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第5石「輝き」

「――カイア・ツキノだァ!? ジプサムにもう一人娘がいたってのかよ!?」


 ロードレイダーから放たれる精神的重圧(プレッシャー)を振り払うように言い放つニアゼム。

 カイア・ツキノ――ツキノの名を冠するということは、皇帝ジプサム・ツキノの実の娘ということになる。


≪でも聞いたことないね、そんな名前。まさか隠し子とでも言うつもり?≫

『聞いたことがないのも当然だ。この名は私自身で付けたのだからな』

「あァ!? なんだそりゃ、ようするに自称じゃねェか! 紛らわしい!」

『ふん、遠からず真実となる。()()()は私の名を聞いた最初の存在だ。残念だよ、この歴史的瞬間のオーディエンスがたった二人とは!』


 腰部のジュエルギーメガランチャー二門が極太のジュエルギービームを吐き出す。


「マジかッ……!」


 先ほどまでのメガランチャーとは明らかに異なる出力、圧倒的な"面"の一撃。一瞬でも回避が遅れれば、たとえハイパーハサミシザースを構えていたとしても蒸発は必至。

 回避自体は機体のスラスターを瞬間的に吹かせることで成功するが、次の瞬間にはニトウスライサーを高速回転させながら迫るロードレイダーの姿があった。


≪受けるしかない!≫

「チィッ!」


 ハイパーハサミシザースとニトウスライサーの刃が激突し、火花を散らす。


「視えてンのに……なんつー速さ……!」


 アサルトニアークは爆発的推力で一瞬にして距離を詰められるが、トップスピードに入るまでわずかに距離がいる。

 だがロードレイダーのスピードは、アサルトニアークの最高速には劣るものの加速までほとんどラグが無い。短距離であっても助走無しに距離を詰められる安定した加速力がある。

 アサルトニアークを凌ぐ巨体であるにも関わらず、だ。


「デケぇ図体なだけあってッ、さっきの刀持ちクォーツァイトよりッ……!」

≪……というか、もしかしてだけどさ≫

「なンだ、どうしたメレディヤ!? 」

≪カイアだっけ。()()()()()()()()()()()

