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兄弟  作者: Sugary
日常の出来事
8/22

3 克己の誕生日編 ※

 久々に本を買いこんだ秀行は、家のドアを開けた途端動けなくなってしまった。冷静に腕時計を見てみると、自分が家を出てからほんの一時間ほどしか経っていない。その一時間のうちに一体なにがあったのか…と無表情のまま考えを巡らしながらも、部屋を間違えたのだろか…と錯覚してしまいそうになる。──いや、どうせなら間違いであってほしいと願ってしまうほどだ。しかし、床に転がる様々な物体を目にすると、どれもこれも見覚えのあるものばかり…。

(何なんだ、これは…?)

 ドアを開けたまま、電池が切れたおもちゃのように未だ立ち尽くす秀行。現状把握も重要だが、既に目の前の光景には体が拒否反応を起こしてしまっている。

 そんな時、部屋の奥の方で物音がした。何かを物色しているような音だ。

(好都合だ…)

 部屋を荒らした張本人が現場にいるなら話は早い。警察に突き出す前に全て片付けさせてやる…と、ようやく拒否していた体が動き出した。

 ゆっくりとドアを閉め、僅かな足の踏み場を見つけながらそっと上がりこんだ。音もなくリビングに向かった秀行は、物色している男を見て愕然とした。同時に入ってこなければよかったと、珍しく後悔したほどだ。

「カツ…」

「おぅわっっっっっ!!! な、なんだ、ヒデか…ビックリしたぁー!! 驚かすなよなぁ~。帰ってきたんなら、〝帰った〟ぐらい言えよ。あぁー、マジでビビったぜ…」

 いきなり名前を呼ばれ驚きの声を上げた克己だったが、相手が秀行だと分かると、すぐに何事もなかったかのように作業を再開する。

「カツ…」

「あぁ~、なんだよ?」

「いったい、これはどういう事だ?」

「なにが?」

 〝俺は今忙しいんだ〟と言いたげに、秀行のほうを振り返りもせず答える克己。

「空き巣にでも入られたのか?」

「なに!? 空き巣に入られたのか!?」

「…お前に聞いてるんだ、オレは。しかも、嫌味たっぷりにな」

「おぉ、なんだ、そうか…」

 嫌味に気付かない相手でもあるが、敢えて〝嫌味だ〟と言ってもさほど気にはしない。──というより、まったく気にしない。もちろん、それは相手にもよる。特別な相手以外──に、ケンカを売ってくるようなヤツラが相手となると──嫌味にもすぐ気がつくし、自分の口からもバンバン嫌味が飛び出す。

 今回は秀行が相手であるため、当然のことながら気にしなかったのだ。

「──で、何のつもりだこれは?」

 短い質問の裏には、暗に〝面倒臭い故に、普段から散らかさない…というオレの性格を知っての作業か?〟という言葉が隠されている。

「ん~~、だって、見つかんねーからよぉ~」

 物色しているからには、誰だって探し物だと分かる。だが問題は何を探しているか、だった。少なくとも探しているものがありそうな場所を探すのが当たり前なのだが、どう見ても、目的もなく荒らしているように見えるのだ。ともすると、わざと秀行を不快にさせようとしているだけにしか見えない。

「お前の探し物は、本棚やタンス、下駄箱、冷蔵庫…どこにしまってもおかしくないものなのか?」

 その質問に、一瞬天井を見上げてから答えた。

「いや?」

 ひっくり返した場所を秀行から聞かされ、改めて部屋を見回した克己。

「あっちゃぁ~~、ひっでーな…」

「自分がしたんだろうが?」

「ああ、そうか。──いやぁ、もう、探すのに夢中でよ…」

「それは、見れば分かるが…」

 パチンコで三万円を稼ぐ為に十万円もつぎ込んだ克己のことだ。あの一件で、その一直線ぶりは確認済みだった。

「──で、何を探してたんだ?」

 これ以上は散らかす物もないだろうが、このまま放っておくと、片付けるキッカケがないため敢えて聞く。

「写真だよ、写真」

「写真? 誰の? ──ほら、これ」

 克己と会話しながら、秀行はひっくり返した本を手渡した。

「お袋の…さ…」

「あぁ、そんなものはない。──これはそこだ」

 即答しながら、またもや文庫本を手渡した。

「ないって…どういう事だよ?」

「ないものはない…そのまんまだ。ほら、手を動かせ」

「だから、何でないんだって事だよ? どこ探しても、ヒデの写真さえなかったぜ?」

 〝片付けろ〟と急かされ、渋々、本棚にしまう克己。

「嫌いなんだよ」

「何が…?」

「写真に撮られのが。オレもお袋も…」

「な…マジっ?」

「ああ。──これはそっちだ」

「なんで…?」

「さぁ…なんでだろうな?」

「ヒデって、やっぱヘンだよな…」

「そうか? お前も十分ヘンだと思うがな。──おい、それはそこじゃない、こっちだ」

 話しながら片付けているというのもあるが、なにがどこに置いてあったのかさえ、克己は覚えていない。故に片付けさせているようで、実は半分以上…いや、殆ど秀行が片付けていた。

