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兄弟  作者: Sugary
日常の出来事
17/22

12 変わり者は誰?編 ※

 絨毯に座り込み、数冊の本を目の前にしているのは克己とサクラ。

「──ってことで、サクラはクイーンなの」

「へぇ…なるほどな」

(なるほどって…そこで納得すんなよ…)

 二人の会話を聞いていた直哉が心の中で突っ込む。

「──で、克にぃは何なの?」

「俺か? んん~…そうだな、お前がクイーンなら俺は……キングだな」

「あぁ~、そうなんだぁ。うん、納得ぅ~。──じゃぁ、秀にぃはぁ?」

 軽く顔をのけぞらせ、すぐ後ろのソファで本を読んでいた秀行に問いかければ、僅かながら本から視線を外し

「エース」

 ──と呟いた。

(おいおい…お前までノるか…?)

 〝微妙~に違う気もするけど…ま、いっかぁ〟と納得するサクラを目の端で捉えつつ、更なる突っ込みをする直哉。

 声にこそ出さないが、秀行に向けた視線には明らかにその言葉が含まれていた。しかし当の本人は、そんな視線が自分に向けられていることすら気付かずに読書を続けている。そんな姿を見て溜め息を付く直哉だったが、すぐに同じ質問が自分に飛んでくると悟り、慌ててその場を去ろうとした。

 ──が。

「じゃぁ、直にぃは?」

 一瞬早く、思った通りの言葉がサクラから発せられてしまい、立ち上がるタイミングを逃してしまった。

「ねぇ、直にぃはぁ~?」

「あぁ~~~~………」

「サクラ、直にぃは、エースかキングだと思うんだけどなぁ」

 答えを渋る直哉に〝どう?〟と問いかけるが、いまいち反応が悪い。

「違うの…?」

「あぁ…まぁ…」

「んじゃ、なんだよ?」

 サクラの代わりに、〝早く言え〟とばかりの目を向けたのは克己だ。

(マジで言うのかよ?)

 隠すものではないと思うものの、できれば言いたくない。一週間前の事を思い出し、半ばウンザリしていると…

「エースとクイーンのふたつだ」

 ──と、本から目を離さずに呟いたのは秀行だった。

「秀行、てめぇ…」

 直哉の弱点を教えた時と同様、秀行を睨んだが、悲しいかな〝アンビリーバボー!!〟と連発するサクラの声や動きには敵わない。

 いや、それより本に集中する秀行には見えてないのだ…。

(──ったく)

 直哉は、仕方がないと諦め大きな溜め息を付いた。




 さかのぼる事、一週間前の土曜日の夕方。

「アイム・ホーム♪」

 玄関が開くと共に、まるでチャイムのような軽快さで聞こえてきたのはサクラの声。

「アイム・ホームじゃねーよ。ここは俺とヒデの家だって、何度も言ってんだろーが」

 最初こそ〝お前が家だったら、どこに玄関が付いてんだよ?〟とからかっていたが、直哉から、〝あれは、『ただいま』の意味だ〟と教えられてからは、そんなツッコミを返すようになっていたのだ。

 一方サクラはサクラで、何度も同じ事を言われているため大して気にもせず、さっさとリビングに入ってきた。そしてソファで本を読んでいる秀行に向かって同じ言葉を繰り返した。

「アイム・ホーム、秀にぃ♪」

「だから──」

 〝聞いちゃいねーな…〟と、先ほどの言葉を繰り返そうと口を開きかけた克己だったが、その言葉を遮ったのは秀行だった。

「おかえり…」

 その一言で、サクラが満面の笑みを克己に向ける。その意味することは〝ほら、問題ないでしょ〟という、無言の言葉だ。

 なんだかんだ言っても結局は秀行の一言で決まってしまう為、今まで何度も繰り返してきたこのやり取りは、やはり毎回同じ言葉で終わるのだった。

 まぁ…もちろん秀行にしてみれば、〝ただいま〟と言われて〝お帰り〟と返すだけの普通の挨拶をしたまでで、ここがサクラの家ではないという事までは考えていないのだが…。

 ただひとつ思うのは、

(二人とも、その言葉をテープに録音しておけば何度も同じ事を言わずに済むんだがな…)

