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兄弟  作者: Sugary
本編
5/22

5 進学論争、決着

 克己が入院して三日が経った。

「ヒデ…」

 病室に入ってきた秀行を見るなり、克己はいつもより増して不機嫌な声を出した。

「どうした?」

「どーしたじゃねーよ。今までどこ行ってたんだよ?」

「…見学」

「見学?」

「ああ。──それより、なに怒ってんだ?」

 〝見学〟と聞き、こんなところで見学する所なんてねーだろ…? と素直な疑問を抱いた克己だったが、〝なに怒ってる?〟の一言でその疑問も吹き飛んだ。

「見ろよ、コレ!」

 怒っていた理由を思い出し、克己はぶっきらぼうに自分の左腕を秀行の目の前に差し出した。腕には酒精綿がテープで貼り付けられている。

「ああ、ちゃんと採ってもらえたようだな」

「ちゃんとじゃねーよ! 俺は、ぜってー、嫌だって抵抗したのに、あいつらが無理やり俺の体抑えて採ってきやがったんだよ!?」

(フム。嫌がる克己から採血するとは、看護婦さんもなかなか強い…)

 朝の出来事を思い出し、だんだんと怒りが込み上げていく克己とは反対に、秀行は妙な所で感心していた。

「なぁ、きーてんのか?」

「あ…ああ…」

「もともと、あちこち痛くて動けねーんだからよ、逃げるに逃げれねーんだ。ヒデがあいつら止めてくれるはずだったろ!? 肝心な時にいなくなっちまって…。試験管みたいなもんに三本も採られたんだぞ!!」

(入院している以上、定期採血ってもんがあるから仕方ねーだろ…って言っても、納得しねーだろうなぁ…)

 秀行は心の中でそっと溜め息を付き、変わりに今仕入れた知識を話すことにした。

「…あれはスピッツって言うらしいぞ」

「は…?」

「茶色の蓋が付いてるのが、生化学検査で──」

「おい…?」

「紫色の蓋が──

「おい!!」

「あ…? なんだ?」

 さっきより、明らかに不機嫌さが増したことが分かる。

「ヒデ…お前どこに見学に行ってたんだよ?」

 今の説明で予想はつくが、敢えて聞いてみる克己。

 案の定、返ってきた答えは、

「採血室…」

 だった。

(やっぱり…)

「献血したかったんだけど、病院じゃやってないみたいで──」

「それで、採血の見学か?」

「ああ」

 その二文字には、〝仕方がねーから、採血の見学だけにした…〟という言葉が聞こえてきそうだった。

 自分からは理解しがたい言葉ばかりで、いい加減、怒りを通り越してウンザリしてくる。

「ヒデ…」

「なんだ?」

「献血だけはやめろよ?」

「どうしてだ?」

「お前の血を輸血されたら、犯罪者が増える…」

 過去に〝血が見てみたかった…〟なんていう理由で人を殺したヤツは、ひょっとして、ヒデの血を輸血されたんじゃないかと、考えてしまう克己だった。


「先生ー、弟さんはどうだね?」

 数秒の沈黙が流れた時、花とケーキを持って中年の男性が現れた。

 〝おっちゃん〟だ。

 克己はおっちゃんに会ったことはない。しかし、どこかで見たような気がした。

「おっちゃん、お見舞いに来てくれたのか?」

「ああ、もちろんさ」

「悪いな…」

「いやぁ、こっちこそ…。──あ、これ、食べてくれ」

 おっちゃんは、ベッドごと上体を起こされた克己にもケーキを見せて渡した。

「サンキュー。克己は甘いの好きだから…な?」

「あ、ああ…サンキュー」

 さっきから〝どこで会ったんだ?〟と一人考えていた克己は、秀行から暗に〝お礼〟を促され、言葉を返した。

「いやぁー、それにしても、先生 強かったなぁ」

「おっちゃんが来てくれなかったら、正直ヤバかったけどな」

 秀行はそう言いながら椅子を勧めた。

「お、ありがとよ。──ヤバイたって、先生のヤバさはちと違うだろ?」

「……かもな」

 秀行の言葉に、おっちゃんは小さな笑みを浮かべた。

 克己にとって二人の会話は意味不明で、しばらくは中には入れなかったが、おっちゃんの笑みをキッカケにようやく口を挟むことができた。

「…なぁ?」

「ああ、なんだ?」

「…誰?」

 とても単純な質問だった。しかし、その後の説明は驚くものだった。

「おっちゃんは、山本組の元組長だ」

「は…!?」

「九代目だったか?」

 秀行は平然とおっちゃんにふった。

「ああ。一年前に引退してな」

「ちょ、ちょっと待てよ…。山本組つったら…あいつらだろ…!? なんで──」

「カツも感謝しろよ。おっちゃんが来てくれたから、穏便に事が運んだんだからな」

「はぁ!?」

 〝どういうこった?〟

 ──とまるで状況がつかめない…。

 その顔を見て、秀行が更なる説明を加える。

「おっちゃんは、オレがあいつらに連れ去られるのを偶然見かけて、後をつけてきたんだよ。引退して一年経っちまったから、下っ端の弟分もだいぶ顔が変ったらしいけど、何人かは知ったヤツがいたから、自分の組だって事が分かったんだ。──で、後をつけてきたら、あの状況さ。オレがあいつらとやり合ってるのを見て、助けに入ってくれたってワケ」

