姉、無我夢中になる
1日1日が一瞬で過ぎているのではないかと
思えてしまう程に忙しく、
「エスメ様、少し休憩をとりましょう」
マルチダが淹れてくれた紅茶の香りと声掛けに
意識を考えの渦から引き離すが、
「ごめんなさい。後少し、もう少しで描き
終えるから待って」
羽ペンでは無く暖炉から炭を手に取り、
カップの柄を案を描き出し続け、ああでも無い、
こうでも無いと、独り言を呟きながら10枚近く
描き続けてはいるが納得ができる柄が描けず、
意地になりながら描き続け様とするが
「今、ご自身がどの様な状態なのか見えて
いない時に良い案が浮かぶとは考えられません」
普段聞かないマルチダの強い言葉に、
「でも、今、手を止めると描けなくなりそうで」
止めるのが怖くてポロリと本音を溢すと
「ですが、このまま描き続けても良い案が
浮かぶとは到底思えません」
先程の強い口調から柔らかく優しい声と言葉に、
「でも・・」
口籠もりながらも手を動かし続けていれば、
「休憩をしたからと言って誰もエスメ様を責める
様な者はこの屋敷にはおりません」
炭で真っ黒に汚れ動かし続けていた手を自分
より少し大きな出て包み込まれ、
「クック長から少しでも気分転換になればと、
ミルク煮を預かっております」
その言葉に紙から視線を外しマルチダの視線が
指す方へ顔を向けると甘いミルクの匂いと湯気が
立つスープ皿が見え、先程まで何も感じて
なかったお腹が小さく鳴り
「食べます」
ふらりと椅子から立ち上がり、匂いに誘われ
足取りがおぼつかないながらもソファに座ると、
温かなお手拭きが手渡され、ぼんやりとした意識
の中でのろのろと手を拭くと白かった布が黒く
変わり、次に差し出された新しい手拭きで手に
付いた炭を拭き取りを繰り返し、
「いただきます」
お手拭きの代わりにスプーンを手渡され、
無意識にでた食事の挨拶の後、一口分を掬い
そのまま口へ運ぶと、ほのかに暖かくほんのりと
甘いミルクに意識がはっきりとし出し、
2口目を食べれば、スープの中にパンが入って
いる事に気づき、
「少しでもお腹の足しになれば。と、クック長が
申しておりました」
自分の動きに気が付いたマルチダの言葉に
「クック長に、お礼を手紙を書くので後で
お皿を下げる時に届けて欲しいの」
お願いをすれば
「畏まりました」
小さくなずいてくれ、ゆっくりと噛み締める様に
ミルク粥をいただき、口直しにマルチダが淹れて
くれた紅茶を飲みつつ、手早くクック長へ手紙を
書きあげ、食べ終えた皿を片付ける為に部屋から
出ていくマルチダの背中を見送り、
今まで描いた柄を見れば、どれもできは悪く
「せっかく辺境伯のご厚意でカップの柄を任せて
下さったんだもん。頑張らないと」
体の中にある空気を全て入れ替える様に深呼吸を
したのち、再び椅子に座り炭を手に取り机に向かった。
納得のできる柄を描き、窯のある工房へ送り
大将さんと辺境伯の許可が下り、見本が手に
届いた頃には時折雪がチラつく季節となっていた。




