五十八 天使降臨
ドレスを着て着飾った私達は舞踏会に行くシンデレラそのもので、ただし、母の王子様である父は私達のカボチャの馬車の御者のようにしてリムジンの前で私達を待っていた。
「まあ、パパ。パパのタキシード姿はなんて素敵なの!」
「そ、そうかな?」
「うふふ。ええ、今日のあなたは素敵だわ。」
「いや、君こそ最高だよ!」
父は愛娘の存在を忘れたかのようにして、母をそれはそれは優しくエスコートしてリムジンに乗り込ませて自分も収まり、エスコート役の消えた私はホカホカ家族で嬉しいなあと韜晦しながら一人でよいしょと車に乗り込んだ。
「裾が汚れてしまいますよ。」
「あ、そうですね。すいませ……。」
目の前に大天使様がいた。
亜麻色の髪は短く刈られてそのせいで金色に輝き、正装でもパーティ用の盛装となる着方をした白い軍服姿の男は、私に跪いて私のドレスの裾をそっと持ち上げているのである。
目の色は茶色なのかもしれないが、金色にも見える明るい色だ。
名も知らない天使のような美形は、呆ける私に対してニコッと笑顔を見せた。
「ご安心を。ゴリラは一先ず檻に入れましたから。」
「ええと、ハルベルトは何か言っていて?」
「え?あいつが、この僕に?ハハ。いやあ、僕はカーンを出し抜きたいだけですから末っ子なんか知りません。だってムカつくでしょう。大将中将の位が一つずつしか空きがなかったからって、弟の僕が中将って。せめてジャンケンぐらいさせてどっちが大将か決めさせて欲しかった。そう思いませんか?」
ジャンケンで上司になった男に戦地に行けと言われる兵士の方が可哀想です、と私は目の前のフレイに言ってやるべきなのだろうか。
私の頭の中でイリアが、勝機を見誤るな、と私を叱った。
なんて返そうかと考え込んでしまった一瞬に、このカーンぐらい身長の高いカーンの双子の弟が私の横に乗り込んで来たのである。
「あ。」
「ご安心を。僕がエスコートします。」
「いえ、私のエスコート役はハルベルトでしょう。ご心配なく。そして、ご安心して降りてください。」
「嫌です。車はもう発進しました。地獄の果てまでお供しますよ。」
「いえ、行き先が地獄でしたら私はとっとと一抜けますから、一人で向かってください。」
「そんな酷いことを。君に助けられたこの命、君に捧げるためだけに生きて来たというのに。」
「え、何かしましたっけ?え?助けられたのは私の方でしたよね。」
彼はしまったと自分の口元を押さえた。
うわあ、真っ白な手袋をしている所が王子様のようだ。
「あ、そっか。そっちを前に出した方が良かったか。しまった。」
彼はグイっと顔を横向けて古傷らしきものを私に見せつけた。
私を守った時の傷跡だ。
「ほら、僕が水から引き出される時に君がここを圧迫していてくれたから僕は死ななかったって医者に言われてね、感謝しきりだったんだよ。小さな君が僕から引き剥がされそうになってカーンに怒鳴りつけたんでしょう。水圧が消えた今、ここを押さえておかないと死ぬでしょうって。」
「え、そんなの応急手当の当り前でしょうってか、私は覚えていないし。私に感謝するなら私にハルベルトこそ寄こしてくださいよ。」
「ええ!じゃあ、やり直し。僕は君を助けた恩人です。さぁ、僕の為に今日は僕の事だけを考えましょうか。」
「嫌ですし、私もあなたの恩人なら貸し借り無しでしょう。それに、あなただって私の事を考えてください。私はハルベルトがいいの!」
「これ、ミモザ!」
「しぃ、ミモザ!」
両親は公爵家次男で中将閣下様の出現にかしこまってしまったが、カーンに慣れてしまった私には彼は煩い大男でしかない。
ガブリエラの言う通りだ。
この悪魔の双子は煩くて仕方がない。