「んなッ……! 見えるわけねェだろ、だってお前は!」

≪さっきの発言は、明らかに私に向けたものだった。前後の流れを考えても、少なくとも私の声は聞こえるはずだよ≫

「……だとよ! どうなんだ!?」

『その通り――ロードレイダーと人機一体することによって視えるようになった。パイロットの中に、下賤な蟲が入り込んでいるとなァ!!』


 斬。打。刺。圧倒的衝撃力を伴った、加速する連携攻撃。

 隙が、無い。流れに差し込む一撃を繰り出せないまま、ハイパーハサミシザースの刃でただ受け止め続けるしかない。

 機械的動作ではない、直感的かつ有機的な攻撃。正真正銘の人機一体を成した宝玉機の強さは、ニアゼムの想像を遥かに越えていた。


『まぁ、貴様達の事情はどうでもいい。猿真似の人機一体も、この程度でしかないことがよゥくわかった。それより、聞いてくれないか?』

「あァ……!?」

『私はサファーズの上級クラス、ハイ・サファーズとして生を受けた。生まれたその瞬間から、自分がサファ・ツキノのクローンであることを自覚可能な優れた個体だった』

「急になんだ、自分語りか!?」

『別にいいだろう? 自分語りくらい。オーディエンスは黙って私の言葉に耳を傾けていろッ!』


 一際大きな剣戟音が響く。ニトウスライサーの刃が火花を散らしながら、ハイパーハサミシザースを弾いたのだ。

 無防備な胴体にロードレイダーの重量を乗せた回し蹴りが刺さる。


「ぐぉおおァアッ!」


 その衝撃に抗うすべなく、アサルトニアークは後方へ大きく吹き飛ばされる。


≪ニアゼム、衝撃に備えて!≫

「ンだァ、後ろになんかあるんスかよ――ってゴァッ!」


 無様な悲鳴を上げてなにか、大きな鉄で出来たものの表面にぶつかる。

 そのまま数百メートルを、表面との摩擦熱で火花を散らしながらがくがくと滑り続ける。

 ……やがて静止。背後から摩擦によって生じた煙を上げながら、ゆっくりと。ハイパーハサミシザースを杖にするようにして立ち上がる。


「こ、こここ、ここは……ままさまさか……!」


 がくがくと滑り続けた反動で呂律がおかしくなっているニアゼムを尻目に、


≪驚いたね。タケノハシラ、……ンサーだ、これは≫


 ここは、月に突き刺さったままのタケノハシランサーの上だ。

 そしてタケノハシランサーの先には、当たり前だが月がある。この先のツキノミヤコでは、今ごろ皇帝ジプサムとサファ・ツキノが戦っているのだろう。


オリジナル(サファ・ツキノ)め、とんでもない真似をするものだ。いや、だからこそとも言えるが……』


 こちらを追跡していたロードレイダーが、タケノハシランサーの上に静かに降り立つ。

 アサルトニアークとロードレイダーの距離はおよそ500メートル。その気になれば即座に戦闘が始まるだろう。

 だが、ロードレイダーは片手にニトウスライサーこそ握っているが、構えようとはしない。


『私はそんなオリジナルに匹敵するほどよく出来た個体だった。他のハイ・サファーズと比べても頭一つ抜けていた。だから――』

「だからここで死んでしまいましたァァァァッ!」


 助走距離は十分。即座にトップスピードに移行し接近するアサルトニアークだが、ロードレイダーは肩の大盾によってハイパーハサミシザースの攻撃をあっさり防ぐ。

 カイアは「ハァ」と深くため息を吐きながら、ロードレイダーの盾打(シールドバッシュ)で再びアサルトニアークを吹き飛ばした。今度は700メートルほどまで距離がある。


『――だから、親愛なるお父様からこのロードレイダーを賜った!』

「くっそ……それだよ、その宝玉機! なんだってクォーツァイトに擬装してやがった!」

≪わざわざ仲間のパーツを奪ってパワーアップなんて回りくどいよね≫

『心外な、擬装だの奪うだの……合体(ドッキング)しただけだよ。元からクォーツァイトGrシリーズは、4機一組の合体宝玉機として設計されたものだからな』

「合体宝玉機……よくもまァ、ンな無茶が通ったもんだな」

『力を合わせ敵に立ち向かう。貴様達がやっていることと大差ないだろう?』

≪同意無しに腕を切り落とすことが、"力を合わせる"なんて美談に昇華できるんだ。凄いね、あなた。大した器だよ≫

『そうとも、私には大器があった。それを見抜き、ロードレイダーのコアブロックたるGrⅠを託して下さったお父様は正しく賢王! 銀河を統べるに相応しき御方!』


 カイアに皮肉の類は通用しなかった。

 サファ・ツキノとほぼ同じ顔、同じ声で、皇帝ジプサムを称える。その様子はひどく不気味で、違和感を拭えない、見るに堪えないものだった。


『開発中だったデミ・コアジュエルも私のためにGrⅠに搭載されたものだ。なにもかもなにもかもなにもかも! 全ては私に味方しているのだ!』

「下らねェことばっかペチャクチャと――」

『さて』


 上機嫌だった声色のトーンが、一気に低くなる。ニアゼムを突き刺した凍るような殺意が戻ってきた。


『あいにく、私の自分語りは安くない。高く付くぞ』


 ロードレイダーのデミ・コアジュエルが、再び禍々しい波動を放ち始める。

 その波動の正体は、純粋なジュエルギーの奔流。宝玉機を動かす力の源である。


「っつーのはなんとなく理解したがよォ! 他の宝玉機が動けなくなるほどの勢いで照射できるもんかよ!?」


 相変わらず、アサルトニアークはその波動を前にして身動きできずにいる。


≪あれが本当にデミ・コアジュエルなら可能だね。妄言の類かと思ってたけど、まさか完成してるなんて……≫

「なんなんだよそのデミ・コアジュエルってのは!」

≪コアジュエルを模倣した改悪品だ。通常のコアジュエルに匹敵する出力を誇る上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんじゃそりゃ――つまり、誰でも人機一体できるってことじゃねーか! インチキも大概にしろ!」

≪その代わり、パイロットには相応の処置が必要となる。起動キーになる輝石刀の"代替品"を、身体のどこかに埋め込んでいるはずだ≫


 ――その事実を雄弁に語るように。カイアの額の角が、妖しく光り輝いていた。

 輝石刀の代替品。それが、彼女の額に埋め込まれた《輝石角》だった。


≪……常人にそんな処置を施せば、身体が高濃度ジュエルギーに耐えられずすぐさま宝石病を発症してしまう。けど、彼女はサファ・ツキノのクローンだからね。実験台(モルモット)としては極上だったんだと思う≫

「クローン作った上に人体実験か? どこまで外道なんだ皇帝陛下サマはよォ!」

≪憤ってる場合じゃない! この波動、ただの足止めじゃないよ!≫


 アサルトニアークの装甲の隙間から、小さな紅紫色の結晶塊が次々と生える。その放射状に伸びた突起は、歪な形に咲く花を連想させる。

 結晶塊は、ロードレイダーが放つ波動の照射時間に比例して徐々に大きくなり、さらにはタケノハシランサーの表面にまで結晶の膜が張り始めていた。


≪高濃度ジュエルギーによる汚染波動! 浴び続ければ結晶の塊になる!≫

「立派な攻撃ってか! 一旦後退するしか――」

≪――いや、前進だ。構わず突っ込むんだ、ニアゼム!≫

「さすがにリスクのほうがデカくねェか!?」

≪リターンも大きいよ。()()()()()()()()。私とあなたの愛機を、信じて!≫

「――信じたァァァッ!」


 ジュエルギーの嵐の中で、アサルトニアークのセルジュエルが輝く。

 ハイパーハサミシザースを前に突き出し、推進器の出力を最大まで上げる。

 押し寄せる波を縦に切り裂くように、一本足で器用にバランスを保ちながら、しかし着実にジュエルギーに浸食されながら、それでも無理やり前へ突き進む。


「こんな微風で、俺が止まるとか思ってんじゃねェェェ――――ッ!!」


 突破。堰を切ったかのように、前進速度が上昇する

 嵐を抜けたアサルトニアークが、右眼の碧炎を燃やしながらまっすぐにロードレイダーへ向かっていく。

 これ以上は無駄だと悟ったか、ロードレイダーは汚染波動の照射を止め、ニトウスライサーで迎撃の構えを取る。

 2機が激突し、剣戟音が響くまで一瞬だった。


『ハハハッ! 必死だなァ!? そんな惨めな姿を晒して!』


 アサルトニアークを見下ろすロードレイダーには、傷一つない。


「ッせェ! 最後に立ってた奴が一番偉大(えれ)ェんだよ!」


 ロードレイダーを見上げるアサルトニアークは、傷だらけだ。

 くわえて、各部が結晶に浸食されている。鍔迫り合いによって機体が軋む度、間接に入り込んだ結晶が細かく砕け、煌く粒子となって散っていく。


「こいつ、さっきよりも一撃が重く……!」

『当然だ。()()()()()()


