契約結婚しましたが、幸せに暮らしています。
「俺には愛する人がいる」
この部屋の中にいるのは、バンゲダー公爵家の跡取りであるブライシー・バンゲダーとその結婚相手として定められた辺境伯の娘デーリーカ・クマイスである。
ブライシーは、金色の髪と赤い瞳を持つ美形である。顔立ちは整っていて、冷徹だと噂だ。
デーリーカは、茶色の髪と、水色の瞳を持つ美女である。まるで彫刻のような美しさを持ち、見る者を惑わすと言われている。
さて、この度、公爵家と辺境伯は政略結婚を結ぶことになった。本人達の意志は関係なしに結ばれたものである。
そして初顔合わせ後に、ブライシーが告げた言葉が、愛する人がいるという言葉だった。
ブライシーにとって、デーリーカと結婚することは不本意であった。そして例え本人の意志に関係なしに無理やり結ばされた婚姻の先に、お前を愛することはないという意思表示である。
ブライシーはその言葉にデーリーカが泣き出すか、怒り出すと思っていた。
しかしである。
彼女は良い笑顔を浮かべていた。
そして、彼女は言い切った。
「奇遇ですね。私にも愛する方がいます」
その言葉に唖然とするブライシーに、デーリーカは続けた。
「私とブライシー様の結婚は、政治的に決められてしまった覆せないものです。なので、結婚はしましょう」
「……それで?」
「しかし、あくまで契約です。私は貴方がその愛する人のみを愛すというのならばそれでもいいです。重要なのは私たちが結婚したという事実です。貴方がその愛する人のみ愛するのならば、私は私の愛する方のみを愛します。それで問題ありますか?」
「……ないな。しかし、それで上手くいくのか?」
「上手くいくかではなく、上手くいかせるのです。幸いにも当事者である私たちの意見は一致しています。私たちにとってこの関係はあくまで不本意な結婚です。私は貴方と恋仲になることも、子をなすことも望んでません。だからこそ、ルールを定めましょう」
扇子を片手に笑顔で告げるデーリーカ。
ブライシーが今まで出会ってきた女は、大抵がブライシーの顔に見惚れるが、デーリーカは全く興味がないようだ。そして同じようにデーリーカの美貌に、ブライシーは興味を持たなかった。
そして二人の間で、次々と契約結婚に関する決め事を決めていく。
一つ、あくまでこの結婚は契約のため身体の関係は持たない。もし互いに恋愛感情を抱いた場合は要相談。
一つ、契約結婚であるが世間体があるため、公の場では仲が良い夫婦を演じる。また契約結婚とはいえ、良好な関係を築く努力をする。
一つ、ブライシーと彼女の間で子供が出来た場合は、その者をデーリーカの子として跡取りとして育てる。
一つ、デーリーカと彼の間で子供が出来た場合は、彼の子供として屋敷内で育てる。
……そういった取り決めを淡々と二人で決めていった。
ブライシーと彼女の子を跡取りとするでいいのか、という問いにデーリーカは彼の子供を産めるのならば彼の子供として育てたい、そして彼の子供を産める可能性があるだけでも幸せだと口にした。
ちなみにその場で決めた取り決めのため、後から内容を変えることも出来るようにしてある。
そしてそれを魔法で縛った。
*
さて、そんな会話から数年後、バンゲダー公爵夫妻は大変仲睦まじいと噂である。
一人息子に恵まれ、政略結婚にも関わらず理想の夫婦だと。
「ブライシー、お疲れ様」
「ああ」
実際の所、ブライシーとデーリーカは仲が悪いわけではない。寧ろ仲が良いが、それは恋愛感情ではない。あくまで二人の関係は、結婚式の場でしか誓いのキスをしなかったぐらいのすがすがしいほどの親友関係に至っていた。
男と女で親友関係などあるのか? と思われそうだが、この二人、大変似た者同士だった。親友としては見れるけど、異性として愛する気にはならないというのがこの二人の関係である。
「契約時には将来的に好きになったりするのかしらって思ったけれど、全くそういうのないわね。私にはやっぱりガリオーラが一番だわ」
「俺もフレジータが一番だ。今日もフレジータはとても可愛かった。フェレンと一緒に庭で遊んでいたフレジータは可愛く、まるで花の妖精のようだった」
「フレジータは可愛いわよねぇ。私のガリオーラもとってもかっこいいわよ。可愛いイデマを肩車していてね、はぁ、なんて幸せな光景かしらと思ったのよ!!」
この二人、大体二人で話している時は互いの恋人と子供の惚気しか話していなかった。
色気も何もない、ただの似た者同士の友人のような会話である。この二人、互いに恋愛感情は全くなかった。
フェレンとはバンゲダー公爵家の跡取り息子で、ブライシーの恋人である侍女のフレジータが産んだ子供である。
イデマはバンゲダー公爵家の執事でありデーリーカの恋人であるガリオーラの娘だ。産んだのはデーリーカである。
ちなみにフレジータとガリオーラは最初にこのことを告げられた時にそんな契約結婚に青ざめていたが、ブライシーとデーリーカに押し切られたのと何だかんだブライシーとデーリーカを好いていたのもあり、今の形になっている。
理想の夫婦と言われているが実態はこんなものであった。
二人でひとしきり惚気あったあと、互いに目を合わせてブライシーとデーリーカは笑った。
「貴方と契約結婚して良かった。私は幸せですわ」
「ああ。俺も契約結婚の相手がデーリーカで良かったよ」
「これからも末永く友人としてよろしくお願いしますね。ブライシー」
「ああ。友人としてよろしくな。デーリーカ」
公爵夫妻は、今日も幸せそうに笑っている。
なんとなく思いついて書いてみようかなと書いてみたものです。
契約結婚後、溺愛もいいと思いますが、こういう風に本当に契約結婚して互いに友人関係なのもアリかなと思ってさらっと書いたものです。