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第1石「夢の終わり」

 ニアゼム・クズミキコニスは、格納庫に佇む灰色のロボットを前にしていた。

 全長10メートルほどの人型機動兵器、宝玉機――その中でも、世界で最も量産された傑作機体、クオーツ。

 その、クオーツに。歪な改造を施した異形の機体。それが彼の相棒だった。

 灰の髪に灰の瞳を持つ灰色の男は、愛用のジャケットを正し、ズボンに付けた鎖型のシルバーアクセをジャラジャラと鳴らしながら、愛機へ乗り込むべく歩き出す。


≪ニアゼム。もう覚悟は決まった?≫


 少女らしき声が響く。外からではない。その声は、()()()()()()()()()()()()()()()()


「当たり前だぜ。そのためにここにいるんだからな。

 お前のほうこそ調子はどうだ? メレディヤ」


 彼がメレディヤと呼ぶその声は、一言『ばっちり』と簡潔に伝えた。


「俺達は、ずっと一緒だ。地獄の底までな」

≪違うよニアゼム≫

「あん?」

≪私達が行く場所は、地獄の底の底。底辺だ。そうでしょ?≫

「ハッ、かもな!」


 見えない相棒に軽口を叩きつつ、ニアゼムは愛機に乗り込む。

 狭いコクピットシートに身体を預け、軽妙にコンソールを叩く。メインシステムを通常から戦闘モードに切り替えて行き、起動準備が整う。

 そして、


「もうすぐ出番だぜ、相棒」


 その声に応えるように、異形のクオーツの頭部カメラアイが強く発光する。

 ――ニアゼムが愛機に乗って戦うことを決意した経緯は、ほんの数時間前にまで遡る。



 ◇



 見渡す限りの青空。果てない荒野のド真ん中、二つの巨影が真っ向から組み合い、対峙していた。

 鉄の軋む音と、硬い殻を潰すような音が響き始める。鋏だ。大型の鋏のようなものが、片方の影を挟み、そのまま圧力を加え続けている。

 やがて何かが弾け、何かが宙を舞った。

 首だ。


「ヒャァ――ッハッハッハッハッハァッ!」


 灰色の宝玉機が右腕に装備したハサミシザースが、眼前の巨大な蟲――宝石蟲の頭部を豪快に斬り落としたのだ。

 頭部を失ったカブトムシ型宝石蟲は、全身を痙攣させながら崩れ落ち、やがて動かなくなった。


「ザマぁ見ろってんだ蟲ッころがよォ! ハハハハハハハ!」


 呵呵大笑。宝玉機のパイロット、ニアゼムは誰に恥じることなく大口を開けて勝利に酔い痴れる。愛機の右腕を天高く突き上げながら。

 その愛機の名は《ニアー・クオーツ》。ジャンク品の地上型クオーツを、ニアゼム専用にカスタマイズした機体だ。

 ニアゼムのパーソナルカラーである灰色に塗装し、近距離戦闘を想定し機体前部に追加装甲を貼り付け、突撃用のブースターを増設し、武装を大型武装ユニットのハサミシザースに絞った。よくも悪くも、彼好みの潔いコンセプトで組まれている。

 ニアー・クオーツの名称は、最高の汎用性を持つクオーツを冒涜するかのようなカスタマイズから、もはやクオーツに似た物(ニアー・クオーツ)と呼ぶのが適当だろうという判断から付けられたものである。


≪ニアゼム。3時方向からまた一匹。今度はクワガタムシ型だ≫


 メレディヤの声が響く。それより少し遅れて、コクピットのレーダーに反応が表示される。

 ニアー・クオーツのハサミシザースを構え直し、突進してくるクワガタムシ型を見据え、備える。


「来いよ、2匹とも釘刺して標本にして飾って……あァ、でもカブトムシのほうは首落としちまったよなァ。そういうの作る時は対になってねェとバランス悪ィっつーか美しくねぇっつーかァ~……」