 ──という事だけだった。

 目は本に向けながら、ズレているようなズレていないような観点で呆れていると、〝けっ…勝手にしろよ〟という克己の声が聞こえ、次いで直哉の声が聞こえてきた。

「たっでぇーまぁ」

「うわっ、山ちゃんまでかよ!?」

 リビングから玄関を覗いた克己が思わず声をあげる。

「何がオレまでなんだ?」

 靴を脱ぎながらそう返すが、リビングに入ってくるとサクラ同様の行動をとる。

「たっでぇーま、秀行」

「あぁ、お帰り」

「──で、何がオレまでなんだよ、カツ?」

「分かってんじゃねーのか、ほんとはぁ~~~~~?」

「だから何が?」

「だっからぁ、ここは俺とヒデの家だっつーんだよ!!」

「ああ、そりゃ分かってるぜ」

「だったら、なんでサクラも山ちゃんも〝ただいま〟って入ってくるんだよ!?」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって──」

「まぁまぁ、いいじゃねーか。オレのものは秀行のもの。秀行のものはオレのもの。ついでに言えば、秀行の弟はオレの弟でもある。故に、オレらは家族も同然。それに殆ど毎日ここに来てんだから、〝ただいま〟の方が正しだろ? ──そういや、サクラも今月に入ってから週末はここに来てるよな?」

 首にがっしりと腕を回され──一歩間違えればヘッドロックでもかけられそうな体勢なのだが──克己は反論する間も与えられず、理屈ともいえぬ理屈を聞かされる。挙句の果てに、その体勢のまま投げかけられた最後の質問が、自分ではなく秀行の隣で他人事のように雑誌を読むサクラに向けられれば、ジッとしている理由もない。

「──ってか、放せって、山ちゃん…」

「あ? あぁ、そうか、ワリィ…」

 言われてようやく腕の力を弱めた。

「おい、サクラ。お前、家に帰らなくていいのか?」

「うん。親にはちゃんと言ってあるもん。それに、今月はツイてないんだって」

「ツイてないって、何が?」

「運気だよ、運気。ほら見て」

 そう言って、自分の読んでいた雑誌の後ろを広げ差し出す。覗き込むのは直哉と克己。そして、二人同時に冒頭を読む。

挿絵(By みてみん)

「五月の星占い…?」

「そっ。サクラ、八月二十七日生まれの乙女座なんだけどね。ほら、ココントコ読んでみて」

 〝ココントコ〟と指差され二人して黙読し始めれば、そこに書かれているのは以下の内容。


『全体運…今月に入って家庭の中の歯車が狂い始めそうです。その為イライラが募り、些細な言葉でもケンカになってしまうので、出来るだけ外出し気分転換をはかるとよいでしょう。 ラッキーポイント…2・友達の家・白色』


 大ざっぱに書かれた内容を黙読し終わると、それまで二人の顔をジッと見ていたサクラが先に口を開いた。

「ねっ?」

「〝ねっ〟じゃねーよ。まさかこんな事で家に帰らねーんじゃねーだろーな?」

「十分なリーズンでしょ?」

「どこがぁ!? ──だいたい、占いなんて不確かなもんだろ。当たるもカッケ、当たらぬもカッケって言うぐらいなんだからよ」

 その言葉に、本を読んでいた秀行の目が止まった。しかし、そのことに気付いている者はいない。唯一、行動には気付かなくても〝あ…〟と思ったのは直哉くらいだろうが、その直哉もある事に集中していて口を挟まない為、二人の会話は進んでいった。

