【回想】アレク視点②
プルトニアに着いた時には、すでに日暮れだった。
ボロボロのヨレヨレな状態で戻ってきた俺を見て、門番の兵士はすぐに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「す、すぐに王様か宰相様に取り次いで下さい。緊急事態です」
「りょ、了解です。少しここでお待ちください」
門番がすぐに王宮の方に向かって走り出した。
――これで良い。あとは、報告の仕方を間違えなければ……
ただ事じゃない様子の人物が戻ってきたとあって、すぐに王宮の宰相の執務室に通された。
――こういう時の判断は宰相がするという事か。
貴族といえど、あまり自由に王宮内には立ち入れない。そのため、入ってくる情報はどれも噂話程度になりがちである。現王がまだ幼いというのは周知の事実だが、王のいない場で報告を聞くという事は、宰相にはそれだけの権限があるという事だろう。
「今朝、勇者のパーティメンバーとして旅立ったあなたが、どうしたのかしら?」
「はい。報告いたします。ベルトラの村に向かう途中で襲撃にあいました」
「襲撃ですって!?」
「狙いは勇者の命だと言っているのを耳にしました」
「ふむ……」
宰相は少し考え込んでいる。
宰相、オルクス・ヴィン・エストニアス
俺は正直この人が好きではない。というか、怖い。鋭い眼光と堂々とした佇まいは相手に恐怖を感じさせるには充分である。無駄にマッチョで、オネエ口調もあいまって得体のしれない何かを感じる。
「それで、相手は何人だったの?」
「それが、1人です……」
「ひとりですって!? あなた達、護衛兵を含めると7人もいて1人にやられたというの!?」
「い、いえ、1人なんですが、これが化け物のように強くて……。私は最初に不意打ちの魔法攻撃をくらい遠くに吹っ飛ばされてしまいました。幸いにもケガはなかったため、すぐに戻ったのですが、その時にはもう……。近くに、敵の姿もなかったので、この状況を報告すべく戻った次第です」
「なるほど。あなた以外は全滅ってことね? 決して、敵前逃亡ではないと」
「はい。その通りです」
オルクスが俺の目をジッと見つめてくる。何もかもを見透かされそうな目。
――耐えろ。視線を逸らすな……。
俺は、必死にオルクスの目を見続けた。
「わかったわ。とにかく、現場に行きましょう。ただ、今日はもう暗くなってしまったから、明日の朝一で出発します。あなたも一緒に来なさい。諸々確認が必要になるかもだし」
「はっ。わかりました」
「それじゃあ、今日は下がって良いわ。パーティの皆さんのご家族には私から報告を入れておきます。ゆっくりおやすみなさい」
「ありがとうございます」
――なんとか切り抜けた。明日、また現場に行く必要は出来てしまったが、全滅していれば何とでもなる……。
そう思いつつも、一抹の不安にさいなまれる。ちゃんと全滅しているんだろうか?
帰り道で感じた不安がしこりのように心に残っている。
――ともあれ、疲れた。考えても仕方ない。家に戻ろう。
悪い予感を振り払い、我が屋敷へと歩き出した。
次の日は、朝一に王宮に向かった。裏門に準備されていた馬車に乗って現場に向かう。馬車は二台で先の車両には、兵士達が数人。後の車両には、俺とオルクス、あとはオルクス直属の近衛兵が2人同乗していた。
正直、かなり居心地が悪い。たまらず窓から外をみると、王宮の正面玄関に人がつめかけているのが見えた。見覚えがある。俺以外のパーティメンバーの親達だった。
昨日、訃報を聞いて詳しい話を聞くために来たのだろう。
対応に当たっている兵士たちが半ば揉みくちゃにされている様子が見えた。
「まったく。自ら送り出しておいて、この有様とはね。親も本人も覚悟が足りないと思わない?」
外の様子を見ていた俺に気づいたオルクスがこう切り出してくる。
「え、ええ。その通りだと思います。魔王討伐に行くのだから死の可能性については考慮してしかるべきかと」
そう答えた俺にオルクスはその通りとうなずいていた。ただし、その目は笑ってはいない。
俺は気まずさを感じ、目をそらした。
――不自然でなかっただろうか?
