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第3石「ヒーロー見参」

「――パラサイト(寄生虫)型宝石蟲。人の言葉で、私はそう定義されるかな」


 セーマの身体を借りたメレディヤは、極めて穏やかに語り始めた。

 寄生虫。他の生物を宿主として、寄生する生態を持つ虫のことだ。


「さっきの……光る糸みてェなのが、宝石蟲としてのお前の姿なのか?」

「そう、あれが私の本体だよ。ちっちゃくて可愛いでしょ?」


 なんてね、と冗談めかして付け加えるが、ニアゼムにとっては冗談ではない。

 そんな小さな宝石蟲が今まで自分の身体の中にいたのだ。それがメレディヤだったとはいえ、形容し難い悪寒が走るのを止められなかった。


「宝石蟲としての生態は、そうだね……寄生した宿主から、生きるための生命力やジュエルギーを少し分けてもらう代わりに、身体強化や感覚の鋭敏化を施したり色々できる。ようするに"操る"能力だ」

「"操る"……? 今、メスガキの意識を乗っ取ってるのもそれか?」

「こうしないと対面で話せないからね。本当はあんまりやりたくないんだ、意識を操るなんてこと」


 やりたくはないが、やれないことはない。そういう話だ。

 あの大きさで人間一人の身体を容易く、操る。下手をすれば、巨大な宝石蟲すら自在に操れるのかもしれない。ニアゼムはゾッとしていた。そんな力を持つ宝石蟲と、いまこうして喋っていることを。

 だからこそ。冷静さを維持することに徹した。そうしなければ、真実を飲み込むことはできない。


「……その力で、俺の頭の中に声を?」

「そういうことになるね。後は宝石蟲パワーを少々」

「本当に、幻聴じゃなかったんだな」


 ニアゼムは、少しだけ安堵する。10年間のメレディヤとの会話は、決して空虚な独り相撲ではないとわかったからだ。当の本人が言うのだから、その保証に間違いは無い。そう信じる。

 ……であれば。ニアゼムが次に訊くべきことは決まっていた。


「お前は。……いつから俺の中にいたんだ」


 当然の質問だった。ニアゼムは10年間メレディヤをパートナーとしてきた。であれば、いったいどのタイミングで寄生されたのかは重要な問題だ。


「10年前、ニアゼムが星屑に胸を撃ち貫かれた日……あれが、全ての始まりだ」

「あの日に――ってことは、あれか? 親父とお袋を殺した宝石蟲から、俺に寄生し直したのか……?」


 当時、他の宝石蟲に寄生していたメレディヤが、なんらかの理由で引っ越し先に自分を選び、寄生した。妥当な推理だった。

 だが、メレディヤはそれを頭を左右に振って否定する。


「話はもっと簡単だ。あなたを貫いたセル原石――あの中に、私がいたんだ」

「な、……なんだってッ……!」


 ニアゼムにとって、両親を失ったのも、己が死に瀕したのも、宝石蟲との戦いに身を投じることになったのも、全てはあのセル原石が原因だ。宝石蟲由来のものと直接的に接触したタイミングは、そこしかない。


「セル原石がニアゼムを貫いた、その瞬間。私は宿主をあなたに変えたんだ。瀕死の重傷を負っていたのはわかり切ってたからね。だから、助けた」

「助けたって……まさか、俺の身体を!」

「操らせてもらった、停止寸前の身体機能を蘇らせるために。そうしなければ、あなたは確実に死んでいたから」


 ……それはつまり。医者よりも先に、メレディヤの手によってニアゼムが救われていたことを意味する。

 だから、あの蘇生は、決して都合の良い"奇跡"などではなかった。彼女がいたから起こり得た、ただの"必然"だったのだ。

 思わず、胸に手を当てる。そして、深々と残る傷痕を、感慨に耽るように指で撫でる。


「……これが、パラサイト型宝石蟲(メレディヤ)があなたと10年を共にすることになった経緯だ。それを、まず事実として伝えておく。……今まで黙っていて、ごめんなさい」

「……よくわかったぜ。だが……」


 訊かなければならないことは、まだ残っている。

 "誰がやったのか"も、"どのようにやったのか"も解明された。明らかになっていないのは、"なぜそれが起こったのか"だ。


「どうして俺を? 死に掛けの人間なんて、寄生虫にとっちゃ不良物件だろ」

「死なせたくなかったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 自殺。突拍子もないその発言に、思わず言葉に詰まるニアゼム。