 見れば。ニトウスライサーの刃は先ほどよりも分厚く、切っ先も延長されている。

 その色は、紅紫。ジュエルギーの結晶によって、双刃をコーティングしているのだ。


「さっきの照射で――そーゆー芸当もありなんスかよ……!」

『その通り。そしてこの結晶の刃に触れ続ける物体は、……こうなる』


 いまだ鍔迫り合いが続く最中、刃と刃から火花だけでなく結晶の粒子が散り始める。

 結晶の刃が、ハイパーハサミシザースの片刃を蝕んでいた。亀裂が入るかのように刃の表面に結晶の根が走り、その本来の硬度を急速に奪っていく。


「ざけッ――」


 反射的に鍔迫り合いを放棄しようとするが、その隙をカイアは見逃さない。

 ハイパーハサミシザースが抑え込んでいたニトウスライサーの刃。その角度が、上向きにズレる。

 そしてそのまま、渾身の力を込めて逆袈裟に振り抜く。

 ――何かが砕ける音が響いた。


「……ぐッッ……!」


 ハイパーハサミシザースの片方の刃が、破片を散らしつつ、あらぬ方向へ回転しながら飛んでいく。

 ニアー・クオーツの時から必殺の武器であったニアゼム自慢の鋏が、……折れた。


『もう勝負にならないんだよ、石屑(クズ)と宝石ではなァ!』


 双刃を回転させながら、舞うように、容赦なく斬り付けていく。

 華麗にして流麗なる斬舞が、アサルトニアークを切り刻み、追い詰める。小手先の読みなど通用しない。

 ハイパーハサミシザースを盾にし直撃に耐えるが、斬り付けられた箇所から結晶の花弁が咲き誇る。

 トドメと言わんばかりの大振りの薙ぎ払い。衝撃に耐えきれずに後方へ吹っ飛ぶ。

 真っ二つにされることはなかったが、ハイパーハサミシザース本体には大きく切り裂かれた痕が残り、……数秒と経たず、その痕を結晶が覆った。


「立て……おい立てよ、相棒……ッ!」


 横たわるアサルトニアークが、機体を軋ませながら起き上がる動作を試みる。

 だが、起き上がれない。立ち上がれない。既に満身創痍だ。それは機体だけの話ではなく、


「ぐヴっ……! かはッ……」


 疑似人機一体による過負荷を受けているニアゼムもまた同じだ。

 口内に溜まり続けた血を吐き出す。珠の汗が噴き出る。顔面に走る光の糸が、徐々に輝度を落として行く。

 ふと見上げれば。そこには、悠然とこちらを見下ろすロードレイダーがあった。


『遺言があれば言え、聞いてやる。まぁ3秒で記憶から抹消するが』

「……石屑と宝石とか言ってたがよォ~~、テメェは自分を宝石だと?」

『当然だろう? 私はお父様の真なる娘、国宝級の価値ある存在だ』

「だったら、()()()()()()()()()()()

『……なに?』

「本当に特別だったなら、ジプサムはテメェを懐刀として傍に置いてそうなもんじゃねェか。だってのにここで悠長に石屑のお掃除任務。宝石どころか、これじゃ()()()()()()()()()

『……訂正しろ石屑。でなければ最大級の苦痛を与えて貴様を殺す』

「目ェ背けてるんじゃねェ! テメェがジプサムを信じるのは勝手だが……状況見る限り、それが事実だ。人の好意を利用するゲロクソ野郎に仕えンのにどんだけ価値がある!?」


 ニトウスライサーの切っ先が、アサルトニアークのセルジュエルに突き付けられる。


『――まず。セルジュエルを壊して機体を行動不能にする。その後でコクピットの貴様を引きずり出して、()()()にしてやったあとで、パイロットスーツの酸素供給ユニットを壊し、宇宙空間に放り出す』


