五十六 私は婚約しているのよね?
入学式が終われば学籍登録やらこれからの学生生活の為の諸手続きをして、その間に先輩やサークルに誘われての夜の飲み会に移動なんてこともあるらしい。
一般の学生であれば。
私は公爵家四男の婚約者という肩書の重さが式の後にしっかりと圧し掛かった。
なんと、学籍登録証を学生課の事務が直接に学生である私に捧げ持ってきて、それどころじゃなく、学内のどこを移動するにも学校の警備員が私の後を付いてくるという一大事だ。
ちょっと待って!だ。
私は多分一般学生の誰よりも戦える人かもよ、だ。
私は同じ入学生達から目立ちたがりの迷惑な人だというような目線を浴び、物凄く居心地が悪いと式後は逃げる様にして講堂を後にした。
これは、明日からの授業についても考えなければ!
しかし当り前だが、悩む私に対して両親はこんな私の境遇に妙に喜んでいた。
「ああ、セレブだわ。これはセレブの扱いね。」
「これならばミモザの身には安心していられる。やっぱり、大学は男の子や女の子の関係が派手になって怖い所だものね。良かったよ。」
「まあ、私に会えたことが怖い事?」
「君に会えなかったら道を踏み外しそうな程怖い所だったってだけだよ。いいや、君にだったら僕は道を踏み外してもいい。やっぱり怖い所だ。」
「まあ、あなたったら。」
私は両親を車道に突き飛ばしてやろうかと、大学の門の前で一瞬考えた。
なんて状況に私を落とし込んでくれたのだ、と。
「入学おめでとう!家族写真をとってあげるよ。」
部下数人に囲まれて姿を現わしたストーカに声を掛けられて、待ち合わせにいつまで待っても婚約者が現れない事を不思議に思うべきだったと、煩くハルベルトに連絡をするべきであったのだと、私は後悔ばかりである。
「カーン!ハルベルトをどこにやったのよ!それから、あなたね!こんな風に私が大学で重要人物みたいな扱いを受けるような嫌がらせ手配をしたのは!」
カーンは物凄い笑顔のまま私にフラッシュをたき、私がそのフラッシュに一瞬たじろいだそこを恋人のように肩を抱いて、なんと、両親の間に私と彼が立つという風にして、自分の部下に写真を撮らせたのだ!
「単なるスナップに、どうして照明ライトとレフ版まで用意してきているの!」
「ハハ、俺達の写真は最高の方がいいじゃ無いの。君は写真を見て思うんだ。ああ、カーン様と一緒の時の私の方が輝けているって。」
「レフ版と照明を持って写真を撮ればそうでしょうよ!もう!私はハルベルトがいいの!輝いていなくてもいいし、そんな小細工もいらないの!」
「うん。気が合うね。俺もそう。小細工なしで君と二人が良いね。」
「いや、気が合うどころか、話がかみ合っていませんよ。」
「もう、ミモザったら。今日はご両親が一緒の大学の入学式という一大イベントでしょう。俺は君に一生残る素晴らしいスナップ写真をプレゼントしたいってそれだけなんだよ。俺は待った。君が大きくなるまでひたすら待った。今日この日から君のイベントごとに一緒に写真に納まれるようになったんだ。最初の一枚を最高に仕上げたいと思うのは間違いは無いはずでしょう。」
「いや、あなたは間違いだらけだと思います。」
そして、部下の前でこんな醜態をさらしていいのかと、私はカーンの部下を見回せば、彼等は用意したお車に私の両親を乗せ上げたところで、私の裏切り者の両親は私に両手を広げてさあいらっしゃいと満面の笑みである。
「え、ママ!パパ!ハルベルトとすぐに結婚って言っていたじゃ無いの!何を一瞬でカーンに迎合しちゃっているのよ!」
「これからハルベルトとの婚約披露パーティでしょう。愚弟と婚約したいなら、さあ、車に乗って。」
「カーン。まあ、それじゃあ、家族としての写真という事だったのね。あら、ごめんなさい。私は凄く誤解していたわ。」
カーンはにっこりと、それはもう私の足から力が抜けるような笑顔を見せて、だが意外と乱暴に私を車に押し込めた。
いや、彼の図体がデカいので隣に乗り込んだ彼によって私がぎゅうむとなっただけだろう。
そして私は、大丈夫のはずだと思いながらも、いざとなったらのガブリエラにメールを打っていた。
ハルと会えないままカーンに車に乗せられちゃったの、ハルとの婚約パーティって言っているけど大丈夫かしらって。




