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怪物と少女と世界のおわり

作者: 森下春

 私ひとりでつかうには、世界はあまりにも広すぎる。


 だれかが魔法をかけたのかな。私か世界のどちらかに。


 タブレットの中で、魔法少女が何千回とステッキを振っているのになぜだろう。どちらの魔法も解いてくれない。フリルの付いたかわいいコスチュームを身にまとい、悪をどれだけ成敗しようとも、こっちの世界は変わらない。ただ眠くなるばかり。動画を止めてタブレットをサイドテーブルに置く。ホテルの一室、そのベッドの上で横になった。私の重さ分、ベッドは沈む。ふかふかで、いいにおい。


 近くのデパートから持ちこんだクマさんのぬいぐるみを抱きしめる。私と同じくらいの大きさ。これが一番安心できる。こうしていると、ずっと昔のことを思いだすから。


 私がさびしいと言うと、ママは私の布団に入って私を抱きしめてくれる。頭を撫でてくれる。その肌の体温は、もう思いだせないけれど。


 昼下がりの太陽の光が窓から差しこんでいる。まぶしい。けれどカーテンを閉じて部屋を暗くするのは、さすがに恐い。パパとママがいないと寝つけなかった私も、今では一人で寝れるようになったんだ。まだ、ぬいぐるみが必要だし、部屋は明るくないとだめだけど。


 やがて私は眠りに落ちて、しばらくして目が覚めた。昼下がりの太陽が、私を照らした。この光の温もりは、ずっと変わらずに世界を包む。


 抱きしめていたクマさんのぬいぐるみはいなくなっていた。サイドテーブルに置いたタブレットも。

 寝て起きたら、いつもこうなる。世界はもとどおりになる。クマさんはデパートの商品棚に帰ったし、タブレットは公園のベンチにあった黒いバックパックの中に戻っていった。いつも私だけがとり残される。


 さびしくなんかない。それにはもう慣れたから。


「佐野みく」


 ふと、自分の名前をつぶやいた。忘れそうになったから。人と喋らなくなると、こんなにも名前は意味のないものになる。パパやママの名前をつぶやいてみる。大丈夫。忘れていない。次に友達の名前をかたっぱしから口にする。胸がチクッとして、キュッとしたから、途中でやめた。


「今日はなにをしようかな!」


 意識的に言葉を出さないと、喋ることがないから、独り言をおおくする。


 部屋を出て、エレベーターに向かう。腕を真上に伸ばして一階のボタンを押すと、ボタンは光り、エレベーターは動きだす。7に点灯していた光が6、5、4……と移っていく。変化するものをみるとほっとする。この世界は一応動いているんだって思えるから。私の髪も、爪も、身長も全く伸びなくなった不思議なこんな世界でも、変わらずに動いてくれるものがある。それだけが、私の精神安定剤だった。


 ホテルを出ると、無音の街が広がった。人も、動物も、虫も、全ての動く生き物が、みんないない。それらを無くすと、世界からこんなにも音は消えるんだ。残ったものは、たまに吹く風の音だけ。


 この世界で私はひとりぼっち。でも、さびしくなんかない。


 もちろん最初はさびしかった。ある日、昼寝から目覚めるとパパもママもいなくて、世界がこんなことになったと知ったとき、私は三日三晩泣きつづけた。太陽がずっと動かなくなったこんな世界で、正確な時間なんて分からないけど、たぶんそれくらい。もしかしたらそれ以上の長い時間。やがて涙が枯れて、少しずつ泣かないですむようになった。それでも時々、ふとしたときに突然、悲しくなって、胸が苦しくなって、パパとママのことを思い出して、友達のことを思い出して、しばらく泣きくずれることがあった。それももう、今はなくなった。私は、襲いくるさびしさに打ち勝つことができた。だからもう、さびしくなんかない。


 少し歩いて、デパートに到着した。中に入ると、音は甦る。空調の音。陽気なミュージック。人が消えてしばらく経った世界でも、それらは働き続ける。コンビニの扉は開くし、蛇口をひねれば水が出るし、お湯も出る。それって、なにかおかしな気がするけれど、考えることはとっくの昔にやめてしまった。


 きっとこれは、そういう魔法なんだ。悪いやつがかけた魔法。魔法少女がそいつをやっつけてくれるまで、解けない魔法。


 エスカレーターを上がり、奥の角を曲がるとぬいぐるみショップがあらわれる。私が眠っているあいだにお家に帰ったシャイなクマさんは、いつも決まってここにいる。


「迎えにきたよ! クーちゃん!」


 このクマさんは最近の私のお気に入りなんだ。ピンク色のほっぺたと、ピンク色のリボンがとてもかわいい。私が次寝た後も、このクマさんはここに戻ってくるだろうから、そのときもまた、私は迎えにくるんだ。


