまともに食らえば倒れかねない。


「正面、二体! 俺が左を受ける!」

レオンが駆け出す。


「では右は私が」

ユリウスが前へ出て大盾を構える。厚い鉄板を思い切り叩きつけられても、微動だにしない。


「今だ!」

盾に押し付けられた人形の脇を、レオンが切り裂く。木片が飛び散り、一体が膝を折った。


その瞬間、背後から乾いた音が響く。

矢だ。マルコの放った矢が、もう一体の関節部に突き刺さり、動きを鈍らせる。


「やった! 関節なら効く!」

「グッジョブ、マルコ!」


シリウスは黙って残りを引き受ける。

滑らかに踏み込み、真横からの斬撃で木人形を一刀のもとに倒した。

その剣筋は鋭く正確で、余計な動きが一切ない。


「……さすがだな」

レオンは目を細める。


だが次の瞬間、三体がまとまって突っ込んでくる。


「殿下、下がってください!」

ユリウスがすかさず前に出て盾を構える。

ガンッ、と乾いた衝撃音が連続して響いた。

だがユリウス一人では押し返しきれない。


「レオン!」

「おう!」


レオンが左から、シリウスが右から同時に踏み込む。

左右からの斬撃が交差し、木人形二体が崩れ落ちる。


「残り一体!」

マルコが叫び、矢を番える。だが手元が震えた。


「っ……くそ!」

射線が僅かに逸れた矢は、木人形の肩を掠めるだけ。


「任せろ!」

レオンがすかさず前に出て、胸板を突き破るように剣を突き込んだ。

木片が散り、最後の人形が崩れ落ちる。


息を切らして振り返ると、皆の視線が自然に交わった。


――剣の速さはシリウスが群を抜く。

――壁となるのはユリウス。

――射で支えるのはマルコ。

――それらをつなぐのがレオン。


戦いを重ねるごとに、役割が形になっていく。


休憩中、マルコは矢筒を抱えて肩を落とす。

「俺、外しすぎだな……」

「最初は誰でもそうだ」レオンが励ます。

「大事なのは外した後にどう動くかだ。矢が逸れた分、俺たちが動けた」


ユリウスも低く付け加える。

「殿下の剣があれば、崩れた陣形も立て直せます」


シリウスは視線を落とし、小さく頷いた。

「……僕は剣を振ることしかできない。でも、それで皆が動けるなら……それでいいんだな」


レオンは笑う。

「そういうこと。お前はお前の剣を振れ。俺たちはそれを軸に動く。――それが連携だ」


五日間の訓練を経て、彼らはぎこちなくも一つの“パーティー”として機能し始めていた。

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