「そうかなぁ~。俺は結構、まともだと思うぜ?」

「だったら、お前の基準が間違ってんだろ?」

「そうかぁ~? だって、写真だぜ?」

「ああ、それが?」

「俺なんか好きだけどなー、撮られるの。あの親父だって好きなのによー」

「お前は、親父似だから──」

「なぁ、ヒデ。知ってっか?」

「なにが? ──ほら、次はそこのやつ取ってくれ」

 もはや、克己の手は動いていなかった。かろうじて、秀行が要望したことだけにはこたえるのだが…。

「写真は〝貴重な成長記録〟なんだぜ?」

「それはもっともな意見だな」

「フツーは撮りまくるんじゃねーのか?」

「──かもな。けど、嫌いなら撮らないだろ?」

「そうだけどよ…。時々、小せぇ頃の写真、見たいとか思わねぇ?」

「思わない。オレは過去は振り返らない主義だからな」

「ああ、そうかよ。けど、お袋の顔を見たくなったりとかはしねーのかよ?」

「いや、特に」

「…俺は見たい…」

 ボソリと呟いた克己は、どことなく寂しそうにも見えた。

 散らかった物をテキパキと元の場所に戻していた秀行は、そんな克己を目にして手を止める。

「何で急にお袋の顔が見たくなったんだ?」

 ソファの背に軽く腰掛けた秀行が、横顔の克己に問いかける。

「……いや…別に何があったってわけじゃねーんだけど…。ダチの母親がもうすぐ誕生日だって話しになってよ…。中学の時は荒れてたし、大学に入ったから、プレゼントでもやるかなぁーって話してたんだ」

「──で?」

「──んでぇ、自分が小せぇ頃、こんな親だった…とかいう話になって…」

「──恋しくなったか?」

「べ、別に…恋しくなったとかそうゆーんじゃねーけど…ただ…どんなお袋だったのかなーって…ちょっと思っただけさ…。顔も殆ど覚えてねーしよ…」

「…………」

「ヒデはいいよな。今じゃ親父にも会えるし、俺だってお袋に一目会いた──」

 ──とそこまで言って、克己はハッとした。

「あ…ヒ、ヒデ──」

「…悪かったな」

「い、いや…別にヒデのせいってんじゃ──」

「……………」

(やっべぇ…。ヒデ、あの一件だけは結構気にしてんだよな…)

 あの一件とは、もちろん家族がバラバラになる原因となったブランコ事件だ。

「ヒ、ヒデ…?」

「……………」

「な、なぁ…?」

「カツ…」

「あ、ああ…」

「…オレはメシを作る」

「あ…? ──ぁ、分かった…こ、ここは俺が片付ける…ぜ…」

 家族がバラバラになったのは秀行のせいだ、なんて一度も思ったことはない。責任があるとすれば、弱かった自分だ…と克己は克己でそう思っているのだ。けれど、今は別れた家族とも再会し、秀行と暮らせているからその事を気にしてはいない。

 〝終わりよければ全てよし〟

 まさに、そんな状況だったのだ。

(やべぇよな…。今日の夕飯、カレーだったら間違いなく激辛にされるよな…)

 傷つけたかもしれない…という気持ちはもちろんあるが、それ以上に、克己は味付けの方が心配になっていた。

 しかし、出来上がってみればそんな心配は不要だった。落ち込んでいた(ように見えた)秀行も、いつもの秀行に戻っていたし、何より夕飯のメインは克己の大好物のひとつでもあるグラタンだったのだ。

 ホッと胸をなでおろした克己は、美味しさに満足しながら秀行お手製のグラタンをきれいに平らげていた。




 翌朝、克己は秀行に起こされた。

(あ~~~、もう朝かよ? 体、だりぃなぁ~)

 昨日の片付けがかなり効いたようで、すぐには布団から起き上がれない。

(こりゃ、ケンカの方が全然マシだぜ…)

 枕を抱えてしばらくウダウダしていたが、秀行の目覚ましは一度きりだ。今起きなければ、間違いなく今日の学校は休むことになる。いつもならそれでもいいのだが、今日だけは単位の関係で休むわけにはいかなかった。

(しょーがねーよなぁ…)