 クマさんの背中に腕を回して抱きかかえると、一気に視界が悪くなる。見えない足元に気をつけながら、エスカレーターをくだり出口を目指すと、途中で、おいしそうなケーキ屋さんが目に入った。ショーケースの中にあるのは、ホイップクリームで着飾ったシフォンケーキ。タルト生地を埋め尽くすフルーツの山。ツヤツヤの光沢を放つパイ生地。


 ごくん。私は二回つばを飲みこんだ。私とクマさんのぶん。


「ごはんの時間にしよう!」


 私はケーキ屋さんに入り、ソファ席にクマさんを座らせると、ダッシュでショーケースの裏側にかける。好きなだけとって、好き勝手テーブルに並べた。手の置き場すらないくらいに、ケーキがテーブルを埋め尽くす。

 パパが見たら笑うだろうな。ママが見たら怒るだろうな。て考えて、心臓がキュッとする。私はクマさんを見る。


「クーちゃん! どれから食べようか!」


 クマさんは答えない。きっと苺タルトと言っている。そうにちがいない。


 あたりまえだけど、ケーキはどれもおいしかった。食べきれないかもと思っていたけれど、濃縮された甘味はストンと簡単に胃袋に落ちていった。


 私は使ったお皿とフォークをまとめて抱え、厨房に入っていく。借りたものはちゃんと返さないといけない。物も気持ちも。パパに教わった大事なこと。私は椅子を運んできて、手洗い場の前に置いた。椅子にのっかり、お皿を洗う。水をしっかり切って、もとの場所に戻した。


 こんなことしなくても、寝て起きれば全てのものが元にもどるってことは分かってる。お皿もフォークも、私のお腹に入ったケーキも全て。でも、私がそうしたいんだ。できる限りはパパの教えを守りたい。いい子にしていれば、魔法がとけるかもしれないし。


 私はケーキ屋さんをあとにして、デパートを出た。昼下がりの太陽が目にまぶしい。音の無い街は、私の足音がよくひびく。


 私は歌を口ずさんだ。魔法少女のアニメの主題歌を。どんなにへたっぴに歌っても、だれも私をからかわない。どんなに大きな声で歌っても、ママの鼻歌が重ならない。私の歌声は、なににもかきけされることなく、空にのぼっていく。


 たくさん歩いたから、ちょっと休憩。


 公園のベンチにクマさんを置いて、私はブランコにお尻をのせた。ひざを曲げて、伸ばして、宙を蹴ったエネルギーをブランコに伝える。すると、ゆらゆらとブランコは動きだす。私は一人でブランコをこげるようになった。パパが背中を押してくれなくても。


「あのねクーちゃん」


 クマさんはベンチから真っ直ぐに私を見つめ、見守っている。


「私ね。昔は一人だとブランコのれなかったんだよ。でもみてよ! いまはこのとおり! たくさん練習したんだよ。他にもね、縄跳びも練習したの。あやとびって知ってる? 手をね、なんか、ばってんみたいにして飛ぶの。難しいんだけどね。それもできるようになったんだよ。それとね、絵ももっと上手にかけるようになったし、ピアノもちょっとだけ弾けるようになったかも。歌はね、いま練習中なの。あとねあとね――」


 ひとりの思いでが増えていく。その度に、パパやママ、友達、誰かとの思いではどんどんと奥にしまわれていく。


 ブランコがゆれる音は、鉄がきしむかん高い音。なにかの悲鳴みたいな悲しい音。昔はこんな音だったっけ?


 私はブランコから降りて、クマさんのもとに歩いた。


「次はどこに泊まろうか!」


 私はクマさんを抱きかかえて公園を出た。この辺にはホテルがいっぱいあるから、毎回ちがう場所に泊まることにしている。こんな毎日だと、同じ場所でずっと過ごすのは飽き飽きしちゃう。いつのまにか、自分の家から遠く離れた私は小さな旅人。


 大きな十字路。信号が赤だったからちゃんと止まった。


 なんだろう? あれ。


 十字路の中央に青いぶち模様のついた白い球がある。卵の形のようなものか、卵そのものか。

 信号が青に変わったから、横断歩道をわたる。


 なんだろう。


 卵のような何かから、目が離せない。それはほんのまばたき程度だけ、少し動いた。気がした。


 うごいた!


 私は横断歩道の真ん中で立ち止まった。信号の青が点滅して、やがて赤になる。私は卵の方にむかって近づいた。近づいてみると、それはやっぱり卵にしか見えなかった。その大きさにまずは驚く。私が両手を使ってようやく抱えきれそうなほどの大きさだった。


 またうごいた!


