従者の心は一喜一憂で休まらない
数時間前まで外に居た事を配慮し事前に準備をした湯船に使っていただい、湯冷めを防ぐ為にソファを暖炉の前に移動させ、準備したハーブティーを自分の主人であるディラン様と姉であるエスメ様に手渡す。
「ありがとう」
1つ1つの行動に微笑みながら礼を言葉をくれるお2人はいつも心を穏やかな気持ちにしてくれる。
お2人仲良く並び肩を寄せ合い、
「今日は楽しかったわね」
雪合戦を思い出しているのか小さく笑いながらの言葉に早朝の事を思い出すと、苦笑が漏れた。
不意に聞こえて予定外のノックの音と共に現れたのは、今まで見た事の無い目尻を上げた挑む表情に思わず息を飲み、戸惑いと困惑を思わず表に出してしまい対応が遅れを見せると、
「取り成しを」
聞いた事のない低く固い声に我に返りディラン様へと繋ぎをつけたものの、ディラン様も驚きと戸惑いに困惑と様々な感情と、エスメ様の態度への原因を考えが巡ったのか呆然としている中
「貴方に決闘を申し込むわ」
この一言に心臓が止まる程の衝撃を受けた。
普段から笑顔を絶やさず、楽しい事や喜んで貰える事が大好きなエスメ様から想像もできなかった言葉だったのだ。
同じくディラン様も一緒だった様で目を大きく開け驚きの表情を見せた。
心中如何程ばかりか。
数日前にディラン様のお心が乱れた際もエスメ様の愛情深い対応とお言葉で落ち着かれたというのに、
これは一体どういう事なのか。
何より、決闘をすると言う事は大旦那様と大奥様の許可も必要で事前準備も行わなければならない。
それなのに、今の今まで使用人の誰1人そんな素振りを見せなかった。
エスメ様の突発的発案だろうか?
それにしては衣装から髪型にメイクと整い過ぎている。
手渡された手紙を読んだディラン様は長い息を吐き出し、それでも落ち着かず不安の色を湛えた瞳で
「フレディ、決闘の準備を頼む」
隠し様なのい程の戸惑いに震えた声で声をかけられ頷き
「服装はいかがなさいましょうか?」
できるだけゆっくりと穏やかに聞こえるように意識をしといかけると
「そうだな」
返事が返るも、考え込んでしまい言葉が途切れてまう。
誰だって大好きな姉と決闘などしたくはない。
だが、本人から申し込まれ、受けて立つと返事をした以上は心を決めなければならない。
「姉様と同じ服を」
ぽつりと零された言葉に、言いようの無い寂しさを感じ取り胸が締め付けられる。
ディラン様を深い愛情で包み込んでいるエスメ様の事。
何か考えがあっての事だと信じたい。
「承りました。用意して参ります」
従者の礼を取り、ディラン様の私室を出て衣装室へと向かう。
心が乱れている時に1人になると不安や恐怖が膨れ上がる。
見苦しくない程の早足で衣装部屋に入り、指定された乗馬服を手に取り再び足早に戻った。
「こちらでお間違えありませんか?」
手に持っていた乗馬服をお見せすれば頷き
「ありがとう」
力なく微笑みながらも礼を告げてくれる。
ディラン様が誕生されてからエスメ様と共に近くで見てたが、初めて見る表情に心苦しく思うも、
「お時間までまだ空きがございます。紅茶でもいかがですか?」
少しでもお心を癒す事ができればと思い提案するも逆に気を使わせてしまい不甲斐なさと己の力量の無さに落胆していると、
「僕は、姉様に嫌われてしまったのだろうか」
紅茶の入ったカップを見つめたまま零された言葉に
「決してその様なことはございません」
膝を折り、極力視線を合わせる様に体を動かし返事を返せば、ディラン様のお顔がゆっくりと動き目を合わせて下さったので、
「エスメ様の事です、私達には思い付かない様な何かを計画なさったのでは無いかと私は思っております」
あの、エスメ様がディラン様を嫌うなんて事はあり得ない。
だが、エスメ様の愛情がディラン様の中では標準であり普通となっている。
その基準値を初めて下回ったのだ不安に思い、嫌われてしまったという考えに行き着くもの分からなくは無い。
宣言された時間が近ずくにつれ顔色を悪くするディラン様は必死に心を奮い立たせ、不安と嫌われたと言う考えと戦いながら、縋るように乗馬服に袖を通し上着を撫ぜる。
大奥様の風習とエスメ様の為だと押し切り作ったお揃いの洋服が、こんなことで役に立つとは思いもしなかった。
