1 出会い
人も通らなくなった教会堂の裏路地。私はそこに逃げ込むのがやっとだった。可愛くなかったのだろう、家族は私を結局追い出した。生きるすべも知らない私は、そこで泣き続けるしかなかった。
私が生まれたスプーキー家の邸は、停車場通りと言われる表通りに面していた。そこは、明治16年に鉄道開通と同時に停車場が出来てから、しばらくたって設けられた通りで、そのころから人や荷車などが煩雑に行きかうところだった。今の時代(1925年~1935年)にもなれば、木炭車が通るルートも設けられて、停車場から薬草試験場、またその先、昭和橋が掛かって利根川の向こうまで走るようになった。
この話はその頃から13年ほど時を遡った1912年のころのことだった。
「ショートヘアのお前に、なぜこんな娘が生まれたのかね?」
スプーキー家当主の小さいが厳しい声が聞こえた。それに対して、母親が色を成して大声で応えた。
「私が何をしたというのですか!」
「お前が得たこの娘は、混血だぞ! この家にふさわしくない!」
「しかし、この家に生まれたからには、育てなければいけません!」
若い家事手伝いらしい女が、懸命にこの家の当主をなだめていた。それでも彼は本性を丸出しにしてご機嫌斜めのまま言葉をつづけた。
「我らの家族ならば、輿入れ先に事欠かないはずだ……だが、何だあの娘は! あの碧い目は、まるで我らが忌むべき御使いのようではないか!」
「でも、私の子です」
母親のショートヘアは、一生懸命にそう訴えた。だが、当主は厳しい言葉をつづけた。
「あの娘の毛は、ブロンドと言えるものではなく白毛に近いしろものだ……しかも黄ばんでいる」
当主のそんな言葉と態度は、彼の日ごろの私に対する扱いにも表れていた。
ある時は、食卓からイワシの頭を投げられ、ある時は食事が「味噌汁かけ飯」に入れ替えられ、ある時は缶詰の食べ残しを与えられた。私はそれでも平気な顔をしていたのだが、それも気に喰わなかったらしい。ついには首根っこを掴まれて荷車に縛り付けられて、あの教会堂の裏で降ろされてしまった。
追い出されたとわかった私は、やはり、と思っていた。表通りでも裏路地でも行きかう者たちは、みな緑色もしくは茶色の瞳とつややかな茶色の毛、グレーもしくは黒、いやこげ茶色の毛の者たちばかりだった。私は、碧い瞳に少し黄味がかった白毛だったから、きっと嫌われたのだ。
でも、世の中、変人、いや変態だったかもしれないが、私に目を止めてくださった方がいた。うずくまっていた私に呼びかけてくださった。私はすぐに飛び起き、あいさつした。
「それがお前の挨拶の仕方なのか? かわいいね……両手をついて僕を見上げたその姿に、奪われたわが目をそらすことが出来ない……なんだその態度は? やはりお前も俺を嫌うのか? どうせ俺はいやなことを言うからと、人間にも嫌われる存在さ」
その方は、何か難しいことを口走り、私を睨みつけてから手を伸ばしてくださった。
「よし、わが屋敷に来い」
「わ、私は『忌むべき御使いのようだ』といわれて追い払われた身です......身の置き場がなくて、御使い鸛のお姿を追ってここまでたどり着いたのです……そして、せめて神聖な場の影のひとかけらにでも触れれば、少しは祝福を得られるのではないかと思って......」
「いつまでも、そんなとこあるんじゃない!」
このとき、わたしはもっと警戒すべきだった。特に、優しそうな男には! あとで気づいたのだが、どう考えても彼は初めから偉そうで、変態で、自信過剰で、偏屈で、嫌われ者で、唐変木だった。
「まあ、庇護を教会に求めたのは賢い子だな……だが、お前には何か悪い者が憑いている……だから、筆頭長老術者の私が術を進ぜよう」
それからが無茶な扱いの連続だった。いきなり顎を掴んで目を覗き込むと、おっしゃった。
「目は! おお! 碧の目の持ち主にして目の病気は無し! ただし、免疫測定及び生化学によるスクリーニングによると....寄生虫だらけで、貧血と感染症だらけだな……すっかり栄養失調で...爪も白く、伸び放題……娘なのに毛深いのは仕方がないか……しかも、このよくわからない能力は何だろうか? まあ、これで異常は無し! では、全表面を浄化しよう」
彼はこう言いながら、あろうことか無人の大浴場へ私を無理やり引き込んだ。
「さあて、濡らしてしまえば、そんなもので体を覆っていても、スケスケになる......簡単に、体の凸凹や秘めたところの表面も分かるようになる……目で見えなければ、触るのさ!」
わたしは悲鳴を上げて、力いっぱい彼の手をはねのけて逃れた。濡れて体のラインがすべてスケスケになったまま、はしたないままで、私は逃げ回った。そして......
「捕まえた……もう逃げられないからね」
その後の言葉が恐ろしかった。
「全身を触らせろ!」
こうして全部見られた。そして全部触られた……
すべてが終わった後、私はあまりのことに悲鳴と泣き声交じりに、訴えた。
「こんな仕打ち!、あんまりです! こんなことまでなさったのですから、責任を取ってください」
「ああ、どんな責任かね?」
「ここまでするということは、私を一生面倒みるということですからね!」
「ああ、そのつもりだよ」
「私は、ここまでされたのですから、私はあなたを愛するしか……」
わたしは意を決して彼にとびついて彼の唇を奪った。これは、彼にとっては驚きだったらしい。
「その可愛い顔で俺をそのようにして愛するというのか? 勘弁してくれ、そんな趣味はない!」
この方は私を好き勝手に扱ったのに、ここにいたって私を拒んだ。やはり、この方は唐変木だった。
とにかく、こうして、私はこの屋敷の住人になった。
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「お前はなぜこの地に生まれたのか?」
あの方は、こう尋ねた。私はろくな答えを持っていなかった
「私にはわかりません……私は愚かな存在です……ただ、御使い鸛のお姿を追ってここまで来たのです……あなたに会えたのも、鸛のおかげです」
「へえ、それは確かに御使いなのだろうね……その見事な姿から、鸛に見えただろう……彼はミカエルだろうね」
あの方の言ったことは、謎だった。




