1 犯人は誰だ?
土曜日の昼過ぎ、毎回のように直哉とサクラが秀行のアパートにやってきた。昼食を食べさせてもらって三時になると、テレビから殺人事件の二時間ドラマが流れてくる。それを何気なく見入っていた二人。一時間が経ち、ドラマの出演者も殆ど出つくすと、極自然に二人の推理が始まった…。
「この人! 絶対この人が怪しいって!!」
「おいおい、そりゃ単純すぎるだろ…?」
画面に映し出された〝いかにも〟という男性を力強く何度も指差すサクラに対し、直哉は呆れたように否定した。
「だって、顔も態度も怪しすぎじゃん」
「そりゃ、監督の意図だ。怪しい人をセッティングして、みんなの推理をそこに持っていく。それがこういうドラマの基本だろーが?」
「そうかなぁ~。今までがそうだったから、案外、裏をかいたかもしれないよ。それに最初からピンときたんだよねぇ、サクラ」
「女の勘ってか?」
「そっ! サクラの勘、結構高い確率で当たるんだよ」
「ンじゃ、今回はハズレだな」
自信を持って〝だから間違いない〟と付け加えたが、再び否定されてしまった。
「じゃぁ、直にぃの推理は誰?」
「オレか? オレは…こいつだな」
そう言って画面を指差したのは、控えめで今まであまり目立たなかった女性。
「うっそぉ~!! ないない、絶対ないってぇ~。 彼女、めっちゃ大人しくて警察にもかなり協力的だったじゃん。それに殺す動機がないもん。絶対有り得ないねー」
サクラにとって、まったくの候補外だったのだろう。問題外とばかりに、直哉の推理を笑った。しかし直哉は冷静だ。
「ばぁ~か。有り得ねぇってヤツが、大概犯人なんだぜ? それに、動機や接点はこれから出てくるもんさ」
「え~~~!?」
「だったら、秀行に聞いてみるか?」
信じられないサクラに対し、直哉はそう言って後ろのソファで本を読んでいる秀行の方に顎をしゃくった。
「秀行、聞いてんだろ? テレビもオレ等の会話も」
本を読んでいるとはいえ、直哉の推測どおり秀行にはテレビの声も直哉たちの会話もちゃんと耳に届いていた。
直哉にそう言われ本から視線を上げれば、ややあって、
「お前と同じだ」
──と返ってくる。そしてさらに、
「そのうち推理が進んで〝自分がやったという証拠がどこにあるのか〟って言えば、間違いなくそいつが犯人だな」
──と付け加えれば、それに直哉が賛同した。
「あぁ、そりゃ、間違いねーな」
「え~、どうしてぇ?」
「いいか? 証拠を残さないようにするのもアリバイ工作も、全て完璧にしたと思ってるから、そういう強気な発言が出てくんだよ。証拠を出せるものなら出してみな…ってな。完全犯罪を目指したヤツほど、そう言うもんだぜ」
「ふぅ~ん…そんなものなのかなぁ」
とにもかくにも待つしかないということで、曖昧な返事をすると、サクラは再びテレビに見入っていった。そして終わりが近付きドラマの中で推理が始まれば、案の定〝私がやったという証拠はあるのですか?〟と強気な発言をしたのは、直哉と秀行が予想した女性だった。
そこで、サクラも〝ほんとだぁ~〟と心底 感心した。
ドラマが終わり、秀行たちが夕食の準備に取り掛かる頃、克己が大学から帰ってきた。
「たっでーまぁ」
「あぁ、お帰り」
「お帰りぃ、克にぃ」
「おぉ、よく帰ってきたな」
まるで、久しぶりに田舎へ帰った時のような言葉に克己の口調も強くなる。
「─ンだよ、それ? ここは俺の家だっつーの!?」
「はは、冗談だよ、冗談」
「──ったく。それよりヒデ、ハラ減ったぁ」
「今 作り始めたところだ」
「マジかよぉ~。我慢できねぇ…」
夕食ができるまで何か腹の足しになるものはないかと、保存食が入っている扉を開けるが、すぐに食べられるもの──お菓子類──が何もない。
大きな溜め息をついたとき、ふとサクラが何やら思い出した。
「そういえば〝ハラ減った…〟で思い出したけど、一週間前にサクラが買ったケーキってどこいったの?」
その質問に、三人の頭の上に〝?〟マークが並んだ。
──いや、実際は二人だろうか。
「ねぇ、知らない? ブルーベリーとぉ、アメリカンチェリーとラズベリーがぜぇ~んぶ載ったタルト」
「知らねぇな」
最初に答えたのは直哉だった。次いで秀行も首を振る。
「克にぃは?」
「え…? し、知るかよ…そんな昔の事…」
「ホントにぃ?」
この状況で、しかもこのメンバーで誰が食べたかなど聞かなくても分かるもの。それを敢えて聞いたのには訳がある。
「ホントに、知らない?」
「ああ、ホントに知らねぇ」
「ホントにホント?」
「なんだよ…俺が食ったとでもいうのかよ?」
「お腹空いて、思わず食べちゃったんじゃないかなぁ~って」
「く、食ってねーよ」
「正直に言えよ、カツ」
「だ、だから──」
「お前のほかに、誰が食う? しかも、この家にはオレとサクラ以外こねーだろ? そのオレは食ってねーて言ってんだし、サクラは被害者。秀行は甘いものに興味はねーしな。残るのはただ一人、お前しかいねーじゃねーか」
「う……。け、けど…甘いモンっつったら、親父だって……そ、そうだ、親父が食ったって可能性も──」
「合鍵もないのにか?」
「……………」
「食ったんだろ?」
「だ、だから…食ってねーって…。だいたい、俺が食ったってゆー証拠があんのかよ!?」
半ばヤケクソになってそう叫ぶと、三人は一斉に溜め息をついた。
「決まりだな?」
「ああ、決まりだ」
「決まりだねぇ~」
「な、なんだよ…。何が決まりなんだよ!?」
0型の克己はウソがつけない。故に、完全犯罪など、どだいムリな話だと分かっているが、例えもし完全犯罪ができたとしても、カマをかければあっという間に自供するのだと、この時の三人は改めて実感したのだった──