従者、家令の勢いに飲まれる
夜も少し過ぎた時間は屋敷の中でも使用人の数か減り、様々な生活音が無くなり静寂が広がる時間。
足音を忍ばせ、目の前にある重厚な飴色の扉をノックする為に左手を握り締めると同時に下腹に力を入れると鈍い痛みが走った。
痛みの狂言である雪玉と投げた人物を思い出し身を震わすも、覚悟を決め自分の存在を知らせるノックを2回すると、入室許可が出たので扉を開け身を滑らす様に入った。
「遅かったな」
数時間前まで聞いていた柔和な態度とは一変し、淡々とし、書き物から視線を上げない態度に体の中にため息を落とし、接待用に置かれているソファに腰を下ろす。
「これでも早い方かと思うけど」
普段よりディラン様とエスメ様の就寝が早いので遅いと言う表現に言葉を返すも、
「扉の前に立ち、ノックをするまでにどれだけ時間をかけているんだ」
先程と同様に書き物から視線を動かさずに告げられた言葉に、苦笑し
「それは、申し訳ありません」
扉の前から気配を感じる事に驚きを隠しながらも詫びを入れれば、
「まぁいい。それで、お二人はどうだ?」
視線が動かないままの言葉に
「お疲れの色は濃く出ておりましたが、現状はお変わりありません。明日、要確認といった所です」
寒さの中、休憩も入れ体温にも気を付け、雪合戦を終えてからは直ぐに湯浴みと暖かなハーブティを飲んでいただいがお2人共未体験の雪遊び。
体調を崩す事も考慮して使用人は動いている。
勿論、個人の考えもある中、統制を取っている爺様の指示もある。
自領に来て初めて会った爺様は両親から聞いていた以上に家令として存在が大きかった。
のち、この爺様の跡を継ぐのかと思うと気が重くもなったが、
爺様が仕えるは大旦那様
自分が仕えるのはディラン様
仕える人物か変われば屋敷の雰囲気も変わる。
大丈夫だ。まだ時間はある。
爺様に近づくには勉強をし知識を蓄え、経験を積んでいくしかない。
毎日、爺様の動きを見ては気付かされる事が多く落ち込む前に習得するのに必死で心が追い付いていないのもある。
それでも
「落ち込んでも泣いても良い。学ぶ事を止めなければ大丈夫」
幼い頃にエスメ様の付きのメイドであるマルチダさんからの言葉を思い出し止める事も不貞腐れる事もなく続けられている。
ぼんやりと昔の事に思いを馳せていると書き物が終わったのか、対面に置かれているソファに腰掛け
「王都にいる息子からの手紙であったが、エスメ様は本当に純真であられる」
今日の出来事の事を言っているのだろうと推測し頷き返すと
「生きる宝石は楽しい事や嬉しい事をおこなっていると一層輝き魅入られるな」
歓喜の息を落とし告げられた言葉に頷き返すも
1番はディラン様と一緒に居る時だけどな。
心の中で反論しつつ、生きる宝石と例えたエスメ様の瞳を改めて思い出す。
エスメ様の瞳はエスメ様にか無い色を持っている。
本来なら瞳の色は一族が持つ茶色の瞳だがエスメ様は
上部には大奥様と同じ水色
下部には一族の色である茶色
上下色の違う瞳をしているのだ。
赤子の頃は分からなかったが、首か座り、腰がしっかりしてきた頃から瞳の色に変化が出始め、
ディラン様はお生まれになった頃に変化が止まり、今の色になった。
初めて見た時に空と大地を持つ瞳だと思い、エスメ様の感情によって輝きや色みに変化があるので、使用人達は良く魅入られる。
王家もこの瞳を持つから手を出さなかったと勝手に思っている。
エスメ様は全てが規格外だ。
そしてそれを普通だと受け止めているディラン様もまた規格外なのだ。
いや、ディラン様は仕方がない。
お生まれになったその時からエスメ様が姉としており、ご両親よりも愛情を注がれてきている為、普通と称される基準が解らない。
ディラン様の教育で1番苦労をしている所でもある。
何度、心の中でマルチダさんに助けを求め、実際にも助けて貰った事か。
感謝しても仕切れない。
今度、お礼に何か送ろう。
予定として頭に刻んでいると、
「マルチダ女史は聞いた通り優秀のようだ」
まるで心を読んだかの言葉に驚きの表情を見せると、
「お前は分かり易いからな」
片方の口端を上げにやりと笑う姿に恐怖を感じるも