 意を決して、だるい体を起こす。眠気まなこのままドアを開ければ、同じように大あくびをして部屋から出てきた男と鉢合わせした。

「…ハヨ…」

 最初に挨拶したのは克己のほうだ。

「おぅ…。ねみぃーよなぁ…?」

「あぁ~。ガッコー休みてぇ…」

「まったくだ…。オレも会社休みてぇ…」

「なんでぃ…。会社ぐらい、休めばいーじゃねーか。〝有給〟っつー便利なもんがあんだろ?」

 ──とそこまで言って、ようやく〝会社〟という聞き慣れない言葉にハッとした。

「──て、何でここにいんだよ、山ちゃん!?」

「だぁ~。デカイ声だすな…頭に響くだろ……」

「おぉ…わりぃ。──いや、そうじゃなくて…何でここにいんだって? しかも今、ヒデの部屋から出てきたよな…? それに、いつのまに来たんだよ!?」

「あ~~~、朝から質問責めにすんなよな…。お前は取り調べ官か…?」

「なん──」

「あ~、いてぇ…。──ハヨ、秀行…」

 頭を抱えながらキッチンにいる秀行に挨拶する直哉。もちろん、秀行は驚きもせず受け答えする。

「…ハヨ。──二日酔いだろ?」

「ああ…」

「だから、平日に飲む時は加減しろって言ってるだろ?」

「分かってんだけどよ……」

「オイオイ…分かんねーよ。俺は分かんねーぞ。なんだって、山ちゃんがここにいんだよ…?」

「あぁ~、いてぇ…」

「おい、聞いてんのかよ、山ちゃん!?」

「…んあ?」

「〝んあ?〟じゃねーっつの…。なぁ、ヒデ!?」

 直哉からの返答は期待できぬと、秀行に説明を求める克己。

「なんでなんだよ?」

「そりゃ、いつでも来いって言ったからな…」

「いや…そういう事じゃなくて──」

「昨日、会社の連中と飲みに行ったんだよ」

「それで?」

「それで、仕事場が自分の家よりオレの家のほうが近いらしくって…昨日の夜中にやってきた」

「──で、ヒデの部屋に?」

「ああ」

「ああ…って…。だいたいよぉ、ソファで寝ればいいんじゃねーのか、山ちゃん?」

「そりゃー、ムリだ…」

 答えたのは、さっきまで答える気のなかった直哉だ。

「なんでムリなんだよ?」

「ソファーは熟睡できねーだろ…」

「そうかぁ? この前、気持ちよさそうに寝てたじゃねーか?」

 〝この前〟とは、克己が直哉と初めて会った時の事だ。

「あれは昼寝だからな。部屋の中もまだ明るいし──」

「それって…暗かったらダメって言いてーのか…?」

「…ああ」

「んじゃ、いつもはどうやって寝てんだよ?」

「そりゃ、お前…部屋の電気付けてぇ──」

「あ…ぁ…そりゃ、ムリだな…。ここでそんなことやったら、ヒデに怒られちまう…」

「──だろ? だから、昔っからヒデと寝てんだよ」

「は…? なんでそこで〝だから〟になんだよ!?」

「暗いのを克服するには、やっぱ人肌って欠かせねーんだよなぁ。高校の時に、それを身をもって知ったんだよ。まぁ…ヒデに教えられたってゆーかな。それ以来、ヒデの腕枕じゃねーと寝れねーんだ、オレは。──な、ヒデ?」

「……らしいな」

「なっっっっ…!!」

「──で、直哉。お前は味噌汁だけでいいんだな?」

「ああ…」

「カツ、お前も早くメシ食わないと、間に合わないぞぞ?」

「あ…あ…ぁ……」

 真面目な顔で交わされた会話に、克己は二の句が告げない。

「どうした?」

「ど…ど、どうしたもこうしたも…ヒデ……」

「あ~、やっぱ、オレ会社休もうかなぁ…」

 学校を休むぐらいの気軽さで会社を休もうとする直哉に、秀行は溜め息を付いた。

「直哉…」

「だってよ、行った所で仕事になんねーもん、絶対。それに、オレが休めば一日中お前と一緒にいれんだぜ?」

「どぅわー!! ダメだ、ぜってーダメだ!!」

「な、なんだよ…カツ…。デッケェ声出すなって言っただろーが──」

「ゆ、許さねーぞ…ぜってーそれだけは許さねぇ!! もし、山ちゃんが会社休むんなら、俺もガッコー休む!!」

「何をそんなにムキになってんだよ、なぁ、ヒデ?」

「ああ…」

 二の句が次げなかった克己が急に騒ぎ出して、秀行も直哉も理解できない。秀行は出来たばかりの味噌汁を直哉に差し出すと、騒ぎ出した克己にはいつもの朝食セットを用意した。

(ムキにもなるだろーがよ!! ヒデを、このまま山ちゃんと二人きりにさせたら、ぜってーあっちの方向に走らされる!! だいたい、ヒデは天然もちなんだからな…山ちゃんの罠に気付いてねーんだよ、絶対!!)