 思案。猛進。結論。


「――じゃァお揃いに素っ首刎ねてやるか!!」


 背部のブースター出力を全開にして突撃するニアー・クオーツ。

 これは、ニアゼムにとって戦いと呼べるほどのものではなかった。日常だ。天気の良い日に散歩でもして優雅に花を摘み取るかのように野蛮に蟲の命を摘み取っているのだ。


「テメェの角と、このハサミシザースどっちが強ェかなァ!?」

≪ニアゼム、あれは角じゃなくて顎だよ。大顎≫

「どっちでもいいぜ、どうせ殺すからよォ!」


 クワガタムシ型が大顎を広げながら猛烈な勢いで突進してくる。限界まで横に広がった大顎は、左右どちらに逃げても一瞬にしてこちらを捉え、即座に挟み潰してくるだろう。

 ならば縦軸で回避する。ニアゼムは直感的に、スラスターを吹かしながら機体を垂直方向に大きくジャンプさせる判断を取った。


「ッ……!」


 だが、宝石蟲の野性的本能はそれを上回った。大顎を跳ね上げ、垂直方向に跳んだニアー・クオーツを自らの殺傷距離内に収めた。

 ギザついた大顎が閉じ始める。閉じ切った時、内側にいれば即死不可避。断頭台の如き勢いで閉じる大顎をニアー・クオーツが回避する術は無い。


「――無いんスけどねェッ!」


 閉じる勢いに合わせ、左側の大顎の半ばをハサミシザースの刃で挟み、受け止める。飛び散る火花に合わせ、何かが砕け散った。

 そして大顎が閉じ切り、衝撃がニアー・クオーツを揺さぶる。が、それだけ。

 先ほど砕けたのは、クワガタムシ型の左側の大顎。不完全な挟み込みでは衝撃を与えるのが関の山だ。

 すかさず、ハサミシザースに内蔵されたチェーンガンが火を吹く。銃弾が蟲の目と触角に殺到し、その両方を吹き飛ばす。

 感覚器官を失った蟲はたまらず体勢を崩し、その隙を狙ってニアー・クオーツは再びスラスターを吹かす。そのまま頭部に着地し、ハサミシザースを頭部と胴体を繋ぐ関節部に捻じ込む。

 これで、断頭台はセットされた。


「死ィィィィィッ! ねェェェェェッ!」


 雄叫びと共に処刑執行。形容し難い圧搾音と声にならない絶叫が耳に突き刺さる。

 ――バチン、と。呆気ない音が、頭部と胴体に永久の別れを告げるまでは。


「楽しいねェエ昆虫採集は! ヒャハハハハハハハァーッ!」


 クワガタムシ型の首級を掲げ、下卑た勝鬨の声を上げるニアゼム。

 それも束の間。地面から小刻みな振動が響き始める。


≪……あ、7時方向からいっぱい来そう≫

「なんだ、5、6匹くらいか? 来るなら来やがれ!」

≪えーっとね……≫


 レーダーに夥しい数の熱源反応が表示される。


≪50匹くらい?≫

「よーし逃げるか!!」


 踵を返し、砂塵を巻き上げながら一目散に逃げ出すニアー・クオーツ。

 戦闘モードから巡航モードに切り替え、宝石蟲が群れを成すホットゾーンから急速離脱。距離を離してゆく。


≪うーん、ニアゼムがもっと強ければね≫

「バカ野郎強いかどうか以前の問題だわ! 単騎で数十匹の群れに勝てる奴がいるか!」

≪そんな人がいたら、この"仕事"辞める?≫

「辞めねーよ。俺が、満足するまでは」


 どこか自嘲気味な笑みを浮かべながら、トーンを低くした声で返すニアゼム。それは、先ほどまで異常とも言えるテンションで宝石蟲を殺していた人間とは思えない冷めた反応だった。