 カイアの感情は、これまでになく冷え切っていた。研ぎ澄まされていたと言ってもいい。

 眼前のニアゼム(石屑)を、どう苦しませて殺すかの最短ルートを構築するほど、純度の高い殺意を獲得していた。

 ニアゼムの今際の際の挑発は、……あまりにやり過ぎた。


『死ね』


 無慈悲に振り下ろされた結晶の刃が、碧色のセルジュエルに突き刺さる。

 アサルトニアークという宝玉機の命が、


『……? な、に……ッ?』


 失われなかった。

 結晶の刃は確かにセルジュエルに突き立てられている。だが一向に割れも、砕けもしない。

 それどころか、セルジュエルと結晶の刃を接合するかのように、灰色の結晶の膜が張り始めている。


≪よし、間に合った……!≫

「メレディヤ! こりゃ、いったいなにが……!?」

≪言ったでしょ。リターンを大きくしてみせるって――!≫


 セルジュエルから光の糸の束が伸びる。

 糸の束は瞬く間にニトウスライサーを覆い尽くし、その上ロードレイダーのデミ・コアジュエルにまで纏わりついた。


『なんだこれは!? このッ、気色悪い蟲がァ……!』

≪ちょっと失敬!≫


 光の糸はデミ・コアジュエル内部にまで入り込むと、まるで血管のように一定間隔で脈動する。

 それは、ポンプかなにかで水を吸い上げる時の様子に似ていた。


『デミ・コアジュエルのジュエルギーが!?』


 そう、吸っている。メレディヤが伸ばした光の糸が、ジュエルギーを吸収している。それも、猛烈な勢いで。


『クソ、刃が抜けんッ――ええい!!』


 止むを得ず、糸で拘束されたニトウスライサーの下部を切り離し、そのまま糸の射程範囲から一旦逃れる。

 一本のロングカタナセイバーとして握り直し、横たわるアサルトニアークに再度接近。縦一文字の唐竹割りだ。

 ――が、それより先に。アサルトニアークの蹴りがロードレイダーの腹部に激突する。


『がっ……な、んだ? その脚は!?』


 蹴りを見舞った脚は、左脚ではない。サファーズの一斉攻撃の際に失われたはずの、右脚だ。

 だがその右脚は、形状こそアサルトニアークのものを模してはいたが、()()()()()

