クローゼットの中にクラスの女子が潜んでいることに気づいてしまった【挿絵あり】
僕、十日市 凛久の部屋にはクラスメイトが潜んでいる。
気が付いたのは1週間前。高校から家に帰り、自室でくつろごうとベッドに身を投げ出す──前に、そういえば部屋着に着替えなきゃな、と思った。
部屋着はクローゼットにある。扉を掴み、クローゼットを開けると──
「あ……」
なんか、いた。
ふんわりウェーブのかかったブラウンの髪に、小動物みたいにあどけない顔。140cmもないミニマムな体で膝を丸め、クローゼットの中で体育座りをしている。
僕の目が正しければ、クラスメイトの成瀬 美月さんだ。
目が合う。くりっとした瞳だ。リスとかコアラとか、そんなきゃわいい動物みがある。
深呼吸をして目をつぶり、もう一度クローゼットの中を見る。制服姿の成瀬さんがいた。成瀬さんは僕に見つかったことに驚いているのか、めっちゃ冷や汗をかいて口をパクパクしている。
おかしい。
普通、男子高校生のクローゼットの中に女子高生はいない。エロ本とか虫とかならまだわかる。でも女子高生だ。いるはずがない。
可能性としては
①僕の頭がおかしくなって幻覚を見ている
②普通に成瀬さんがいる
の2択だ。
①の可能性は考える必要がない。僕の頭が壊れているのなら、そもそも考える行動自体が意味をなさないからだ。
となると必然的に②となる。
普通に、成瀬さんが、いる。
僕は高校生だが1人暮らしをしている。親は総合商社の資源開発部門に勤めていて、頻繁にロシアや中東方面に転勤しているからだ。
だから成瀬さんが僕の親とグルになってドッキリを仕掛けている、なんて線はない。
普通に、僕の部屋に忍び込んで、クローゼットの中に隠れている。
怖すぎる。
クラスの女子だからなんとなく油断しているけど、性別を逆転させて考えてみればわかる。重度のストーカー。今すぐ檻にブチこんだ方が日本国のためだ。
そう思ってスマホで110番を押そうとして、僕は気が付いた。
成瀬さんは未成年。この程度の罪では大した罰も受けないだろう。むしろ、通報に逆恨みして何をしてくるかわからない。
それじゃあ、直接「何をしているんだ。出て行ってくれ」と言うのか? それも無理だ。勝手に部屋に忍び込むぐらいキマってる娘だし、何をしてくるかわからない。
隠蔽。ふと、その二文字が頭に浮かんだ。
僕はそっと、クローゼットの扉を閉めた。それから10秒、僕は無言でクローゼットの前に立ち尽くしていた。すると……
「にゃ、にゃ~ん」
クローゼットの中から声が聞こえた。
……うん。
「なんだ、ただの猫か」
そういうことにしておこう。だって、猫の鳴き声が聞こえたし。冷静に考えて、クローゼットの中に成瀬さんがいるわけがないな。
「そ、そうだよ。猫だよ~」
台無しだよ。
こうして僕と成瀬さんの共同生活が始まった。
女子と同棲って甘酸っぱい響きがあるけど、僕のは同棲というより寄生、イソギンチャクにクマノミが隠れる的なアレで、色気のかけらもあったもんじゃない。
むしろキツいまである。
犯罪者とはいえJKがクローゼットの中にいて、隙間から僕を監視しているのだ。健全な男子高校生の1人暮らしと言えば、イロイロとやりたいこともあるのだが、それもできない。
というわけで、最近の僕は刑務所の模範囚みたいな生活を送っている。
