六十三 プラテンス侯爵夫人
戻ってきた母に父親はにこやかに何かを囁くと、彼は俺の腕を取って控室へ行くぞと俺を促した。
「何があるのですか?」
「獲物が掛かった。カーンが動く前に行くぞ。」
意味が分からず控室の隣の部屋からバルコニーに出て中を覗けば、ミモザがプラテンス侯爵令嬢とテーブルについていた。
姉の後輩でもあった彼女は、姉を口実に我が家を訪れてはカーンを誘おうと一生懸命だったと、ボンヤリと思い出していた。
「あんたのどこが良いのよ!」
「そんなことをミモザは誰にも言わないとこかな。」
「しぃ!」
「すいません。父さん。それで、これは?」
父は顎を部屋に向けてしゃくり、俺は部屋の様子を再び見返して、俺の時間はそこで止まった。
ミモザがユーフォニアの腕を捩じり、その後は殴りつけて、うわ、なんと、銃を握っている手を踏みつぶした。
ベンジャミンに殴られて気を失ったのは彼女にはかなり憤懣やるかたない事だっただろうと、俺の手の中で一発殴らせろと暴れた彼女を思い出していた。
ミモザによって倒されたユーフォニアは、当り前だがミモザに対して呪いの言葉を吐いていた。
「殺してやる!何度だってお前を殺してやる!私には力があるんだ!何度だって、お前に毒を食わしてやる!」
俺もミモザも、え、と声が漏れていたが、俺の隣にいる父はユーフォニアの言葉の意味が分かるのか、あいつらが、と低い声で呟いた。
そしてかなりの怒りを纏った彼が一歩進もうとしたところで、ユーフォニアの母であるプラテンス侯爵夫人が部屋に乱入してきた。
彼女一人だけでなく、彼女のボディガードも一緒だという所が難点だ。
俺こそミモザを助けに部屋に入ろうとして、だが、ミモザの方が早かった。
なんと、侯爵夫人を捕まえて人質にしたのである。
「一歩でも動いてごらんなさい。この女の顔を切り裂くわよ!」
「何を言っているのこの小娘が!て、痛い!」
ミモザは侯爵夫人の手を捩じり上げて、その手の甲を自分の頬に当たるようにさせた。
「指輪の宝石は人の肌ぐらい切り裂けます!」