「じゃぁ、克にぃはビリーブしてないの?」

「──ったりめーだ」

「でも、サクラはちゃんと当たってるよ。ほら、ここのラッキーポイントなんか、トリプルでビンゴしてんじゃん♪」

「はぁ!?」

「〝2〟は克にぃの兄弟の数でしょ。それから〝友達の家〟はまさにこの家だしぃ、〝白色〟はジュニアの毛の色!」

 〝ほらね〟と付け足したサクラは自信満々。ここ以上のラッキーポイント場所はないと言いたげだ。

「あのなぁ~~」

「それに、ここに来てるから今月に入っても悪い事起きてないしね~♪」

「そんなもん、自分の都合のいいように解釈してるだけだろ。もしくは気分の問題だ、気分の!」

「分かってないなぁ、克にぃはぁ~」

「なにが──」

「おい、カツ?」

 それまで黙っていた直哉が、ようやっと口を挟んだ。さすがの直哉も言いたいことがあるのかと、

「おぅ! 山ちゃんもなんか言ってやってくれ」

 ──と促せば、

「今月は訪問者が多いな…?」

 ──などと、他人事のような質問が返ってきた。それでも克己は正直に答える。

「まったくだ!」

「そういう訪問者を構うと、イライラするもんだよなぁ?」

「ああ」

「けど、放っておくか仲良くなっちまえば面白い情報が聞けるもんだぜ?」

「…………?」

「あ、そうそう。お前、サクラとゲームで対戦してたけどよ、確か……十六連勝だったんじゃねーか?」

「あ、ああ…」

「あの車の色ってなんだった?」

「…赤」

「やっぱな」

 一人納得する直哉に、理解できぬと目で訴えれば、サクラがずっと差し出していた本を目の前に突きつけられた。

「な、んだよ…?」

「まんまだぜ」

「は…?」

「お前の今月の星占い」

「なに…!?」

 そう言われ慌てて自分の星座の欄を見てみれば、先ほど直哉が言っていた事が書かれていたのだった。

「当たってんなぁ?」

 直哉が克己を覗き込めば、

「当たってんなぁ?」

 ──と、サクラも真似して覗き込む。

 自分の意思とは無関係に…しかも自分自身が当たっている事を証明してしまったわけで、故にこれ以上の反論はできなくなってしまった。

 誕生日が同じ秀行はどうなのかという疑問がないわけではないが、その訪問者を構わない──つまり、放っておく──秀行が、克己のようにイライラしてないところを見ると、やはり当たっているのだろう。

 何の反論もせず黙っていると、今度はサクラの興味が直哉に移された。

「直にぃは?」

「あぁ…?」

「直にぃの星座だよ」

「あぁ。──オレはコレだ」

 そう言って指差したのは水瓶座。

「なになに? 〝あなたの意外な一面がひょっこり顔を出してきそうです。それに対し周りから様々な反応が見られますが、どれもこれも自分を客観的に見つめなおすよい機会になるので、素直に受け止めるようにしましょう〟だってよ」