「……私は元々、月にいたんだ。例の、もう一匹の宝石蟲と一緒にね」

「ああ、なんかめちゃんこ邪悪な奴だったっけか」

「その宝石蟲が、私の本来の宿主だ。彼とは……ずいぶん長い間、共生関係を保ってたな……」


 どこか遠くを見るように視線を定めながら、メレディヤは語る。その口調には、どうしようもない悲哀が漂っていた。


「長い間って……どんくらいだよ?」

「ざっと、1000年くらい」

「せんッ……!?」


 1000年。想像すらできない桁違いの年数だ。10年だなんだと騒いでいるのがバカらしくなるほどに。

 いや、そもそもの話として。その年数は、もっとシンプルに別の事実を意味する。

 宝石蟲が地球に現れ出したのは、今から1000年も前の話。()()()()。メレディヤの言うことが本当ならば、彼女は1000年前から生きている最古の宝石蟲の一匹と言うことになる。


「昔の私は、小さな生物にしか寄生できない弱い宝石蟲だった。本能で動くだけの、ただの蟲。彼の身体に寄生してたのも、単に本能がそうさせたからだと思う」

「しかし、なんでまた月に……蟲巣船経由か?」

「違う。人類が月を開拓するために用意した艦に、密かに潜り込んでたんだ。彼は30センチくらいの宝石蟲だったから、潜むのは得意中の得意だったんだよ」

「……で、潜むのが得意な奴の中にお前も潜んでいたと」

「偶然だけどね」


 やや曖昧な笑みを浮かべながら、メレディヤは続ける。


「月に到着した彼は、月面に存在していた"黒い板"に触れた。それは、彼に凄まじいパワーと知性を与え、ただの宝石蟲ではなくしてしまった。その恩恵に、私も与った」

「"黒い板"? なんじゃそりゃ」

「彼は"モノリス"と呼称していた。詳細は私には教えてくれなかったけど、無限のパワーを与える物質なんだって」

「……まぁ、その辺の話は俺達には関係なさそうだ。それで? 知性と力を得て、安定した住居もあったお前が、どうして月を」

「……彼と、意見が合わなくなったからだよ」

「意見が……?」


 ――■■■■、何時まで続けるつもりなの? 私はもう、疲れたよ。

 ――黙れ。僕は求める力を得るためならどんなことだってする。理想も野望も持たない俗物が意見するなよ。いい加減、耳障りだってわかんないかな?

 ――私はあなたと一緒に静かに生きて、静かに死ねればそれが一番だと思っていた。けれど、そうじゃないんだね。

 ――そうだ。僕はまだ死ねない。月を掌握して、下らない育成ゲームにまで興じたのは、悲願を果たすためだ。凡庸な感情しか持てない奴にはわからない世界さ。

 ――そんな奴と、今でも共生してくれているのはなぜ?

 ――お前に利用価値があるからだよ。その、全てを操る力は手放すにはあまりにも惜しい。

 ――…………

 ――ああそうだ、もうじき新しい実験を行おうと思っている。()()()()()()()()()を作り出す計画だ。アレは繊細なバランスで錬成しなければいけないからね、お前にも協力を……

 ――そう。なら、ここが潮時だね。


「……1000年。その年月は、たかだか一匹の寄生虫にとってあまりにも長かった。生半可に知性を得てしまったがために生まれた苦しみを、私は背負っていたんだ」

「その邪悪野郎は生きることに執着してたみたいだが……じゃあお前は、逆に」

「彼は永遠の生を望んでいたけれど、私は、()()()()()()()()()()

「……メレディヤ……」

「私の心はもう、……煤けて、くすんで。どうしようもないほど褪せていたんだ」


 それは、たった24年しか生きていないニアゼムにとって、想像困難な未知の世界の話だ。

 だが、1000年と言う途方もない年月は。途方もないが故に、魂に罅を入れるには十分な時間だったのだろうと推し量れた。でなければ、……こんな、絞り出したかのように悲痛な声は出ないはずだ。


「……私はこの生に終止符を打ちたかった。だから、10年前のあの日……彼から離れて、帝国が撃ち落とした蟲巣船へ向かった。様々な物や生物を中継しながらね」

「そして――地球へ堕ちてきたのか」

「セル原石の破片にでも寄生していれば、きっと呆気なく燃え尽きて楽に死ねると思った。ところが、そのセル原石は燃え尽きることなく地上へ堕ちた。一人の少年の胸を貫きながら」

