物語はまだ始まっていない。
この作品はシリーズとして執筆予定です。読む順番としては、この作品がシリーズの始まりに位置しています。
主人公とは一体何を指す言葉だろうか。
誰もが一度はその主人公とやらに憧れることだろう(独断)。
それは、根暗で、目立たず、美少女を愛する存在のことを指す(偏見)。
そして俺は、
「美少女と恋がしたい」
「…」
そう、言い放ったのである。
…風の音が…聞こえる
窓が締め切った部屋で俺だけがそう感じた。
静寂を切り裂こうではないか!
「主人公になりたい!」
「うるさい」
「あ、はい」
水沢怜は、ごく一般の高校生…ではまだない、というかなる気はなかった。今は高校生になるための準備期間というやつである。
まあ、つまるところ主人公になりたい中学校を卒業したばかりの頭のおかしいやつってことだ。
そしてまさに今、素晴らしい学校生活を送るために妹と議論しようとしているのである。
今、怜の話に付き合わされている被害者は、妹の水沢凛である。現在中学三年生の凛は、容姿端麗で成績優秀。学校では、誰にでも気兼ねなく話しかける性格で、男子からも女子からも人気が高い。
怜曰く、「妹じゃなかったら結婚してる。いや、妹ではいてほしいから法律を変えるために政治家になってきます」らしい。
「で、主人公になるって急にどうしたの?」
凛は何故かとても興味ありげに聞いてくる。いや、興味があるのだ。この偉大なる兄の果敢な決断に。
(ならば、期待に応えてやらねば)
俺は、左手を目元に近づけた。指先が瞼の横をかすめる。
「よくぞ聞いてくれた我が妹よ」
(わざわざ)聞いてくれたことを感謝して…なんかそれっぽく言った。…というか普通に聞いてくれたのが嬉しかったからだけど。
「はよ」
凛は、それはそれはもう興味がありそうに相槌を打った。うん。
現在、怜は受験の重圧から解放され、その余韻に浸りに浸っている。端的に言えば、毎日、小説を読みふけっているかアニメを見ている生活になっている。もちろん、外に出ることもなくただ家にいるだけなので、妹に構ってもらっている。
え?それって受験関係なくいつも通りだって?
いやそんなことは決してない。決して。
まあ、つまり俺は空想の世界というものに心踊らされているのだ。
そして、ついには思い描く理想を自分自身で体験したいと思うようになってしまったのだ。
なんかかっこよくない?
「ついに理想の見すぎで頭おかしくなったか」
思いのほか辛辣なことを言ってきた。悲しいね。
「妹よ、もとからだ」
「ごめん、救ってあげられなくて(棒)」
凛は憐れむようなまなざしをこちらに向けた。
「おい、心を込めろ」
「それはそれで…」
悲しいな、なんか。事実っていうのが余計に。
「…で結局主人公になるって言っても何をどうするのか聞かされてないから話にならないんですけど」
凛は、俺に話の本題について聞いてきた。聞いてくれた。
これは慈悲なのか?それとも温情なのか?いやあんま変わんないか。
「そういってお兄ちゃんの話聞いてくれる凛のそういうところ…好きだ」
俺は膝の上にいた凛を見た。
「…お兄ちゃん」
凛は小さな顔を上げ上目遣いでこちらを見てくる。こうして見ると、いやこうして見なくても、顔が整っていて、肌は透き通るように白く、触ったら折れてしまいそうな程に軽く、繊細な体つきをしている。
お兄ちゃん、ちょっと心配。
「凛…愛してる」
俺は凛の耳元で静かに囁いた。
この間僅か0.5秒。
我に返った俺はあることに気が付いてしまった。
(妹、可愛すぎないか?