「へぇ~。直にぃ、そんなことあったの?」

「ねぇよ」

「──んじゃ、これから意外な一面が見れるわけだな?」

「秀行じゃあるまいし、意外だと思われるような部分はオレにはない」

 楽しみだと言わんばかりの克己に対し、直哉はハッキリと否定した。

 けれど克己は続ける。

「分っかんねーぞぉ。そういう意外な一面っつーのは、自分でも気付かない事が多いっていうじゃねーか。すっげー二枚目な男に、女装癖があったりだとかよ──」

「それって、秀にぃのこと?」

 思い出したのは、克己の誕生日に母親の格好をして写真を撮った秀行の姿。

「ば~か。ヒデは好んで女装したんじゃねーだろ。それに、あれがキッカケで目覚めてたら、今頃俺はここにいねーよ」

「だよねぇ。──あ、あとさぁ、目覚めるっていったらテレビに出てる〝お姉キャラ〟もそうだよね?」

「あぁ~、そうだな」

「ねぇ、ねぇ、どうする?」

「なにが?」

「〝お姉キャラ〟じゃないにしてもさ、直にぃが、ホ○だったら」

「うわっ、やめろ! マジ、シャレになんねーから!!」

「え…? そうなの…?」

 予想もしてなかったマジ反応に、思わずサクラの声も小さくなっていた。一方克己は、そんなサクラの反応に冷静さを取り戻し、独り言のように呟いた。

「い、いや…そうじゃねーな…うん。山ちゃんは完全なノーマルなんだからよ…」

「ふ~ん。──あ~ぁ、でもなんだろうねぇ~、直にぃの意外な一面って?」

「まぁ、意外な一面は別にしても、ヘンさにかけてはサクラが一番だろーな」

「それって、直にぃ……サクラが一番、変わり者ってこと?」

「そーゆーこと」

「ひっどぉーい! ヘンなのは絶対、克にぃだよ!」

「う~わ~。お前に言われたくねぇー!!」

「サクラだって、克にぃに言われたくなぁ~い!」

「お前が言われたのは、山ちゃんにだろ!?」

「うっ……そ、そうだけど…。サクラは一般常識あるもん」

「なに!? 日常会話に不必要なほど英語を入れたり、証明書と名のつく大事なもん、片っ端から燃やしちまうお前がか!?」

「フンッだ。サクラは味噌の種類もちゃんと知ってるし、なんでキュウリの中と外の色が違うんだ…なんてこと、絶対質問しないもんねーだ。それにメッチャメチャ、ケンカが強いのにさ、グ○コのおまけのように必ず付いてくる血が苦手だっていうのも、ぜぇ~ったい、おかしいって!!」

 いつの間にそんな情報を手に入れたのかという疑問は、一直線の克己には浮かんでこない。故に言い合いは進んでいく…。

「それを言うなら、ヒデだっておかしいだろーが!! 痛いのが苦手なくせに、血を見るのは好きなんだからよ!!」

「秀にぃは、ノープレブレムだもんね!」

「なんでだよ!?」

「だって、秀にぃは自分がケンカして血を見るのが好きなんじゃないもん。ゲームとか映画とかに出てくる血が好きなだけでしょ。ぜんっぜん、矛盾してないじゃん!」

「うっ……」

(おぉ、なかなか正当な理由じゃねーか)

 自分の一言が原因でこんな言い合いが始まった事など気にもせず、サクラの言葉に納得したのは直哉だった。

 言葉に詰まった克己はイライラが募り、他にネタはないのかと辺りを見回す。そんな彼を見て、

(だぁ~から、星占いどおり、放って置けばいいのによ…)