「お前の棺桶が入るところに、たまたま俺が」

「たとえ偶然だとしても。自分の棺桶に他者を道連れにするのは非合理だと思った。その段階で、あの夜の目標地点は……"私一人の死"から、"人間一人の生"に更新された」


 あの夜は、死から始まり、死で終わる筋書の物語だった。

 だが、ニアゼム・クズミキコニス一人のために。エンドマークに打たれた文字は、"終"ではなく"続"へ変えられたのだ。


「あの頃は考えてもみなかったな。あれだけ死にたがってた私が、メレディヤと呼ばれる存在として、生きることを続けているなんて」

「……やっぱり。お前にも、元々は別の名前が?」

「ああ……こう呼ばれてたよ。"お前"とか"俗物"とかね」

「それは、名前じゃねェだろ……!」


 彼女は淡々と告げる。そこに感情は無い。

 ニアゼムは、何故かそれが腹立たしかったが、メレディヤはその怒りを鎮めるように、静かに答える。


「私に個体としての名称は無かった。付けようとも思わなかった。個体認識に固執するのは人間の価値観であって、宝石蟲にはあまり実感のない事柄だったから。まぁ、彼のほうは自分に名前を付けていたけれどね」

「……1000年経とうが。認識の擦り合わせは、完璧にはできねェってか」

「そうでもないよ」

「あん……?」

「私は。あなたが、女神ダイヤにあやかって付けたこの名前を、大事に思っている。名付けられた当初は……人間の価値観に合わせようと思って受け入れただけで、特に感慨は無かったのだけど……」


 そこで区切って。……少し、間を置く。

 そして、感情を込めてメレディヤは再び語り出す。


「今は違うよ。この地球で、あなたと過ごした10年は、月での1000年よりずっと刺激的だった」

「メレディヤ――」

「そうして、私の名前を呼んでくれる度に。心が満たされるのを実感した。歯抜けのパズルを埋めていくような――そんな感覚」

「…………」

「あなたが、今の私を構築(ビルド)してくれたんだ。だから今は、論理ではなく感覚、感情として理解できる。あなたを助けられてよかった、って」


 ニアゼムは、改めて噛み締める。メレディヤに命を救われたという事実を。

 もう悪寒は無い。彼女を信じることができる。ただ、知らない一面があったというだけの話だ。

 だからこそ、……最後に。これだけは訊かなければならないと思った。


「――ハッ、お優しいッスねぇ! 相手が人間でも助けるとか、とんだお人好しだ。宝石蟲にとって人間は敵だってのによ! そこんとこはどう思ってんだ、えェ?」


 下手な芝居だった。


「命に貴賤は無いよ、ニアゼム。自分一人の命で世界は回っていないし、回してはいけない。それに、私は宝石蟲だけど、人間を敵だと思ったことはない」

「へぇー、そりゃまたなんでッスよ?」

「だって私、寄生虫だもの」

「…………」

「命の輪に混ざって生きる。それが、"寄り添う命"の在り方だと私は定義する。命と命は繋がっているんだ、切っても切れない鎖のような縁で。だから、……だからね。今は生きたいと思ってるんだ。あなたと一緒に」


 その言葉を以って、下すべき結論が出た。


「――俺さァ、バカだからさァ! 小難しい話とかはわかんねェんスわ!」

「ニアゼム……?」

「1000年がどうとか命がどうとか、きっと半分も理解してねェぜ」

「……だよね。こんなこと急に言われても困るよね。ごめん」

「でも俺さァ、バカだけどさァ! これだけはわかるんスわ!」

「え?」

「お前が、俺の命の恩人で。これからも友達だってことがよ!」


 ニアゼムはニヒルに笑う。微笑ではない。心の底から生じた笑み。それは、彼の心の靄が晴れたことを意味していた。

 葛藤がなかったわけではない。メレディヤの正体を知って、心は揺れに揺れた。だが、その時に。セーマの言葉を思い出したのだ。


 ――ゼムにぃはヒーローなの! ベンジャータウンと、セーマのヒーローなの! 宝石蟲がいなくなってもそれは変わらないし、変えちゃダメ! 過去を見捨てちゃダメ!


