林檎飴2
スマホを見ながら直線距離をずっと真っすぐに進んでいた。
「(本当にこの道で合ってるのかな……」
スマホが示している方向に進んでいるが、とにかく真っすぐすぎて不安になってきた。
マップでは、1時間で着くはずなのに、家を出てからボクは1時間以上歩いている。
「おかしいな…………もう到着してもいいころなのに」
ボクは、方向音痴ではないのだが、あまりにも目的地につかなすぎてピックの位置が間違えているのではないか?という気持ちになってきた。
でも、歩いてきた道にそれらしい店はなかった…と、思う。夜だから見落としていたなんて事になってないといいんだけど……。
「あ?…………あれか…?」
ようやくたどり着いた時には、すでに夜中の1時近くなってしまっていて、お店の人が店じまいをしようとしている所に到着した。
ボクは、小走りに女の人に近づいた。
「あ、あの!……すいませんっ」
お店のシャッターを閉めようとしていた魔女のような格好をしたお姉さんが振り返った。
「………………?」
黒髪は足ともに届きそうなほど伸ばされていて、格好も真っ黒いドレスような服装だった。
「まだ、林檎飴…買えますか??」
「はい」
ボクの他にお客さんは一人もいなかった。
「中へ…どうぞ」
1箇所だけ下まで締めていないシャッターをくぐり店の中に入った。お店の中は、変な香りの御香が焚かれていて、店の中はネオンを光らせたようにピンク色だった。
「(大丈夫かな………………」
「そんなに不安そうな顔をしないで?」
ボクの心の中を読んだかのように、お姉さんは優しく微笑んだ。綺麗なお姉さんは30代にも20代にも見える。
「どうやってココを知ったの?」
「あ、そのスマホの広告で見て」
「学生さんかな?」
お姉さんの赤い瞳がボクを見つめるたびに、なんだか何もされていないのに、何かされたかのようなふわふわした感覚になった。
「あ、はい…」
「夜にココまで来るの怖くなかった?」
「…こ、怖かったです。でも、どうしても林檎飴が欲しくて…」
「叶えたい願いがあるのかな?」
叶えたい事があるわけではないが、妹のために林檎飴が必要なんだ。
「それじゃ、色から決めるのはどう?」
「色?」
冷蔵庫から取り出された林檎飴には、赤以外にも白、ピンク、紫、緑などいろんな色が並べられた。
味が違うのかな。白は練乳とか??妹に買うならピンクのほうが可愛いのかな。
「う〜ん」
ボクは、こういう時すごく悩んでしまうタイプだ。1個だけしか買えないと思うと、なおさら悩んでしまう。
「どれが1番売れてますか?」
「うーん、やっぱり赤?かしら。願いを叶えるために買いにくるから、皆そんなに色にはこだわらない、かな」
せっかく手作りでひとつひとつ作られていて、色もこんなに綺麗に宝石みたいな林檎達を消費するためだけの道具みたいな扱いに少し怒れてしまった。
「そんなの作った人に失礼じゃないか」
「ふふっ怒ってくれてありがとう。なんだか嬉しいな」
ただ、思ったことを口にしただけなのに、お姉さんがとびっきりの笑顔をこちらに向ける。生産者の喜びというやつだろうか。
色を決められないボクは、お姉さんに決めてもらうことにした。
「あの!貴女の1番好きな色ってなんですか?」
「私は………紅…かなぁ」
お姉さんの長い爪が真っ赤な林檎飴を指さした。よく見たら瞳も爪の色も赤いから、お姉さんは赤い色が好きなのかもしれない。
「じゃ、赤い林檎飴をひとつ」
ボクが財布から小銭を取り出そうとすると、お姉さんの綺麗な指がボクの動きを静止させた。
「(冷たい…………」
ひんやりとしたお姉さんの指がボクの腕を掴んでいた。
「お代はいただけないかな。こんな深夜にやったきた未成年に金銭の取引があっては問題になっちゃうから」
いつの間にボクの真横に来ていたんだろうか。鼻先がくっつきそうなほど、お姉さんの顔がボクの目の前にあった。なんだか、お店の御香とは、また違う甘い香りがボクの鼻をくすぐっている。
「わ!でも、あのあの、その………」
あまりにもビックリしすぎて、お姉さんの手を払ってしまった。お姉さんは、不思議そうにボクを見つめると何かを悟ったかのように、また話し始めた。
「でも、安心して君の願いはちゃんと叶えるからね?それじゃ、いまから君の願いを1つこの林檎に込めるね」
べつにボクは、代金を払わなかったから願いが叶わないのではないか?などと考えていたわけじゃないんだけどな。
「(願い事か……やっぱり妹の病気がよくなるようにって言ったほうがいいのかな……」
「駄目だよ。願い事は、君が本当に心から願っていることしか叶えられないよ?」
お姉さんは、またボクの心を読んだのか、それは君が願いたい事じゃないんじゃない?っとでも言いたいかのように、ボクの胸を指さした。
なんだか、指を置かれた部分がジンジンとしてきたような気がする。ボクは、『何か』に惑わされないようにするために目を閉じた。
自分の願いを込め終わり、目を開けると林檎飴がさっきよりも輝いているような気がする。
「願いを叶えられるのは、林檎が消えてしまう朝までの間になります」