 ──などと呑気に溜め息を付いた直哉だったが、まさかその数分後に自分が笑われる対象になるとは…。

 何か言い返すことがないかと占いの本に目を通していた克己は、それまでのイライラが飛んでしまうほど不思議なことに気が付いた。

「山ちゃんの水瓶座って、なんなんだ?」

「なんなんだ…とは、なんなんだ?」

 思わず直哉が繰り返す。

「水瓶座って…水瓶だろ?」

 当たり前の事にどう返事すればいいのか、はたまた何が言いたいのか理解できず黙っていると、サクラが興味深げに質問する。

「なになに? 何かファニーな事でも書いてあるの?」

「見ろよ、これ。生き物じゃねーだろ?」

「生き物…?」

 オウム返しのように呟きながら、言われた通り本をジッと見れば、一通り目を通したところでハッと気が付く。

「あぁ~!! ほんとだぁ~」

「なっ?」

「うん、うん♪」

 何がなんだか理解できないのは、おそらく普通の者。〝何がどうした?〟と聞き返せば、二人して笑い出したではないか。

「山ちゃん、水瓶だぜ!?」

「ねぇ~。生き物じゃなくて水瓶の瓶なんだよぉ~」

「天秤座も生き物じゃねーしなぁ?」

「そうそう。十二星座のうち、水瓶座と天秤座だけ生き物じゃないんだよ?」

「この星座に自分の顔を書くとしたら、俺らはちゃんと生き物の顔になってんのに、山ちゃんだけ、この水瓶に顔を書く事になんだぜ?」

「うわぁ~、それってすっごくヘン~~~」

「なー?」

「ねぇ、ねぇ、どこら辺に顔がくるのかな? 水瓶の側面? それとも底とか?」

「底は可哀想じゃねーか? 水瓶を地面に置いたら見えなくなっちまうぜ?」

「そっかぁ~、そうだよねー」

 大いに納得し──さっきまでの言い合いはどこへやら──二人して大笑いする傍らで、直哉はなんとも言われぬ思いで一杯になっていた。

 本によって星座の挿絵は違い、水瓶と天秤という〝モノ〟が書いてあるのもあれば、水瓶を持つ人物や天秤を操る人物が書かれているものもある。けれど、この際そんなことはどうでもいい。一番の問題は、そんなところに注目する二人の感性の方だ。

 何も言い返さないのをいい事に、二人の会話は熱を帯び、その日は〝占い〟という話で終始盛り上がったのだった。


 そしてその日から一週間後の今日、サクラは新たな本を持って現れた。

「見て見て、克にぃ!」

 〝ジャーン♪〟と言って差し出したのは、人類を四つの分類に分ける占いの本だった。

「サクラはクイーンなんだけどね、この本すごいのぉ。もう、パーフェクトっていうぐらい当たってるんだよ。克にぃは何になるの?」

「何って……その前に、クイーンってなんだよ?」

「クイーンはクイーンだよ。歌手のグループでいたでしょ。B○クイーンっていうのが。サクラ、B型なんだけど、普通にB型って言っても面白くないじゃん。だから何かに例えようと思ってさ。──ってことで、サクラはクイーンなの」

 そんな会話から始まり、キングは王様でO型、エースはA型…というような、いつの間にやらトランプに例えられていたのだった。故に、エースとクイーンの直哉はAB型という意味だ。

「キングはねぇー、目的達成の為にただひたすら一直線に生きていく純粋さがあって、欲求や欲望をストレートに表現するんだって。当たってるねー?」

「おぉ、そうかもな」

「ほら、こんなことしがち…っていうのもあるんだよ。試験勉強する時とかはぁ…えっと…ポイントを掴むのがうまい短期集中型。普段の授業も講義の要点だけを拾ってノートにまとめるから無駄がないんだって。そう、克にぃ?」

「ん~~まぁ、短期集中は当たってるな、うん」

「それから…見たいビデオがビデオ屋になかった時は─…おぉ、すごい!」

「な、なんだ?」

「自分で見ると決めた以上は、何があっても妥協しませんだって。一軒目のビデオ屋になければ二軒目、二軒目になければ三軒目…と目的達成の為に走り回るんだってー」

「おー、それは間違いねーな」

「ほんとぉー!? すごーい!! サクラと大違いだぁ」

 凄いという意味が、当たっている本に対して言っているものなのか、それとも諦めず探し回る性格の克己を凄いといっているのか定かではないが、そんな細かい事を気にするキングではなさそうだ。

「お前はどうなんだ?」

「サクラはねー、えっとぉ……」

 パラパラとめくり、クイーンのページを開く。

「マイペースでわが道を行く〝大物〟もしくは〝変わり者〟!」

「ははっ…この前の答えが出たな、サクラ。変わり者は、やっぱお前だ」

「ふ~んだ、いいもーん。バカと何とかは紙一重っていうじゃん。サクラは、絶対〝大物〟になる!」

「おぉ、頑張れ!!」

「ラジャー!!」

「──で、他にはなんて書いてあんだ?」

「さっきの見たいビデオがビデオ屋になかった時はね…。諦めがいい性格なので、店の中をグルグルと探してるうちに、他にもっと興味をひくビデオが現れて、それを借りてしまうパターンが多い、だって。しかも〝最初に借りようと思っていたものってなんだっけ?〟ってなっちゃうんだけど、結局〝まぁいいや〟で終わっちゃうらしい…」

