4ヶ月後: 長谷川先輩①
長谷川先輩。
長い茶髪を後ろで軽くひとつに束ね、開いた制服の胸元には金色のネックレスが見える。耳には複数のピアス。シャツの裾は出しっぱなし、ズボンの裾はひざの位置にたくしあげ、なんともオールドファッションなチャラい男だ。
しかもこいつの女性遍歴は有名で、告白されれば誰とでも付き合うが、相手を好きになることができなかったという理由ですぐに振るようなクズである。
いくら成績と人望だけで選ばれているとはいえ、これが、生徒会副会長なのだから嘆かわしい。
そんなのが、朝からにっこにっこと満面の笑みを浮かべて、かなめに近づこうとしている。しかもこれが、カナメの入学からほぼ毎日続いている。
―正確には、カナメが入学して数日後の全校集会からだ。今期の生徒会の方針を発表すべく壇上に上がった先輩がかなめに目を留め、動かなくなったのだ。(発表は会長が代行した)
教室に戻るべく生徒達が立ち上がった時には既にかなめの元に走ってきていたし、意味の分からないことを捲し立てながら付きまとい始めた。その時は追い払ったが、それから毎日飽きもせずに通学路に現れる。
こんなチャラい人間に付きまとわれたらかなめに友達ができないじゃないか。チャラいくせに女性人気は高いものだから、いらぬ嫉妬を受けていじめられたらどうするんだ。
はやとは嫌な顔を隠そうともせず、にこにこ信号待ちをする男を睨んだ。
当の長谷川覚ははやとの視線をものともせず、にこにことかなめを見つめ続ける。信号が変わると、手をポケットに入れたまま、横断歩道の中央まで軽く駆けてくる。
「おはよう!かなめちゃん、今日もかわいいね。好きだよ。」
歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく毎日繰り返す覚である。はやとは苦々しい表情を浮かべたまま、覚の横をスルーして歩き続ける。かなめは少し振り返り覚を気にしているようだったが、はやとの袖からは手を離さず、ぴったりとついていく。
「おいおい、はやとはいつになったら俺を認めてくれるんだよ?そろそろかなめちゃんとお話ししたりお茶したりしたいんだけど?」
追いすがる覚をはやとはにらみつける。
「そんな時は一生来ません。大体何でかなめなんですか?確かにかなめはかわいいけど、あんたならよりどりみどりでしょう?あと勝手に名前呼んでちゃんづけするのもやめてください。馴れ馴れしい。」
吐き捨てるように言うと、かなめを庇うように手を上げた。
「前も言ったけど、俺、かなめちゃんに昔会ってるんだよ。その時からずっと好きだったんだ。さすがに諦められないよ」
小賢しくて古くさい嘘だ。かなめに会ったことがあるはずがない。8年より前なら、俺たちはいつも一緒にいたからかなめと会ってて俺に会ってないはずがない。そしてこの8年間は、俺とよしふみはもちろん、捜索にあたった誰しもかなめがどこにいるのか分かっていなかったのだ。
「前も言いましたけど、かなめは8年間ずっと心臓の病気で療養していていたんです。他の場所にいたし、厳重に隔離されていたから先輩と出会いようがないんですよ。」
「設定は良いからさ」
覚は微笑み、かなめに向けて右手の掌を差し出した。かなめがピクリと動いたのを察知して、はやとも体をこわばらせ、かなめと覚の間に割って入った。
「何してんだ、あんた」
思いの外大きな声が出て、周りを歩く生徒達が一斉にこちらを向いた。気がつけばもう正門の辺りまで来ていた。
覚は左手の掌もかなめに向けて差し出し、その後両手の甲をかなめに向けた。
「I mean no harm, i have no arm」
今は第二言語として英語が指定され誰しもある程度は喋れるから、はやともその意味は理解できた。
君に危害を加えるつもりはない、武器を持っていない…
―何のことだ?
横目でかなめを見ると、驚きと不審の入り交じった表情で覚を見つめていたが、警戒がやや和らいだようにみえた。
そして同じく両手の掌を覚に差し出し、その後手の甲を見せた。
「j'accepteジャクセプト」
はやとは目を見開いた。フランス語なのは分かったが、今、かなめを何を言ったんだ?今の手の動きは何なんだ?
動けずにいると、覚は嬉しくて仕方ないという表情で何度も頷いた。そして「また会いに来るよ」と言い残し校舎に駆けていった。
「…かなめ?」
かなめはハッとして、再びはやとの袖をつまんだ。
「だいじょうぶ。教室、行こう。」
それ以上何も言えず、はやとは小さく頷いた。
チャラさが平成…