 過去を見捨てない。正体がなんだろうと、メレディヤがこれまでの自分を支えてくれた過去は事実で、決して変わることはないのだから。

 天秤に掛けるまでもない。なぜならそれは、天秤の支柱そのものだ。


「決まったぜ、俺の目標地点が。俺は月に行く! そんでもって、月で踏ん反り返ってる邪悪系宝石蟲に一泡吹かせてやる。メレディヤに暴言吐いたツケとしてな!」

「それで、いいんだね」

「いいんだよ、俺はこれで納得した。宝石蟲狩りの最後の仕事としちゃ上等さ! 良い落としどころだろ!? だから――」


 ニアゼムが、ソファに座るメレディヤの目線に合わせて姿勢を落とし、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。


「もう……俺は大丈夫だ。帰ってこいよ、親友!」


 メレディヤの――否。セーマの胸から、光の糸が飛び出す。

 光の糸はあるべき場所に還るため、ニアゼムの胸に溶けていく。


 ――ありがとう、ニアゼム。


 光が溶け切る瞬間。そんな声が見えた気がした。





「――つっても、なにしたらいいもんか」


 ソファで眠るセーマに毛布を掛けながら思案する。ザ・ムーンが停止状態を保っているのは束の間の話。だからベンジャータウンの人間は忙しなく準備に勤しんでいる。あの月を止めるために。


≪"ザ・ムーンの周囲には、帝国の新型宝玉機が多数展開してる"だったよね≫

「おやっさんが言ってたな。ンなパねェ連中、俺が相手できんのかね?」


 ニアゼムは、再び脳内で響くメレディヤの声に返事をしつつ、そもそも宇宙での戦闘なんてしたことねぇし、とボヤきを漏らす。

 ニアー・クオーツの攻撃性能は強力だが、それはあくまでも宝石蟲との戦いにおいて。宝玉機との戦いには向いていないどころか、ともすれば一方的にやられかねない。


「だとしても、……やるしかねぇか。ヒーローらしいからな、俺は」


 手の平に乗せられたセーマのリボンを強く握りしめる。

 覚悟を決め、格納庫に向けて足を進める。その時だった。


「ニアゼムよ!! いるか!!?」


 耳をつんざく大声に思わず足を止めた。

 振り返ると、そこには息を切らしたウォーラがいた。


「おやっさん!? どうしたんだよッ、宝玉機の整備手伝いに行ったんじゃ……」

「フン、その様子だと多少は持ち直したようだな。ん? そこで寝ているのは……シュネデールのとこの生意気な小娘か! なぜこんなところに!?」

「いろいろあんだよ! 俺になんか用があるんスかよ!?」

「ニアゼム――貴様に見せたいものがある!」




 ベンジャータウンの巨大工廠。クオーツを始めとした様々な宝玉機がずらりと並ぶ格納庫で、多くのスカベンジャーと技術者が宝玉機の整備を急ピッチで進めていた。

 それも当然。皇帝ジプサムが指定した時間まで、もうあまり猶予はない。ここにいる宝玉機はすべて、ザ・ムーン攻略に向けて投入予定の機体だ。

 ……そんな、様々な宝玉機が並ぶ格納庫で。一際異彩を放つ宝玉機がいた。


「こ、こいつァ……!」


 一見すると、それはニアー・クオーツに似ていた。だがその姿形は、ただでさえ特徴的なニアー・クオーツのシルエットを更に先鋭化させたようなものだった。

 まず両腕が存在しない。肩らしきものはあるが、それは肩ではなく大型のジュエルギーコンデンサだ。

 基礎フレームの色は赤と青。そして装甲の大部分は鈍い灰色で、その厚みはニアー・クオーツ以上の頑丈さを感じさせる。

 頭部は大型のブレードアンテナを一本生やした傘状の装甲が大胆に被せられており、クオーツとは違うツインアイ式のカメラアイを採用している。

 胸部には、碧色に輝くセルジュエルが一基。碧色のセルジュエルは出力とジュエルギー伝導効率の高さが特徴で、持続して安定したパワーを供給してくれる。


「ハハ、ド偉大(えれ)ェもん付けてんじゃねぇか……!」


 そして――特筆すべきは、右腕の代わりと言わんばかりに搭載されている、機体の全長を越える超巨大な鋏型の武装。今は刃が逆向きに閉じているが、その状態でも質量で無理やり叩き切れそうな威圧感を放っていた。