≪帰ろうニアゼム、私達のホームに≫


 メレディヤは淡々と返す。何時もの事だと言わんばかりに。だが、その返答にはどこか彼を気遣うような声色が滲んでいた。

 ニアゼムは、上空にうっすらと見える巨大な宇宙ステーション、オービタルリングを一瞥する。

 ――遠い。あまりにも遠い。地を這う石ころは、空を見上げるばかりだ。

 目に見えているのに届かない。彼の言う仕事は、そういう類のものだった。


「見る分には自由なもんさ。夢も星も」


 操縦桿を握り直す。

 ニアー・クオーツの向かう先に、街が見えてきた。

 スカベンジャー(ならずもの)の巣窟、ベンジャータウンだ。



 ◇



 ベンジャータウンは、大陸の最東端に位置する街だ。

 "野蛮なゴミ漁り"と揶揄されるスカベンジャー達にとっての安息地であり、活動拠点である。

 宝玉機の整備を始めとする各種施設が充実しており、特にストリートに立ち並ぶ商店では宝玉機専用のカスタムパーツの売買が盛んに行われていた。規模はピンキリで、品揃えの悪いしなびた店もあれば、専用の戦闘試験場を裏に備えるほどの大型店舗まで様々。

 ストリートを歩くニアゼムは一つの店の前に立ち止まる。店の看板には、黒い拳銃を十字に重ねたロゴと"B.G."と言う文字が刻印されていた。

 ニアゼムのホーム、宝玉機カスタムショップ《ビッグゴッド》だ。


「なっとらん! このような調整ではハチ型宝石蟲にすら勝てんぞ!」


 店の扉を開けるなり怒号が聞こえてきた。立派な髭をたくわえ眼帯を付けた強面の軍服男が、宝玉機専用ハンガーにセットされた赤いクオーツを見ながら、そのパイロットらしきスカベンジャーの青年に説教をしている。


「いいか!? 宝玉機は力こそが全てだ! スピードだけを追求していては、通用しない手合いと戦った時手も足も出なくなる。つまり最終的にはパワーこそが勝利を別ける条件になるのだ。下らんこだわりに捉われる前に、まず基本を抑えることだな!」

「そ、そうですか……」

「ふん、こんなひどいセッティングは久々に見たぞ。貴様、さては素人だな? ならば、このドクター・ウォーラが直々にセッティングの基本を教えてやろう。なに、代金はいらん。感謝するんだな、ふァはははははは!」


 高笑いする男。一見高圧的なことを言っているようで親切な提案を押し付けながら、青年の肩に手を回す。

 一際大きなため息を吐きながら、ニアゼムは眼帯の男――ウォーラに声を掛ける。


「おやっさん!」

「まずはセルジュエルを見直し……なんだこの粗悪品は!? 向かいのカビの生えたパーツショップで取り扱っている代物のほうがまだマシだ! だが安心しろ、今回は特別にうちのショップから――」

