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どうしてあなたが婚約者の従者なの?  作者: 蔵前
私は婚約してる、はずよね?
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六十二 どうしたら、いいのかな

 泣きすぎた私は冷たいガーゼを目元に当てられて、控室に一人だけでぽつんと残されていた。


 公爵夫人は年の功というのか、私よりも泣いていたはずなのに、冷たい水を張った洗面器に顔を数十秒つけて泣いて腫れた顔を元通りにすると、女主人だからとさっさと会場へと戻っていったのだ。


 人形のような顔に真っ黒な髪をマリーアントワネット時代のような物凄い大きな髪形に結い、着物のようなドレスを纏っている所はサイバーパンクの未来設定そのもので見惚れてしまう程だが、中身は普通の優しい女性でしかなかった。


「ごめんなさいね。カーンがあなたを愛しているのも知っていたの。そして、不安だったのよ。兄弟で同じ人を愛していたら不幸を呼ぶかもしれないって。ええ、そうね、あなたを追い出そうと考えてしまったのかもしれない。」


 彼女は母親なのだ。

 カーンの悲しい恋の過去を知っていれば、尚更にカーンが執着する私に対して不安を持っていたことだろう。

 私は彼女の謝罪を受け入れた。


「お茶です。」

「あ、ありがとう。」

 小間使いが私の手元に紅茶のカップを置き、私はその香しい紅茶の香りに取りあえず目元のガーゼを外した。


 公爵夫人が座っていた椅子には初めて会った女性が座っており、キラキラ輝く金髪に青い瞳は美人の証拠という言葉通りかなりの美人で、ただし、私が一目見てデトゥーラに憧れた時のような身の内から湧き出るような輝きは無かった。


「あの、どちら様でしょうか。」

 美人は自分の顔を台無しにするように口元を歪めた。

「ふん。大したことが無いじゃ無いの。これでどうやってカーンを誘ったのよ。」

「私こそ知りたいわ。」

 名も名乗らない女は椅子から立ち上がるや私に対して大きく右手を振り上げて私を叩きに来たが、深窓の令嬢でない私の方が目の前の女性よりも確実に場数は踏んでいる。


 振り下ろした彼女の手首をぎゅっと握った。


 そして、その手首を握ったまま私も席を立ち、当り前だが彼女の手首は私によって捩じられた格好となり、彼女はきゃあと喚いた。


「はい。お名前をどうぞ。叫んでも良くってよ。ここの家人が集まってきます。」

「こ、この暴力女!こんな姿を見たら、カーンの恋も一瞬で覚めるわよね!」

「冷めないと思いますよ。困った事にもっと好かれちゃいそう。」

「ど、どうしてよ。」

「聞きたかったら、はい、名前!」

 脱臼する前に名前ぐらい言って欲しいな、と思いながら捩じった。


「ゆ、ユーフォニア。ユーフォニア・プラテンス。」

「ぷ、ぷらてなんす?あ、聞いた事がある。うーん。」

「さ、あ、言ったわよ。手を離して!」

「あ、そうね。」


 ユーフォニアは私から自由になると、逃げればいいのに彼女のクラッチバックから小さな銃を取り出した。

 もちろん、そんなものの銃口が自分に向けられる前に私はティーテーブルを押して彼女にぶつけていた。


「ぐえ!」


 体を二つに曲げた彼女が顔を上げる前にと、私はテーブルを急いで回って拳を握った手で上げてきた彼女の顔を殴り飛ばした。


「きゃああ!」


 転んだ彼女の手、小さな銃を握る手をすぐに踏みつける。


「ぎゃああああ。」


「大丈夫?ねえ。お願い教えて。あなたは何がしたかったの?本気で何がしたいのかわからないの。」


「あんたなんか!カーンの一瞬の気の迷いよ!この平民が!あんたの腹の子供なんか、彼の子供であるわけがない!産んでごらんよ。産んで、子供の耳にカーンの血など流れていないって囁いてやる!」


「ええと、私は妊娠していないし、そんな酷い事を考える人は、えい。」

「ぎゃあああ。」

 ユーフォニアからボキリと音がしたが、彼女が銃を持ち直す事は無くなったと、私は銃を蹴り飛ばした。


「殺してやる!何度だってお前を殺してやる!私には力があるんだ!何度だって、お前に毒を食わしてやる!」


「え?」


 この混乱している女は必死で私を罵倒しているが、彼女の罵倒相手は私で良いのだろうか。

 彼女は違う相手を罵っている?

 以前にも毒を誰かに送っていた?


「まあ、きゃあああ。」

 叫んだのは大男を二人従えた小太りの宝石塗れの女性であり、彼女は私が倒したユーフォニアに縋りついた。


「あなた、わたくしの娘に何をなさっているの!ああ、あなたはリディアの娘ね!母親同様下賤な女!金目当てでなんだってする女の子ね。ああ、ユーフォニア、大丈夫?ああ、可哀想に、こんなにボロボロにされて。」


 私は左手で自分の頭を掻いていた。

 あ、やべって感じだ。

 ユーフォニアの母だという目の前の貴婦人は、母が嫌っている社交界のご意見番のジュレイナ・プラテンス侯爵夫人ではないか。


「うーん。どうしよう。」


「お前達!この小娘に躾をしてやりなさい!」


 えっと部屋を見回せば、侯爵夫人の後ろに控えていたボディガードが、ゆらりと私の方へと動き始めていた。

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