 〝そんなことはさせねぇぞ〟とばかりに自分も休むと言ったのだが、もちろんそれを許す秀行ではない。

「お前は学校へ行け」

「なんで──

「単位、ギリギリなんだろ?」

「うっっっ……」

(それを言われると…)

「早く、メシ食えって」

「な、なんで…そんなこと知ってんだよ?」

「オレの情報網はどこにでもあるんだ」

「……………」

 見抜かれては反論できないと、渋々朝食に手を付け始める克己。

 〝情報網〟と言っても、正直大したものはない。単位が危ない…と言うのも、事実、聞いたことはなかった。しかし毎日の克己を見ていれば、もうそろそろ単位取得に本気を出さなければヤバイ…というぐらいは分かるものなのだ。

「かぁ~、やっぱ二日酔いには味噌汁だな…。特に秀行が作る味噌汁はサイコーだ」

 そう言って直哉がズズ~ッと味噌汁をすすれば、隣にいた克己がジャムをたっぷり塗った──いや、ここは載せたと言ったほうが正しだろう──パンを頬張りながら、ちらりと横目でみやる。そこで初めて味噌汁の違いに気が付いた。

「な…んだ、その味噌汁?」

「なんだとはなんだ? 秀行の愛情が、たぁ~っぷり入った味噌汁だぞ?」

「いや…それは分かってるけど…色だよ、色!」

「色…?」

 思ってもみないことを言われ、改めて手に持っているお椀を覗き込む。しかし、至って、普通の味噌汁の色だ。特に変わったところはない。

「…何か変か?」

「色が…違う。ヒデ──」

「合わせだ」

「は…?」

「直哉は合わせ味噌派なんだよ」

「合わせ味噌…? そんな味噌があるのか?」

「なに…お前、もしかして知らねーの?」

「ああ…。味噌は白だけだと…」

「マジかよ…。味噌はほかにもあるぞ。白・合わせ・赤・こうじ──」

「お、おい…ちょっと待てよ…あ、赤ってなんだ? そんなカラフルなものもあるのか!?」

「カラフルって…」

「んじゃぁ、緑とかオレンジとかも──」

「あるかぁー!?」

「な…んだ、ないのか…」

 〝つまんねぇ…〟とぼやく克己に、直哉は呆れる。秀行は、これまた至って平然としていた。

「おい…秀行…」

「ああ…?」

「いいのか、この程度の常識で…?」

「まぁ…誰にでも不得意はあるからな」

「不得意ってゆーレベルかよ…?」

 こめかみを抑え深い溜め息を付いた直哉だったが、ある予測が脳裏をかすめ、顔を上げた。

「なぁ…ひょっとして、お手上げ状態なのか?」

「……………」

「ヒデ…?」

「キュウリの外と中とでは、なんで色が違うって聞かれたら、お前はなんて答える?」

「はぁ…?」

「色の違いだ。──答えられるか?」

 初めて聞くその質問に、直哉は全てを悟った気がした。

「…それって、いつの話だ?」

「一年ほど前」

「……………」

 今度は直哉が言葉を失った。

「──なぁ、ヒデ。ほんとにガッコー休んじゃダメなのか?」

 自分の事が話題にされているにもかかわらず、全く気にしていないのか、克己は最後の許しを貰う為に口を開いた。

「ああ、ダメだ」

「ちぇーっ!!」

(ほんっと、知らねーぞ、ヒデ!? そっちに走ったら、俺はここから出て行くからな!!)

 殆どヤケクソになって朝食を平らげると、克己は家を出て行く間際に捨て台詞の如く吐き出した。

「山ちゃん、ぜってー、仕事行けよな!!」

 勢いよく〝バタンッ〟とドアが閉まると、一瞬だけ沈黙が流れた。

「秀行…」

「ああ…?」

「ぶ……」

「ぶ…?」

「ぶわぁは…はは…あははははははー!! おんもしれ~!! もう、サイコー!! あはははははは~!! ほんっと、サイコーだよぉ~~!! く、くるし……」

 テーブルをバンバンと何度も叩き、二日酔いの頭痛はどこへやら…お腹を抱えて床に転げだしてしまった。

 秀行は、そんな直哉を見ながら黙々と食器を片付け始めた。何を言っても、今はまともに話すことなどできないからだ。──とは言うものの、敢えて何かを話すこともないのだが…。

 しばらくして、ようやく笑いもおさまり始めた。

「秀行…?」

「なんだ?」

「あいつ、すっげー勘違いしてるよな?」

「…させてるんだろ、お前が」

「そうかもしんねーけどよ…あそこまで信じきれるっつーのも珍しーぞ…?」

「まぁな…」

 今にも再び笑いだしそうな勢いだったが、直哉はあることを思い出した。

「──あ、そういや、明日だったよな?」

「ん…? あ、ああ…そうだな…」

「オレも交わっていいのか?」

「当たり前だ。カツの為にも来てやってくれ」

「カツ…?」

「ああ。明日、あいつの誕生日でもあるんだ」

「なっ…マジ!?」

「ああ…」

「へ…ぇ…。珍しいことがあるもんだな」

「ああ…」

「よっし、分かった。またジュースでも買ってきてやろーっと ♪」

(楽しんでるな、完璧に…)

 壊れた克己が見れると思うと、今から楽しみになるのだろう。語尾に〝♪〟が付いているのも、直哉の顔を見れば分かることだった。

「じゃぁ、お前も早く会社に行けよ?」

「えぇ~!?」

「…行くんだ」

 秀行は、薬箱から二日酔いに効く錠剤を取り出し直哉に手渡すと、半ば強制的に家を出て行かせた。

 騒がしい二人を見送って、やれやれと溜め息をつく。

(さてっと…オレもさっさと片付けてねーとな…)