「おいクソジジイ!!」

「なんだと誰がジジイだ、吾輩はまだ40代――おおニアゼム!」

「気付くのが遅ェんスよ!!」

≪宝玉機のことになると周りが見えなくなるよね、ウォーラ博士≫

「筋金入りの宝玉機オタクだからな、おやっさんは……」


 はっはっは、と軽く笑いながら歩み寄り、ニアゼムの肩を叩くウォーラ。


「どうだった今回の宝石蟲狩りは? 吾輩が用意したハサミシザース強化フレームは役に立っただろう!?」

「おかげさまでな。後で格納庫まで来てくれ、良いデータ見せてやるぜ」

「ククク、そうするとしよう。……時にニアゼム」

「なんスか?」

「貴様、汗臭いぞ。それほど汗を欠くとは相当の死闘だったようだ。だが、吾輩の店内で汗の匂いをばら撒くのは看過できん、エチケットに反する!」

「わかった、わかったよ!」


 いそいそと上着を脱ぎ始めるニアゼム。


「おい貴様、ここで脱ぐな! 更衣室で脱いで来い!」

「いいじゃんどうせここ男しか来ねェし。男の裸見て喜ぶ変態もいねェでしょ」


 汗ばんだシャツを捲り上げる。その胸の真ん中には、古い傷痕があった。拳大の何かで無理やり抉り貫いたかのような痛ましい痕だ。

 その凄まじい傷を見たスカベンジャーの青年は、思わずギョッとした表情を浮かべてしまう。


≪ウォーラ博士ってさ、元スカベンジャーなのに変なところで常識的だよね≫

「な。お前もそう思うよなメレディヤ」

≪まぁ私も店内でいきなり脱ぎだすのは非常識だと思うけど≫

「お前は俺の味方してくれよ!?」

「……?」


 ニアゼムを怪訝な顔で見る青年。当然だが、この青年にメレディヤの声は聞こえていない。その会話は、傍から見れば――否、誰から見ても完全な独り言だ。

 ウォーラは、複雑そうな表情を浮かべながら、


「……さっさと行け!」

「へいへい。そんじゃおやっさん、また後で」


 脱いだ服を抱えながら、いそいそと店の裏に消えて行く。バタン、と扉が閉まった後、青年がおずおずと切り出し始める。


「あの人、この店のスタッフさんかなにかですか?」

「身内だ。吾輩が面倒を見てやっている。スタッフに近いことをやらせてはいるがね」

「なんか……誰かと、話してませんでしたか?」

「気にするな。奴の事情だ。それより、貴様のマシンについて話をするとしよう! 次にこのパーツだが――」





 夜。砂漠から冷たい風が吹き荒ぶ頃。

 ベンジャータウンは、夜になったからといって行儀よく眠りに就く街ではなかった。

 工業施設から響く音は、なりを潜めるどころかますます活発になっている。

 酒場ではスカベンジャー達が席を囲み、今日一日の収穫を口々に自慢し合う。そして溜まった疲労を吹き飛ばすかのように景気よく酒をあおっては、朝まで騒ぎ散らかすのだ。


「――ってのが、大体の顛末なんスけど」

「ふァははははは! 素晴らしいぞニアゼム、吾輩の強化プランは間違っていなかったなァ!」


 無論、ここビッグゴッドにも騒ぎ散らかす中年男性が一人。

 ウォーラは格納庫に佇むニアー・クオーツを点検しながら、気怠そうに壁に寄り掛かるニアゼムの報告に聞き入っていた。


「重装甲型のカブトとクワガタを単騎で仕留められたのは大きいと思う。あと、クワガタの顎と真っ向からかち合って負けなかったのも忘れちゃいけねェな」

「フッフッフ、やはり汎用性などという惰弱でつまらんコンセプトに頼るべきではないなァ。汎用性の高さとは即ち器用貧乏と同義! 一芸に秀でるパワーを持つ宝玉機こそが至高なのだ!」

「昼間にスピード特化の宝玉機のことボロクソに言ってたじゃんかよ。矛盾してねーか」

「スピード特化、なるほど結構。だが、それを使って何がしたいかが伝わってこないから吾輩は指摘したのだ! 幾ら長所があろうと、それを生かす術を持たなければ単なる宝の持ち腐れに過ぎん! "目標地点"の問題だ。それがあやふやな宝玉機ほど脆いものは無い!」

≪だってさニアゼム≫

「目標地点、ねェ。ま、確かに俺の相棒は宝石蟲殺しに特化してるからあんな化け物バサミ付けてるわけだし。対宝玉機想定ならあんなバカげた武装はいらねェ」


 可変式大型徹甲鋏ハサミシザース。それは、宝石蟲を確実に断殺するために誂えた、文字通りの処刑器具。鋏の材質は特注も特注。大型宝石蟲の角や顎にも匹敵する強度を持ち、一般的な宝玉機の装甲など容易く断ち切る。おまけに大口径のチェーンガンまで内蔵する隙の無さだ。

