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兄弟  作者: Sugary
本編
4/22

4 ちぐはぐになった理由 ※

                ※     ※     ※


 ──地震?

 そう思うや否や、秀行はゆっくりと目を開けた。しかし、視界は薄暗く何も見えない。そんな時、遠くの方で自分の名前を呼ぶ男の声が聞こえてきた。

「秀行…秀行…どうしてこんなことを…!?」

(〝こんなこと?〟──って、オレなんもしてねーけど?)

 無実の罪を着せられた感覚で、不愉快になる。

(それより、この地震はなんなんだ? えらく大きいぜ?)

 不愉快な上に地震の揺れがまったく収まらず、何とかしてくれと言いたくなる。そのうち、視界をさえぎっていた薄暗さがだんだんと明るくなって、霧のようなものが〝サー〟っと晴れていった。

 目の前に現れたのは、悲痛な面持ちで秀行の腕を掴み、〝どうしてだ?〟と何度も秀行の体を揺らしている三十代の男だった。

(お、やじ…?)

 男は若い頃の親父だった。

(なんでこんなに若いんだ?)

 そんな疑問が浮かび答えを探そうとした時、今度は周りのうるささに耳を奪われた。思わず父親から視線を外し、自分の周りを見渡す。

 自分より背の高い大人達が、様々な形相で自分とある所を見ていた。冷ややかな視線もあれば、気の毒そうに見つめる視線もある。人と人の間から、時々顔を出すのは興味だけの視線…。

 秀行は、皆の視線が自分と往復するある所にも目をやった。

 白い服を着た二人の大人が、血だらけになった子供を白地に赤の線が入った車に運び込んでいるのが見えた。その脇には、取り乱した母親らしき女性がいる。

(救急車? 事故かなにかか…?)

 他人事のようにそう思ったが、すぐに〝じゃぁ、なぜオレまで変な目で見られている?〟という疑問が湧いてきた。すると、このうるささの中でひと際クリアに聞こえてきた声があった。

(泣き声…?)

 そう確信するや否や、視線は父親の後ろを捉えていた。泣いていたのは四歳の男の子だった。

(カツ…!?)

 心の中で叫ぶが早いか、秀行は自分の意思とは関係なしに喋っていた。

「あいつが悪いんだ。あいつが克己にケガさせたから…」

(カツにケガ…?)

 この時になって、ようやく自分が八歳の子供だと分かった。そして、これが過去の出来事だという事も…。


                ※     ※     ※


 秀行はふいに目を覚ました。

 夢を見ていたのだ。

(やな夢、見ちまったな…)

 秀行は、大きな溜め息と共に片手で目を覆った。

 懐かしい思い出とはいえ、こんな夢を見たら誰だって気分も悪くなる。

(──にしても、すっかり忘れてたな、あんな昔のこと…)



 それはまだ、家族四人で住んでいた頃の事──

 克己はよくいじめられていた。弟を欲しがっていた秀行にとって、四歳年下の弟は何ものにも変えがたいほど大事な存在だった。だから克己が泣いて帰ってくると、全てのことを放り投げてでも仕返しに行っていたのだ。おそらく、〝親より、自分のほうが克己を大事に想っている〟と、幼な心に自負していたに違いない。

 ある日、秀行が克己を連れて公園に遊びに行った時だった。いつも克己をいじめるヤツがいないのを確認すると──いたところで、手出しはさせないが──秀行は安心して自分も遊んでいた。そんな時、急に激しい克己の泣き声が秀行の耳をつんざいた。何事かと思い、咄嗟に克己の姿を探す。目に飛び込んできたのは──

 額から血を流した弟の姿だった。

 仕返しされた子供の兄が秀行の存在に気付かず、ブランコで遊んでいた克己を横からけり落としたのだ。そのせいでブランコから前のめりに転げ落ちた克己が、額を地面に打ちつけたという事だった。

 克己の額から流れ出る血と叫びにも聞こえる泣き声は、一瞬にして秀行から理性を奪ってしまった。そして、自分と同じぐらいの相手に飛び掛ると、我を忘れてボコボコに殴り続けていたのだ。