「まぁ、あのままでも先生は負けそうにもなかったんだけどなぁ。ほっとくと、先生、殺人犯になりそうでよ…」

 どこにでもいそうなただのおっちゃんが、元組長だなんて…と半分以上信じてなかった克己だったが、〝殺人犯〟という言葉を笑顔で吐かれては、もう信じるしかない…。

 しかし、信じる気になったのはもう一つあった。おっちゃんとどこで会ったのか、今の説明を聞いて思い出したのだ。

(そーいや、ヒデから顔を背けたとき、こんな顔があったような…)

「あ、ありがとよ、おっちゃん…」

 山本組の元組長とはいえ、助けてもらったことには感謝しなきゃな…と思い、そう言った。おっちゃんも、元組長だとは思えないほどの笑顔で〝いやぁ…〟と複雑そうに返してきた。

(それにしても、〝ヤバイっつー意味がちと違う〟って言わせるなんて、ヒデもあぶねーなぁ…)

 さっきの会話がようやく分かり苦笑いを浮かべたが、同時に疑問も湧いた。

「なぁ、ヒデ?」

「ああ?」

「おっちゃんが元組長っていうのは分かったけどよ、いったいどこでどう知り合ったんだ?」

「ああ…」

 ──と一瞬間を置くと、おっちゃんをちらりと見た。そして答える。

「パチンコさ」

「は…?」

「──ただのアルバイト仲間。な、おっちゃん?」

「ああ、間違いねぇ」

「…もっとも、おっちゃんが組長だったっていうのは、あの時初めて知ったけどな」

(……マジかよ)

 フツーに会話を楽しむ二人を見て、克己はしばしボー然とその光景を見ていた。


 しばらくすると、おっちゃんは開店準備のため帰っていった。

 時間も十五時という事で、差し入れされたケーキを食べる克己。ショートケーキは、かわいらしいイチゴとフルーツがたくさん載ったものだった。元組長がどんな顔をしてこのケーキを選んだのか、想像すると妙に笑けてくる。

 甘いケーキを嬉しそうに頬張る克己を見て、秀行はあの話題を口にした。

「カツ、大学はどーすんだ?」

「げっっ。こんな時にまたその話か!?」

「いつだってそう言うだろーが?」

「前々から言ってんじゃねーか。受験は一回でいいってよ。それに、万が一行く気になったって、今からじゃ間に合わねーよ」

 〝だからその話は諦めろ〟

 ──言わんばかりに、大口を開けてイチゴを放り込む。

 しかし、その一言に秀行の目は光った。

「行く気になったら、どこにでも行けるさ。お前を欲しがってる大学はたくさんあるからな」

「……どーいう意味だ?」

「学校に一番近いパチンコ屋、あるだろ?」

「ああ」

「あの近くには、柔道で有名な高柳大学のOBが住んでんだ」

「…………」

「それから、三丁目のパチンコ屋の近くには、剣道で有名な葛城大学の教授が住んでるし、川向こうのパチンコ屋の近くには、格闘技で名を上げようとしてる──」

「なぁ、ヒデ?」

「なんだ?」

 秀行がつらつらと喋り始めたのを聞いて、克己は途中でその言葉を遮った。すでに、何を言おうとしているか読めたのだ。

「ひょっとして、俺を欲しがってる大学ってーのは、八校もあるって事か?」

「五校、だな」

 秀行の返答に、克己は大きな溜め息をついた。

「その為に、わざわざパチンコ屋を変えてたのか?」

「まぁ、半分は」

「半分?」

「ああ。オレの三原則は前々からだ。そこに、カツを売る計画を盛り込んだだけの事さ。まぁ、合理性だな」

「合理性…ね…」

「そういうこと。──で、どうする?」

「どうするも何も……。だいたい、俺が大学に行ったとして、何のトクがあるってんだ?」

 その質問に、秀行はここぞとばかりに真剣な目をした。

「……カツ」

「な、なんだよ…?」

「オレは、親父から頼まれたんだ」

「大学に通わせろってか?」

「いいや。〝学生の間だけでも頼む〟ってな」

「……………」

 今や、克己の考えは変りつつあった。

「ヒデ…」

「ああ?」

「俺、格闘技やりてぇ…」

 克己の答えに、秀行は初めて笑顔というものを克己に向けた。

 その笑顔を目にした克己は、小さな頃の〝兄ちゃん〟を思い出し、妙に嬉しくなった。

「──けどよ、ヒデはどーなんだよ?」

「なにが?」

「俺と一緒に住めて、どこがトクなんだ?」

 もやは、返ってくる言葉は分かっていた。だけど、本人の口から聞きたくて、そう質問してみた。

 秀行は答える。

「お前は、オレのブレーキだからな」

(やっぱな…。俺が健康である以上、ヒデの暴走はないってことか。ゆえに、ヒデにとって俺は必要なんだよな)

 その結論に、克己は十分に満足した。

 しかし、もうひとつだけ満足させて欲しいことがあった。

「ヒデ…」

「今度はなんだ?」

「……退院させてくれ」

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