 強力無比な武装であることは間違いないが、大きさと重量の問題から取り回しは劣悪で、これを用いて宝玉機と白兵戦を行うことは最初から想定されておらず、完全に"人ではないもの"を殺すための得物として使用している。その潔い発想は狩猟者(ハンター)のそれだ。

 大本のアイディアはニアゼムが出し、設計から開発は全てウォーラが直々に行った。


「……ニアゼムよ。胸の傷はどうだ、今日は疼かないか」


 唐突に。点検を続けながらウォーラが話題を切り出す。


「心配いらねッスよ。たまーに痛むことはあるけど、鎮痛剤飲めばいいだけだし。もう10年前の傷だってーのに、しつけー話ッスよね」

「10年か。もう、あれから10年経つのだな。貴様を引き取ってから」

「……ああ」


 二人の間に重い空気が流れる。

 10年前。撃ち落とされた蟲巣船が地球に降り注ぐ、聖戦の夜。


 ――墜落する蟲巣船。

 ――蟲巣船から零れ落ちた、流れ星のようなセル原石。

 ――星が、幼いニアゼムの胸を撃ち貫く。

 ――鮮血。そして悲鳴。


「"星屑を見せてやる"なんて、親父が妙なスカベンジャー仕草出さなきゃ、この傷は無かったろうよ。あんたには感謝してるぜ、おやっさん」

「……そうか」


 ――堕ちた蟲巣船から湧き出す宝石蟲。

 ――"俺の息子を頼むぜ、ウォーラ"

 ――クオーツを駆り応戦するニアゼムの両親。

 ――逃走。そして絶叫。


「吾輩も必死だった。あの時は、貴様を一刻も早く治療できる場所に連れていくことしか頭に、……いや、すまん。嘘だ。それ以上に、宝石蟲の大群から逃れたい一心でいた。命惜しさに、貴様の両親を見捨てたのだ」

「見捨てなきゃ、あんたも俺も死んでたっしょォ」

「わかっている。貴様の父親も、吾輩を信じて託したのだから。だが、あの経験は。スカベンジャーから足を洗うことを選択させるには、十分過ぎたのだよ」


 かつて、ウォーラは猛々しいスカベンジャーとして名を馳せていた。戦えば鬼神の如く。恐れるものなど何も無い(つわもの)であると、自他ともに認めていた。

 だが、その圧倒的自信は、戦友を見捨てざるを得なかった無力感によって打ち砕かれ、……現在に至る。


「ンで、技術者として大成してんだから、人生どうなるかわかんないッスね」

「貴様もな。こんな命知らずの大バカ者に育つとは、吾輩も予想できんよ」

「俺? 俺はまァー……当然じゃねッスか」


 壁に寄り掛かるのを止め、弾みを付けるように姿勢を正す。ズボンのポケットに両手を突っ込みながらニアー・クオーツの前に歩み寄り、愛機を正面から見据える。

 見据える瞳の奥が暗く燻る。口の端は釣り上がり、三日月のような笑みが浮かんでいた。


「――宝石蟲ども(両親の仇)をブチ殺し尽くす。こーゆー境遇なら、そーゆー夢抱くのが自然なんスよ。()()()()()()()()()()


 ニアゼムは愉快そうにくつくつと嗤う。

 ウォーラとは対照的に、彼は己の無力感に強く反発した結果こうなった。自己満足を剥き出しにした復讐心こそを、己の原動力とすることに決めた。


≪……私は、ニアゼムには死んで欲しくないけどな≫

「そんくらいの気持ちで挑むってことだぜメレディヤ。手前のモチベを上げるにゃ大言吐いとくのが一番だ」

≪それでも、自暴自棄にはならないで。友達としての忠告だよ≫

「わかってるさ。……友達として、聞いておくぜ」

「何時まで経っても、その頭の中で聞こえる声は無くならんか」

「10年の付き合いだぜ。もう慣れちまったよ」


 10年前、胸にセル原石の破片が突き刺さったニアゼムは、幸運なことに即死を免れ、さらに奇跡的に快復した。時折傷が痛むことはあれど、日常生活を送るのにも支障は無かった。