 それはきっと、なにかの生命の証拠。こんな世界になって初めて出会った私以外の誰かに、私の心はときめいた。


「どうしよう」


 あたりをぐるっと一周見渡して、見えるところにホテルがないかを探した。


「あそこ!」


 ホテルはなかったけれど、大きな家具屋さんがある。まずはクマさんを連れて家具屋さんに入る。ベッドコーナーの一番手前のベッドにクマさんを寝かせた。


「ここでまっててね。クーちゃん」


 ダッシュでさっきの十字路に戻る。大きな卵を両手で抱えた。思ったよりも軽い。転んでわったら大変だから、慎重に運ぶ。家具屋さんのベッドコーナーに向かい、クマさんのとなりにそっと置いた。


 なんの卵だろう。気になる。


 私は家具屋さんの中を歩き周り、床に転がるバックを手当たり次第にあさった。あった。ズボラさんのスマホ。パスワードがかかっていない。


「お借りします」


 それだけ言い残して、クマさんと卵のもとへと戻った。


 私はベッドで横になってスマホをいじる。スマホの保護シートに大きなヒビがはいっている。ホーム画面の日付も、バッテリーの残量も、あの日から変わらない数字が表示される。


 どれだけ調べても、私の知りたいことはでてこなかった。分かったことはうずらの卵に模様があるってことと、ダチョウの卵はでかいってこと。でも、うずらの卵は黒ぶち模様だけど、私の知りたい卵は青ぶち模様。ダチョウの卵は大きいけれど、私の知りたい卵はもうひとまわり大きい。結局なにも分からなかった。


 調べているうちに眠くなって、私はクマさんを抱きしめる。今日は逃がさないと思いながらつよく。


 寝て起きたときには、すべてがもとどおりになる。いつもそうだ。あんなにつよく抱きしめていたクマさんはいなくなっている。スマホも消えている。


「あ……」


 けれど、卵はそこにある。もとの場所にもどっていない。私は眠い目をこすって卵をみつめた。たしかに卵はそこにあると確かめた。なんだかわからないけれど、胸がジンとして、泣きたい気持ちになった。ひさしぶりに。


 それから、私は図書館に一番近いホテルに卵を移して、図書館に入り浸るようになった。


 卵について調べるために、図書館で本を読み、眠くなったらホテルにもどり、クマさんのぬいぐるみのかわりに卵を抱いて眠る。そんな生活をしばらくつづけた。


 どれだけいろんな本を読んでも、私の知りたい卵についてのことは書かれていない。どんどんと難しそうな本に手を伸ばしていく。難しい漢字がたくさん使われていて、頭がくらくらしちゃうような本を開いても、あの卵のことについては書かれてなさそうだった。あの卵は未知のものなんじゃないかと思わずにいられない。そんなものがあったとしても不思議じゃない。だって、この世界は魔法にかけられているから。


 結局、卵のことについてはなにも分からないまま、とうとつにそのときはやってきた。


 なにかの物音で、私は目覚める。私はベッドで上体を起こして、周りを見わたして音のでどころをさがした。もう一度、音がする。なにか硬いものを蹴やぶろうとしているような。そんな音。それは私の抱えている卵の中からだった。音の余韻を残しつつ、卵は小さくふるえている。


 私は卵をベッドに優しくおいた。


 また音が鳴る。


 卵に大きなヒビがはいった。


 私は手で口元をおおい、固唾をのんで、なりゆきを見守る。


 ヒビは次第にひろがっていく。


 パキッと殻が破れる音。生命が世界に顔をだす音。世界が生命を迎えいれる音。全部が同じ音になって、ベッドの上で、鳴った。


 真っ二つに割れた卵から現れたのは、見たこともない生き物だった。四本足。ふさふさの青白い毛。つぶらな二つの瞳。犬みたいな長い鼻。頭に生えた一本の白い角。


 その小さく不思議な生き物は、世界に生まれおちたと同時にキャンキャンと産声をあげた。私はその不思議な生き物を胸に抱き抱えた。そうしてあげるべき、そんな気がしたから。


「あたたかい……」


 心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。命の温もりを肌に感じた。

 そうだった。やっと思いだせた。ママの体温も、これくらいあたたかかった。


 気づけば私は、ボロボロと涙をながしていた。


 さびしくないなんて自分に言い聞かせて、強がって。そんなの嘘だった。私はずっとずっと……。


 さびしかったんだ。


 私はわんわんと泣きわめいた。ホテルの一室。小さな部屋に、二つ分の命の声がひびきつづけた。

もしかしたら続き書くかもしれません。

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