 そう思いながらドアに背を向けた時、再びガチャリと鳴って直哉が顔を覗かせた。

「どうした、忘れものか?」

「──あいつ、今日はえ~ぞ、帰ってくんの。じゃぁな!」

 面白おかしそうにそれだけ付け加えると、さっさとドアを閉めた。

(──たく。そんなことは言われなくても分かってんだがな)

 直哉の言葉を真に受ける克己だ。秀行と直哉を二人っきりにさせる時間を一分でも短くする為に、学校が終わったら走って帰ってくるぐらいの事は見当がつく。

 しかし、今日は秀行のバイトの日。その事を覚えているかどうかは、さすがの秀行も見当が付かない。

(バイト先に寄らず、そのまま家に直行するかもな…)

 一瞬、バイトが終わってから待つべきか待たぬべきか…と考えたが、すぐにやめた。理由は簡単。

(面倒くさっ…)

 ──だった。

 それから洗濯を終え部屋の掃除を済ませた秀行は、意を決して嫌いな場所へと足を運んだ。

 全ては、明日の為に…。




 そして翌日。

 学校から帰ってきた克己は玄関を開けて驚いた。

 見覚えのある靴…。

 軽い鞄を自分の部屋に放り投げ、リビングに入り込む。

「お、親父ぃ…!?」

「おう。元気だったか、克己」

 テレビの前では克己の父親──謙三──が、ゲームのコントローラーをしっかり掴んで座っていた。

 ゲームは克己の趣味のオートバイレースだ。

「な…んだよ、突然…? 俺を偵察しに来たのか!?」

「偵察…? 失礼な事を言う息子だな?」

 テレビ画面から目を離さず答える。

「じゃぁ…なんで急に来たんだよ?」

「あ…? ………お、おしっ…もうちょい──」

「なぁ…?」

「そりゃお前─…ぬぅ…ど、どきやがれ…ジャマだ──」

「おい、親父…聞いてんのか?」

「ああ…。こなくそ………どりゃぁー!!」

 まったくもって克己の質問には答えず、ゲームに夢中だ。それならば質問を変えてみようと試みる。さっきから秀行の姿が見えないのが気になっていたのだ。

「なぁ、ヒデは?」

「んんんっっっ~~~!!」

(ダメだ…こりゃ…)

 諦めて部屋に戻ろうとした時、玄関のドアが開いた。現れたのは秀行だった。

「ヒデ…どこ行ってたんだよ? 親父が来てんだぞ?」

「ああ…」

「ああ…って知ってたのか?」

「当たり前だろ。親父はここの鍵は持ってないんだからな。オレが出かける時にちょうどやってきたから、留守番を頼んだんだ」

「…そうか。──で、何しにきたんだ? 俺の偵察か?」

「いや」

「じゃぁ、なんだよ?」

(コイツ…自分の誕生日も覚えてないのか?)

 真剣に聞き返す克己に本当のことを言ってやろうとした秀行だったが、直哉がまだ来てないためやめた。

「…すぐに分かるさ」

 それだけ言うと、持っていた小さな紙袋を隠すようにリビングに向かった。克己はそんなことに気付く様子もなく、〝なんだよ、すぐに分かるって…〟と秀行の答えに不満の色を浮かべていた。

 リビングに入った秀行は、二日前の時のように愕然とした。

「お…やじ……」

 その三文字に秀行の頬は引きつっていた。

「お、おおー、お帰り。早かったな…?」

 親父と呼ばれ、さっきまで克己の話を聞かなかった謙三が、〝ポーズ〟のボタンまで押して振り返る。

「どうした…?」

「…なんなんだ、これは?」

 この言葉も何度言ってきただろうか。指差された場所を、昨日の克己のように見回す謙三。そこには、ゲームやDVDや本が散乱としていたのだ。

(いくら親子で似てるからって、こんなところまでソックリとは……)

「あ…あぁー、ワリーな」

 叱られた子供のように、そそくさと片付ける。

(こんな親父だったか…?)

 ブランコ事件の時の父親を思い出し、比べてしまう。

 大きな溜め息をつきながら夕飯の準備に取り掛かり始めると、タイミングよく玄関のドアが開いた。

「来たぞぉー」

「おぅ!? 山ちゃん!? どーしたんだよ、二日連チャンで──」

 危ないヤツだと思っていても、克己は直哉を拒否しない。なんだかんだ言っても気に入っているのだ。

「いやぁー、今日も飲もうと思ってな。──ほら、これ」

 そう言って、克己にジュースを渡す。

「おーっっ、サンキュー♪」

 早速、冷蔵庫に入れる克己。

「──あ、ひょっとして親父さん?」

 リビングで散乱したものを片付けている謙三を見て、即、秀行に尋ねる。

「…ああ」

「そうか、この人が…」

「本家本元、カツに血を分けてるからな」

 秀行にも流れている血だが、父親と母親の割合から行くと父親の血のみを九十九パーセント受け継いでいるといっても過言ではないだろう。

 ボソリと呟いた秀行の言葉の意味を、直哉はすぐに理解した。これからのことを考えると楽しみでしょうがない。直哉が玄関を入ってきて二人と会話しているにもかかわらず、それに気付かないところが、既に直哉のアンテナを刺激していたのだ。

