五十九 ハルベルトは四男だ
公爵家のタウンハウスは王宮並みに大きい。
まず、門から入って王城のようなお屋敷に辿り着くまでの距離もあり、また、パーティ客の車が数珠つなぎとなっているので私達の乗るリムジンは一向に動かなく、私は今すぐ車から飛び出したいくらいである。
隣の男が戦略を変えてきたから尚更だ。
彼はカーンのように迫っては無意味だと気付くやさっと引き、なんと、これから開発する予定の惑星の動植物について私に語り始め、いや、私の意見も聞きたいという厭らしい戦略に切り替えたのだ。
まんまと私は彼の策に嵌り、他星で繁殖を繰り返すうちに地球にいた時の姿を失った新たな生物の話を物凄く興味深く聞きほれてしまい、すると、彼は待ってましたとばかりに私の脳みそに毒を注いできた。
「君は環境局だっけ?あそこは止めた方がいいよ。」
「どうしてですか?」
「簡単な事だよ。彼らの活動は僕ら軍部の胸先三寸ってことだ。自己満足ではなく、本気で星々の動植物の今後を守りたいのならね、軍部にこそ入って、そう、僕と一緒に無知そのものの大将達と戦って奴らを追い出すべきなんだよ。」
「ああ。あなたも大将になれますからね。」
「そう。僕は単なる生きていくだけの土地では無くね、地球時代の人が自然の一部だった世界を作っていきたいんだ。君もそう思うからカラスを追い求めているのでしょう。」
私はその通りだと、前世で私が駆け回ったあの世界を取り戻したいのだとフレイを見つめ、そして、しまったと心の中で舌打ちをした。
大天使様は物凄く勝利感に溢れた表情を見せていたのだ。
ただし、その悪辣な笑顔で私も冷静に戻れたのも事実である。
「あの、ずっと不思議でしたけど、どうして皆さんは私がカラスを追い求めているのかご存じなの。」
大天使様は笑顔を凍らせてしまった。
がつんと、車まで止まった。
ハルベルトには私が自分で言ったと覚えているが、カーンにもフレイにも当たり前だが言う機会など一度もなく、そう、私はシュバルツコフ君にだってカラスの事は言っていなかったはずである。
「ねえ、カーンがストーカーだって事で聞き流してしまっていましたが、あなたまで私がカラスを追い求めているとご存じなのはなぜでしょうか?お答えによっては私はこの車から降ります。」
「え、ええと。」
ガタンと、私側の車のドアが開いた。
ふわっと夜の冷気が車内に流れ込み、寒いとびくりとした私の肩には温かい安心できる大きな手が乗った。
真っ黒のタキシード姿のハルベルトは髪の毛を後ろに撫でつけて額を出していて、まるで夢の中の騎士のようだと、私は彼の姿にほうっと溜息を吐いた。
「ミモザ、寒くて悪いが歩こうか。兄さん、ミモザのご両親の安全は頼んだよ。」
車の中に身を乗り出して来た彼の声は私の耳をくすぐり、私は安心して彼のエスコトートに任せようと力を抜いて、いや、それは駄目だ。
「ハルベルト!でも、ちょっと待って。どうしても今すぐにフレイに問い詰めたい事があるのよ!」
「何かされたのか?」
「いいえ。私がカラスを追い求めているのはあなたにしか話していないのに、どうしてカーンやフレイが知っているのかなって。大事でしょう!個人情報がどこまで調べられて漏れているのかって、不安でたまらないもの!」
うわ、ハルベルトから殺気の籠った空気が溢れ出し、その殺気はなんと彼の兄である中将閣下に向いている。
「兄さん?」
「おい、ハル。お姫様を早く出してあげて。他の車の迷惑になっている。」
「いや、だって、ソーン。」
「俺だって。十五歳のミモザちゃんが可愛かったって、俺がカーンとフレイに語っちゃったんだよ。もともとカーンに頼まれての俺の参加でしょう。フレイの恩人はどうだったのかなって聞かれたからさ、自然教室の希望者カードにこんな可愛い事が書いてあるって、見せびらかしちゃったんだよ。で、ごめんね、ミモザちゃん。で、久しぶり。お兄さんと久しぶりに語り合おうよ。さぁ、出てきて!」
サファリ服ではなくハルベルトと同じタキシードを着ている、黒髪に茶色の瞳、ハルベルトやガブリエラのような緑がかったものではなく、フレイの瞳と同じ金色にも見える茶色の瞳を輝かせた見覚えのありすぎる男の笑顔に、私は笑顔を返すどころか大きく溜息の方が先に出てしまった。
久しぶりにソーンに会えて嬉しいが、脱力感の方が激しいのだ。
公爵家は息子が多すぎる。