…じゃなくて、いやそうだけど)
「何やってんだこれ、あとなんでお前ちゃっかり俺の膝の上にいるんだよ!」
別にいいと思ったが、一応聞いた。一応。
「いや、お兄ちゃんが全部始めたんでしょ」
…まあそうだけど
俺は、肘掛けに肘をつき、足を組…めなかった。
「いや、俺の空気にのまれた貴様の負けだ」
怜は、荘厳かつ冷徹に膝の上にいる少女に言い放った。全く柄じゃない。
なんか、悪者みたいだな
「ぐぬぬ」
凛は頬を膨らませてじっと俺を睨んでくる。めっちゃほっぺ触りたい。
「いや、可愛いな」
俺は宥めるように凛の頭をそっと撫でた。というか自然に手が伸びた。
「んっ…お兄ちゃ―――
—―― 割愛
(まずい、何かの精神攻撃か)
最高かよ。
「あー……で主人公がなんだっけ」
「ハッ!何だ警戒しろ!」
俺は立ち上がり、布団に飛び込んだ。
通常の惚気の間隔より数倍短くなっている!
「だから何の話だっけ」
目の前にいる凛は呆れたように聞いてくる。
あーせっかくの雰囲気が
「あー、ごめん意識失ってた。お兄ちゃんの晴れ舞台の話だよな」
正直、自分が何の話をしてたかすぐ忘れそうになる。
昔から、確かにあるはずのものをよく見失ってしまう。それが、直近の出来事でも。まるで心にポッカリと穴が開いたように。
そういえば、家の中で物を取りに移動する最中に何を取りに行こうとしたのか忘れるあれって何なんだろう。年かな。まあいいや。
「あー、そうだったね」
妹よ、それだけか?いやそれだけか。それだけだよな。何もおかしいことは言ってない、うん。
俺は中学生の頃(現在進行形)、キャラを確立させるために「自分」を作ることにした。キャラを確立させたかった理由は、恐らくクラスの中での自分がつまらなく、平凡で目立たないことが嫌だったからだと思う。
それで、本が好きだった俺は小説のキャラクターに影響されたんだと思う。
そして、俺は運命的な出会いをしてしまったのだ。
彼(彼女)らと。
え?そいつら現実にいないって?
いやそんなことは決っしt
そして、そいつらと時を過ごしていくうちに俺まで浸食されてしまった。
そう考えるとなんか結構気持ち悪い。
まあ、ただ結局のところ自分がただ埋もれていくだけの人間だったからかもしれない。
「いや調和だな」
出てくんな、あの時の俺。
「いや、そっちのほうが気持ち悪いな」
まあ、そんなこんなでこの
時にキザで、時に厨二病で、時になんかで、まあそんな自分が生まれてしまった。
でも個性って大事だよね。唯一無二とかかっこよすぎるでしょ。って思ったけどその考えが既に遅かった気がする。
でもさ、青春ラブコメを鑑賞しているときに思ってしまったんだ(今回の思想に影響を与えた主な原因)。
(これネタキャラやん)
青春ラブコメの主人公はいつでも陰気で、孤独で、インドアなやつばかり(偏見)。クラスに馴染むために自分に「設定」という名の枷をつけ生きてきた俺とは似ても似つかない。
これではただの痛いやつではないか! やばい吐きそう。
おかげでクラスには馴染め…てはいないか。でも孤立はしなかった。
それならこれは俺の望んだ学校生活か?いや違う。
俺が望むのは、
「冷静で、群れることを嫌い、クラスではあまり目立たない。でも実は、優しくて誠実でスペックが高い男子高校生。あるとき、学校の美少女と恋に落ちる。そんな青春だろ」
俺は、自信満々に自分の意見を言い放った。決まったぜ。
「いや、きっしょ」
凛は、椅子の背もたれに寄りかかり、笠木に腕を乗せる。
まあ、反抗期だもんね。しょうがない。…けどやっぱり悲しい。
「そこまで言わなくてもいいじゃん。お兄ちゃん泣いちゃうよ(上目遣い)」
俺は俺の思う俺の可愛さが際立つ声としぐさで現在の心境を伝えた。
くらえ!俺の迫真の演技!
※これで全人類落ちます
落ちるじゃなくて墜ちるだって?