「おやっさん、この宝玉機はいったい!?」

「ふァはははははは! 驚いているようだなニアゼム! この機体は貴様のニアー・クオーツを改修したものよ!」

「何時の間にニアー・クオーツを――」

「貴様がごちゃごちゃと燻っている隙に裏口から持ち出したのだ。気付かなかったとは、よほど意気消沈していたと見えるな!」

≪……実際はそれどころじゃなかった、が正しいよね≫

「いろいろあったからな……気付けねェよ」


 先ほどまでビッグゴッドで繰り広げられていた騒ぎを思い出す。ニアゼムにとっては必要な儀式のようなものであったことは間違いないが、少なからず疲労は蓄積していた。

 だがその疲労感は、眼前の改修型ニアー・クオーツを目にした時からあっさりと吹き飛んだ。心が躍るのがわかる。言葉にできない、ときめきのようなものを感じまくっていた。


「……吾輩は、貴様はまた奮起すると信じた。だから仕上げねばならんと思ったのだ、以前から考えていたこの超突撃特化形態(アサルトフォルム)を!」

≪アサルトフォルムだって。カッコイイね≫

「凄ェよおやっさん! よくこの短時間で!」

「パーツ自体は既に用意していたからな。組み立てと微調整のみならば容易い話よ!」

「この割り切った形、だいぶ俺好みだぜ! なぁ、このタイミングで改修したってことは、宝玉機との戦闘を視野に入れた設計なんスか?」

「フフフ、もちろん――()()()()()()()()()()()()

()()()()()()


 ニアゼムは、予想していた返答がかえってきたことに嬉しさを隠し切れない。ウォーラはいつもの三倍増しくらいの高笑いをしている。


≪えぇ……? ちょっと待ってよ、宝玉機との戦闘考えてないのはまずくない?≫

「そこがいいんだよォ! どうせ、こいつは単に武装デカくしただけじゃねぇだろ!?」

「無論だ。このハサミシザース改め! ハイパーハサミシザースは一味違う!」

≪このネーミングはニアゼム的にはどうなんですか≫

「ギリ、アリじゃね!?」

≪ギリ、アリなんだ……≫


 壊れたテンションのニアゼムには何を言っても通じない。10年彼と付き合ってきて結論付けたメレディヤの高度な受け流しだった。


「内部にジュエルエンジンを3基搭載し! ユニット後部には単体での飛行を可能とする大出力推進器を搭載し! 内部に大口径のジュエルギーカノンを仕込み! ブレード部分はクワガタムシ型宝石蟲の鋭利な顎を素材に強化済み! 理論上、このブレードはあらゆる物体を切断可能だ!」