朝7時に起床し、支度を終えて学校へ向かう。この時、学校へ向うのが遅すぎると僕がいなくなってからクローゼットから出て支度をする成瀬さんが遅刻をしてしまうので、支度を手早く済ませるのがコツだ。
それから普通に学校で授業を受け(もちろん成瀬さんも)、放課後になると、直帰して部屋に忍び込む成瀬さんと鉢合わせないようにコンビニで時間を潰す。
6時ぐらいにアパートへ帰り、2人分の夕飯を作る。こうしないと成瀬さんは勝手に戸棚のお菓子を食べてしまうからだ(料金は置いていってくれる)。料理をクローゼットの前に置いておくと、気が付いたら皿が消えている。朝になるとキレイになった皿がクローゼットの前に置かれている。なんだか邪神へのお供え物みたいだ。
夜10時には部屋の電気を消し、布団に入る。そこからは成瀬さんの時間だ。彼女は夕飯の皿を洗うとシャワーを浴び、近所迷惑にならないように風呂場で洗濯物を手洗いする。それだけじゃない。部屋を一通り拭き掃除した後、なんと朝食のためにみそ汁の出汁をとってくれたりもする。良妻すぎる。犯罪者であることを除けば。
ちょっと怖い話をしよう。
夜は成瀬さんの時間だ。だから僕は基本的に10時を過ぎたら無理やりにでも寝るようにしている。間違えて鉢合わせてしまうのが怖いからだ。
でも一度だけ、ふと夜中に目が覚めてしまったことがある。
目の前に、成瀬さんがいた。
暗闇に浮かび上がる目は、小動物というより獣のようで、無表情なのがあまりに怖かった。
「おきてるの?」
僕はそっと目を閉じ、頭から布団をかぶり、ガタガタ震えて朝が来るのを待った。
そんなこんなで、僕の同棲生活は順調だ。
ちなみに、日中の高校では僕らは普通のクラスメイトとして過ごしている。気が付いてから、初めて教室で会ったときなんて──
「おはよう、十日市くん」
「な、成瀬さん……?」
「どうしたの? なんか、驚いてるみたいな顔だよ」
「え、だって……その、おかしいよ……」
「おかしい……? ふふっ、変な十日市くんっ」
変な十日市くんかぁ。たしかに、「普通」/「おかしい」なんて概念は、自分の中にある常識に照らし合わせた相対的な価値観でしかない。
クローゼットの中に潜むのが普通な成瀬さんからしたら、そんなことに驚いている僕こそが変なのかもしれないですね。
……そうして、僕らの共同生活が始まって2週間が経過した。
夜7時。自室にて。
「よぉし、それじゃあ勉強しようかな」
僕はわざとらしく宣言してから机に向かい、教科書を広げた。ちらり、と卓上のポテチの袋の中に忍ばせた鏡で後ろの様子を伺う。
「えへへ……十日市くぅん……」
ガン見してる。クローゼットの隙間から、獣のように瞳をかっぴらいて涎を垂らしている成瀬さんが見える。
ちなみに、彼女が僕の部屋に忍び込んでいる理由だけど。それは結構早い時期に判明している。
成瀬さん、めっちゃ僕のこと好きらしい。
財産目当てじゃなかったとわかってホッとしたけど、欲望のために躊躇なく犯罪を犯せる女子はタイプじゃない。四六時中僕を監視して発情してるあたりちょっとヤバめな子だと思う。
とはいえ2週間もあれば慣れてしまう。僕は努めて冷静に……
「やっぱりかっこいいなぁ」
「こっち向いてくれないかなぁ」
「夜までお預けなのかなぁ」
ちょっと待って。夜、何してんの?