いやそもそも落ちも墜ちもしないから。冗談だから。
「泣くなら泣けよ。無理すんな」
凛は、少し首を傾け口角を上げながら視線をそらした。
「さすがに今のは惚れた」
嘲笑だとしても。いやむしろそれこそがご褒美かもしれない。
※補足 水沢怜はかっこいい女性がタイプだったりもする。「も」する。で、妹にも適用されたりする。そもそも妹がタイプだったりするかもしれない。
凛は、視線をそらし頬を赤らめながら指先で髪を弄る。そして、恥ずかしそうに小さく呟いた。
「…惚れてるのはもとからだろ」
(妹よ、素でやってるならそれは才能だ)
怜の残機が一つ減ったような音がした。
というか会話の流れに照れる展開あったか?雰囲気なんか知らねーよ
「まあ、私の兄がシスコンだということを再確認したところで」
「はい」
流れるように会話が進んでいく。
「まず、そもそも
・クール
・クラスで目立たない
・優しくて誠実
・実はスペックが高い
・学校に美少女がいる
って無理でしょ」
俺の理想論を熱く語ったが、凛に辛辣な言葉を投げかけられた。
「…いや、あの…」
え?凛はなんで俺のさっき言った言葉を全部覚えてるのかって?皆まで言うな
「………またあの去年の春みたいに意味わかんないことをし始めんのか」
凛はため息をつきながら、呆れた口調で言った。
「なんだよ意味わからんことって」
俺は、妹に意味わからないことをしていたと言われ釈然としない気持ちになった。
「ほら、急に役に入り始めて誇張した演技してくるやつ」
「…ああ」
定着しすぎて普通のことだと思ってたけど、そういえばそうだったかもしれない
「まあ、そういうこと」
「本屋の店員さんに話しかけるときは緊張して声小さくなってめっちゃ言葉詰まるのに?」
「……いや、そんなことは」
まずい!流れが変わった!
店員(凛)「いらっしゃいませ!」
本屋の店員を名乗る(?)女は、元気でハキハキと力強く挨拶をした。抑揚があり、それでいて誰もが聞き取れる、そんな声だった。
怜(凛)「お、お願いします」
それとは対照的に、直人はビクッと体を強張らせて落ち着きのない声で言った。
店員(凛)「はい!お預かりさせていただきます!」
店員は手際よく対応を進める。
怜(凛)「ピッ、ピッ、ピッ」
ノーコメント。
店員(凛)「お会計は三点で○○円でございます!ポイントカードをお持ちでしたらお預かりさせていただきます!」
怜(凛)「は、はい」
この間30秒。
怜はこの作業が苦手だった。財布をカバンから取り出し、必要な現金とカードを取り出すのだ。何より、後ろに待っている人がいるとどうしても気になってしまう。自分のことがどう見えているか、遅いと思われていないか、苦境の時間だった。
店員(凛)「ありがとうございます!カードお返ししますね!おつり分までお支払い頂いているようです。ご返金致します。」
怜(凛)「え、あ、そうですよね。すみません」
怜は計算が苦手というわけではない。というかむしろ得意なほうだ。ただ、落ち着かないのだ。店員に迷惑をかける、これも怜にとっての苦痛だった。
店員(凛)「本にカバーをお付けしますか?」
店員は、落ち着いた口調で尋ねた。
怜(凛)「あ、だ大丈夫です」
怜は、行動が落ち着かず、ぎこちないままだった。以下同文。
店員(凛)「袋についてですが、エコバックなどはお持ちでしょうか?」
怜(凛)「あ、はい」
店員(凛)「こちらで袋にお入れしますか?」
怜(凛)「あ、お願いします」
店員(凛)「ではお品物をどうぞ」
怜(凛)「あ、どうも」
店員(凛)「お買い上げありがとうございます!」
店員(凛)「またのお越しを心より(笑)お待ちしております!」
語り(凛)「この間、彼は店員と目を合わせることは一度としてなかった」
「…」
「前、一緒に本屋行ったときお兄ちゃんこんな感じだったよ」
「……」
「なんか、ごめん」
(………いやなんで俺、バーコード読み込む機械の音役なんだよ!)