「それ、当たってんのか?」

「サクラの行動、監視してんじゃないかってほどねー」

 当たっているらしい。

「んじゃ、エースのヒデはどうだ?」

「それがねぇー、さっきも言ったように、ちょぉ~と違うんだよね」

「例えば?」

「ほら、ここ。列を乱さない模範的優等生。使命感溢れる生真面目さ、だよ?」

「う~ん…」

「常に〝社会〟を意識して生活する常識人間…って所は、微妙に当たってるとは思うんだけどなぁ~」

「そうだな…。けど、常識人間だったらパチンコで生計は立てないんじゃねーか?」

「でもさぁ、ちゃんと税金払ってるじゃん?」

「それもそうだな…」

「試験勉強の時でもさ、一夜漬けよりコツコツと地道な努力を続ける長期戦だって書いてあるの」

「それはねーだろ? なんてったって面倒臭がりだぜ?」

「そうだけどさ、自分の事をちゃぁ~んと把握して、無駄がないように計算しつくすでしょぉ?」

「そういわれれば…。あ、じゃぁ、ビデオのことはどうだ?」

「ビデオ? あぁ~…んとね……あなたが好むビデオは流行の作品ばかりだから、ないのも当然。だけど〝返却されたら取っておいて〟とは図々しくて言えないので、特別見たくもないビデオを借りてきてしまう…だって。どう?」

「判断…できねーな…」

「どうしてぇ?」

「だってよ、ヒデが借りてくるのって、グロイモノばっかだぜ? どう考えたって、人気があって借りれないようなやつじゃねーもん」

「あ…そっかぁ」

 当たってるのかそうでないのか、判断しがたい内容に二人の思考回路も限界に近付いてくる。そして、先に提案したのはサクラだった。

「よぉ~し、じゃぁ、エースとクイーンの直にぃね!」

「おっし、いいぞ!」

「ええ~とね…。周囲の人と調和を保つ平和主義者。常に冷静な態度で合理性を重視、だって」

「なんか、すっげーエリート扱いじゃねーか?」

「ねぇ~」

 これまた当たってるのかどうか分かりにくく、判断材料を得ようと色んな所を読んでいたサクラは、ある一箇所に目を奪われた。

「克にぃ…?」

「あぁ?」

「見て、これ」

 指差されたのは、〝誕生日を迎えた時〟という項目。

「これがどうした?」

「直にぃって水瓶座って言ってたじゃん?」

「ああ」

「水瓶座って一月二十一日から二月十八日生まれなんだよ?」

「だから?」

「今は五月でしょ? 直にぃ、そんな事、一言も言ってなかったじゃん!」

「おぉー、そうか!!」

 秀行と再会した時は、既に直哉の誕生日は過ぎていた。サクラとの再会時もサクラの誕生日は過ぎていたため、今年に入って二人の誕生日を祝う事ができるはずだったのだが、直哉は自分の誕生日が来ても一言も言わなかったのだ。

 そして、本になんて書いてあったかと言うと…。


『〝誕生日だからって、それがどうしたの?〟なんて、クールなあなたは自分の誕生日が来ても、大騒ぎしたりあまり特別な感情を出す事がありません』


「ここってビンゴだよね、克にぃ?」

「ああ、ビンゴだな!」

「でもさ、どうして何も言わなかったの、直にぃ?」

「おう、そうだぜ? だいたい、ヒデも覚えてなかったんじゃねーのか?」

「秀行は覚えてるさ、なぁ?」

 そうふれば、

「ああ」

 ──と本から目を離さずに返ってくる。

「じゃぁ、何で言わなかったんだよ?」

 質問は秀行に向けられているが、答えたのは直哉だった。

「オレが自分の誕生日を決めるって言ってあるからな」

「なんだ、それ?」

「オレの誕生日は二月十四日。バレンタインデーと重なるなんざ、つまんねーだろ? 楽しみが一つ減っちまうじゃねーか。だから、祝って欲しい時に祝ってもらうって決めてんだよ」