慣れているといっても限度がある。よしんば本当に慣れても…何かが擦り減るもんでしょ。青ブタの1巻にそう書いてあったから間違いない。
そう思うとなんだかイライラしてきた。どうして僕は、不法侵入してくるきゃわいい小動物にここまで平穏な生活を脅かされなければいけないのか。
よし、決めた。成瀬さんをクローゼットから炙り出そう。
直接的な手段はいけない。間接的に炙り出すのだ。古来より、獣を炙り出す方法は決まっている。エサだ。
そこで僕は冷蔵庫から、成瀬さんの好物であるセブンイレブンのアイス『まるで完熟マンゴー』を取り出し、皿の上に置いた。
それからクローゼットの前に置き、うちわでアイスをあおぐ。香りがクローゼットに直撃するコースでね。
成瀬さんの本質の5割は小動物だ。こうすれば耐えきれなくなって出てくるに違いない。
ぐるぐる。成瀬さんのおなかの音が聞こえた。勝利は近い。
そういえば、僕もお腹すいたな。アイス食べようかな。
ふとキッチンの方を見る。それから皿に目を戻すと──ぬっとクローゼットから伸びてきた、真っ白い手がアイスを掴むところだった。
マンゴーアイスはブラックホールに吸い込まれる小惑星のように、クローゼットの隙間へ消えていった。
いけない。成瀬さんの本質の残り5割である邪神成分を忘れていた。あのマンゴーアイスはもう助からない。僕は犠牲になったマンゴーアイスに祈りをささげると、次の作戦を実行することにした。
最近気が付いたが、成瀬さんは僕が他の女子と話すのを嫌がる。
教室で女子と話していると、不安そうな顔でイヤイヤと頭を振るのだ。それからわざとらしく「そ、そういえば昨日の天気予報見た?」とか話に割り込んでくる。
クローゼットの中じゃテレビが見れないから、意味わからないメディアしか話のタネにできない成瀬さんかわいそう。そんなことはどうでもよくて。
「あ、急に1-Aの出席番号21番、山中 ユカさんと通話したい気分だな」
僕はわざとらしくそう宣言してからLINEを開き、実際に通話をかけた。
ガタッ、ガタッ、ガタッガタッガタッ
邪神がご乱心だ。
「もしもし、ユカちゃん?」
『どうしたの、十日市くん』
「いやぁ、急に話したくなってさ」
『ふふっ、なぁに急に。私たち全然話したことないのに』
普段女子と電話なんてしないから緊張するけど、邪神を炙り出すためと考えると緊張が消えてきた。
和やかに会話を続けていると
『十日市くん・・・・・・部屋に誰かいるの?』
「え、どうして?」
『なんかさっきから変な声が聞こえるの』
「え、怖いこと言わないでよ。聞き間違えじゃない?」
『そ、そうかなぁ』
ちなみに聞き間違えじゃない。言葉にすることすら恐ろしいような呪詛がクローゼットから漏れ出ている。
怖すぎて普通に後悔してるけど今更やめられない。
あれだけのフラストレーションが溜まっているなら、そのうちクローゼットから出てくるだろう。もう少しの辛抱だ。
「それでさ……」
『あれ……十日市くん。おーい、十日市くん』
「え、どうしたの。もしかして聞こえてない?」
おかしい。通信は安定しているのに、僕の声が聞こえていない。
「もしもし、ユカちゃん?」『もしもし、ユカちゃん?』
!? クローゼットの中。僕と同じ声量で、まったく同じセリフを成瀬さんが喋っている。
そういえば、物理の授業で聞いたことがある。
ノイズキャンセリングだ。ある音と逆位相となる音をぶつけることにより、音を打ち消すことができる。お高いイヤホンとかに内蔵されている機能だけど、まさか成瀬さん、僕と逆位相の声を出して、人力でノイズキャンセリングしてるっていうのか。
見誤っていた。彼女の本質は小動物や邪神だけじゃなく、イヤホンでもあったなんて。
なんかもう、何をしても引っ張り出せないんじゃないか。
虚無感。僕って無力だ。
……あれ。なにをしても出てこないなら、別にもう、どうでもいいんじゃないかな。