 それは、白い結晶だ。ジュエルギー結晶を、義足として再構成したものだ。


「……どういう原理だ、こりゃ……?」

≪言ったでしょ、私は全てを操る。少し掌握に手間取ったけど、今なら固体となったジュエルギー結晶も思いのままだ!≫

「へっ、そうかよ。まぁいいさ――」


 二本の脚で、タケノハシランサーの表面を踏みしめる。

 そして、アサルトニアークの"変身"は、右脚だけでは済まなかった。

 機体全身に咲く結晶華が一斉に砕け散り、ごく細かい粒子となって周囲を漂う。

 色を失った灰色の粒子が、アサルトニアークのパーツとして再構成される。

 装甲を。ブレードアンテナを。右眼を。損傷したあらゆる部位に、宝石の膜が張る。

 機体を蝕む結晶は、もうない。


「どうやら、……俺はまだ、戦えるみてェだぜ!!」


 ニアゼムの顔面に走るジュエルギーラインに、ふたたび輝きが戻る。

 そして、アサルトニアークの再構成された右眼から、結晶化した装甲から白い結晶炎(ジュエルギーオーラ)が漏れ出す。

 自らを燃やしながら再起するその姿は、灰の中から蘇る不死鳥のそれに似る。

 白く輝く結晶を纏いしアサルトニアーク。それは、何度ボロボロになろうと、何度挫けようと立ち上がる、ニアゼムとメレディヤの意志の表象だ。

 ――《アサルトニアーク・アンブレイカブル》。

 決して砕けず、決して褪せない輝き持つ巨人の名。


≪あと、これも忘れちゃいけないね≫


 光の糸が、セルジュエルに突き刺さったままの結晶刃付きロングカタナセイバーを引き抜く。セルジュエルには傷痕一つ残っていない。


≪ヒーローには、必殺武器が要るよね!≫


 そのまま、ロングカタナセイバーの柄を、折れた刃の根元まで持って行く。

 すると、ハイパーハサミシザースのユニットの隙間という隙間から光の糸が伸び、鋏の刃を繭のように包み込み――やがて繭が解け、全貌が明らかになる。

 鋏の刃は、ロングカタナセイバーを取り込んだからか、刀のようであり出刃包丁のようでもある、より長大で、無骨な、しかし白く美しい結晶刃へと再構成されていた。

 ハイパーハサミシザースの3基のジュエルエンジンが、雄叫びのような唸りを上げる。


≪これがアサルトニアークの新たな力! 結晶斬刃(ジュエリックザンバー)アラハバキャリバーだッ!≫

「アラハバキャリバー!?」

≪あ、えっとね。かっこいい名前付けたくって……ダメ?≫

「……アリじゃね!?」

≪やった! 嬉しい!≫

『なにをイチャイチャしている貴様らァアアアアア!!』


 痺れを切らしたカイアが咆哮する。

 再びの汚染波動の照射。だが、今度はそれに加えてメガランチャー二門の攻撃まで放たれる。

 極太ジュエルギービームは波動の影響を受けて肥大化し、さらに超出力となって迫ってくる。

 立ち尽くすアサルトニアーク。アラハバキャリバーが、刃の周囲に粒子を対流させながら光り輝く。


「横槍入れてくんじゃねェ! 人のイチャイチャに!」


 一閃。構えもなにもなく、無造作に振るっただけのアラハバキャリバーの一撃が、ジュエルギービームを横に切り裂く。

 指向性を失ったビームは霧散し、粒子となって拡散する。


『バカ……な!?』

≪当然だよ。同じジュエルギーの塊なら、より結合が強いほうが勝る。アラハバキャリバーは伊達じゃないのさ!≫

『だが、この波動は防げまい! 最大出力で、全身を結晶の塊にしてくれるッ!』


 波動はこれまでにない勢いで照射されている。アサルトニアークはその波動の中にあって、一歩も前に進んでいない。

 それは、歩けないことを意味しているわけではない。ただ進んでいないだけだ。


『な……』


 一歩。また一歩。悠然とロードレイダーに向かって歩みを進めていく。

 ハイパーハサミシザースの推進器に頼るまでもなく、波動の影響をまるで受けていないかのように前へ。


≪今のアサルトニアークの周囲には、常に薄いジュエルギー粒子の膜が張っている。それが受け流しているんだ、その薄汚いジュエルギーの嵐をね!≫

『まさか、本当にジュエルギー全てを操っているって……コト!?』

「そういう――コトだァッ!!」


 赤いマフラーが大きく靡くと共に。脚部の水平跳躍力だけで、一気にロードレイダーの懐に潜り込む。

 ロードレイダーは汚染波動を全方位に照射したまま、ロングカタナセイバーにジュエルギーを纏わせ、もはや大剣と呼べる巨大さの武器へと換える。

 激突。アラハバキャリバーとロングカタナセイバーが火花を散らす。何度も、何度も。

 だが、押しているのはアサルトニアークのほうだ。幾度も鎬を削ったためか、ニアゼムはカイアの太刀筋に既に適応しつつあった。


『くっ……ふ、ふざッ……けるなァアアア!!』


 大盾に仕込まれたジュエルギーバルカン二門の砲身がアサルトニアークに向く。

 斬り上げ。そして斬り落とし。アラハバキャリバーの斬撃が、大盾の接続部(ジョイント)を的確に切断する。

 大盾が爆発する。爆風に乗じて、ロードレイダーはアサルトニアークから逃げるように距離を取った。


『劣勢――劣勢だと!? このカイア・ツキノが、ただの人間如きに!』


 メガランチャーの砲門を爆風が生じた場所に向け、ジュエルギービームが迸る。

 ジュエルギービームが爆風を通過する。だが、既にそこにアサルトニアークはいない。


「ただの人間で、石屑で――」

『ッ!』


 上を見上げる。どこまでも深く黒い宇宙空間に、白い星が奔っていた。


「ろくでなしで、意志薄弱でも!」


 ジグザグと軌道を曲げながら。


≪それでも、輝くために足掻くんだ!≫

「それが俺だ! ニアゼム・クズミキコニスだァァ――――ッッ!!」


 星屑が、落ちる。

 アラハバキャリバーとロングカタナセイバーが、激突する。

 激突の衝撃波が、輪となって周囲に広がる。ジュエルギーの結晶が粒子となって満ちた。

 白い結晶刃と、紅紫の結晶刃が放つ輝き。それらが複雑に混じり合い、周囲を照らす光源と化す。


「まだだ――もっと輝け!! サファ・ツキノが見せたあの輝きに! 届きやがれェエエエエエッ!!」


 アラハバキャリバーが放つ眩い光が、徐々にその輝きの質を変えていく。白から黄へと。黄から――黄金へと。

 白色の輝きを放つ刃は、全てを照らす金色の刃へと変わった。

 ……さすがに機体全てが金色に輝くことはなかった。アサルトニアークにロードカイザー程の出力が無い以上は仕方のない話だ。

 だが、ニアゼムにとってはそれで十分。この、総てを断ち切る黄金の輝刃さえあれば!


『バカな――この私が、サファ・ツキノでもない屑などに! お父様最大の信頼であるロードレイダーが、たかがクオーツのカスタム機如きに! 敗れるなどありえないィィイイィイィイ!』

無礼千万(ナメくさ)ってんじゃアねェぞ、石屑を! それに、俺は屑は屑でも――星屑だァアアアアアッ!!」


 亀裂。ロングカタナセイバーの結晶刃に、罅が入る。

 結晶刃はボロボロと砕け散る。結晶で覆い隠されていた大本のロングカタナセイバーにまで、黄金の輝刃が迫る。


『……嫌だぁ、死にたくない……』

「……!」

『私、私だって、普通に生きてみたかったよぉ……誰かのクローンだなんて知らない、戦うのなんて嫌、そんなのより……一人の人間として、誰かに見て欲しかった……』

≪…………≫


 先ほどまでの凛とした声からは想像も付かないほど弱々しい、蚊が鳴くようなか細さ。

 ニアゼムがサファ・ツキノから感じた、年頃の女の子相応の声質。カイアも同じだ。人とは違う産まれ方をしたとしても、彼女もまた、運命に翻弄されただけの普通の女の子に過ぎない。

 ……アラハバキャリバーの輝きが止まる。出力が下がってゆく。




 ――マヌケが。




 汚染波動を放っていたデミ・コアジュエルから、結晶でできた棘が伸びる。

 棘はそのまま、アサルトニアークのコクピットにまで到達し、深々と突き刺さった。


『――――ハハハハハハハハ!! ありがとうマヌケェッ!! 貴様のおかげで私は一人の人間として見てもらえそうだ! お父様の愛を独り占めできる、ただ一人の娘として!!』

「役者だな」

『貴様は私に同情っぽく話しかけていたからなァ、それらしく振る舞えばここぞという時に利用できると思ったんだよ! いやすまない、私などのために考えて下さったというのに本当にすまな、ぷッ、ひゃははははは!!』


 堪え切れず、下卑た笑いを上げる。

 アサルトニアークは動かない。


「……あァ。()()()()()()()()

『ハハハハハハハ……は?』


 というか。

 なんでまだ生きてるの、こいつ?

