祖母、手腕を発揮する
「エスメ」
旦那様の焦りと戸惑いの色を表した声に、
「何が、どうなっているの?」
目の前に見えている現状が受け入れられず、思わず零してしまった言葉に、周りにいる使用人に気づかれぬ様に深呼吸をし、
ゆっくり足を動かしエスメの部屋へ入り、エスメの浮いている水であろう物へ手を伸ばす。
指先にから伝わる、人肌程の暖かさにふよふよと押したら凹み柔らかな触感に眉間に皺を寄せるも、
「エスメ。目を覚ましなさい!」
隣で焦り声を荒げている旦那様の声を聞くと、頭の中にあった戸惑いがなくなり冷静さを取り戻し、
「ハンナ、現状の報告をお願いできるかしら?」
1番最初にエスメの部屋に足を踏み入れたであろうハンナを呼び寄せつつ、
「イル。王都へ報告を纏めますので、体力がある人物と足の速い馬の準備を」
旦那様の斜め後ろでエスメを観察していたイルに告げると、頷きと共に廊下にいた人物へ声をかけて、馬にかける人物の為の食糧や金銭の準備も同時に指示を出しており、
「エスメ!」
止める事なく目を閉じているエスメに声をかけ続けている旦那様の為に自分付きのメイドに飲み物の準備と手紙一式の用意もお願いした。
「旦那様。落ち着いてください」
水であろう表面を叩きエスメを起こそうとしている旦那様に声をかけると、叩いていた手を止め、
「だが、エスメが」
焦りの色を前面に出している旦那様に頷き
「理解しております。ですが、私達には原因も分からなければ対策も分かりません。至急、魔術省に詳しい人物の派遣をお願いするべきだと思いますわ」
少しでも、ほんの少しだけでも何か解決策が見つかればと、心の中で縋る思いで言葉にすれば、
「あ、ああ。そうだな」
冷静さを取り戻したのか、戸惑いながらも頷いてくれ、
「先走ってしまいすまなかった。ありがとう」
エスメから離れ、自分の前に立ち頬を撫ぜながら告げられた言葉に、微笑み
「いいえ、旦那様のお気持ち痛いほど分かりますもの」
学んだ事が何一つ役に立たない事がこんなに歯痒く思いつつ、声を出し続けていた旦那様にソファに座るように促し、用意させた紅茶を勧め、自分も一口飲み、
「旦那様。エスメを覆う水の様なものは魔法だど思うのですが、どうお考えですか?」
視界の端にエスメの姿を捉えつつ、自分の考え告げると
「そうだと思う」
頷きと共に同じ考えだと告げられ、
「本人の意思で発動させたものでしょうか?」
さらに、疑問と言葉にするも首を振られ
「解らない」
肩を落としながらの返事に、頷き返し改めてエスメを視界に入れ解らない事が多い中でも1報として息子夫婦に手紙を書き、イルに任せ、
今日のスケジュールを思い浮かべ、急ぎであるものがあるか思い出すも幸いな事に何もなく、
しばらくエスメの様子を見ても大丈夫だろう。
自分付きの使用人を呼び、予定変更を告げていれば旦那様も同じ様に従者に予定の変更を告げっており、
小さな変化にも気づけるように常にエスメの姿を視界に入れる場所で見守る。
膝をか抱え込み目を閉じている姿は寝ている様にも見えるが、頭の片隅で
もし、白の世界の様に何か異質な事が起こっていなければ良いけれど。
思い浮かぶは、最悪な事で
このままエスメは目を覚まさないのではないかと振り払っても振り払っても頭の片隅で考えてしまう。
冷静でいなければと思う程、焦りが生まれ心を支配し出す。
気づかれぬ様に息を細く長く出すと、
「大丈夫だ」
隣に座っている旦那様が背中を撫ぜてくれながらの言葉に、様々な感情が蠢いたが微笑み返すと
「エスメの事だ。お腹が空いたと目を覚ますだろうさ」
励ましてくれているのだと解る言葉に、なんだかエスメが言いそうだと思い
「では、クックに消化の良い物を作ってもらう様にお願いしなければなりませんね」
旦那様と視線を合わせ告げれば重く澱んでいた気持ちが、軽くなり
「そうだな。その前に我々も朝食を取ろう」
準備を頼む。
部屋で待機をしていた使用人に旦那様が声を掛ければ、待っていたと言わんばかりに手早く準備を整え普段入らないエスメの部屋でのその日は過ごす事となった。
夜は使用人にお願いし見守るもエスメに変化は無く、
次の日も、その次の日も変化が見られない中、
王都にいる息子の嫁であるリリーとディランから手紙が届き、
「居なくなった間は王都の屋敷にいたという」
旦那様からの報告に驚き、手渡された手紙を読めば、
エスメが王都に行った事。
エスメと判断が難しく本人が疑いをぶつけた事。
その後のエスメのとった行動が詳細に書かれており、ルイに手を引かれ帰ってきたエスメの表情に納得がでた。
多感な時期だもの。
本人にも理解できない事が起こり、実の親に娘がどうか疑われ証明を求められ答えられなかった。
エスメの心情はいかばかりか。
間も無く息子夫婦にエスメの現状が書かれた手紙が届く。
あの子達が落ち込む内容なのは間違いない。
会いに来ると意気込んだところで、息子夫婦は王都を仕事で離れられない。
ディランは学園へ入る準備の為、こちらへ来る事はできない。
フレディだけこちらに送ることもできるけれど、あまり王家と高位貴族を刺激したくはない。
本人からの手紙が欲しいところだろうけれど、エスメは水らしき物へ閉じ困ったまま。
悲しくて、寂しくて現実が嫌になったのかも知れないわね。
リリーの手紙を何度も読み返し心の中でため息をついていれば、慌て走っている足音が聞こえ旦那様と共にドアに顔を向けると
慌てたノック音に入室許可を出すと、
「旦那様、奥様。エスメ様が目を覚まされました!」
待ち望んでいた言葉に勢いよく立ち上がり、足早にエスメの部屋へ向かうと、
ソファーに座り、髪を濡らしたままの姿が見え
「エスメ、良かった。本当に良かった」
勢いを落とさないまま旦那様がエスメに抱きしめる姿に、安堵の息を吐き、
「おはよう、エスメ。気分かどうかしら?」
旦那様の行動に驚き固まっていたエスメに声を掛ければしばらく考えた後、
「お腹が空きました」
戸惑う様に告げられた言葉に、
「あらあら。すぐ食べれる果物を用意させるわ」
旦那様が数日前に告げた言葉と同じ言葉返り、微笑ましくなり小さく笑いながら部屋にいたボニーに指示を出し、
「旦那様。そろそろ離し上げてくださいな」
いまだ抱きしめている旦那様を離し、対面でソファに腰を下ろし、美味しそうに果実を食べるエスメを観察しながら、イルから差し出された紅茶を飲み、
全員が一息ついた頃
「エスメ。貴方も理解ができていないと思うのだけれど、話しを聞かせてくれるかしら?」
この数日のできごとへの聞き取りをおこなった。