 直哉は片付けている謙三の近くに歩み寄った。

「こんばんは、親父さん。オレ、山﨑直哉です。秀行とは高校時代からのダチで──」

「おぉー、そうか、そうか。今、秀行に怒られてな…」

「オレも、手伝いますよ」

「ほんとか!? いやぁ~、助かるなぁー。こういうのは苦手で…」

「分かってますよ」

「そうか! すごいな、君は。もう、俺の性格が分かったのか…。いやぁ~、すごい!!」

 感激する謙三の手は、既に動いていなかった。直哉は直哉で、一生懸命笑いを堪えている。それでも何とか片付け終えると、今度はカメラを持ち出した。

 直哉は秀行の手伝いを始める。

「よしっ! 撮るぞ!!」

 なにを思ったか、ポーズも何も関係なしに部屋の中でパシャパシャとシャッターを押し始めた謙三。しかも自分を入れて、だ。

「うおー、俺も入れろ、親父」

 飛びついたのは、もちろん克己だ。

「よぉ~し、ここで一枚! それから………ここでも一枚!!」

 そのうち、自分達だけでは飽き足らず、直哉や秀行にまでレンズを向けた。

 写真が嫌いな秀行は、何気に直哉の影に隠れる。

 それでもフィルムが二本…三本…と増えていくと、嫌でも映ってしまう。

「親父…あとで写真なんか持ってくるなよ?」

「なんでだ?」

「なんでも、だ」

「いいじゃねーか、ヒデ。写真が嫌いでも、映っちまったもんはしゃーねーだろ?」

 理解できないと、口を挟んだのは克己。しかし秀行は首を振った。

「ちなみに、カツの映った写真も持ってくるなよ」

「なんだよ、ヒデ…。俺の写真はいーだろ!?」

「ダメだ」

「なんでだよぉー!?」

「理由は、簡単明瞭だ。親父の家にある写真はどこにある?」

「どこって…ダンボールの中──」

 ──とそこまで言って、ようやく気付いた。

「ヒ、ヒデ…?」

「なんだ?」

「ひょっとして…写真が嫌いなんじゃなくて…片付けるのが面倒だから撮らないだけなのか……?」

 思い付いた理由があまりにも理解できない事だった為、恐る恐る訊いてしまう。

 返ってきた答えは案の定──

「その通りだ」

 ──だった。

 もはや、克己も謙三も開いた口が塞がらない。いや…正確に言えば、その開いた口の理由はそれぞれが違った。

「そんなことが理由かよ…!?〟

 これが、克己の気持ち。そして、

「あいつと同じだ…〟

 これが、謙三の気持ちだった。



 そんなやりとりがあったものの、夕食が出来上がるとその豪華さに克己は目を見張った。

「な、なんで…こんなに豪華なんだ?」

「知りたいか?」

 秀行の問いかけに大きく頷く。

「こういう事だ」

 そう言って冷蔵庫から大きな箱を取り出し、克己の目の前に置いた。

「この箱はもしかして──!?」

 そう言うや否や箱を開ける。

「うおぉぉぉぉ~、デッケェ、ケーキ!!!」

「おめでとう、克己。十代最後の歳だな。このケーキは俺からだ」

 最初にそう言ったのは父親の謙三。甘いものが好きなのは謙三も同じだ。故に、こういう時に貰って一番嬉しいものはよく分かってるのだ。

 予想通り克己は大喜びだった。

「──で、さっきのジュースがオレからだ」

「ジュースだけぇ?」

「ああ。──けど、喜べ。あのシリーズのジュースは全部で四種類。それを一箱づつ買ったんだ。そのうち酒屋…あ、いや……店の人が届けてくれるからよ」

「そうか。山ちゃん、サンキューな!!」

「おぅ!!」

 甘党は謙三も同じだ。このジュースが、のちに克己だけではなく謙三までも壊すことになろうとは…。なかなか罪なジュースだった…。

「これは、オレからだ」

 秀行は、帰ってきた時にそっと隠した紙袋から包まれた四角いものを克己に渡した。

「おぅ! サンキュー!!」

 ラッピングした人が気の毒になるほど、克己はビリビリと豪快に包装紙を破り開けた。

「写真立て…?」

 隣にいた直哉が裏返しになったもの見て呟く。

(秀行の趣味じゃねーよな…?)

