第一話:それは簡単なお仕事のはずでした
目を開けると知らない空があった。
「いててて、一体なんだったんだ?」
完全な不意打ち。突如起こった爆発から先の記憶が無い。
どのくらい気絶していたのだろう。
生い茂る草木が緩衝材の役目を果たしたおかげか、大した怪我はなさそうだ。
遠くの方で、剣のつば迫り合いが聞こえる。どうやら戦闘中のようだ。
他にも生き残りがいる証でもある。
――早く行かないと!
ふらつきながら、傍らに転がっていたフルフェイス型の兜を拾い上げる。
音のする方向へと足を踏み出した。
我がプルトニア王国の首都プルトニアから隣のベルトラの村まで勇者ご一行を護送する。
ただ、それだけの簡単な仕事。だったはずなのに。
実際、この道の往復にて何者かに襲われたという報告は今までにはなかった。
確実に勇者を狙っての犯行だろう。
開けた場所に出た。地面にえぐられた後があるので、襲撃ポイントだろう。
気が付くと音は止んでおり。襲撃者らしき影は見当たらない。
現場には荷台だけが残されていて、馬は逃げてしまったのか姿形もなかった。
荷台のそばには3人ほど倒れている。
1番近い、同僚だった兵士に声をかけてみる。
「おい。大丈夫か?」
「…………」
返事がない……。抱き起こす手に血がべったりとついた。
彼を丁寧に横たわらせると、他二人も確認してみる。
「…………」
「駄目か」
他もすでに手遅れのようだ。
同僚の兵士の傍らには、一般兵が持つ無骨な槍が転がっている。
――とりあえず、こいつで。
槍を拾いあげる。心もとないが素手よりはマシだろう。
たしか、勇者パーティは勇者を含めて5人だったはず。
勇者と2人の姿が見当たらない。
――連れ去られた? いや、勇者以外もいないのはおかしいか。
臨戦態勢のまま周囲を見渡していると
「た、頼む……。見逃してくれ」
懇願するような声が聞こえてきた。
声のした方にゆっくりと近づくと、
林道の端の斜面を下った所に襲撃者と思われる男と尻もちをつく形で命ごいをしている男がみえた。
男の横には横たわっている別の男。出血量から察するにもう死んでいるだろう。
そして、命乞い男の後方に同じく倒れている女が一人。
今回の勇者様だ。
見たところ外傷はなさそうだ。気絶しているだけかも。
息を殺して様子を伺う。まだこちらには気が付いてない。
「標的は勇者だからな。正直、他の奴らに興味はない」
「だったら……」
「お前は仲間じゃないのか? 簡単に差し出すのか?」
「ああ、昨日組んだばかりの短い付き合いだ。命とは天秤にかけられない」
「最低な奴だ。勇者パーティーになるとかなりの恩恵を受けると聞いている。打算だけでついてくる仲間なんて、勇者に同情するよ」
「なあ、頼むよ。そこに転がってるから好きにしてくれて構わない」
尚も命乞いをする男。見てられないな。
手に持っている槍を振り上げる。
ズッシリと重い。
そのまま、
「うおりゃあー!!」
声を上げて振り下ろしながら、重力に任せて跳び下りる。
襲撃者めがけて。
ガキッ!!
紙一重で避けられてしまった。
地面に叩きつけた槍をすぐに構えなおす。
相手も咄嗟の回避行動だったため、すぐには反撃に転じてこなかった。
「まだ生き残りがいたのか?」
不意を突かれた割に、襲撃者は冷静に言い放った。
「大人しく隠れていれば、命だけは助かったものを」
「一応、護衛なので。おめおめと逃げ帰れませんよ」
とりあえず、命乞い男と襲撃者の間に立つ。
「おい! 勇者様を連れて逃げ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
おいおい。マジかよ。
アイツ一人でさっさと逃げやがった!
足元はふら付きながらも驚くような速さでその場を立ち去ってしまった。
「勇者パーティが聞いてあきれるな」
「同感ですね」
「落ち着いているな。だが、護衛の兵士一人で何が出来る」
「見た目で判断している時点でたかが知れますよ」
とは言うものの、まあ、無理はない。
全身鎧の槍を構えた男。
これはプルトニア王国の一般兵の正装である(槍も含めて)。
向こうにしてみれば、どう考えてもモブの兵士がしゃしゃって出てきたようにしか見えない。
「まあ、いい。死んでもらう!」
一気に間合いを詰めて、獲物の短剣で切り付けてくる。
軌道をよんでかわすが、すぐさま返す手で切り付けてくる。
回避が間に合わないので、小手ではじくと、
バキッ!!