「行こうか」
お心整えたのか、背筋を伸ばし指定された場所へ歩く小さな背中を見つめ
エスメ様、信じていますからね。
心の中で祈る様に何度も繰り返し裏庭の練習場へ着けば、見た事のない光景に唖然としていれば背後から聞こえる複数人の雪を踏み締める足音に
「寒いのに来てくれてありがとう」
普段と変わらない見慣れた笑顔と声にやはりと安堵の息を溢すも、何かに気づいた様な表情の後、1歩後ろへ下がりながら表情を引き締め。
「ここであったが100年目、覚悟しなさい!」
胸を張り自信満々に告げられた言葉に、エスメ様らしいと思い見つめると、
「先程お会いしましたよね?」
ディラン様の普段と同じく冷静な言葉にの返しが入り、ディラン様も安心されたのだと確信する事ができ安心できた。
それからは何時もの様にエスメ様の発案にディラン様と一緒に振り回され、楽しくも面白い思い出ができた。
「僕は、姉様に嫌われてしまったのかと思いました」
給仕をしながらも思い出に心を馳せていれば、聞こえてきたディラン様の言葉にエスメ様は驚きの表情の後、すぐさまディラン様を抱き込み、
「私がディランを嫌いになる事なんて、絶対に、無いわ」
思いを伝える様に丁寧でゆっくり告げられた言葉にディラン様は反応を見せずにいると、
「この世の中、絶対なんて事は無いに等しいと思っているけど、でもね、この絶対だけは確信と自信を持って言えるわ」
少しディラン様から体を離し、互いに額を合わせると
「何があっても、どんな事があって、私はディランを、絶対、嫌いにならない」
一言一言区切り、告げられた言葉にディラン様が体を動かしエスメ様に抱き着くと、
「分かっております。ですが、今日の事は不安になり悲しくもなりました。もうこんな思いをするのは嫌です」
少し震え弱った声にエスメ様はディラン様の背中に腕を回し、
「ごめんさない。調子に乗りすぎました」
謝罪の言葉を口にすると、
「反省をしてください」
普段のように言葉を返すディラン様の照れ隠しを微笑ましく思い、そっと気配を消し壁際に佇む。
エスメ様と言う特殊で稀な姉を持ち、常に冷静に判断し年齢以上のことを求められてきたが、
王都から離れ、同年代の親友もできたからか、少しだが年相応の態度が表に出始めてきた事は良い事だと思う。
御姉弟抱き合いながら、楽しげに話をしている姿は王都の屋敷で見ていた以上に子供らしく、ディラン様へ良い影響が現れてきているのだと思うと嬉しくもある。
暫く話し続けていたものの、今日の決闘に互いに体力と精神力を使ったが為、普段より早いものの眠りにつきそうな姿に、気配を出して近づき、
「ディラン様、エスメ様、そろそろお休みになられては如何ですか?」
休む様に促せば、姉弟同時に頷き
「そうね、フレディの言う通りね。そろそろお暇するわ」
ぼんやりとした声と眠たげに瞬きを繰り返しているエスメ様に手を伸ばすと、
「フレディ、僕もこのまま休む」
エスメ様を送った後は戻ってこなくても良いと言う我が主人に言葉に頷き、
「おやすみなさいませ、ディラン様」
挨拶をすれば、
「おやすみ。今日もありがとう。姉様を頼んだ」
ディラン様は頷きと今日の労りの礼をくださり、主人様の最愛の姉を送るという名誉をいただけた。
「参りましょう。歩けますか?」
眠たさで頭が左右に揺れているエスメ様に声をかけ、体を支え隣であるエスメ様の私室へ送り届けた。
今日も充実した日だった。
そう〆たい所だが、行かねばならない場所を思い浮かべため息を吐いた。
できれば行きたくない。
1分でも1秒でも遅く行きたい。
そう思い足を進めれば着いてしまい、重厚な飴色のドアをノックした。
第94話
肉眼では見えませんが天王星と海王星が見える時期ですね。違う意味でこの2つの星が大好きです。
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ネタバレを含みますが短編に本編終盤の弟ディランの心境と日々を書いております。
お時間ありましたらお読みください。
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