その後の車内の様子はイマイチ覚えていない。
オルクスが終始、何かしらを話していた気がするが、適当に相槌をうっていたんだと思う。
ただただ、現場の状況が気になってそれどころではなかったのだ。
馬車はもう数分もしない間に、現場に到着するだろう。
――頼む。誰も生きていないでくれ。
俺は、心の中でそう願っていたが……。
すぐさまその願いは打ち砕かれる事となってしまった。
馬車が到着し、オルクス達が降りて行ってしまう。
――俺も降りよう。
そう思った時だった。
「ご苦労様です!」
誰かの声が聞こえてきた。
「貴様。誰だ!」
すぐに護衛兵が対応したようだ。
「護送についていた兵士です」
目の前が真っ暗になった。あの時に駆けつけた兵士は生きていたのだ。
「こちらは全滅と聞いて来ている。そもそも勇者や勇者パーティがやられて、ただの兵士が生きているものか!」
「お待ちなさい」
護衛兵の意見をオルクスが制した。
「話ぐらいは聞いてあげましょう? ただし、あなた……。もし敵を前にして逃げたりしたのなら敵前逃亡で重罪よ。心して話してちょうだい」
「はい。不意打ちの魔法攻撃により遠くにふっとばされたのですが、気がついてすぐに駆けつけました。しかし、その時には報告に戻ったラルクと勇者様以外はすでに手遅れで。ラルクを逃した後、襲撃者は何とか倒して勇者様と共に救援を待っていた次第です」
「何と! 勇者様は生きているのですか?」
「はい。今は荷台で休まれています」
何という事だ。勇者もしっかり生きているではないか。ヤバい。このままでは、敵前逃亡が明るみにでてしまう。どうすれば……。
「ラルク君!! 聞いていた話と違うようだけど、どうなの!!」
オルクスの言葉に、俺は転がるように馬車を降りた。
「オ、オルクス様。私がこの場を発った時にはまだ襲撃者とそこの兵士が対峙していて……。そ、そうだ! そこの兵士は偽物です。一兵士があんな化け物に勝てるはずがない。その兜、顔が分からない事を利用して成り代わっているんです!!」
とっさに、思いついた事を口にしていた。そうだ、あいつはプルトニアの一般兵士と同じ格好をしている。素顔が見えない訳だから襲撃者が成り代わっていても不思議はない。
「なるほどね。あり得なくはないわね」
オルクスも同意してくれた。
「お待ちください。濡れ衣です」
「なら、襲撃者の遺体はどこかしら?」
「こちらに仲間の遺体と一緒に運んであります」
相手も食い下がる。
――ま、まずいぞ。襲撃者の遺体が本物だったら……
内心焦っていたが、見てみると遺体は丸焦げであった。
「これじゃあ分からないわ。ラルク君の言う可能性もあるわね~」
――よし。これなら証明出来ないだろう。
「フルフェイスを脱ぎます。これで証明できるはずです」
自身の潔白のため、尚も食い下がるが、これに関しては勝算があった。例え素顔を見せたところで、オルクスは一般の兵士1人1人まで覚えているような人ではない。彼は自分にメリットのない人間には興味がないという事は何となくではあるが感じとっていた。
「はぁ。私がいちいち一兵卒の顔までを覚えていると思ってます? 暇じゃないのよ」
怪訝そうにオルクスは答えた。予想通り。しかし、その素顔を見た俺は動揺した。
――や、やはりブライト。気のせいじゃなかったのか……。
その一般兵に俺は見覚えがあった。あの忌々しい庶民の顔がそこにはあった。
「確かに、オルクス様はご存じないかもしれませんが、ラルク! 君には分かるだろ!!」
「ブッ! ブライ……。い、いや、お前なんか知らない……」
おもわず名前を口走りそうになり、あわてて取り繕う。
そうだ。しらを切ればまだ何とでもなる。
「はあ!? 仮に知らなかったとしても、君は襲撃者の顔を見てるはずだ!」
「ぬ、布で口元を隠していたから。しっかり見ていない」
たしか、別に顔を隠してはいなかった記憶があるが、あの遺体の状況ではこれでも通りそうだ。
オルクスの方を見てみるとなにやら考えているようだった。そして、
「はぁ……。意見が食い違うわねぇ。どう判断すべきか……。そうだわ!!」
オルクスは何かを閃いたようだ。その場のみんなが注目した。
「現状、あなたの正体が分からないでしょう。だから、あなたがプルトニアの地を踏む事を許さない事にします!」
「はあ!? どう言う事ですか?」
「そのままの意味よ。あなたは国外追放。今後、プルトニアへの入国を禁じます」
「なんでそうなるんですか!?」
「あら、あなたにとってもその方が良いはずよ。あなたが襲撃犯なら死罪。それを見逃すと言っているのよ」
「いや、だから僕は襲撃者じゃありません。前提がおかしいです!」
――やった。色々と苦しかったが、なんとかなったか……。
そう安堵した時、
「お待ち下さい! 宰相様!!」
荷台から勇者が駆け寄ってきた。
――おいおい。もう少し寝ててくれよ!
