バッドエンドと最初の日曜
小さい頃に観た特撮ヒーローは強くて、かっこ良かった。そんな姿に憧れて、俺もいつか大切なものを守れるくらい強くなりたいってそう思っていた。ただ、現実は違った。絶望に立ち向かったヒーローはどうしてそんなことができたのだろう。絶望を前にして俺の足は竦み、体は硬直して、頭の中は真っ白になった。
守りたかったものは守れず、これまでの全てが無駄になった。
彼女を殺した敵はニタニタと笑いながら「どんな気分?」と言った。
考えられる未来の中でも一番と言っていいほど最悪の状況。
でも、死ぬことが救いになることはなかった。
……彼女の笑顔がその記憶が俺に死ぬなと叫び続ける。
俺は立ち上がった。心は壊れている。体も傷だらけで動くたびに激痛に襲われる。
限界だと身体が悲鳴を上げている。
笑う敵を睨みつける。
「楽しかったよ。バイバイ。」
敵によって振り下ろされた刃が俺を貫く。
意識はそこで途切れた……
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液晶画面に映る「「チケットをご用意いたしました。」」という文字を俺は五度見してようやく現実であることを確認した。「よっしゃあああ!」静かな室内に成人男性の声が響き渡った。現在時刻は0時、ハッキリ言って近所迷惑だがそれを気にすることもできないくらい俺は喜んでいた。
応募したライブチケットが当選した。それも楽しみにしていた俺の最推しのライブだ。
ヤバい!マジで神、マジで神。語彙力は全て消し飛んでいる。「ヤバい」と「マジで神」しか話せなくなった成人男性は部屋で心と身体がジャンピングしていた。ヤバいのはお前だ。
しかし、最推しのライブが当選したのだ。この時ばかりは許してほしい。誰だって自分の最推しのライブがあったら心と身体がジャンピングするだろう……いや、しないかもしれない。
まあ、少なくとも俺はジャンピングする側の人間というわけだ。
それなりにジャンピングしたあと俺はコンビニ弁当とビールで宴を開いた。
メニューはいつもと変わらないがいつもよりおいしく感じられた。
喜びのあまり酒を飲み過ぎたため明日は最悪の日になるのだが……まあ、そんなこと、この時の俺は知る由もないだろう。
そんなこんなで当日になった。
当日までの話は必要ないと判断した。なぜかって?起きる、働く、食う、寝る、この四つの単語で大抵片付いてしまうからだ。
朝早くから物販に並んだが結局売り切れで買えない物も多かった。
仕方ない、地方勢の俺では朝早くと言っても限界があるのだ。
人間諦めも大事である……次は前泊しよう。
チケットに書いてある席に座り、開始を待つ。
楽しみすぎて緊張している。ペンライトを握り、準備は万端だ。
開始50分前……ちょっと早すぎたか。
「紅氏、ペンライトの電池は大丈夫でござるか?」
特徴のある話し方をするこいつは俺と同じ学校に通う、友人の田中 王子だ。
体型はふくよかで、ヲタクを想像したときに直ぐに頭に浮かぶような姿をしている。
「今回は大丈夫だ。」
王子の前でペンライトを点けた。
「よかったでござる。前のライブの失敗をもとにペンライト用の単三電池を買っといたでござるからなんかあったら言うでござるよ。」
「あ!あたしのライト点かない。プリン、電池頂戴!」
「亜姫には拙者が来る前に渡した電池があるはずでござるよ。」
「え?そうだっけ?」
「自分でカバンの内ポケットに入れてたでござる。」
「……あ!ほんとだ!さすがプリン!私のことわかってる~。」
呆れる王子をプリンと呼んでいるのは安本亜姫。
王子の幼馴染で昔から王子とはとても仲が良く、このライブに来たのも王子の話で興味を持ったかららしい。
隣で楽しそうに話す二人……大勢の人がいるはずのライブ会場で孤独感に襲われる俺。
なんでだろうな、ライブ前なのに心が冷えてるよ。
冷えていく俺の心とは対照的に二人のアツアツな会話は続く。
「やっぱ、暑いね~、飲み物買ってくればよかったな。」