 それが、あの救急車に運ばれる映像だった。

 頭のケガは他の場所より血の気が多い。ゆえに、克己のケガも大したものではなかった。秀行が殴り続けた子供も、打撲と頬の骨折があったものの、幸い命に別状はなかったのだが、それをキッカケに秀行の家族は崩壊してしまった。

 〝このままでは、秀行も克己もダメになってしまう〟

 それが両親の下した判断だった。

 秀行たちは、それぞれの性格が似ている親が引き取る事になった。──秀行は母親に、そして克己は父親に…だ。

 大好きな弟と別れることになってから、秀行は思った。

 〝もう、二度と痛い思いはしたくない〟と。

 それ以来、母親が口癖のように言っていた言葉がある。それが、〝どんな時も冷静でいなさい…〟と言う言葉だった。

 いつしか、理由なんてものは忘れてしまったが…。



(いや、忘れてたんじゃねーか。忘れようとしたんだな、オレは…)

 過去のことを思い出しそう考えると、秀行は情けなさそうに苦笑した。

 しかし、すぐに部屋の雰囲気がいつもと違うことに気付いた。部屋の中は薄暗いのに、異様に静かなのだ。

 条件反射的に、テレビの上の時計に目を走らせる。針は天と地を指していた…。

(六時…?)

 静か過ぎる部屋を不審に思いながら、秀行は部屋の中を見て回り始めた。

 克己の姿はない…。

 秀行のアルバイトでない日は、遅くとも十七時には帰ってくるはずなのだ。

 昨日のケガもあるし、何より夢見が悪かったせいで妙な不安に駆られる。

(ちょっと、外見てくるか…)

 上着に喫煙セットが入っているのを確認すると、どこをどう歩こうかと考えながら部屋をあとにした。


 ぼんやりと歩いていると、いつの間にか昨日のパチンコ屋の前に来ていた。

 克己の通学路でもあるため、自然と足が向いたのか…。

 しかし、周りに克己らしき人物はいない。──というか、学生が見当たらないといった方が正しいだろう。秀行はバイトが終わった時のようにポケットから喫煙セットを取り出すと、タバコに火を付けた。

 ちょうどその時、何気に親子の会話が耳に届いてきた。思わず視線を向けると、ちょうど道の反対側で買物帰りの親子が歩いているのが目に入る。


「ママ、僕、明日も練習するよ。絶対、運動会で勝つんだぁ!」

「ゆう君は本当に負けず嫌いねぇ。そういう所、パパにそっくりだわ」


 手を繋いで目の前を通り過ぎる親子。よくある日常会話のひとつだ。

(そっくり…か)

 普段なら大して気にもならない会話だが、夢のせいで秀行はまた思い出してしまう。火を付けたにもかかわらず、タバコを吸うのも忘れた秀行は、口にくわえたまま親子の後姿を眺めていた。


「母さん…?」

「なあに?」

「どうして、僕は母さんと住んで、克己は父さんとなの…?」

 どちらかに愛情がないのかと、時間がたつたび不安になって思わず聞いてしまった。

 母親は困ったように小さく微笑み、子供には分かるような分からないような説明をした。

「秀行は母さん似で、克己は父さん似だから、かな…」

 案の定、秀行は無言になる。

「──秀行。人はね、自分にないものに惹かれるものなのよ。だから心配しないで。必ず克己と会える時が来るから」

 そう言った母親の目は、〝だから、秀行は母さんと、克己は父さんと住むようになったのよ〟と言っているようにも見えた。

 もちろん、この時の秀行に母の言葉が理解できたはずもない。


(あんな説明、八歳のガキに分かるかってーの…)

 秀行は、今更ながらに苦笑した。

 見た目からは無表情に見えても、タバコは正直だ。微妙な口もとの動きで、吸わないまま小さくしなった灰がひとかけら、地面に落ちたのだ。

 そのせいで火種が空気に触れ、より一層赤みを増す。それが秀行の視界にぼんやりと入り、再び現実の世界へ意識が戻された。

 今や、角を曲がったのか親子の後姿はなくなっている。

 タバコを大きく吸い込みながら、秀行は左手に持っていた携帯灰皿の蓋を開けようとした。

 その時だった──

 目の前の道路に高級そうな車が静かに止まったと思いきや、数人の男が降りてきて、秀行の周りを囲み始めた。

(また、か…)