「この方は、確かに私を助けてくれました。襲撃者ではありません。現に私が生きているのがその証明ではありませんか?」
勝利目前での勇者の乱入に心穏やかではない。この証言が通ったら再びピンチである。
しかし、
「勇者様は襲撃者が倒される所を目撃されたのですか?」
「そ、それは……」
そうだった。確かにあの時、勇者には意識がなかった。
「で、でも、襲撃者の目的は私の命のはずでしょう?」
「そうとは限らないでしょう。プルトニアに潜入するのが目的の可能性もあるわ」
「そ、そんな……」
オルクスは勇者の方に向き直って、無感情にこう言った。
「それと勇者様。起きて来られたならついでにここでお伝えさせていただきますね。あなたはクビです!」
「え……」
「だって、そうでしょう。共に来てくれた仲間を3人も死なせたのですもの。彼らの親に申し訳がたたないわ。本来なら死罪でもおかしくはないのだけど、呼び出した私にも責任があるから命だけは助けてあげるわ」
「そんな……。魔王討伐はどうするおつもりですか?」
「まあ、簡単ではないけれど、次を召喚するわ。だからあなたは、い・ら・な・い。どこにでも行きなさい。ただし、プルトニアには立ち入り禁止です」
この展開までは読めなかったが、これで俺はお咎めなしだ。
ほっと胸をなでおろす。
「さて、話はおしまいです。さあ、あなた達、ご遺体を収容しなさい。しっかり親御さんの元にとどけてあげないとね」
オルクスはさっさと馬車に戻ってしまった。すぐに、後ろの馬車から兵士たちがぞろぞろと降りてきて、遺体を収容し始めた。襲撃者の遺体も持っていくらしい。……当然か。
俺は、ちらりと佇んでいる2人の方を見てみた。勇者はあきらかに落ち込んでいるようだ。
なかなかの美人だったから、助けてやりたい気持ちもあるが、今更どうしようもない。
ブライトの方は相変わらず表情は読めない。というか、もうフルフェイスを被りなおしている。
――これで、絶望の表情でもしてくれていれば、気持ちも晴れるんだがな……
この妙に落ち着いていて、何でも器用にこなす様子が、どうしても気にくわない。
――悪く思うな。これで貴様は終わりだ。
そう心の中で捨て台詞を吐き、俺は馬車に戻った。
程なく馬車が出発した。
帰りの馬車は何故かオルクスと2人きりであった。
護衛兵達は前の馬車に他の兵士と一緒に乗っているようだ。
オルクスと向かいあって座る形になった。
オルクスは手をあごに当てて何かを考えているようだった。
――この状態で、数時間過ごすのはキツイな~。
そんな事を考えていた。ともあれ、自分が罪に問われる事はなくなった訳だから行きよりは、かなり気持ちが楽になっていた。
「ラルク君」
不意にオルクスに名前を呼ばれ、少し気を抜いていた俺は、
「は、はい」
思わず声がうわずってしまった。
「お父上に感謝しなさい。次はないですよ!」
その声は、有無を言わさないすごみがあった。俺は声を発することも出来ず、ただうなずいた。
――まさか、すべてバレているのか……。
「何の罪にも問わないのは、お父様が、公爵だから。出発まえに、直々にくれぐれもよろしくと言われたからよ。あなた個人に何の価値もないのだから。せめて、うまく立ち回っていただきたいものね」
「あ、えっと……」
「別に申し開きを聞きたい訳ではないのよ。ただ、あまりにもお粗末だったからね。状況から諸々の問題を解決するためにこれが最善だっただけ。まったく。勇者召喚はものすごく手間がかかるんだから。勘弁していただきたいわ」
「…………」
「ここだけの話にします。あなたも下手に言いふらさない事ね。事が明るみに出たら、あなたを罰しないといけなくなるから。わかったかしら?」
口調こそ優しかったもののその裏に潜んでいるものに思わず身震いした。ただ、コクコクとうなずく事しか出来ない。
「そう。じゃあ、この話はこれでおしまい」
そう言うなり、オルクスは窓の外に目をやった。そして、それきりプルトニアに着くまで一言もしゃべらなかった。俺はただただ、その居心地の悪さに震えながら時を過ごす羽目になったのだ。
ラルク視点終了です。
次からは、ようやく本編の続きです。
よろしくお願いいたします。