「え?!いま、何時??」
スマホの時刻は1時半を回っていた。朝日が昇ってくる4時までには、あと2時間半しかない。ここから、妹の病院まで徒歩ではさすがに間に合わない。
「送っていきましょうか?」
「えぇ?!」
林檎飴を無料にしてもらったのに、まさかの送迎サービス付きな事にびっくりしてしまった。
「行き先を教えてもらえるかな?」
「えと…えと、ここです!」
ボクはスマホの画面を見せた。お姉さんは、スマホ画面を覗くと「うんうん」と頷いてくれた。閉店時間をすぎてしまったので、お店のシャッターを閉めると……店の前には1頭の馬が待ち構えていた。
「…………………えと」
お姉さんはロングスカートのまま真っ黒い馬に跨る。
「林檎飴を落とさないように、手を」
お姉さんがボクにそう言うので、ボクは右手に林檎飴を握ると、左手をお姉さんに伸ばした。
ものすごい力で高校生のボクを持ち上げると、ボクはお姉さんの前にちょこんと座らされた。…馬に乗るのは初めてだった。いや、正しくは乗せられているのだけど。
「急ぐから舌を噛まないようにね?」
「ふぇ、はいっ」
真夜中の公道は、ボクが歩いてきた時間にさえ車が走っていたのに、まったくといっていいほど、車とはすれ違わなかった。
まるで、ボクとお姉さんしか、この世界に生きていないのではないか?とさえ思えた。
ボクはといえば、馬を走らせた事によって揺れるお姉さんの大きな胸が背中に当たっている事が気になって仕方なかった。
馬が夜を駆けるというよりは、まるで馬が霧や煙のように人には見えていないのかもしれない。と、よくわからない事を思った。
そうこうしていると、見慣れた病院の入口までやってきた。
「着きましたよ」
ボクは、お姉さんに持ち上げられながら馬から下ろされる。
「ありがとうございます。なにからなにまで」
「いーえ」
病院の裏手は山だけれど、まだ朝日が昇ってくるところは見えていない。お姉さんに頭を下げると、ボクは急いで妹の病室へと走った。
途中のナースステーションには明かりがついていたが、巡回の看護婦さんにも見つからずに、ボクは妹の部屋までたどり着くことが出来た。
「…………ぉーぃ、ぉーぃ」
ボクは小さな声で妹を呼び起こした。
「………ん?お兄ちゃん?どうしたの」
「林檎飴を持ってきた!」
ボクは後ろ手に隠していた林檎飴を妹の前に取り出した。
「え!!すごい!キレイー食べるのもったいないー」
「だめだめ!あと1時間したら林檎消えちゃうから」
「何を言ってるの??」
ボクは、お姉さんに教えられたままの事を妹に伝えた。けれど、信じてもらえず妹はいつもながらクスクスと笑っている。
「い、いいから早く食べなって、看護婦さん来たら取り上げられちゃうってば……」
せっかく妹のために眠い目をこすってここまでやってきたのに、没収されてしまったりしたら苦労が水の泡だ。
「あ、そうだね!」
妹は、林檎飴を袋から出すと、まず初めに周りの飴の部分を舐めた。
「あま〜い」
久しぶりにお菓子を口にした妹の顔には笑顔の花が咲いていた。
「もぐもぐ」
そして、林檎の部分と飴とを一緒に頬張る。その唇は飴の赤さが移って真っ赤に染まっている。
「すごいすごい美味しいよ!お兄ちゃんも食べてみて」
「ええ、ボクはいいよぉ」
せっかく妹のために買ってきたのに、妹はボクの方に林檎飴をズイズイと押し付ける。
「え、じゃあ一口……わ!マジでうまいっ」
ボクは、妹がカジった林檎飴の横の部分を一口だけ貰うことにした。自分では作ることが出来なかったパリパリの甘い飴と林檎の酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。
「お兄ちゃん……………ありがとう」
「うん………ボクも喜んで貰えてうれし………」
ものすごい眠かったのか、ボクの記憶はそこまでで終わってしまった。
どうしても眠たくて、まぶたを開けることが出来ないボクの後ろの方から、ブーツの足音が聞こえているような気がする。眠りに落ちてしまったので、ただの聞き間違えかもしれないけれど……………………。
『貴方の願いは、「ボクを独りにしてしまわないで」でしたね』
高校生を病院へと運んできた林檎飴屋さんのお姉さんは、もうすぐ朝になり日が昇りそうな病室にやってきた。
そこには、小学六年生の妹さんが亡くなった隣で、静かに息を引き取る高校生の男の子の姿があった。
病室で手を繋いだ二人のベッドには、まるで血を吐き出したかのように赤い林檎飴のシロップがシーツを濡らしていた。
『なんと美しき兄妹愛なのでしょうね。亡くなってからも離れ離れにならないようにしておきましょうね』
優しく微笑んだお姉さんは、二つの魂を抱きしめると、病室から忽然と消えてしまった。
同じように病院の外に停めてあった馬も誰に見つかることもなく消えてなくなっていた。
こうして、高校生の男の子の願いは叶えられた。
今日も、真夜中に開店する林檎飴屋さんは、貴方の町でオープンしているかもしれない。日付が変わる深夜0時に1時間だけ……。
ー貴方の願いは、なんですか?ー