短剣に当たっただけでは聞かない音がした。
後ろに跳び退いて距離をとる。
相手も小手で弾いた反動で上体を崩したのか、追撃はなかった。
「モブ兵士の動きじゃねーな」
「ありがとうございます」
答えながら、小手を見ると短剣を弾いた部分がごっそり削られていて、手の肌色が見えた。
「『防具破壊系』の魔法でもかけてあるんですか?」
「その通りだ。うまくよけないと体ごと持っていくぜ」
なるほど。得物が短剣なのに動じてなかった理由はそれか。
こちとらフルアーマー状態だからな。関節部分を狙われない限り、刃物は怖くない。
「今ので、大体わかった。次で終わりだ」
そういうと構え直す。必殺の一撃が来そうだ。
ちらっと勇者の方を見る。やはりただ気を失っているだけのようだ。
――さて、どうしよう。
実は、槍術なんて初歩の初歩しか習ってない。
武芸学校の必修以外は選択しなかったから。
――困りましたね。癖で槍拾っちゃいました。
こうなったら避けるしかない。構えながらも避ける事に集中する。
次の瞬間、フルフェイスが飛ぶ。
その衝撃から体も後ろに吹っ飛ばされた。
相手はその手ごたえに勝ちを確信したようだ。
――まあ、生きてますけどね。
地面にたたきつけられながらも冷静につっこんでいた。心の中で。
ただ、避けようと思っていたのに避けきれなかったのは不甲斐ない。
上体をそらすのがあと少し遅れていれば、首ごとフルフェイスが飛んでいた。
――やれやれ、僕もまだまだですね。仕方ない。
立ち上がった僕はおもむろに鎧を脱ぎだす。
襲撃者はフリーズしている。
Tシャツに短パン姿になった僕に、やっと声を上げる。
「な、なんの真似だ!」
「鎧を脱いでるだけですよ」
「いや、そういう事じゃない!」
襲撃者の問いかけは無視して、
――さてと、後は……。おっ、いいのが落ちているじゃないですか。
僕は剣を拾い上げる。装飾の見事な宝剣だ。
勇者のパーティーメンバーが使っていたものだろう。
貴族様はやはり良いものをお持ちでらっしゃる。
「鎧を脱いでどういうつもりだ? まさかそれで勝てるつもりか?」
「この鎧、重いんですよ」
「は?」
「この程度のピンチは鎧有りで切り抜けたかったんですけど。なかなか、お強い。お見事です」
「!?」
「この鎧は制服と一緒なんで、脱いで戦ったりすると後で色々うるさかったりするんですよ」
「ふざけてるのか? 命のやりとりをしているんだぞ」
――まあ、そうなんですけど。
それで死んだらどうすんだって話ではある。
その時は、その時で、自分はそこまでの奴だったって事で納得するしかない。
さて、仕切り直しだ。いい感じに相手も気が立っている事だろう。
「お前何者だ!?」
「見た目通りの者ですよ」
「そんなモブ兵士がいてたまるか!」
「まあまあ、ついでに依頼人を教えてくれませんかね?」
「誰が教えるか!!」
相手が構え直す。
これ以上は話していても無駄と思ったのだろう。
こちらももう出し惜しみはしない。
これで決める。
張り詰めた空気が場を支配する。
シュン!
風を切るような音がなる。
勝負は一瞬だった。
相手が崩れ落ちる。首元からは血を噴き……
ボッ!!
刹那、何故か切り口より炎が上がる。
――え? まさか他に仲間がいたのですか!?
動揺している間に、襲撃者の体は炎に包まれてしまった。
ふと、思い付き、手元の剣を見てみた。
「あっ……」
戦闘中で、しっかりと確認できてなかったが、この宝剣『延焼』効果が付与されているようだった。
しかも永続付与だ。貴族様といえどなかなか手に入らない逸品である。
やってしまった。こんな焼死体じゃあ、情報がほとんど得られない。
――予定外ですね……。まあ、とりあえず直近の危機は去ったのでよしとしますか。
もう辺りが暗くなり始めている。
この辺りは王国から馬車をつかっても、3時間はかかるだろう。
襲撃ポイントとして都合が良かった訳だ。
1人逃げた男、ラルクが王国に向かっているだろうから迎えは来るだろう。
しかし、この時間だから明日になってからだろうと思う。
――ラルクのことです。全滅って伝えるでしょうね。まあ、あの状況だと無理もないですけど。
辺りを見渡す。
諸々をこのままにしておくわけにはいかない。
改めて、倒れている勇者に駆け寄る。
やはり、目立った外傷はなさそうだ。
触れるのを躊躇しつつも脈を図る。
しっかりと脈拍を感じられた。
――彼女だけでも救えてよかった。
彼女を担ぎ上げる。
今の今までじっくりと見る機会に恵まれなかったが、美人だと思った。
スタイルも出る所は出てるし、眼鏡はしているが、顔立ちの端正さはよく分かる。
キレイな黒髪のショートヘアーも良く似合っている。
――とりあえず、安全な場所へ……
この時間からの移動は厳しそうなので、ひとまず馬車の荷台のある場所に向かう。
荷台の中ならテントの代わりになるだろう。
そういえば、今回のパーティは勇者以外は男だった。
普段からいけすかない連中であったが、こうなってしまうと少々同情する。
まあ、召喚する勇者が今回で5人目ともなると、お供の質も下がるというものだ。
勇者のパーティメンバーは、この国の宰相であり、勇者召喚を執り行える男。
オルクス・ヴィン・エストニアス
彼が希望者を募って、その中から決定する。
しかし、この選定は出来レースであり、まず庶民から選ばれることはない。
主に爵位を持っている貴族で、家督を継ぐ立場にないものから選ばれるのである。
選民思想の根強いこの国では、家柄が最も重視され、あらゆる面で優遇される。
庶民が成り上がるというような機会はこの国では用意されてはいない。
勇者パーティに入るというのは、それだけでかなりのステータスで、仮に途中で抜けたとしても『元勇者パーティメンバー』という肩書きがゲット出来るため、貴族の次男以降の者に人気があった。
しかも、勇者はそれぞれに『加護』というパーティメンバー全体にかかる強力な特殊能力を持っている事が確認されているので、パーティの生存率が高いのも人気な理由の1つであった。
そのため、手軽に手柄を上げたい貴族の子息が選ばれるのは必然なのである。
正直、貴族連中は権力をかさに威張るだけの能無しが多いため、この国の人々はいい感情を持っていない事が多い。自分もまた、そうである。
閑話休題、勇者様はまだお目覚めにならない。
短編で投稿したものを長編用に調整しました。
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