「…ふ~ん」

 納得していいものかどうか分からないが、本人がいいと言うならそれでいいという事で、克己たちはその一言で話を終え新たな情報を本に求めた。

「──他は、何かあるか?」

「ほかぁ…? んん~とね─…お金を貯める時とかは、金銭感覚がしっかりしているのでムダなことにはお金を使わず全部貯蓄に回します、だって」

「う~ん…」

 いまいちよく分からず、悩み始めてしまう二人…。

 結局、考えるのを諦めて違う方向からの話を始めたのは、やはりサクラだった。

「でもさぁ~、エースとクイーンって、バランス悪いよね」

「バランス? 何のことだ?」

「ほらぁ…、サクラたちはエースか、クイーンか、キングのどれかでさ、みんな一つなんだよ。しかもカードとしてはみんな強いでしょ。なのに、直にぃだけ二つも持ってるなんて、なんかしっくりこないんだよねぇ。どうせなら、この三枚のカードに混じってもしっくりくるような例えってないのかなぁ~と思ってさ」

(あるか、そんなもの。──ってか、トランプで表すなってーの)

 二人して真面目に考えている傍らで、諦めにも似た面持ちで直哉は心の中で突っ込んだ。

 そんな時──

「ジョーカー」

 静かな口調で、その無言の間を埋めたのは秀行だった。

 〝ジョーカー…って?〟

 そんな二人の疑問の目が秀行に向けられると、彼はその疑問に答えるべく、読んでいた本をパタンと閉じた。

「AB型は、AとBの人格を併せ持つ、いわゆる二重人格とよく言われるだろ? トランプの中でも、ジョーカーはあらゆるカードに化ける事ができるから、例えるにはベストだと思うがな。それに、ポーカーゲームなら強いカードの中に混じっても劣るどころか最高のバランスを保てるぞ? まぁ、五枚必要なポーカーでは一枚たりないけどな」

 そんな説明に歓声を上げるほど納得したのは、もちろん克己とサクラだ。あまりにもピッタリで、二人してジョーカーの話で盛り上がり始めた。

「昔、サクラが持ってたトランプのジョーカーって、ピエロの絵だったんだよ」

「へぇ」

「ピエロってさ、笑ってるメイクだから本当の感情って見えないんだよねぇ。笑顔振りまきながら、ホントはすごいこと企んでたらどうする?」

「なんっか、山ちゃんのまんまじゃねーか?」

「真面目な顔して騙すから?」

「ああ。何度、騙されたかしれねーぜ?」

「それってさ、克にぃも悪いんじゃないの?」

「ばっか。山ちゃんのテクニックをナメンじゃねーぞ」

「そうぉ?」

「ああ、間違いねぇ。巧みな話術で何がウソかも分からねーんだから、いつの間にか騙されてんだ」

「へぇ…。じゃぁ、まるで映画の中の陰謀者みたいじゃない?」

「陰謀者?」

「うん。例えばさ、克にぃとサクラがキングとクイーンでお城に住んでるとするじゃない? 秀にぃがキングとクイーンを守る護衛のトップだとすると、ジョーカーはキングとクイーンの側近みたいなもんよ。一番頼りにして何でも相談してるんだけど、映画の中では大抵そういう人が裏切り者だったりするでしょ。巧みな話術でキングの失態とかを招いたりしてさ」