「幼い頃から勉強にマナーなど教えて貰ったからな。感謝いても仕切れないさ」
懐かしさに表情を綻ばせながら返せば、
「侯爵家の三女。学園でも成績は上位に近く立ち振る舞いも問題は無いく。とある公爵家の後妻となるが数年で夫を亡くし肩身の狭い状態だったと報告を受けている」
間違いがないとと言うてくる爺様に頷き、
「エスメ様がお生まれになり王家からの打診で侍女として仕え、今も王都の屋敷でエスメ様の帰りを待ちながら、奥様付きの侍女として働いてくれている」
後に突く言葉を返す。
そう、マルチダさんは王家から打診されて来た。
それなのにエスメ様の魔力対応に追われ手が足らないからと、駆り出されていた自分にも分け隔てなく教育を施してくれた。
優しく凛としたマルチダさんを尊敬している。
「王家からと報告を受けた時はどうなるかと気を揉んだが、お前を見ていると良い方なのだろう」
爺様の言葉の意味に気づくも、
「そんな気配は全くなかった」
手を下すなら眼達だ。
常に監視に置かれているエスメ様だが箒に乗る事で監視が追いつかない状態に王家は手の打ちようが無く頭を抱えているかもしれないと思うと胸がすく思いでもある。
勿論、絶対に表には出さない。
「用心に越した事はない。さて、お前に聞きたいことがある」
目尻を上げ眼光を強めた爺様の言葉に背筋を伸ばし、表情を引き締め頷くと
「お前、エスメ様と適切な距離を取っているんだろうな」
どんな重大な事を聞かれるのかと思ったが、的外れも良い言葉に拍子抜けすると
「あれは適切な距離ではないぞ」
使用人としては基本な事ではあるが、どうも個人的感情が多く含まれている言葉に
「まぁ、生まれた事から一緒だからか、兄の様に慕って貰っているけどやましい気持ちはありません」
一応、本当に一応、使用人の言葉で返すも
「エスメ様が自らお入れになった紅茶をディラン様の横に座るいただいたそうだな」
どう考えても嫉妬が含まれている言葉に、
「エスメ様のご希望を主人であるディラン様が許可を出し座ったまでです」
爺様のいきなりの感情に引きながら答えると、
「旦那様がお前に嫉妬した話も聞いているぞ」
「あの時はそうするしかなかったので、適切な判断だと思っております」
「王都ではディラン様の前にエスメ様と空を飛んだそうだな」
「安全面を考慮した判断です」
「エスメ様が大変嬉しそうにしていた報告を受けている」
「自分から提案しましたので」
そうしなければ、安全かどうか判断できない状況でディラン様が当たり前に乗りそうだったのだ。
従者として正しい判断をした事で嫉妬される筋合いは無い。
熱が上がっていく爺様とは反対に冷静に返事を返す。
「火傷を光魔法で治療された際、お前の手の甲にエスメ様の唇が触れたそうだな」
唸る様な声で告げられた言葉に、納得ができ
「思いも寄らぬ急な事でもあり、エスメ様のお心を配慮しての事です」
無意識に左手甲を撫ぜる。
「やましい気持ちは一切ないと断言できるか?」
奥歯を噛み締めながらの言葉に苦笑し
「俺はディラン様の従者だ。エスメ様には一切やましい感情は持っていない」
宣言をするように告げるも、納得はできないようだが
「その言葉信じるぞ」
無理矢理納得した感情をそのままに告げられた言葉に呆れながら
「爺様がエスメ様にそんなに入れ込むなんて、どうしたんだよ?」
疑問を口に出せば、
「貴族社会は家族は勿論の事、屋敷の中でも身分相当の立ち位置がある。だがな、エスメ様のように身分、立場関係なく1人の人間として見て接してくれる人間は稀だ」
エスメ様を思い出しているのか先程とは打って変わって優しい表情と態度で告げられた言葉に納得をしていると
「そんな人物に会え、分け隔てなく笑顔で接してくれる」
こんな嬉しい事はない。
ポツリと零された言葉に、そうなのだろうかと思うと
「お前は、エスメ様と常にご一緒だから解らないだろうがな。ああいう態度は我々も貴族の方々、時に上位貴族の方はとっくに弱い」
いい例が辺境伯だな。
その言葉に理解はできないものの頷くと、
「勿論、ディラン様もエスメ様と同じ位置に居るぞ」
にゃりと笑い
「お前は苦労するだろうな」
その一言に首を傾げた。