「こんだけデケェと振り回すのに苦労しそうだが、その辺は推進器に物言わせる感じッスか?」

「うむ、この機体はハイパーハサミシザースを主体に動かす。ロケットエンジンの横に人型のスタビライザーがついてるようなものだ、振り回されることが前提条件よッ!」

「そして宇宙空間なら推進力にモノ言わせりゃ重量問題もなんとかなるって寸法ッスねェーッ!」

「よくわかっているではないかニアゼム!!」


 二人は肩を組みハイテンションにはしゃぎ続ける。この緊迫した状況下にはあまりにも似付かわしくないその光景を、周囲の技術者は呆れ果てた顔で見ていた。

 だが、不思議と誰もそれを咎めようとはしなかった。こんな時だからこそ、彼らのような明るさは一片の癒しになると理解していたのだろう。


「――答えは出たのだな、ニアゼム」

「ああ。俺も月へ行くぜ! 戦う覚悟はできてる、燻ってる暇無くなっちまったからな!」

「……死ぬかもしれんのだぞ」

「死ぬかもしれねェ経験なんざ何度もしてきた。今度はその延長線さ!」


 ウォーラは、どこか誇らしげな微笑を浮かべながら、


「それでこそ……吾輩の息子だ」


 自分の義理の息子の頭を、不器用に撫でる。

 ニアゼムはそれを受け入れた。普段の彼ならぶっきらぼうに突っぱねていたかもしれない。

 ……だが、これもまた、彼が戦いを受け入れるために必要なことだった。


「ところで、この宝玉機は名前なんていうんスか? あるでしょ、新しい名前が」

「あるとも、吾輩がじきじきに名付けた。聞きたいか!?」

「参考までに」

「フフフ……《絶鋏機神スペリオルクオーツァリオンVer.ドクター・ウォーラスペシャル》だ!」


 ウォーラのネーミングセンスは壊滅的だった。


「あーなんにしよっかなァ名前、突撃特化の機体なんだろ? だったらかっけー感じの響きがいいよな」

「おい話を聞け! 絶鋏機神スペリオルクオーツァリオンVer.ドクター・ウォーラスペシャルと言っただろう!」

「絶鋏機神スペリオルクオーツァリオンVer.ドクター・ウォーラスペシャルはさすがに名前がアレすぎなんスよ!」

「絶鋏機神スペリオルクオーツァリオンVer.ドクター・ウォーラスペシャルのどこがアレだというのだ!?」

「なんか良い案ねェかな、メレディヤ?」

「無視だと!?」


 話を振られたメレディヤはやや思案するように声を唸らせ、そして、


≪ニアー・クオーツの超突撃特化形態なら……アサルト・ニアー・クオーツとかどう?≫

「アサルト・ニアー・クオーツ……ちょいと長くねェか?」

≪じゃあ、適当に略したら良い感じになるんじゃない?≫

「まぁ考えとくぜ。とりあえずおやっさん、こいつはアサルト・ニアー・クオーツで決まりな!」

「ぐぐ……まぁ、いいだろう。貴様の機体だ、貴様が決めるのも筋――むっ!」


 突如、工廠に警報音が鳴り響く。否、その警報音はベンジャータウン全体に響き渡っていた。


『――「オペレーション・オーストゥオーダー」にアサイン中のスカベンジャー各員に伝達!!』


 工廠を始めとした街中のスピーカーから威勢の良い男性の音声が流れ始めた。


『間も無く、ザ・ムーンの再起動予定時刻となる! もはや一刻の猶予も無い、我々のケツには既に火が付いている! クソッタレ石ころの顔面にクソを投げようとする命知らずども、中央工廠の仮設ブリーフィングルームに急げ! 以上!!』


 威勢の良い男性は一方的に捲し立てるように呼びかけ、一方的にスピーカーを切った。


「間もなくブリーフィングが始まるようだ。今回の作戦はベンジャータウン史上類を見ない……いや、地球史上類を見ない大規模作戦になる。ニアゼム、貴様も参加するがいい!」