 らしくないプレゼントに少々驚いたが、写真立てをひっくり返すともっと驚いた。

(これは──)

「なんだぁ、これは?」

 写真立てだけでも〝ほしい〟とは思わないのに、中には若い女性の写真が入っていたのだ。

「おい…写真立てだからって、中身入れなくてもいーだろーが?」

「なんだ、気に入らないのか?」

「いや、そーゆー問題じゃなくてよ…。写真立てがメインなんだから、空でいいじゃねーかって事。しかもよ、グラマーな姉ちゃんならまだしも、微妙に機嫌悪かねー、このモデル?」

「フム…」

「どれ、俺にも見せてみろ」

 秀行と克己の間に入ったのは謙三。半ば強引に克己から写真立てをとり上げる。

「おぉ、これは!!」

「なんだよ、親父。知り合いか?」

「な、懐かしいぃ…」

「はぁ?」

「若かりし頃のヒトミじゃないか。いつ見ても美しいなぁ、やっぱり」

 うっとり見つめるその視線に、克己の中であらぬ想像が膨らんだ。

「お、親父…まさか…昔の愛人ってんじゃ──」

「まだ、こんな写真があったとはなぁ…」

 写真に見惚れ、克己の言葉などまるで耳に入らない。

「──っつーか、なんで親父の愛人の写真をヒデが持ってんだよ!?」

 克己はそのイライラを秀行にぶつけた。

「別に愛人ってわけじゃ──」

「じゃぁ、誰なんだよ?」

「なんで、そんなに不機嫌になる?」

「あのなぁ~。フツーは写真立てを贈る場合、そいつの好きな写真を入れろって意味で何も入れねーだろ? なのに、カンケーないただのモデルでさえいらねーのによ、親父の愛人だか、知り合いだかの写真なんて入れられてみろ。気分のいーもんじゃねーっつーの!!」

「…フム、喜ぶと思ったんだがな」

「……………」

 本気で喜ぶと思っていたのか、不機嫌になった克己を見て不思議な顔をする。

「でも、綺麗だろ?」

「──だったら、どうだってんだ?」

「お前が欲しそうだったから、頑張ったんだぞ?」

「はぁ!?」

「好きな写真を入れるのは当たり前だが、ここにはないからな」

「…わ、わけわかんねぇ…」

「もう少しハッキリ言ってやれよ、秀行。プレゼントのメインが写真立てじゃなく、その、写真だってな」

「あん?」

 二人の会話がいつになっても交わらないと判断した直哉が、これなら分かるだろうとヒントを出したのだが、深く考えられない克己に理解できるはずもなく…。そんな状況を把握してない謙三が更に続く。

「克己、これ俺にくれないか?」

「なに!?」

「いやぁ~。あいつ写真に撮られるの嫌いでなぁ…。ここまでちゃんとした写真は、俺でさえ持ってないんだ」

「あいつ…? 写真に撮られるのが嫌い…?」

 最後の一言を繰り返して、克己はハッとした。

「ま、まさか…ヒデ、これって!?」

「ああ」

 〝やっと気付いたか〟と、自分の苦労がようやく報われた秀行。

「そ…うなのか…これがお袋…」

 若かりし頃の母親を改めて見つめ、懐かしさを思い出しはじめる克己だったが、その直後、直哉の言葉に耳を疑った。

「──の、格好をした秀行だ」

「あ…!?」

「なに!?」

 ほぼ同時に驚きの声を上げたのは、さっきまで見惚れていた謙三

挿絵(By みてみん)

 写真をとり上げ、感嘆の溜め息を付くのは直哉だった。

「しっかし…ほんと、似てるよなぁー。お前がお袋似だってのは分かってたけど、ここまでとは…。いや、マジいい女だぜ。お前が女でも惚れるな、オレは」

「お…い…ちょっと待てって──」

「んあ、なんだ?」

「それが、ヒデって…どーゆーことだよ?」

「どーゆーって…そのまんまさ。なぁ、ヒデ?」

「ああ」

「ああ…って、それだけかよ?」

「他にあるか?」

「そーじゃなくて…なんでこんな格好してんだよ? まさか、ホモじゃない代わりにカマの気があったなんてゆーんじゃ…」

「お前がお袋に会いたそうだったからな。考えた末の結果だったんだ。会わす事はムリだが、写真なら…と思って頑張ってみた」

「みた…って……おまっ…マジ…?」

「ああ」

(考えた末の結果がこれって…どうゆーノーミソしてんだ、ヒデは?)