 だが、傷が快復すると同時に現れたのが頭の中で響く妙な声――メレディヤだった。

 医者によれば、原因は、両親の死と事故が重なったことで起きた精神的ショックによるものと診断された。ようするに、ニアゼムの精神が生み出した幻聴、妄想の類という話だ。

 それも、時間の経過で消える一時的なものと言われていた。だが、


≪10年って早いね、ニアゼム≫


 "彼女"は消えず、今もこうしてニアゼムに語り掛け続けている。最初こそ薄気味悪く感じていたニアゼムも、だんだんと親近感を覚え、やがて女神ダイヤにあやかった"メレディヤ"と言う名前で呼ぶようになった。


「何度も言うが、その独り言――友人との会話は、一人でいる時だけにしておけ。周囲の者が混乱する」

「気を付ける。そんでおやっさん、ニアー・クオーツはどうよ?」

「いま済んだ。点検した結果だが……フフフ、完璧だ。吾輩自らが改造を加えた宝玉機に間違いはなァい! もはや、この機体はクオーツとは別物になりつつある。クオーツの名を捨てる日も近いかもしれんな! ふァははははは!」

「じゃあ代わりになんて呼ぶんスよ?」


 邪悪な高笑いを軽く流しつつ尋ねる。

 ウォーラは顎に手を当てながら自信満々に、


「《ドクター・ウォーラスペシャル》と言うのはどうだ!?」


 彼のネーミングセンスは壊滅的だった。


「却下で」

「何故だあッ!?」

「ダセェからだよ!?」


 雷に打たれたかのようなショックに打ちひしがれるウォーラ。何にそこまでショックを受けたのかわからないニアゼムは困り果てるしかない。

 が、ウォーラはすぐに何事もなかったかのように平静を装い、別の話題を切り出す。


「それより、ジュエルエンジンのジュエルギー伝導効率の数値を見たが、まだ最適化する余地があった。朝までには仕上げておくとしよう。貴様は寝ておけ」

「俺も手伝うぜ、おやっさん。自分のマシンを見るのもパイロットの仕事だ」

「心配いらん。エンジン周りの調整は特に繊細だ、吾輩一人でやったほうがいいだろう。それが済んでから具合を確かめるといい」

「……わかったよ。そんじゃな、おやっさん。おやすみ」

≪おやすみ、ウォーラ博士。聞こえてないだろうけど≫

「メレディヤもおやすみってよ」

「ふん、さっさと寝てしまえ。できれば、妙な声のほうは永久にな」

≪…………≫


 格納庫を出るよう促され、欠伸をしながら出て行くニアゼム。

 格納庫に残ったウォーラは、手に持った工具を片付け、ハンガーに備え付けられたコンソールにアクセスする。ニアー・クオーツの各種パラメータグラフが表示される。


「……そうだ。間違いはないはずなのだ。吾輩の設計も、ニアゼムの道も」






 古びた机。パイプ椅子。パイプフレームのベッド。そこは、限りなく無機質な個室だった。

 唯一、机の上に置いてある写真立てだけが、辛うじてここに住む者の人間性を保証してくれていた。

 写真には、三人の人物が映っていた。灰色の髪のニヒルな笑みを浮かべた男性と、金髪の優しげな女性。夫婦だろう。その真ん中で、夫婦の子どもらしき灰髪の少年が満面の笑みを浮かべていた。


