シンジ・カナメ: 「5ヶ月前」
わたしはシンジ・カナメ。
…だいじょうぶ。まだ苗字ラストネームはちゃんとおぼえてる。ここにつれてこられたのが7才の時だから…もう、8年たつ。バディと先生が日本人だから日本語をわすれないでいられてるけど、家族の顔はだいぶわすれてしまった。
何も言われていないし、たぶんもうかえれないんだと思う。
ここは「ソシキ」とよばれているから、本当の名前はよく知らないし、どこにあるのかも分からないし、何のための場所なのか分からない。たてものの中はぜんぶ白っぽくて四角くて、たくさんの人がねる部屋と、少ない人でねる部屋と、えらい人がねる部屋がある。ベンキョウする少し大きい部屋と、たたかう練習をする大きい部屋があって、あとは保健室みたいな部屋がある。ドアはぜんぶ指をピッてしないと通れないし、「ケンゲンがない」ところにはいけない。
たくさんの人がいるけど、外から来た人とずっといる人がいて、男の人が多いけど、女の人もいて、子供もたくさんいる。
つれてこられてすぐは、たたかう練習とか、ジュウの使い方とか、ひとりでたくさんベンキョウした。大変だったけど、先生はやさしかったし、がんばれば帰してくれるって言われたからすごいがんばった。
少しして、ニンムにつれていかれた。どこかにつれていかれて、いわれたように変ないすにすわって、頭に変なぼうしとか、手に変なてぶくろとかつけてじっとしてたら、何かが話しかけてきたから、言う通りにしてたら、おわったよってつれて帰られた。
何が起きたのか、何をしたのかぜんぜん分からなかったけど、まわりの大人たちは「ロックがカイジョされた」とか「やっとやり返せる」とか言ってて、そのあと一週間くらいは「ソシキ」もいそがしかったみたい。何人かの大人が頭をなでてきたから、良いことをしたんだと思ってた。
そしたら、他のこどもと同じように、たたかいに出されるようになった。バディによると、そんなに大変なゲンバじゃなかったみたいだけど、けがもたくさんしたし、まわりの子が何人か死んでいった。
他の大人やこどもちがって、「ソシキ」でなぐられることはなかったしご飯もちゃんともらえたけど、まわりの人には変な目で見られるようになったし、えらい人には、気まずそうなかおか、いやな顔で見られることが少しずつふえていった。
9才くらいの時、折れたうでをこていしてもらった帰りに食堂をとおりかかった時、人がたくさんいたからどうしたのかなって見てみたら、13才くらいの男の子が、えらい人と、他の大人や子供になぐられたりけられて小さく丸くなってた。
「コウカンの子供」「ひいき」「スパイ」って言葉が聞こえたけどよく分からなかった。分からなかったけど、男の子は来たばかりだったみたいで、泣いてて、血がたくさん出てて、「ソシキ」に来たばっかりの時の私みたいだったから。
気がついたら、男の子の前に立ってた。
なぐられそうになったけど、えらい人がすぐに止めて、まわりの人たちが「なんで」ってさわぎだした。えらい人はちゃんと答えられなかったけど、とにかくだめなんだってことで、みんな食堂から帰らされた。男の子と一緒にいた大人の人は、何もできなくてごめんなさいって男の子に言って、保健室に連れていったみたいだけど、そのあと男の子を「ソシキ」でみることはなかった。
そのあと、「あいつはスパイだ」っていわれるようになって、いやなことを言われたりされることがふえた。バディやえらい人の前では何もできないみたいで、バディも一緒にいてくれる時間がふえたけど、それでもだめだった。
ニンムが終わって疲れてたから、だれかついてきてるのに気づかなくて、うでをひっぱって大部屋につれていかれたら、10人くらいに取りかこまれた。みんなこわい顔をしていて、スパイなのか、とか、どうしてひいきされてるのか、と聞いてきた。
他の人とちがうあつかいを受けてるのは知ってたけど、どうしてかは分からないから黙ってたら、それがむかついたみたいだった。
きおくはとぎれとぎれにしかないけど、たぶん、次の日の午後くらいにバディが見つけてくれて、部屋の中に、他のえらい人といっしょにかけこんできた。体中がいたくてうまく動けなくて、バディが自分の服をわたしにまいて、だっこしてくれたのは覚えてる。顔をふいてくれたのも覚えてるけど、次に起きたのは1週間後だったと思う。
そのあと3週間くらいして保健室から出られたけど、その頃には、あの日部屋の中にいた10人と、あとから来た10人はいなくなってて、シュクセイされたんだとバディに聞いた。
それからしばらくして、12才くらいの時、バディがすごく怒った顔で部屋に戻ってきたことがあった。バディは19才で大人だったし、いつも笑ってるから、そんな顔は初めてみた。
「お前を処分する話が出た。万が一のためにお前を確保しておきたい派閥もいるから今回は確定しなかったけど、今後難しい任務に出される可能性があるし、組織内でのお前の保護も望めそうにない。任務中以外も、絶対に俺から離れるな。」
よく分からなくて聞き直すと、「死ななければ何をしてもいい」存在から「死んでも良い」存在に変わったのだと教えてくれた。
それからさらに一年くらいして、「死んでも良い」は「できるだけ自然に死なせたい」に変わった。
バディは今回は怒った顔ではなく、しんけんで少しあせった顔をしていた。
「かなめ、今日出るぞ」
何のことか分からず、わたしはききなおした。
「今日しかない。ヨシフミってやつは分かるか?」
説明になっていなかったが、8年ぶりに聞く名前に、頭がまっしろになって、うなづくのがせいいっぱいだった。
「どうやったんだか分からないが、近くまで来てるらしい。一週間後に指定の場所でランデブーする」
ここから出るなんて、ここ数年考えたこともなかった。とつぜんのことで、うれしいよりもこわいとか、不安の方が大きい。そんな気持ちがつたわったのかもしれない。
「大丈夫だ。俺が絶対ここからお前を出してやる。だからお前は家に帰るんだ。家に帰って、失くしたものを取り返すんだ。」
急に、アラームがなりひびいた。だれかシンニュウシャがあったときのアラームだ。
「合図だ。」
手を引かれ、部屋からとびだした。
…メカが描けない