「水で良ければあるでござるよ。」
「え、いいの?プリンのじゃないの?」
「亜姫のことだからなにも準備してないと思って予備に数本持ってきたから大丈夫でござる。」
「ホント!なら一本貰う。私、汗拭きシート持ってるけど使う?」
「一枚貰うでござる。」
「いいよ~。って、あっ、紅君も使う?」
思い出したかのようにこっちに話を振った亜姫。「ああ、じゃあ、一枚貰うわ。」となにも気づいていないように装いながら会話をする俺。
どうも、三人で来たはずなのにいつの間にかおまけになった切間 紅です。
人の優しさで『 KO 』されたのは人生初だった。おっと、目から汗が……。
そうこうしていると開演前のアナウンスが流れ始めた。
数分後、会場が暗くなる……バッとステージが照らされた。
スポットライトを浴び、ステージに立つのは俺の最推しの「「櫻 瑠璃」」だ。
瑠璃が歌いだす、その瞬間、俺の心が熱くなる。会場もファン熱気で熱くなる。
会場を震わすほどの歓声が起こる。
身が震えるほどの感動がこみ上げてくる。最高だった。目の前の一瞬一瞬をすべて覚えていたい、そう思えた。
しかし、ライブ終盤に不可解なことが起こった。ステージに立つ瑠璃の隣にいつのまにか見知らぬ女性が立っていた。その女性は隣で歌う瑠璃を見て優しく微笑んだ後その女性は消えた。間違いなく人ではないことは理解できた。
ライブ終了後、俺は亜姫と王子にその女性を見たかと尋ねたが「見ていない」と言われてしまった。
幽霊にすら好かれるのか俺の推しは……まぁ、最高に可愛いから仕方ないか。
今でもあの女性の霊の姿が目に焼き付いている。確かに一瞬一瞬を覚えていたいとは思ったがまさか幽霊の記憶も混ざるとは考えてもみなかった。
とは言え、その幽霊も瑠璃推しならば同士であることに変わりはない。今度会ったときは声でもかけてみよう。
そんな、馬鹿げたことを考えながら帰りの電車に揺られる。
実害のない幽霊など自分にとって恐怖の対象にすらならなかった。
本当の恐怖は日曜日の0時にやってくる……
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日曜日の0時……
「ここはどこ?」
さっきまで自室のベットの上で寝転がりながらスマホを見ていたはずの私はいつの間にか見知らぬ場所にいた。
周りを見渡すと廃墟となったビル群やひび割れた道路、燃え上がる車体などが目に入った。
まるで世界の終わりを見ているかのようだった。
「だ、誰か、いませんか?」
とりあえず、人を探す。まだ、夢という可能性が……
「痛い!」アスファルトのひび割れに引っかかってしまい転んでしまった。
普通に痛かった……夢ではなかった。
擦りむいた膝を抑え座り込んでいると遠くに人影が見えた。
私は大きな声でその人を呼びながら手を振る。すると、気が付いたのかこちらに近づいてきてくれた。
よかった、人がいた。そう思い安堵したのも束の間、近づいてくる人の姿がおかしいことに気づいた。
呼ぶとき遠くてよく見えなかったから気が付かなかったが今まで影かと思っていた黒色はどんなに灯りに照らされても黒色のままだった。
ある距離まで近づいたところでその人の顔が見えて恐怖で呼吸が一瞬止まった。
その人の姿をした何かには顔がなかった……
私はあわてて逃げようとするが腰が抜けてしまって立ち上がることすらできなかった。
黒色の怪物は私をめがけて走り出した。近づいてくるそいつに私は藁にも縋る思いで近くにあった石を掴み投げた。しかし、怪物には当たらず。絶体絶命の状況だった。
私は絶望し目を閉じて祈った。
「誰か、助けて。」
「あれ?なんでここに俺以外の人がいるんだ?……って、え!?る、瑠璃さん!?」
私は人の声にはっとなって顔を上げる。そこには黒い怪物の姿はなく、蹲る私のことを驚いた表情で見つめるヒーローの姿があった。
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