「……今日もやってやったよ。親父、お袋。宝石蟲を2匹、単機で殺した。種類はカブトとクワガタ。結構デカかったんだぜ」


 写真立てに手を掛けるニアゼム。微笑を浮かべ、両親に戦果を報告する。一日の終わりを告げるルーティーン。宝石蟲狩りを始めてから、一日たりとも欠かしたことはない。


≪お疲れ様、ニアゼム≫

「うーし、寝るぜ!」


 労うメレディヤの声を聞きながら、寝間着に着替えるニアゼム。そのままどかっと粗末なベッドに身を投げ出す。

 首の後ろで手を組みながら、やや硬いベッドの寝心地に安堵する。粗末ではあるが、慣れ親しんだ寝床の感触だ。


≪ニアゼムは、今でも両親を大切にしてるよね≫

「そりゃ、な。揃ってスカベンジャーだったが、俺には優しかったし」

≪……ニアゼムにとって大切なものは、他になにがある?≫

「世話になったって意味じゃ、おやっさんは大切だな。それとニアー・クオーツも無きゃ困るし……あと、お前かな」

≪私が……≫

「いや、だってお前は俺の友達だろ?」


 意外そうな声を上げるメレディヤに、当たり前のことと言わんばかりに返す。


≪私は……ニアゼムの友達でいていいのかな?≫

「どうしたんだよ急に。何時も淡々としてるお前らしくもねェ」

≪医者も。一般の人も。ウォーラ博士も。誰も彼も、私を幻の存在として扱ってる。思ったの。私が、ニアゼムの足枷になってないかなって。本当の……見える友達を作るための障害になってないかなって≫

「なってねーよ」


 ニアゼムは強めに否定する。僅かな沈黙が訪れる。

 その間に少しバツが悪そうに目を閉じ、身体を横に傾けながら、


「俺の友達は、お前だけで十分だ。……人間はすぐ死んじまう。スカベンジャーみたいな連中は特にな。別れを経験してその度に辛ェ思いするくらいなら、それでいいんだ」

≪そう、……なんだ≫

「でも、お前は。……お前だけはさ。俺が死ぬその時まで一緒にいてくれるだろうって、安心感があるんだよ」


 ニアゼムは、ごく穏やかに語る。悲しみは感じられない。"それ"が当然の事実として受け入れている、ある種、達観とした口調だった。


「今でも忘れてねェ。一人寂しい病室で、泣きまくる俺を励ましたり、身体を動かすリハビリの時に必死に応援してくれたり、……お前の声は、子ども心に励みになってたんだぜ」

≪……うん≫

「そんな奴を。幻聴だとか、妄想で片付けられねェよ。例え、どんな存在だとしても、俺にとっては大事な友達には変わらないんだ。枷なんかじゃねェ。俺をこの世に繋ぎ止める鎖なんだ」

≪――ありがとう。私の事を、そこまで大切に見てくれて。私も、ニアゼムを友達だと思ってる≫

「へっ……このやり取りが単なる独り相撲なら、とんだナルシ野郎だよなァ俺も。けど、俺は誇るぜ。今の自分を。周囲にどう思われようが、俺は、俺の生き方を誇る」


 ニアゼムには、確かな意思があった。……依存と言い換えてもいいだろう。だが、彼はそのことを恥とは思わない。それだけ、メレディヤと言う存在に敬意を払っている証拠だ。


「……俺はきっと、10年前に一度死んでるんだ。今は、胸にぽっかり空いた穴に、無理やり生きるための熱を詰めて動いてるだけでな。だから、"また"死ぬまでは変わらないぜ。俺の生き方も、宝石蟲狩りもな」

