メイドは心配する
冷たい風が吹き、朝夕は暖炉と火の魔法石が必須になり
間も無く本格的な冬の到来となる頃、
「エスメ様のスープが恋しい」
決してクックが作る朝食が美味しくないという訳ではない。
飾り付けも繊細で味も素材の味を引き立て御当主夫妻に隣領の辺境伯も
お気に入りの食事である。
王都にある別邸にいるクックにも負けない美味しさを誇っていると聞く。
ただ、クックとは逆の素朴な味付けのエスメ様のスープは
ホッとして心落ち着く味で恋しくなってきてしまった。
エスメ様が学園に入学される為に領を出られて1ヶ月過ぎても
屋敷の中は静まり返り、何処か寂しさを醸し出している。
今まで口にしなかった物の使用人の全員が思っており、
クックも時折、エスメ様のレシピで少量の青豆のスープを作っては
味を確認しては首を傾げている姿が見られている。
皆に笑顔で挨拶をしてくれ、時に予想外な事を起こし慌てさせられもした。
ポッリとこぼしてしまったボニーさんの言葉にテアさんと
視線を合わせ苦笑し、
「そうね。お戻りいただいたら作っていただきましょう」
3人の中で最年長である自分が諌め役を買って出たが、本心を言えるならば
私だってエスメ様のスープは恋しいし焼き菓子も恋しいが
それよりもエスメ様の元気なお姿を早くこの目で見たい。
あの楽しくて嬉しくて仕方ないと表しているお声と表情で
また、名前を呼んでいただけたらと思っている。
この屋敷に働く使用人誰しもが思っているし、
領に住む皆がエスメ様の帰りを心から待っている。
ありがたい事に奥様や旦那様よりは回数は少ないものの
エスメ様より手紙が届くこともあり、皆よりかは心に余裕が
ある状態とも言え、
先日届いた1通の手紙には信じ難いことが書かれており
流石にやりすぎではと主犯の数人に腹が立ったものの
エスメ様は平民で相手は下位と言えど貴族。
泣き寝入りする以外無く、
まざまざと現実を見せつけられ背筋が凍った。
距離で助ける事も立場で助ける事もできず、
ただ、遠くからご本人の文面で知るしかできない状況。
国の端にいる私達がこんなに悔しい気持ちを感じたのだ、
すぐ近くにいて、この差を感じているであろう別宅の使用人に
マルチダさんやフレディさんはもっと悔しかっただろうに。
光の魔術を発動させてくれたマリーさんには感謝しかない。
表立って動けないが、何やらイルさんが楽しそうに動いていると
男性の使用人達が話していたから、
私達の思いを汲み取って、何かしら動いてくれていると信じている。
とは言え、自分達3人は王家からエスメ様を見守る様にと密命を受け
派遣されたのだが
すっかり魅了されてしまったなぁ。
情が入りすぎて、勅命ができているか不安になるものの
雇い主である王家からは何も言われないので
気にしないでいる。
出なければ、エスメ様が王都にも戻った際に呼び戻されるか
別邸でメイドとして派遣されるはず。
それが無いという事は、待機の意味もあるが
ミランダ嬢の監視が課せられたと思っていい。
かつては隣国の上位貴族であり殿下の婚約者であり
王家の証である色の髪を持つ。
なんでも平民上がりの少女をいじめたとかで婚約破棄され
ドレス姿のまま領の境にある山中にお付きメイドと共に捨てられ
エスメ様が助けた女性。
以前、吟遊詩人が歌っていた恋の歌や人気の恋愛小説は
ミランダさんを悪役令嬢にしたて歌い書いたそうで、
冷静になれば、ありえない話で
そんな隣国の国を動かす跡取り達は夢物語に浸っており未だ
目を覚さないようで、周辺国からは冷たい視線で見られている。
悪役令嬢に仕立てられたと言え、あんな地盤の危ない国から
1番抜けて来たミランダさんとコナーさんは運が良いのだと思う。
うちの国もそうならないようにしっかりディラン様が
殿下を見張って欲しいし、
早々に殿下に打つかってきた女子生徒は排除して欲しい。
ひどい感情だけど隣国の平民少女とやり方が一緒なのだ。
王家と側近の家の方々には注意して護衛を増やして欲しい。
そして春の祭りでミランダ嬢と同じ髪の色を持った青年。
噂によるとエスメ様と接触しかけたが辺境伯が対応してくれたと
聞いている。
自分の親族にちょっかいをかける時間があるなら、自分の国を
見直す事に時間をかけて欲しい。
決して、エスメ様の平穏で穏やかな生活を乱さないでいただいきた。
もう、ミランダ嬢とコナーさんは領民として登録されており、
エスメ様には必要な友人なのだ。
これは領民が理解しているし、何より一緒に働いているご婦人達が
ミランダ嬢もコナーさんも工房には必要な人だと。
声高らかに言っている。
何かあればご婦人達が黙っていない。
それを治めるのはミランダ嬢ではなくエスメ様の一声なんでしょうけれど。
水面下で動いている隣国は本当に辞めて欲しい。
後、どこぞの商会の跡取り息子。
エスメ様に何かあれば、2つの工房が黙っていない事を理解して欲しい。
スープでエスメ様の事を懐かしく思いっていただけなのに最後の方は
つい愚痴の思考になり、大きなため息を心の中に落とし
アレコレと考えた思考を振り払い、
「恋しい気持ちは分かるけれど、気持ちを切り替え働きましょうか」
まるで自分に言い聞かせる様にボニーさんとテアさん告げ、
食べ終わった食器を片付けるために席から立ち上がった。
まずはエスメ様とディラン様の部屋の換気をしましょうか。
いつお帰りになっても良い様にと掃除のする事に決め、
食堂を後にした。




