ホームレスと美女
そのホームレスの老人は言う
「ああ、エリーよ。君はなんて美しいのだろう?その白い皮膚も、時々ピンク色に色づくほおも、緑の黒髪も。触れたら壊れそうなぐらい儚い、君のその美しさは美の女神アプロディーテー以上だ。最近、どんどん美しくなっている気がする。僕の気のせいかな?でもね、君を見つめる人が増えたよ。君のその美しさをみんな見たいんだ。川辺にたたずむ君は誰よりも美しい。」
「なあ、知っているか?この辺に変な爺さんが出るらしいぜ。なんだか汚いヤバそな爺さん。」
カップルだろうか?若い男と女が川辺を歩いている。やはり彼らもエリーに気づき、少しの間、見惚れていた。
「キャッ」
「どうした?みさ?」
「コウくん、あそこのお爺さんあれって?」
そこには一人の老人が立っていた。やはり彼らもエリーを見つめている。ただ、ひとつだけあたりの男達との違いがある。彼はエリーに話しかけていたのだ。そのあまりの美しさのため高嶺の花となっていたエリーに。
「エリー君は美しいね。」と。
カップルはいつのまにかいなくなっていた。きっと老人の汚さに驚いて逃げたのだろう。その老人の様子は誰が見ても恐ろしいものだった。
「ああ、さっきの二人組も君を見つめていたよ。あの二人のように僕達もいつか一緒に手なんて繋ぎながら何処かに行きたいね。川辺以外の場所にもさ、エリー。」
エリーは彼に微笑みかけた。
その次の日もその老人は川辺でエリーに話しかけていた。
「エリー。ああ、君はなんで美しいのだ。僕なんかとは大違いだよ。僕なんて歯はもうほとんどないし、わずかに残っている髪は白色だし、しわくちゃで、浅黒い。」
そんなことないとでも言うようにエリーはまた彼に微笑んだ。その微笑みに彼は救われるのだった。
その老人はここ数年、エリーを見つめて、話しかけているのだった。エリーの態度がそっけない時も、エリーが元気でない時も。朝も、昼も、夜も、暑い日も、寒い日も、雨の日も、雪の日も。それだけエリーは美しく、魅力的だったのだ。いつのまにか彼らはお互いにいなくてはならない存在になっていった。
だが、その年は厳しい年だった。夏は驚くほど暑く、冬は驚くほど寒い。エリーはそれでも川辺にたたずんでいる。そして老人も。、それほど川辺が好きなのだろうか?しかし、問題はエリーだけではない。エリーは若く、元気で強かった。だが老人はどうだろう?彼はもう若くない。元気でもない。ただ強いのはエリーへの恋心だけだ。それでもやはり彼はエリーの隣に立っていた。
ある日、強い雨が降った。大雨警報すら出ている。しかし、エリーは川辺にいた。老人もだ。何か川辺に大切なものでもあるのだろうか?
「エリー、ここは危ない。一緒に避難しよう。」
彼にエリーは寂しそうに微笑みかけた。
きっとエリーは一緒に避難できないのだろう。
「そこのお爺さん、危ないですよ。近くの中学校が避難場所になっています。早く避難してください。」
見回りにきた男性が、彼に話しかける。雨はどんどん強くなっている。川の水位はどんどん高くなっていく。
「嫌だ、嫌だ、エリーが。エリーが。」
「お爺さん!」
その男性は老人を引きずるようにして中学校まで連れていった。
「エリーが、エリーが。」
避難先の中学校には多くの人々が集まっていた。しかし、誰一人としてその老人に近づく者はいない。きっと老人の鬼気迫る様子に驚き、恐れていたのだろう。
彼はまだ、つぶやいている。
「エリー、エリーが。」と。
数日後、あの雨はすっかりおさまった。
カップルだろうか?若い男と女が川辺を歩いている。
「ここの桜なくなっちゃったね。」
「この前の大雨のせいらしいぞ。」
「綺麗だったのに、残念。」
「でも、爺さんはいなくなったじゃないか。あの汚い爺さん。」
「あの人、ちょっと怖かったね。何というか…桜に話しかけてた?」
「エリー、エリーってな。」
川辺に平穏が戻ってきた。
老人はエリーと一緒になったのかもしれない。彼の上着がエリーのいたところに落ちていた。