2 低レベルな質問
日曜日の夕方六時三十分。
何十年経っても、決して年をとらないアニメが始まった。毎週見ているというものでもないが、BGM的になんとなくテレビをつけていると、日曜日のこの時間帯には大概このアニメが流れてくるのだ。そして何気なくオープニングの歌を口ずさむのは、もちろん克己。
「♪お魚くわえたドラ猫、おぉっかけぇて~ 裸足で、かけてく──」
──とそこまで歌って、ハタッと止まった。洗濯物を取り込むべくベランダに出ていた秀行は、急に声が途切れた為〝?〟と部屋を覗き込む。しかしテレビを見る後姿は先ほどと変わらず、故になぜだか分からない。とりあえず何もなければそれでいいか…と、再び洗濯物を下ろし始めたのだが、同時に秀行の名が呼ばれた。
「なぁ、ヒデ?」
「…あぁ?」
「ドラえもんって、〝ドラ〟の〝えもん〟なのか?」
「…………?」
「ヒデ…?」
「どういう意味だ?」
「だからよ。〝ドラ猫〟は飼い主がいねぇ猫で、ドラの猫ってことだろ?」
「ああ」
「〝ドラ息子〟は、なんかどうしようもない息子ってゆー意味で、ドラの息子だし。──ってことは〝ドラえもん〟も、どうしようもない、ドラの〝えもん〟ってことになんねーか?」
「………………」
二十歳にもなって、なぜにそんな疑問が湧くのだろうか?
しかもドラ猫やドラ息子の〝ドラ〟は、カタカナではなく、ひらがなの〝どら〟だ。だからといって、〝どらえもん〟だったら〝どら〟の〝えもん〟かというと、そうではないのだが…。
答える気にもならない秀行に対し、〝また、黙りやがった…〟と呟く克己。
洗濯物を下ろしながら深い溜め息を付けば、タイミングよく玄関が開き直哉が入ってきた。そして当然の事ながら、先ほどの質問が直哉に向けられた。しかも〝ただいま〟の挨拶を遮って…。
「山ちゃん、ドラえもんって、なんだよ?」
「はぁ!?」
「だから、ドラえもんだ、ドラえもん。〝ドラ〟の〝えもん〟なのか?」
話の筋も何もあったものじゃない。帰ってきて早々、唐突な質問に、さすがの直哉も一瞬黙り込んだ。しかし慣れたものだ。
「なんだ、今頃気付いたのかよ? オレなんか小学校で知ってたぞ」
──と、真顔で答える。
「マジで!?」
「あぁ。ちなみに、ドラミちゃんの本名はミーちゃんだ」
「うわっ、マジかよ!? ──ってことは、ドラのミーちゃんってことか?」
「あんまり知られてないけどな」
「へぇ~。兄妹揃って〝ドラ〟とは…。〝のびた〟より全然マシなのにな」
「まったくだ。かわいそうな〝えもん〟君と〝ミー〟ちゃんだぜ」
なんともまぁ、バカな会話だ。
直哉が冗談で答えているのは誰が見ても明らかなのだが、肝心の〝一人〟には気付かれない。
(カツの常識欠如が直らない原因のひとつは、直哉か…)
黙って洗濯物をたたんでいた秀行は、再び深い溜め息を付くこととなった……。