 コクピット貫いて生きてられる人間、いる?


 結晶棘に貫かれたアサルトニアークが、色を失い灰色の結晶となって砕け散る。

 砕けた結晶の破片が、万華鏡のようにロードレイダーを映し出す。


「でも、言ったよなァ」


 呆けているロードレイダーの後方で、結晶が密集し人型を成す。

 ――そして、アサルトニアークを再構成した。


「クソ外道に躊躇はいらねェってよォッッ!!」

『き、き――貴ッ、様ァアアアアアアア!!』


 アラハバキャリバーに再び極光が宿る。

 長大な刃が、横に開く。断頭台は、これでセットされた。


「チィィイイイェェエエエエェェェエエェストァッ!!」


 全身全霊の咆哮。ハイパーハサミシザースが生む爆発的加速と共に、アラハバキャリバーの輝刃が、ロードレイダーに迫る。


 ――透き通るような、まっすぐな金属音が響き渡る。


 アサルトニアークは、ただ、閉じ切ったアラハバキャリバーを前に向けた姿勢で、ロードレイダーの背後に佇んでいた。


『……全て。……全て、は……』


 ロードレイダーの胴体が、ズレる。

 デミ・コアジュエルを中心として、袈裟に両断されたロードレイダーは、そのまま。


『お父様の、為に』


 紅紫に染まった瞳から血涙を流すカイアの最期の一言と共に、爆発四散した。

 ジュエルギーの粒子が舞う。一粒の粒子がタケノハシランサーの表面に落ち、小さな結晶の花を形作った。


「……バカ野郎。普通に生きることを、選べばよかったじゃねェか……」

≪そう簡単に、自分の生きる道の方向転換はできないものさ≫

「俺は、できたぜ」

≪それは、ニアゼムが周囲に恵まれていたからだ。そうじゃない人もいる≫

「そうだな。言っても、……仕方のねェこと、だ……」


 意識が、一瞬の内にドロのように溶けて、形を失くす。

 ……そうして、ニアゼムの戦いは終わった。

 ニアゼム・クズミキコニス24歳。対宝玉機戦の初陣の日だった。


 アサルトニアークのマフラーが、爆風にあおられ、静かにたなびいていた。




 ◇




「――う……?」


 ニアゼムの目が覚めた時。彼が最初に見たものは、白い天井――


「ニアゼム?」


 ではなく。ベッドで寝ている自分を覗き込む、サファ・ツキノと瓜二つの顔をした少女だった。


「おアアッ!?」

「そんなに驚かなくても」


 少女は、自分のベッドの隣に置かれた椅子にちょこんと座っていた。

 見ると、少女は紺色のセーラー服を着た上で、ニアゼムのジャケットを大事そうに羽織っている。

 彼女は、顔こそサファ・ツキノと瓜二つだが、……違う点も多々あった。

 髪は全体的にミディアムショートに切り揃えられているが、右側のもみあげだけ長く残し、三つ編みに。髪色は白く、三つ編みに青のメッシュが入れられている。

 瞳の色は、黒い。光を吸い込むような深い黒だ。人形の目のような無機質さを感じさせる。

 そしてなにより、雰囲気。その無垢であどけない表情は、()()()()()()()()()()()()()