 毎回のように同じ台詞を心の中で呟いたが、今回ばかりは少し違っていた。

(この格好は俗に言う─…)

 ──と思うや否や、一番前の男の襟元に目を向けた。

 襟元には、誇らしげに付けた銀のバッジが輝いていた。そこには、少し凝った字で〝山〟と彫られている。

(山本組、か…)

「あんたが、あのボウズの兄貴だな?」

 〝カツの兄貴ではあるが、ボウズの兄貴ではないな…〟

 などと、こんな時も極めて冷静に考えてしまう。しかし、もちろん声には出さない。

「ちょっと、顔かしてもらえるか、にぃーちゃんよぉ」

 さすがに、高校生のガキが言うよりは凄みがあると感心するものの、どうしても落ちてるな…と思うことがある。

(力もあるし、凄みもある。刃物や銃も扱えばヤクも扱う連中だ。誰が見てもレベルは上なのに、ファッションセンスだけは最悪なんだよなぁ。学生服を改造してる不良の方がよっぽど見れるぜ…)

 あまりにもレベルを落とす男たちの服装に、秀行は溜め息をつく代わりに、ほとんど吸っていないタバコを揉み消した。

 その仕草が〝了解〟を意味した為、秀行は両腕を掴まれながら、車の後部座席に乗せられた。


 秀行は車の中で〝説明〟を要求した。返ってきた説明によると、こうだ。

 二日前、克己にやられたリーダーには、あと二人の兄弟がいた。一人は、カツが〝少しはやりがいがあった〟と言った男だ。カツも肋骨を折られたが、それでもその男をぶちのめした。すると、更に上の兄貴が出てきた。それが、竹下と言う山本組に属する兄貴だったのだ。中幹部にいる竹下は、下の弟分を使ってカツを連れ去り、二人の弟達に謝るよう伝えた。しかし、どれだけ殴られても蹴られても謝ろうとしない。そこでカツの弱みであるヒデをダシに使えば、言う事を聞くだろうとふんだのだった。

(謝るわけないだろ、あいつが…)

 簡単ではあるが、カツがやられている事を理解するには十分な説明であり、秀行は言葉少なに、心の中でそう吐き捨てた。そしてそのまま目を閉じた。

(覚悟、決めないとダメだろうなぁ…)

 それは〝殺されるかも〟という意味での覚悟ではなかったが、秀行にとっては同じくらいの覚悟でもあった。ただこの時まさか、彼らの後をつけてくる者がいたとは誰も気付いていなかった。

挿絵(By みてみん)

「どうだ、謝る気になったか、ボウズ?」

(…なるわけねーだろ、このクソッタレ!!)

 そう言いたかったが、腹に力が入らない。

 〝彼〟を見れば態度も急変するだろうと予想していた竹下だったが、何一つ変らない克己を目にして、一瞬マトを間違えたかという疑問に駆られた。しかし、そんな気持ちなど表情にさえ表さない。

「なぁ? あんたからも、こいつに言ってやってくれないか?」

 竹下は今一度、克己の反応を確かめようと、今度は両腕を掴まれているその男に話しかけた。

 しかし話しかけられた当の本人は、克己より更に無表情のままで無言を決めこむ。

「まさか、ビビって声も出ないってんじゃねーだろーなぁ?」

 見たことのある目付きでバカにした笑みを見せた竹下。

 それまでまっすぐ見ていた男の視線が、冷ややかさを持って竹下に移された。しかしすぐに視線を元の位置に戻し、竹下の言葉を完全にムシすると冷静な口調で話しかけた。

 もちろん、話しかけた相手は無残な姿で地面に横たわる一人の男に、だ。

「…大丈夫か?」

 その途端、半分意識が飛んでいた克己の体がピクンと動いた。

(ヒ…デ……!?)

