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掌編置場

伝説との邂逅

作者: 須藤鵜鷺

 ザァ……ザァ……と波の音がする。さっきまでうるさいほどに響いていたボートのモーター音が止んだことで、嘘みたいに静かになった。

 波止場があるのだから、昔は人が住んでいたのであろう無人島。私はつい今しがた、この静かな孤島に上陸した。

 足元には雑草がぼうぼうに生えている。けれどよく見ればその下には古いコンクリートの残骸がのぞいている。割れて風雨にさらされたそれはもうほとんど自然の石に戻りかけている。ここで人が生活していたのは、この島からしても遠い昔のことなのだろう。

 そんな役目を終えて久しく見える波止場から伸びる海岸線は、左右ともそう離れていないところまでで切れている。その先は断崖絶壁だ。元からそうだったのか、あるいは長い年月の間に浸食されたのか。今目に見える光景は、人が住むのに適しているとは言い難い。この島が一時有人島であったというのは、人工物の痕跡を見ても信じがたい様相だ。この先を見ればまだ他の人工物が残っているのかもしれないが、高い崖や目の前に広がる林に遮蔽されて見通すことはできない。今回の事前調査を踏まえて動くであろう後続の本調査隊が派遣されれば、もっと精密に色々調べ尽くすだろうが。

(私はこんな軽装備で乗りこまされたのに)

 恨めしい気持ちがわき上がってくる。だがそれも今さらだ。

 私はこの島の事前調査員として、本部から送りこまれた。もしかしたら命を落とすかもしれない危険の潜む、この島に。

 本部の者たちは、私のことなど捨て駒くらいにしか思っていないのだろう。どちらに転んでも特に痛手にもならないような。私が無事に帰れば、持ち帰った調査結果を我が物として利用し、帰らなければ無かったことにする。家族に責められても責任逃れの言い訳なんて、あの人たちにはいくらでも捻出できるだろうし。私が勝手に来たことにでもされるかな。

 そういう諸々を承知したうえで、それでも私がこの島へ来たのは、研究者の性なのかもしれない。

 長らく謎に包まれていた無人島。その調査のパイオニアになれるのだと思えば、この調査への参加は魅力的だった。私の立場では本調査の隊員にはなれないのもわかっていた。だったらいっそ、後発の調査隊が来る前に私の手で世紀の大発見をしたかった。捨て駒として扱われるのだとしても、私の手柄を後からすべて奪われるのだとしても、その発見をしたのは他ならぬ私なのだという矜持だけは誰にも奪えない。胸にしまったその思いだけでも、私は残りの人生を歩んでいける。研究者としての誇りを持って。……生きて帰れれば、の話だけど。

 眼前に広がるのは鬱蒼とした雑木林。その奥の方からは鳥の声が聞こえる。日本海にぽっかりと浮かんだこの小島は今や鳥の楽園と化しているのかもしれない。だが私が今回の調査でさがすのは鳥ではない。

(さて、行くか)

 肩から提げた麻酔銃のショルダー紐をかけ直し、林の中へと踏み入った。

 この調査の目的。それはまだ人が住んでいたというはるか昔の時代、この島に持ちこまれたと言われている不法生物の存在を確認することだ。

 もちろん、そんな昔に持ちこまれた生物が今も生きているとは限らない。だがもしも今も生きているとすればかなりの大きさになっているはずだ。その生物が持ちこまれる前にどんな生体実験を受けていたのかは、はっきりとわかっていない。ともすれば狂暴化していて、人間を襲うかもしれない。そのあたりの可能性に調査隊は尻込みしている。そして私を先発として送りこんだということだ。そんな腑抜けたちのことは、今はどうでもいい。とにかく周りの気配に集中しながら注意して進むのみ。

 木々に遮られたせいか、波の音は遠くなった。その代わりに耳を埋めるのは、風に揺られた無数の枝が織りなす葉擦れの音と、高く鳴き交わしている鳥の声。濃密な音の渦の中にいるのに、ここはしんとしているように感じる。たくさんの音は圧にはならず、空気に溶けて霧散してしまっているかのように。

 気配など、微塵も感じなかった。

 それは不思議な体験だった。私の目の前に、いつの間にかそれは姿を現していた。そんなはずはない、と脳が勝手に否定する。いつの間にか現れたにしては、その影はあまりにも巨大だった。なのにそれがどこから出てきたのか、どうやって近づいてきたのか、まるでわからなかった。

 巨大な影は私の方をじっと見つめたまま佇んでいる。私もまたそれをじっと見上げた。その影の中にある目と、ただひたすら見つめ合う。身動きなどまったくとれない。すべての感覚が私から離れで、どこか遠くから見下ろしているような気がした。

 これが、私がさがしていた、不法生物……?

 その判断は、俯瞰するもう一人の自分に拒絶される。今目の前にいる生命体が、そんな不遜な言葉でくくられるような存在であるはずがない、と。

 私は対峙したものに心を奪われたまま、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

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