 ちなみに、ニアゼムは病衣を着て腕に点滴をされている格好だ。


「まさか――イメチェンしたサファ・ツキノか!?」

「ぶっぶー、不正解です。わかってて言ってるでしょ、ニアゼム」

「いやまぁそうだがよ……メレディヤで、いいのか?」

「いえす。でもよかった、思ったよりずっと元気そう」

「……あー、どこから訊いたもんスかねこれは……」


 周囲を見渡す。自分が寝ているベッド以外にも多数のベッドが均等に並べられており、そこに横たわり眠っている人間も、また多い。


「まず、ここはベンジャータウンの病院だよ。あなたはザ・ムーン攻防戦から一週間、ずっと眠り続けてたんだ」

「そうか……てっきり、死んだもんかと思ってたぜ」

「見つけてくれたEKさんに感謝しなきゃだね」

「あの黒い宝玉機の……俺ンとこまで来てたのか」

「後でお礼言いに行こう」

「で、お前は……なんでまた、その身体に」


 考えるまでもなく。メレディヤが寄生している身体はサファーズのもの。

 一時必要な状況があったとしても、意識を奪う寄生を彼女は嫌がるはずだ。


「……実は、あの戦いが終わった後に――」



 ◆



 気を失ったニアゼムの顔からは、メレディヤが通したジュエルギーラインが消失していた。


≪……よかった。命に別状はないみたいだ≫


 ニアゼムの身体の走査を終え、ひと安心するメレディヤ。

 宝石病のような症状もない。だが身体負荷は甚大だったはず。どの道、すぐに病院へ運ばなければならないが――


≪……"あの子"のところへ行かないと≫


 ニアゼムの身体から光の糸がするりと抜け出る。メレディヤの宝石蟲としての姿だ。

 メレディヤは、爆発四散したロードレイダーの残骸の周りを少しの間漂うと――まったく別の方向へ向けて浮遊し始めた。

 向かう先には、……両腕を失い、胴体に穴を開けられたクォーツァイトGrⅢが漂っていた。

 多くがロードレイダーのパーツとなったとはいえ、この部分はそのまま残っていたようだ。

 メレディヤは、GrⅢのコクピットへと入り込む。


「……ぅ、……う……」


 コクピットはまさに血の海だった。血飛沫が壁面にこびりついているのはもちろんのこと、大量の血の雫が珠の形を保ったまま宙に浮かんでいる。

 HS-04は虫の息だ。目は虚ろで、呼吸も浅い。額の結晶角は根元から折れ、血の滲む腹部を手で押さえている。いつ死んでもおかしくない状態だ。

 メレディヤは迷うことなくHS-04の体内に入り込み、語り掛け始めた。


≪――ねぇ、聞こえる?≫

「え……あ、なた、誰……?」

≪私はメレディヤ。申し訳ないけど、あなたはもうすぐ死ぬ≫

「……うん……」

≪だから。これから、あなたのことを助ける≫

「どう、……して」

≪私もニアゼムも、人を殺す覚悟はしていた。でも、殺人鬼になりたいわけじゃない。味方に斬られて、理不尽な死に瀕しているであろうあなたのことが、ずっと気になっていたんだ≫


 HS-04は戸惑いながらも、頭の中の声が真実を言っていることを感覚で理解した。

 その上で、彼女は自分が一番気にしていることを口にする。


「……ねぇ、……は、大丈夫……?」

≪え……?≫

「私の妹は、……カイアは、生きてる……?」

≪あの子、あなたの妹だったの? ……ううん。彼女は、私達が殺した≫

「そ、っか」

≪許してくれとは言わない。でも、ごめん≫

「ううん、いいの……戦うなら、死んでも殺されても、文句は言えないよ……」

≪あなたにも、名前があるの?≫

「私は、カイア・ツキノ。私達ハイ・サファーズは、()()()()()()()を付けられてるの。あの子は、自分で付けたと思い込んでるけど」

≪そっか。……やっぱり、特別でもなんでもなかったんだね≫

「お父様は、……私達を、ただの殲滅装置としか見てないから……」

≪でも、これからは人間として生きよう。生きていいんだ≫

「私は、もうすぐ消える」

≪消えないよ。大丈夫、安心して≫

「そうじゃ、ない……お父様が死ぬと、サファーズはみんな機能停止して――()()()()()

≪な――≫

「きっと、お父様は、サファ・ツキノには勝てないから、……それは避けられない。仕方ない」


 ジプサムを父と慕う方のカイアとは違い、彼女は現実を見ていた。

 父への忠誠心が無いわけではない。けれど、彼女はサファーズの誰よりも賢く、優しかった。

 戦いが始まる前から、起こり得る未来を予測していた。その可能性が高いことも。それ故の諦観だった。


≪……そんな……≫

「……助けに来てくれたのに、ごめんね」

≪なんであなたが謝るの……! ジプサム――くそっ……!≫


 それでも、メレディヤは治療を開始する。

 患部を光の糸の束が覆うと、カイアは少し安らぐような表情を浮かべる。痛みが和らいだ証拠だ。


「……優しいんだね」

≪肉体の損傷は、この程度ならどうとでもなる……でも魂は、魂はどうすれば――≫

「なんか、さ……あなたは魂だけの存在とか……そういう、感じなんだよね?」

≪……その認識で構わない。説明してる暇がないから≫

「だったら、……いいよ。()()()()()()()()()

≪なにを……!?≫

「メレディヤさん。あなたに"私"をあげる。けど、無条件じゃないよ」

≪勝手に話を進めないで! まだ諦めるには……!≫

「私の代わりに。私の目で、私の耳で、私の手足で、……私の分まで、一人の人間としての生を感じて欲しい」

≪……っ!≫


 それは、諦めではなかった。瀬戸際に彼女が抱いた、一つの希望。

 ささやかな、人間の証であった。


「普通の女の子みたいに、髪型変えて、お化粧とかしちゃって。服も自分で選んで……友達を作って……いつか、オリジナル(サファ・ツキノ)とも会えたら、お姉ちゃんって、呼んで……図々しいかな?」