 本来なら、竹下をムシしただけで弟分から強烈な膝蹴りが食らわされる所だ。しかし、秀行の言葉に克己が反応した為それは免れた。

「おい、ボウズ。お前と違って、この兄貴はケンカ慣れしてねぇよな?」

(なに…しやがるつもりだ…?)

「オレらなんかが、ちょっと手をかければ簡単に死んじまう。そうだろ?」

(クソがぁ! ヒデに指一本でも触れてみやがれ…ぜってーゆるさねーからな…!!)

「どうだ? お前が一言謝ればそれで済むって言ってんだからよ、素直に頭下げてみろよ?」

(クソッタレ…!!)

 感情とは裏腹に、声が出ない。かろうじて唇が動くが、漏れるのは力のない空気だけだ。それなら立ち上がってやろうと腕に力を入れるが、脳の指令は筋肉にまで到達しなかった。

(くっそ…くっそぉ…!!)

「あんたも、言えよ? 〝謝ってくれ〟って。そしたらあんたも無傷で助かるんだぜ?」

 秀行の腕を掴んでいた男どもが、威圧を与えるように力を入れた。

(に…げろ、ヒデ…俺がいない時みたいに、逃げろよ…)

 心の中で秀行に届くよう強く願うが、当たり前のことだが克己の思いは伝わらない。

「おい、黙ってないで何とか言えよ、コラァ!?」

 まったく変らない秀行の表情は、ムシする行為と重なって相手の神経を逆なでしていく。しかし、秀行本人はそんな威圧をなんとも思っていない。

 気になるのは克己の体だけだ。

「カツ…お前、何本だ?」

 男たちの顔を誰一人見ずに、秀行は克己だけに視線を合わした。

(何本…? 何が何本なんだよ?)

 〝こんな時にまで、ワケの分かんねーこと言うなよ…〟

 ──と、腫れ上がって顔の筋肉も動かないというのに、ウンザリとした表情を作ってみる。

「昨日の入れて、何本いったんだ?」

 そう言われて、克己はようやく秀行の言いたいことが分かった。

(ヒデのヤロウ…知ってたのか。昨日、アバラ折られちまったの…)

 隠せない自分がまだまだだな…と思うのと同時に、気付いてくれたこと何だか妙に嬉しかったりもして、克己は小さく苦笑いした。

 しかし、秀行の質問に答えられはしなかった。

「なるほど…」

 黙っている克己を見て、秀行は一人納得する。

「喋れねーほど、てことか…」

 克己には秀行の顔がはっきりと見えない。溜め息混じりにそう言った表情も、いつもの無表情だろうという事だけは分かる。

 しかし、なぜだろう?

 秀行の顔が分からない分、自分を心配する秀行の感情が、今までには感じたことがないほどストレートに伝わってくるのだ。

(あいつ…。マジで俺のこと心配してやがるぜ…)

「なぁ、カツ?」

(なんだよ…?)

 克己は心の中で返事をする。

「お前、曲がった事、大嫌いだもんなぁ…」

(ああ、まぁな。──けど、今回ばかりは曲げねーと…)

「謝る必要なんてないぞ」

(ヒデ…?)

「テメェ…自分の立場分かってんのか!?」

 右腕を掴んでいた若い男が、秀行の髪の毛をわし掴みにして荒々しく揺さぶる。

(ヤ…メロよ…)

 悔しさで、ギリギリと歯を食いしばる克己とは対照的に、秀行は軽く目を閉じるだけで表情を崩さなかった。そして更に続ける。

「カツ…わりーけど、オレは覚悟はできてるから…」

「おぉー、いー度胸してんじゃねーか、あぁ!?」

 秀行の言葉に、髪を掴んでいた男が声を荒げる。

 気が気じゃないのは克己だ。

(ヒデ…? まさかお前もやられるつもりじゃ──)

「だから、お前もハラくくれ」

(ハラ…? お…ぃ、どういうこった…?)