 普段の秀行からは想像もつかない…あまりにもバカげた結果に、今やその行動自体が天然か否か分からなくなっていた。

「そ…うなのか。これはヒトミじゃなくて、秀行だったのか…」

 なんとも複雑な顔を浮かべる謙三。

「──つーか、なんで、親父が気付かねーんだよ?」

「いやぁ~、長年見てないと分からなくなるものだな。けど、俺は妙に嬉しいぞ…」

「おいおい…」

「秀行、俺の誕生日の時は、ナマで見せてくれな?」

「…………」

 親とも思えぬその要望に周りの目はテンだったが、一瞬後には克己の大爆笑を誘った。

 克己の頭の中では、この写真を撮ったときの光景から、おそらく謙三の要望である誕生日にナマのお袋姿が見れるところまで容易に想像できてしまったのだろう。

 笑いで置き去りにされた写真を見て、秀行はひとつ小さな溜め息を付いた。そんな表情に謙三が不思議そうに聞く。

「どうした、秀行? なんか不満か?」

「自分では頑張って笑ったつもりなんだがな」

「なに…?」

「…そんなに機嫌悪そうか?」

 〝どう思う?〟とばかりに写真を直哉に向ける。

 相変わらず変な所で天然が出る秀行だ。豪快に笑う克己の声につられ、その天然ぶりに直哉も笑いが込み上げてきた。

「…ク…ハハ…アハハハ」

「なんだ、何がおかしい?」

「いや…別に……フハハ……ひ、秀行…」

「あ…?」

「オレも…たまには会わせてくれな。……お、お前のお袋によ…」

 〝笑うのは難しいものだな…〟と一人真面目に呟く秀行を見て、直哉は堪えきれなくなって克己たちと一緒に笑い転げた。




 誕生日パーティと称したどんちゃん騒ぎは夜遅くまで続いた。

 初めてジュースを飲んだ謙三は、酔い潰れてソファでイビキをかいて深い眠りについた。ジュースを飲むのが二回目になる克己は、まだかろうじて起きていた。そんな時、直哉がポケットからなにやら取り出した。

「秀行、これはオレからだ」

 渡されたのは小さな箱。

「なん──」

「あ~~~~!! その小せぇ箱はぁ~~なんだぁ~~!?」

 秀行の言葉を遮って、克己が大声を出す。

「オレからの誕生日プレゼントだ」

「なにぃ…!?」

 そうなのだ。秀行と克己の誕生日は同じ日だったのだ。兄弟揃って同じ日とは珍しい…それが昨日の会話だった。

「何で…ヒデにぃ…? 俺じゃねーのかよぉ…?」

「お前にはやっただろ」

「あ~~~、そっかぁー。そーだなぁ…にゃはは…。でもよぉ~、これって…あれじゃねーのぉ?」

「あれとは?」

「あれっつったら、あれだよ、あれ! こぉ~んな形の箱は、たいてい決まってんだ、指輪って──」

 ──とこまで言って、酔いながらもハッとする。

「なに!? 指輪だとぉ!?」

「おいおい…お前が自分で言ったんだろ…?」

「指輪なんて…指輪なんて…受け取るんじゃねーぞ、ヒデェ!!」

「ばぁ~か、安心しろ。そんなんじゃねーから」

「ホントか!?」

「ああ」

「間違いねーだろーなぁ~?」

「しっつこい!!」

「フン! ──なら、貰ってよし、だ。ヒデェ、開けちまえぇー」

 酔いまくった克己からようやく許しがおりて、秀行は箱を開けた。

「これは…?」

 取り出したものは、リボンのついた鍵ひとつ。

「オレんちの愛の鍵だ」

「なにぃ~!! そっちの方が、ヤバイじゃねーかぁ~!!」

 途端に騒ぎ出す克己。だが二人は既に相手にしてない。

「オレ、最近一人暮らし始めたんだ。そこの鍵さ」

「そうか…」

「オレんちにもいつでも来いよ」

「…そうだな。サンキュ」

 直哉は軽く頷いた。

 騒いだかと思ったら、今度は急に大人しくなった克己。そして呟く。

「……やべぇ」

「どうした…?」

 吐きそうなのかと心配したが、どうもそうではなさそうだ。

「俺…なぁ~んも、用意してねーぞぉ~。なぁ…ヒデ…どうしよ…?」

「そんなこと…」

「だってよぉ…俺…知らなかったからよー。なぁ…何がほしいんだ、ヒデはぁ?」

「オレは…そうだな…」

「…頼むから…女装だけは勘弁してくれな…?」

 真っ赤になった顔で真剣に頼む克己をみて、珍しく噴き出しそうになる秀行。すでに隣にいた直哉は笑いで顔が歪んでいた。

「…オレは、お前が笑ってればそれでいい」

「…………!」

 その言葉に克己は何も言えなくなった。一気に酔いも冷めてしまった感じだ。

「どうかしたか、カツ…?」

「ど、どうしたって…よぉ…ヒデェ…」

「ああ…?」

「そーゆー言葉は…女に言ってやれよ…」

「そうか…?」

(マジ…酔ってなかったら、俺…ぜってー、ぶっ倒れてるな…。この天然…どうしたものか……)

 二人を見ていた直哉の目からは涙が流れていた。

(サイコーすぎるぜ…この兄弟…!!)

 喋るのも困難なほどだったが、直哉はどうしても言いたいことがあって口にした。

「ひ…秀行…ふはは…」

「なんだ?」

「オ…オレの誕生日の時…ぶわぁはっ…オ…オレにも…そう言ってくれ…な…? どぅわはは…あははは…あはははは……」

「それだけでいいんならな…」

 真面目に答える秀行に、直哉の笑いは当分おさまらなかった。

(もー、マジ、サイコー!!!)

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