 なんともすごい例えをするもんだと、話についていくのも難しくなる直哉と秀行だが、やはりと言うべきか克己は大いに納得するのだった。

「うまいこと操られてるってことだな?」

「そういう事ぉ」

 そう言って二人納得した途端、同時に何かを思いつく。

「ねぇ、克にぃ?」

「あぁ?」

「サクラふと思ったんだけど…」

 そう言って秀行を見ると、克己もサクラの言いたいことが分かったらしい。

「やっぱ、そう思うか?」

「え…? ひょとして、克にぃもそう思ったの?」

「ああ、多分同じだ」

「──なんっか、血液型占いって結構アテになんないんだね…」

 〝結構、信じてたのになぁ〟と、つまらなさそうに溜め息を付いた。

 アテにならない理由。

 それはAB型の性格はもとより、〝表裏一体の二人〟と呼ばれた過去、そしてポーカーフェイスで何を考えてるか分からないという部分や、陰でうまく操るという事を考えれば考えるほど、ジョーカーに例えたAB型は、直哉よりA型の秀行の方がピッタリだということだった。


 先週から続いた占いの話がようやく終わりをみせると、秀行と直哉は夕食準備前の一服を兼ねてベランダへと移動した。

 太陽は沈んでいるが、大気中の塵や埃が光に反射してうっすらと街並みを浮かび上がらせている、そんな時間帯。

 秀行は、自分のタバコに付けたその火を直哉の前に差し出した。

「おっ、サンキュ♪」

 スゥ~っと一息吸って完全に火が付くと、直哉は肺の中に入った煙を溜め息のように吐き出した。

「先週といい今週といい…とんだ週末だったなぁ~」

「そうか? オレとしては、お前の意外な一面が見れて面白かったけどな」

 秀行の楽しそうな口ぶりとは反対に、どこか落ち込んでいるのはもちろん直哉だ。

「意外な一面ねぇ…」

 別にAB型がジョーカーに例えられた事や、映画の中で陰謀者のような存在だと言われた事が原因ではない。一番の原因は、自分が変わり者だと思っていたサクラや克己が、統計上ではとても一般的な枠の中に入っており、まともだと信じていた自分自身が、実はその枠の中には入ってなかったという事実を知ったことだ。しかし、そこら辺の落ち込み要因は秀行もよく分かっていた。故に彼なりの会話を始める。

「所詮、一般的な統計だ」

「だからぁ、その統計に当てはまってないってことは、結局、オレとお前が一番変わり者ってことなんだぜ?」

「気にするな。少なくともオレは、ハナっから枠の中に入ってるとは思ってなかったぞ、お前もオレも、な」

「マジかよ!?」

「ああ。それにオレの中では、カツもサクラも変わり者だ。その証拠に飽きる事がない」

「は…はは…それもそうか」

 故に死ぬまでツルんいるだろうと言われれば、変わり者も悪くないと思える。

「それよりもな…」

 タバコの煙を溜め息と同時に吐き出す秀行。

「なんだ?」

「訂正しといてくれ」

「………?」

「カッケじゃなく、八卦だと」

 その一言で、一週間前の克己の言葉を思い出した。


 〝当たるもカッケ、当たらぬもカッケって言うぐらいなんだからよ〟


「…お前もしかして…一週間前のことまだ…?」

「ああ…」

 一緒に住んでいるなら、克己の言い間違いなどとうに訂正してるかと思いきや…いや、それよりも忘れているかと思ったのだが…。

「お前も、大概おもしれーよな」

「そうか?」

(自覚がないってーのが、尚更な)


 そんな会話で終わる頃、タバコの長さも限界をむかえていた。そして部屋の中からタイミングよく聞こえてきた二人の〝ハラ減った〟コール。

「キングとクイーンがお待ちかねだぜ?」

「そうだな…」

 苦笑しながらタバコの火を揉み消すと、二人は夕食準備に取り掛かるべく部屋の中に入っていったのだった。

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