四 カラス
しまった。
俺は大失敗をしてしまったようだ。
彼女の連れはあのイアン教官だ。
彼は案内した別宅に入る時に、ミモザがいないときに俺を痛めつけるぞ、と、テレパシーも無い俺が彼のその言葉を理解できる目線をきっちりと寄こして来た。
さらに、あのミモザは、俺を憧れの目で見上げた可愛い少女の成長したその姿だったのである。
最初に自分がハルベルトだと紹介しておけば、あの日の思い出を面白おかしく話し合い、お互いに結婚する気はないよねと、何の気負いもなく別れられたはずなのに、俺はしばらくヒューとして振舞い、彼女からハルベルトを振って貰えるように仕向けなければならないようだ。
ああ、面倒くさい。
いや、振られなくとも、俺の嘘を知った時の彼女の傷ついた顔を想像して、俺はどうしてよいのかわからないと、そっちの方が心配なのかもしれない。
俺の馬に乗せてパレードを追いかけ、そして、彼女の両親の車があるだろう場所へと連れて行く間、彼女は学校の同級生らしき三人の女の子に野次られた。
嘘つき女がいる、と。
俺は彼女の嘘が可愛いだけだったが、同じ年齢の子供には彼女の嘘は可愛くないのだろうと考えたその時、三人の一人が再び罵声を浴びせた。
「この子は嘘つきですよ!カラスなんて大きな黒い鳥なんかいないのに、知ったかぶりで嘘を吐くの!」
俺は子供に怒鳴り返していた。
「いるよ!カラスは地球と一緒に滅んじゃった生き物だ!」
子供達はきゃあと走って逃げ、俺は沿道の人達から冷たい視線を浴びた。
いい大人が子供に怒鳴り返し、あまつさえ、教える必要のない事を子供に教えてしまったのだ。
カラスの存在は禁句だ。
カラスを嫌うばかりに、地球から誰もカラスを連れて出なかった、という話であるからだ。
人間の生活にとって益があるモノだけを船に積み込んで宇宙に出て、そして、植民星で地球環境の再現を行ったが、ことごとく失敗して沢山の人類が死んだ。
そこで地球に残してしまったあらゆるもの、寄生虫でさえ宇宙に連れてくることになったのだが、カラスはその時点で絶滅していたのである。
こんな話は子供に聞かせるものじゃ無いだろう。
「ありがとう。でも、庇わなくても平気よ。私は嘘つきで嫌われ者でもいいの。だって、私はあの子たちとお友達になる気はないから。」
「そうなの?」
「ええ。お友達になりたい子はいっぱいいるわ。嫌がらせをする子に神経を使っていい人になるくらいなら、嫌な奴のままでいいわ。好きな子にだけ真心を尽くした方が楽しいし楽じゃない。」
「うわ。勉強になるねえ。お兄さんは大学に行ってたけど、君よりも頭が悪かったよ。」
「仕方が無いわよ。あなたはまだ十代でしょう。」
あ、憎らしい子だった。
けれど、俺はあの日に考え方を変えたのかもしれないと考えた。
誰かの期待通りに振舞うよりも、嫌われても自分の好きなように生きるという方向への転換だ。
自分が自由であると気負いが消えた日でもあるが、そんな俺に愛想をつかした恋人には振られた。
兵役を経験したキャリアの方が出世が早いから待っていただけよ、と言われたが、そういえば俺は馬に乗りたいだけだったと、俺は自分が思っていたよりもかなり自由に生きていたと、振られて落ち込むよりも大笑いしたと思い出した。
「そう。俺は自由なんだよ。このままでいいの。自由でいたいの」
ただし、このままでは嫌われて絶滅するカラスなのかもしれないが。