…じゃなくて
「いや、思ったより酷いな。俺も、店員も、語りも」
ツッコミたい衝動は抑えられなかった。
「やっぱ、コミュ障で出ちゃうな」
「いやさ、なんで役入ってるときは動じないのにそれ以外だと急に弱くなるの。もう感情消したら?」
「感情を消す?まずい、昔の(現在進行形)禁断症状が!」
俺は、頭を抑え手に力を入れた。衝動は収まったのか、それはこの場にいる誰にも(二人)、自分にさえもわからなかった。
風の音は既に止んでいた。
「まあつまりさ、一時期あった冷静沈着なお兄ちゃんとして学校生活をすごせばいいんでしょ」
「つまり、偽りの仮面を被ったいつもの俺ってことか」
俺は、右足を曲げ膝の上に肘を乗せた。そして、右手を軽く握り口元へ添えた。
窓の外を見ると、暗闇には月だけが輝き………あ、雲で隠れた ゴホン…ゴホン
窓の外を見ると、輝いていた月が雲間に消えていった。
「…いや…まあ…そうなんじゃないっすか…」
(…)
「ツッコんでくれないとつらいものってあるよね」
「いやフォローだよ」
「はい」
もはや、泥船すら渡す気はないということか。いや、要らないけど
「まあ、中学校の二の舞にはならないように頑張ってください」
「めっちゃ急に興味無くすじゃん」
「いや、実際無理でしょ。まずそもそもクールなお兄ちゃん(なんか面白いな)を演じられるかが怪しい」
凛は、訝しむような目で…いや、嘲笑まがいな笑みを浮かべた。
「いや、それは大丈夫。そもそも人に話しかけない(話しかけられない)から」
俺は、打開策を文脈をごまかしつつ伝えた。
「話しかけられない、でしょ」
「…なんとでも言え」
というかそうだけど
「まあ、そこはどうにかなるか。他は…」
凛は、視線を落とし数秒考えるそぶりをした。
「優しくて誠実なのは大丈夫だとして」
俺は、首を大きく縦にうんうん、と振りあからさまに相槌を打った。
「スペックはもともと高いし」
うんうん、ん?主人公って自分のスペックの高さを自覚するもんだっけ?
それとあと何かがひっかかる。まあ、いっか
「自惚れんな」
俺は凛に鋭い視線を向けられ、しゅんとなった。
最高です
「…でそのあと美少女に話しかけられる確証はあるの?」
凛は、首をかしげながら無表情で怜の顔を見つめた。
(あ、さっきの称賛は皮肉じゃないのか)
怜は、凛に褒められてちょっと嬉しくなった。
「確証?俺が作るんだよ(キリッ)」
怜は、調子に乗った。
凛は、首の体勢を変えないで満面の笑みで怜の顔を見つめた。地球の重力が強くなった。
「…でそのあと美少女に話しかけられる確証はあるの?」
なぜか不穏な空気が漂っている気がするが、目の前にいる美少女が俺に微笑みかけているので関係ない。
(か、可愛い)
※彼の目には、妹が好きすぎるあまり特殊なフィルターがかかっています。
鈍感主人公は罪である。この場合はただボケを落とした人が現実から目を背けただけだけど
「ないの?」
「…ほら、美少女がいたらみんな話しかけるけど、その美少女は他人に興味ないことが多いじゃない。でも一人だけ興味なさそうにしてたら気になるだろ(個人差があります)。もちろん美少女が自分の人気をある程度把握していた場合だけど」
やはり、美少女のことは美少女に聞くのが手っ取り早い。
なんかさっきから美少女美少女うるさいな、俺
「まあ、もしいたらそうかも?」
流石、納得されたのか?
「それに自分に群がる下心丸出しの男とかいやだろ?」
「それは確かに気持ち悪い」
「いるのか。名前教えてくれ」
俺は、凛の言葉が終わるとすぐにそのことについて言及した。
「ほんとにやめて。邪魔でしかない」
…そうか、邪魔か
「まあ、正直そこは知らんからどうにか頑張ってね」
「ああ。もっと自分の兄に自身を持て」
「頑張ってねお兄ちゃん」
凛はきゅるん、と効果音が付きそうな声で言った。
怜は自分の妹が世界一可愛いということを再確認した。
「ところで、なんでそんなに積極的に話してるんだ」
「え?だって砂上の楼閣ってかっこいいじゃん」
「何それ」
「…まあ、壮麗で立派ってことかな?」
え?俺が?わかってんじゃん。
「ああ、なら納得だ」
「皮肉にならない皮肉って、こっちが馬鹿を見てるみたいじゃん」
「え?凛は馬鹿じゃないよ?」
「黙って」
ということでこれからは真面目に生きようと思います。
そんなこんなで春休みが終わっていった。
こんなこと考えてる主人公は嫌だ。