 そう思うが早いか、秀行は掴まれていた腕をスルリとほどくと、髪を掴んでいた男の腕を片手でねじり上げた。そしてほとんど同時に、反対側にいた男の腹に思いっきり足蹴りを食らわしていた。腹に蹴りを入れられた男が、勢いよく後ろの壁に叩きつけられる。次いで、腕をねじりあげた男の背中にも蹴りをお見舞いした。腕を掴んだまま腰のあたりを強く蹴ったため、男の腰椎が悲鳴を上げた。そのまま前のめりになって顔から地面に突っ伏すと、気を失ったのかそのまま動かなくなった。

 その間、ほんの一瞬。

 ケンカ慣れしてない…とは言ったものの、いつも助けられている秀行のことなど、ヤクザにしてみれば赤子と同じだと考えていたはずだ。しかし、その男が一瞬にして二人を立てなくしてしまっただけではなく、想像以上にすばやい動きだったのを目にして、目の前にいた竹下でさえすぐには手を出せなかった。しかし、そこは本職だ。すぐに我を取り戻すと、弟分たちが一斉に秀行に殴りにかかっていった。木刀を振り回すものもいれば、小刀を向けるやつもいる。最初の二人を偶然に倒したとはいえ、それ以上はムリだろう。それは克己がよく知っていることだ。黒い人影が一人の人物に向かって飛び掛るのを、克己はなす術もなく見ているしかなかった。

(ヒデ…そんなやつら相手に敵うワケねーだろ…。頼むから、そのまま逃げてくれよ…)

 克己は、いつも自分が出している音をどこか遠くのほうで聞きながら、秀行だと思われる黒い人影をぼんやり見ていた。

(マジで、死ぬつもりか…? だったら俺を先に殺しやがれよ、おい…!?)

 そう心の中で叫ぶものの、意識も体も言うことはきかない。

 無情にも、克己の意識がなくなりつつあったのだ。あとほんの一瞬で意識がなくなるという瞬間、克己の脳裏にある光景がものすごいスピードで映し出された。

 それは秀行が見た過去の夢と同じ、ブランコ事件だった。

(ああ…そうか。ヒデは俺よりすんげー強かったんだよな…。あれがキッカケで家族バラバラになっちまったけど、俺が弱かったせいなんだよな。だから強くなろうって決めたんだ…。ま、もっとも血だらけの自分やヒデが殴ったヤツの顔を見てから、思いっきり〝血〟が苦手になったけどな…。でもなぁ、ヒデ…。俺、メチャメチャ嬉しかったんだぜ、いっつも本気になって守ってくれた事がよ…)

 今もなお荒々しく響く乱闘の音を遠くで聞きながら、克己はそのまま意識を失った。


               ※     ※     ※


 どれくらい、暗い意識の中にいただろうか…。

 忘れていた痛みと共に聞き覚えのある声が聞こえ、克己の意識が戻りつつあった。

「大丈夫か、カツ?」

 秀行は横たわる克己をゆっくりと起こし、腫れ上がった顔を覗きこんだ。

 意識が戻り始めた克己は、覗き込んだ秀行の顔をぼんやりと眺めていた。しかし、しばらくして秀行の顔が わりかしハッキリ見えてくると、思わず顔を背けてしまった。

(うわ…気持ちわりぃ…。こいつの顔、赤いじゃねーか…)

 心の中でも、敢えて〝血〟と言わない所が、克己らしいのだが、そんなことなど秀行が知る所ではない。

「カツ…?」

 心底心配して、背けた克己の顔を自分の方に向かせる秀行。それでも、克己は同じように顔を背けた。声を出す代わりにその行動で気付いてもらいたかったが、悲しいかな、こんな時にこそ天然が発揮される。ゆえに秀行の行動は同じだった。

 再び、克己の顔を自分の方に向かせたのだ。

「……ヒデ」

「ああ?」

 〝これ以上は我慢できねぇ…〟とばかりに、克己は思い切って声を絞り出した。

「顔、近づけんな…」

「あぁ…」

(〝あぁ…〟じゃねーだろーが。──ったくよぉ)

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