「参加しなきゃダメなんスかそれ? 俺別に一人でも」

「今、指揮官に通信する。すぐに作戦参加の旨が受理されるはずだ、貴様はブリーフィングルームへ向かえ!」

「……なァおやっさん、その前によ」


 ニアゼムは、懐からセーマのリボンを取り出し、……見詰める。


「頼みたいことがある。最後の仕上げだ」




 ◇




「――しっかし、本当に要るのか? このッ、パイロットスーツって奴ッ……!」


 そして、現在に至る。

 戦うことを決意したニアゼムは、アサルト・ニアー・クオーツのコクピット内にいた。そこで、慣れない所作で専用のパイロットスーツに着替えていた。


≪仕方ないよ。それが無いと外に放り出された時に死んじゃうんだよ?≫

「じゃ、しゃーねぇわな。適応適応、っとォ」


 最後にヘルメットを被る。側面のスイッチを押し、プシュ、という圧縮音と共にバイザーが閉じる。


≪似合ってるね、それ≫

「パイロットスーツがか? 照れるねェ」

≪そっちもだけど。首の"それ"も、かっこいいよ≫


 ニアゼムの首にはマフラーが巻かれていた。正確に言えば、それはただの赤い布切れ――セーマのリボンを、マフラーに見立てたものだ。

 そして。ニアゼム自身と重ねるように、アサルト・ニアー・クオーツにもまた、赤いマフラーが巻かれていた。


『――絶鋏機神スペリオルクオーツァリオンVer.ドクター・ウォーラスペシャル! 2番カタパルトへどうぞ!』

「くそ、おやっさんめ……あのダセェ名前で登録しやがって……」


 格納庫内に女性の声のアナウンスが響く。それはニアゼムの出番を告げるものだ。

 アサルト・ニアー・クオーツを格納したハンガーデッキが、ゆっくりと上部へ昇っていく。

 その際の微小な揺れを感じながら、ニアゼムは操縦桿を握り直す。


≪ところで。結局、アサルト・ニアー・クオーツをどう略すかは決まったの?≫

「正直それどころじゃねーっつーか……緊張してきた。ラジオでも付けて気分アゲるか」

≪スカベンジャー・チャンネルでも付けとく?≫

「いや――今は"こっち"だな」


 ニアゼムは、コクピットの端に貼り付けられたボロいラジオに手を掛ける。

 音量ダイヤルを適度に調節し、聞きたいチャンネルへ周波数を合わせると、程無くしてややダウナーな女性の声がラジオから聞こえ始めた。


『――っつーことで、"プルガトリオ・チャンネル"。まだまだ続けっからねぇー』

≪相変わらず、気が抜ける放送だね≫

「むしろこれがいいのさ」


 ハンガーデッキが上がり切る。そこは横長の密閉空間、カタパルトデッキだ。

 機体を固定していたハンガーは自動的に壁面に格納され、今度は脚部の底面を、スキー板のようなものが固定する。機体を前方へ高速射出するためのカタパルト・シャトルだ。


『……ウチらのライバルことスカチャンは、話題のニュース取り上げてっけどさぁー。この番組はいつも通り音楽垂れ流し続けるだけだから。手前ぇの気分をアゲてぇーって奴だけ聞いてねぃ、よろー』


 アサルト・ニアー・クオーツの前方に見える装甲カバーが開く。

 カバーが開けた先にあるのは――どこまでも果てのない黒い景色。宇宙空間だ。


『そんじゃ、お次ましては……うん、これ流しとこ。ウチらの代表曲だ』


 カタパルトデッキの壁面のライトが順々に点灯して行く。


『ガーデン・プルガトリオのヒット曲、《薄情連鎖》』


 流れ出すはニアゼムお気に入りのBGM。流れ出す前奏。38秒間、焦らすように、整えるように、ギターの音がかき鳴らされる。

 そして、前奏が終わった途端――正しく、"一転攻勢"と言わんばかりの激しいロックに姿を変える。

 それが、彼を戦場に招く合図となった。


「――ッ、ニアゼム・クズミキコニス! 出るぜ!!」


 カタパルトシャトルが火花を散らしながら、アサルト・ニアー・クオーツをデッキから高速射出する。

 機体及びハイパーハサミシザースの各部スラスターが動作し、機動と姿勢を安定化させる。

 前方には、スカベンジャーの連合艦隊から先んじて出撃した宝玉機が多数。そして、その更に前には、……巨大な月。ザ・ムーンの姿があった。

 ザ・ムーンの周囲には夥しい数の敵宝玉機、クオーツァイトが戦列を整えている。宝石蟲ではなく、人が乗り、人が動かす宝玉機だ。

 ニアゼムの手は小さく震えていた。当然だ。宝石蟲狩りの彼にとって、これが初の対人戦闘となる。その緊張、心細さは、そう簡単に消せはしない。


≪――大丈夫。あなたは一人じゃない。いつも、どこまでも≫


 だが、それもたった今消えた。メレディヤの一言によって湧き上がった感情は、緊張を容易く握り潰した。

 ニアゼムは、眼前に迫るクオーツァイト部隊をまっすぐに見据えると、即座にハイパーハサミシザースのブレードを展開し、後部の推進ユニットに火を点ける。

 気付けば、口の端が釣り上がっていた。その表情は、宝石蟲を狩る時に浮かべる笑みと同じだった。


「へへ。決めたぜ、メレディヤ!」

≪え?≫

「この機体はニアー・クオーツでも、絶鋏なんちゃらでも、アサルト・ニアー・クオーツでもねェ! 教えてやるぜ、ヒーローが乗る機体の名前をよ!」


 ハイパーハサミシザースの後部が、爆発したかのような閃光を発する。

 暴力的、破壊的とも言える速度で機体が加速し、ハイパーハサミシザースのブレードがクオーツァイト部隊に迫る。

 知覚不能な速度を持ったブレードはクオーツァイト部隊の尽くを切り潰し、間も無く連鎖的に爆発。一瞬にして撃滅した。



『アサルトニアーク……見参ッ!!』



 巨大な右腕を構えながら、爆発を背に赤いマフラーをなびかせながら緑色の目を光らせる。

 アサルトニアーク(ヒーロー)は、ここに見参した。

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