 溢れ出す願望を聞くのが辛い。一匹の寄生虫(メレディヤ)が背負うには、重すぎる。


≪……勝手なことばっかり、言って……!≫


 いっそ、彼女の口を閉じてしまいたいとも思った。でも、それはできない。

 憧れを口にする彼女の瞳は、……どうしようもなく輝いていたから。


「でも、そうなったら、……あはは、私も、嬉しいかなぁって――」



 ◆



「――そう言って、間も無く彼女の身体から意思が消失した。たぶん、その時にサファ・ツキノがジプサムを討ったんだと思う」

「……それで、お前はその身体を」

「彼女の遺言を、聞かないわけにはいかなかったから」


 メレディヤは、窓に映る自分の顔を見る。

 まだ見慣れない自分の素顔。その本当の持ち主を想い、表情に影が落ちる。


「今でも、罪悪感がある。まるで、彼女の身体を体よく乗っ取ったみたいで」

「違う。託されたんだよ、乗っ取ったんじゃねェ」


 ニアゼムは上体を起こしながら、メレディヤの肩に手を置く。

 なんでもないような表情を浮かべて、見慣れない自分の相棒をまっすぐ見つめながら。

 メレディヤの瞳からは、自然と涙が零れていた。


「ねぇニアゼム、私どうすればよかった? 彼女を助けなければよかったの? こんな思いするくらいなら、見捨てればよかったのかな? その方が合理的だった?」


 表情も、声のトーンも変わらないまま。次から次へと溢れる涙の理由もわからぬまま、問い掛ける。

 決壊した感情を抑えられない。()()()()()()()()()。フレームを人間に定義してしまったが故に生まれた苦悩だった。


「……どうせできなかったろ。見知らぬガキ(俺なんか)を助けちまうようなお人好しには」

「でも、でも」

「いいだろ、人間として生きるって決めたなら。それがお前の道だ」

「……私の、道?」

「おう。細けェことは進んで、それから考えりゃいい。泣きながらだって前には進めるんだ。だから、あー、しょぼくれンのはやめろよな! また褪せちまうぜ、お前の心が!」


 わしゃわしゃと、片手でメレディヤの髪を掻き乱す。

 ニアゼムは責任感が強いが、バカだ。良くも悪くも、深く考えない。

 だが、バカなりに、この話を纏めるのに必要なことだけはわかっていた。

 ――影を、輝きで照らすことだ。


「ンで! その後、どうなったんだ?」


 別段、なんでもない話をした後かのように促す。

 メレディヤは、セーラー服の長袖をハンカチ代わりに顔を拭う。目は少し赤く腫れていた。


「っ……うん。その後、クォーツァイトを動かしてニアゼムのところへ戻ったんだ。でも大変だったよ、EKさんに『生き残りかよ!』ってパイルバンカー撃ち込まれかけて」

「よく生きてたな!?」

「投降して、事情をそれとなく話したらわかってくれたっぽいよ。『そういうこともあるかもな!』って」


 ニアゼムはEK-04の懐の深さに心の中で感謝する。


「地球に帰還した後は、サファ・ツキノまんまの見た目だとマズイから、こうして身形を整えた」

「ああ。その格好なら、ちょっと似てる程度で済むかもな」

「それから、ウォーラ博士に頭下げてショップに住み込ませてもらって、毎日ご飯食べて、ニアゼムのお見舞いして――そんな感じ。知識としては理解してたけど、結構大変」

「めんどくせェだろ? 人間」

「"自分を操る"ことがこんなに難しいなんてね。でも、それでいい」


 メレディヤは椅子から立ち上がり、窓を開けて外を眺める。

 もう、上空に迫り来る月はない。晴天――雲一つない、気持ちの良い青空が広がっている。


「私は、私と彼女(カイア)の道を生きるよ。この身体に寄り添いながら、人間として」

「……アリじゃね?」

「――うん」


 そう言って、メレディヤは曖昧な笑みを浮かべる。どう解釈しても正解と言えるような、……そんな灰色の笑顔だ。


「だから。初めまして、ニアゼム」


 手を後ろに組み、顔をやや傾けながら。メレディヤは、柔らかな表情をニアゼムに向ける。


「私はメレディヤ。あなたの"実在する"友達になりたいです」


 ダボついた袖を捲りながら、手を差し伸べる。


「――俺はニアゼム・クズミキコニス。友達になろうぜ!」


 差し伸べられた手を強く握り、そのまま自分の元へ引っ張る。

 一瞬、メレディヤが小さな戸惑いの悲鳴を上げるが、目を閉じ、大人しくニアゼムの腕に抱きしめられることを善しとした。


「あ゛――――っっ!! メレねぇズルい!! ズルすぎ!!!」


 二人の様子を見てしまったセーマが、絶叫しながらずかずかと二人の元まで早歩きしてくる。


「うわ、メスガキ!」

「ゼムにぃおはよ! 目が覚めてマジ嬉しい! よかった! でも、それはそれとして!」

「セーマ。ズルいって、なにが?」

「ゼムにぃが目を覚ます時は一緒だって言ったじゃんか! それを抜け駆けとか、メレねぇ! それは、それはさ! メスじゃん、もう!」

「メス……そっか、私って人間的にはメスになるんだっけ?」

「それ以外無いじゃん!? ゼムにぃから離れて! はーなーれーてー!」


 セーマは、メレディヤの服を引っ張ってニアゼムから引き剥がそうとする。

 メレディヤはなんとなくニアゼムから離れるのが嫌で、両腕を広げて彼の胴にギュッとしがみつく。徹底抗戦の構えだ。


「お前、メスガキにあだ名つけられるくらいには仲良くなってんのな……」

「ニアゼムの周辺人物との仲は良好にしとかないとね。だから当然……」

「――ニアゼムよ」


 低い中年男性の声。気付けばウォーラがそこにいた。


「うわっ、おやっさん……よ、よォ、さっき目が覚めたんだ」

「ふん、目が覚めてなによりだ。ところで……」


 ウォーラの声のトーンはごく、低い。そのただならぬ様子に一同は沈黙するしかない。

 そして、セーマとメレディヤの顔を交互に見ながら、


「どうやら――孫の顔は見れそうだな!!」

「やかましいぜクソジジイ!!」

「ふァはははははははは!!」


 今日も今日とて、ベンジャータウンの一日は過ぎていく。

 ありふれた、どこにでもある、路傍に転がる石のような、なんの変哲もない日。

 ――彼らにとって、それこそが輝ける宝石と等価になるのだった。

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