成瀬さんは僕の家に忍び込んでるなんて公言できないだろうし。僕がなにをしようがそれが外に広まることはない。
そもそも気にする必要なんてないじゃん。
僕は悟った。
もう成瀬さんとかどうでもいいな。
「オ〇ニーでもするか」
僕はベッドに腰かけ、クローゼットに背を向けてスマホでFA〇ZAを開いた。Miss 〇Vは使わない。違法サイトだから。
スマホから女優のあられもない声が流れる。内容はJKモノだ。クローゼットにJKがいる状態で見るJKモノ。背徳感だ。
しかし、2週間ぶりに見るAVだというのに、僕の心は冷静だった。いろいろと擦り減ってしまったせいかもしれないなぁ。
それでも惰性でAVを流していると
ガタッ「あぅっ!」
背後からかわいらしい声。振り向くと、成瀬さんがクローゼットから上半身を出して倒れていた。身を乗り出していたら、扉が急に開いて飛び出してしまったらしい。
「……」「……」
たっぷり10秒見つめあう。
『あぁん♡』
沈黙を破ったのはスマホから流れる女優の声だった。
「え、ちんちん出してないじゃん……!」
心底残念そうな声で呟く残念な成瀬さん。
自らの発言に気がついたのか、ハッと両手で口をふさぐ。おそいよ。あと女の子がちんちんとか言っちゃダメでしょ。
「ち、ちがうの。そうじゃないの。別に十日市くんのエッチな姿が見たかったわけじゃなくて。ちがうの」
聞いてもないのにわたわたと弁明を始めた成瀬さん。邪神もこうして姿を現してしまえばただの小動物。なんか哀れだ。
「わ、わたし──なにも見てないからっ。続き、どうぞっ」
そういっていそいそと巣穴に戻ろうとする小動物。僕はその肩を掴んだ。
「ねぇ、成瀬さん」
「えっと──だ、誰かな。成瀬さんって!」
この期に及んで言い逃れか。なんだかイライラしてきた。
この小動物のせいで。僕は2週間も模範囚生活を強要されたのだ。彼女に対する恐怖が消え、その分溜まっていたフラストレーションが湧き上がってくる。
「成瀬さんじゃないなら誰なんですかね……」
「だ、だれでもないですっ。だれもいませんっ」
そういって体をクローゼットの中に隠す。
「あぅっ」
バランスを崩したのか、足を開いて尻もちをついた成瀬さん。クローゼットが狭いせいか、自分の足でスカートが持ち上がってしまっている。水色の縞パンがその奥に見えた。
「や、みちゃ、やだ……」
羞恥に頬を染めながら必死に隠そうとするが、いかんせんクローゼットが狭くてうまく体勢を戻せないようだ。
そんな彼女を見ていると、不思議とムラムラしてきた。
140cmもない小柄な体に似つかわしくない、むちっとした体つき。冷房のないクローゼットにいたせいかブラウスは汗で張り付いていて、体のラインが丸見えになっている。
僕の舐めまわすような視線に気が付いたのか、成瀬さんは顔を背け、小さく体を震わせる。汗ばんだ体に髪が張り付いている。
「成瀬さん」
「……違います」
クローゼットの中は、彼女のバニラとミルクを足したような、甘くて濃厚な香りに満ちている。頭がどうにかなってしまいそうだ。
いや、既にどうにかなっているのかもしれない。
「成瀬さんじゃ……ないの?」
「……だれでも、ないです」
足首に感触。見ると、成瀬さんが僕の足を掴んでいた。ゆっくりと、僕をクローゼットに引き入れるように。
汗で張り付く髪の隙間から、彼女の瞳が覗く。頬は赤く染まり、はーっ、はーっと荒い呼吸をしている。
「だれでもないなら……何をされても、文句は言えないよね」
ぴくんと、彼女の体が大きく震えた。そして──
「……はい♡」
そう言った成瀬さんの表情は、とろけていながらも男を誑かすような淫靡さがあって。
誘われるように、僕はクローゼットに入っていく。
……それからも、僕と成瀬さんの同居生活は続いた。
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