≪宝石蟲狩りは、ニアゼムのライフワークだもんね≫

「仕事であり、親孝行の一環さ。墓に供え物するのと一緒だ。俺が、親父とお袋を慰めてやれるようなことは、……これしか思いつかねェんだ」

≪でも、叶うなら宝石蟲を絶滅させたいと思ってる?≫

「この手でか? あァ、できたらサイコーだ。月までぶっ飛ぶ一大事だぜ。ハハハ」


 その乾いた笑いは、誰に対して向けた笑いだろうか。


≪ね、ニアゼム≫

「……なんだ?」

≪あなたに……友達として、話したいことがある。あ、でも今すぐじゃなくてね。決心が、まだだから、その≫

「……おう、気長に待つぜ。何日でも何か月でも、10年でもな。まァでも、宝石蟲が絶滅する時までには頼むぜ?」

≪ふふ……わかった。明日も頑張ろうね。おやすみ、ニアゼム≫


 軽口も程ほどに、ニアゼムは瞼を閉じる。やがて、本格的に眠りに就く。

 宝石蟲の絶滅。それを、遠い未来の話だと確信しながら。






「――ニアゼム! ニアゼム起きろ、起きるのだ!!」

「あン……?」


 時刻はまだ夜。ニアゼムが眠りに就いてから、それほど時間は経っていない。

 ウォーラの怒号により、ニアゼムは強制的に起床することとなった。


「なんスかおやっさん……まだ夜じゃねーか、なんかあった……?」

「よく聞くのだニアゼム! 大変な事が起きたのだ!」

「なんだよ大変な事って……説明してくんなきゃわかんねーッスよ」

「先日、ベンジャータウンを発った船のことを覚えているか!?」

「ああ……? あー、俺キョーミなかったから詳しくねッスけど、月の皇女様御一行だっけ? が、東に飛んでったとかなんとか……」

「そう。月の皇女サファ・ツキノと、彼女をサポートするスカベンジャーの一団だ!」


 サファ・ツキノ。

 月に存在する国家――月面帝国の皇帝ジプサム・ツキノの娘。やや赤が混じる青い髪に長いポニーテールを結び、美しい赤の瞳を持つ可憐にして流麗な皇女である。

 ある日、彼女は月から地球へ降りてきた。その理由は定かではないが、つい先日まで帝国が懸賞金を懸けて追っていた程だ。余程の事情があったのだろう。

 ニアゼムの認識はその程度で止まっていた。だから、彼女が何を目的に行動しているかなど露ほども知らず、また、興味も無かった。


「彼女らはアズマの国へ向かったのだ、フジヤマに攻撃を仕掛け、宝石蟲の根源を断つために!」

「……ンなもん、失敗確定の自殺旅行じゃないッスか。下らねェ」


 ニアゼムは至極つまらなさそうにして、起こした身体を再びベッドに預ける。

 アズマの国。それは、宝石蟲の根源とされるフジヤマがある地。宝石蟲は無限に沸く災害だが、発生源であるフジヤマを抑えてしまえば死滅する、と言われる。

 しかし、当然ながらその周囲は宝石蟲だらけ。腕の立つ宝玉機乗りが何人いようと、その圧倒的物量をなんとかできなければ攻略することなど不可能。正真正銘の夢物語だ。


「噂じゃ、過去に二度、月面帝国が大規模な軍事作戦を展開したらしいけど、どっちも大失敗に終わったとか。その皇女サマがどんだけスゲーのか知んねーけど、軍ができねぇことを世間知らずのお姫様と取り巻きがどうにかできてたまるものですかよ」


 ベンジャータウンは地理的にアズマの国に近い。ゆえに、その周辺で起きた出来事も自然と流れてくる。それも、かなりの高精度で。

 ゆえに、ニアゼムは知っていた。そして悟ったのだ。根本的な解決を望んではいけないと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 宝石蟲狩りなど、……ただの慰め。そう割り切っていた。


「……そう簡単にやれたら、誰も苦労しねェ」


 不愉快そうに吐き捨て、二度寝の姿勢を取る。

 だが、ウォーラの話は終わらない。


「……やったのだよ」

「……なにが?」

「先ほど、連絡役の人間がベンジャータウンに事を報せに来た。皇女一行が……宝石蟲の根源を、潰したと!」

「…………あァ……?」

「フジヤマへの攻撃は成功した……! ()()()()()()()()()()()()


 ニアゼムは耳を疑った。聞き間違いか? あるいは幻聴か? 脳が、本能が、心が、ウォーラの言葉を理解することを拒んでいるのがわかる。

 そんなことあるわけがない。あってはならない。あってたまるものかよ。


「――宝石蟲は、じき死滅する!」



 そうして、夢の終わりは訪れた。

 胸の熱が急速に冷めて――もう一度、死んだ気がした。

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