四十八 明日には首都星に帰らなきゃだわ!
大事なことを大事な人達に何も告げられない私は、臆病者の卑怯者だと自分でも思うので、臆病者の卑怯者らしき行動を取ることにした。
自分で手紙を書き、イリアに手紙を届けてもらう事としたのだ。
私の手紙の中身を読んだイリアは、私をぎゅうっと抱きしめていつものようにいい子いい子と頭を撫でて風のように去っていった。
「君は本当にいい子だよ。」
私と迎賓館に残されたムスファーザは私と一緒に居間のソファに座り、まるで私の父親のようにどっしりと構えて妻イリアの帰宅を待っている。
「そうかしら。卑怯者じゃない?どっちかを選ぶべきなのに選べないので延長戦のお願いでしょう。それも、私を放っておいてください。でも、私の気持ちが決まるまでの猶予をくださいなんて、読み返してみたら酷いなって。」
「ふふふ。それでイリアを一度は引き留めたのか。それでいいと思うよ。恋愛は駆け引きでもあるし、狩猟でもあるんだよ。そしてね、頭を使って獲物を捕まえた時には最高のエクスタシーでもあるし、そんな最高の獲物に対しては神から賜った最上のものという尊敬しか無いでしょう。」
伯父はイリアに見出されたのではなく、実はイリアを攻略していたらしき言葉に、私は力づけられるよりも背筋がぞっとした。
「ええと。ファーファ伯父様とイリア伯母様は互いに最上の獲物で、互いに最高の敬意をもって狩り合ったということね。」
「ふふ。そう。僕も狩られて、彼女も狩られた。いつだってイリアは僕の最高の狩り手であり、最高の僕の獲物なんだよ。」
「まあ!」
二人の幸せな未来を想像するよりも、二人がそれぞれ兵士を仕立ててサバイバルゲームをしている姿を想像してしまい、私はやっぱりぶるっと震えた。
「あ、今、ミモザは悪いことを考えたでしょう。何を考えたの?」
「そ、そんなことはないです。」
「いや、考えたね。さあ、伯父様に教えて頂戴。」
ああ、ムスファーザの笑顔ってなんて素敵なんだろう。
「もう。伯父さまったら。ええと、怒らないでくださる?あのね、お二方が互いにサバイバルゲームの司令官になって兵士を戦わせて、兵士達が死屍累々としている所で伯父様達が互いを褒め合ってハッピーエンドという情景を思い浮かべちゃったの。笑ってちょうだい。」
「ああ、それは楽しそう。愛をかけた攻防戦か。うん。今度イリアに提案してみるよ。彼女も新しい教練方法を模索しているからね。ハハ、これは楽しそう。そうだ、カーンとハルをそれで対戦させて勝った方と一緒になるのはどうかな?」
「普通にカーンが勝つでしょう。」
「ふふふ。カーンを選ばないと分かっていて、君はカーンに待っていてという手紙を書いた。君が自分を卑怯者と考えたのはその部分だけだね。」
「ええ、伯父様。その通りよ。私はハルベルトを選んでいる。でも、大学に行って環境局に入局したいという夢もある。だから、大学にまず通って自分はどう生きるべきか考えたいの。でも、このことはきっとハルベルトは賛成して待っていてくれると思うけれど……。」
「ふふ。大将閣下様は諦めないで押せ押せだね。君にお断りされても平気で君を口説きに大学に押しかけちゃうでしょうね。ふふ。そこで君の手紙で三か月は動くなって釘を刺したんだね。最高だよ、君。本当に自慢の娘だ。」
「ふふ。自慢の娘って言って下さるのはとっても嬉しいわ。でも、三か月なんて私は書いてもいないわよ。」
「あの大将閣下が我慢できるのは三か月だよ。むかーしね、テロリストに占拠された星があって、あの閣下が指揮を取ったのだけどね、最初は太陽のように優しくテロリストの要求を受け入れていた彼が、三か月目になった途端に焼け野原にしろ、との命令だ。戦場を知らない間抜け大将を三か月間演じながら、人質でもある一般人を脱出させた彼は凄いよね。逃がすためにって、天候衛星までぶち壊すんだもの。さすがだよ。」
つまり、母の伯爵領もあったあの星を破壊したのはカーンで、毎日パーティ三昧だったのは単純に凱旋途中であったからなのね。
「それじゃあ、死んでしまった親友への罪悪感どころじゃ無いわね。」
「いや、生きているし、その子は中将閣下様だよ。二卵性の双子のせいか外見が対照的で可愛い二人じゃ無いの。片っぽは黒髪で片っぽは金髪に近い亜麻色ちゃん。」
「え、だって、死んだ親友のお姉さまとの恋って。」
「死んだ兵士は沢山いるし、彼が愛したのは弟を彼の指揮で亡くした彼の副官だよ。世界中が友達みたいな男でしょう。嘘ではないね。」
「でも、どうして中将様だって教えて下さらなかったの?私の命の恩人でしょう。お礼の一つもしていないわ。」
「したでしょう。君は大きな花束を持って、どうぞって退院する中将様に手渡したじゃ無いの。覚えていないの?」
当時は自分の前世を思い出した事で記憶が現世のミモザと前世の私で混乱していたからと答えられず、ムスファーザには多分ショックでと答えていた。
「ああ、そうだね。君の弟は死んじゃったものね。君はお姉さんになるんだって、物凄く頑張っていたものね。リディアもショックでずっとカウンセリングが必要だったね、そういえば。僕達は君という姪っ子を連れまわせて幸せだったけどね、君達家族には辛い二年間だったね。」
退院した後の私は半年間、五歳の誕生日までは混乱しながら自宅にいたが、誕生日に現れた金色に輝くイリアと天使のようなムスファーザに探検旅行に行きましょうと自宅から連れ出されたのである。
前世を思い出した私は父と母に馴染めなくもなっており、だから新しく現れた伯母夫妻の誘いに喜んで従ったのだが、そんな私ではきっとカウンセリングを必要としていた母には追い打ちでしかなかっただろう。
その日から七歳になるまで彼等と一緒に過ごしたのであるが、それがそういう事だったのかと今更に納得していた。
イリアとムスファーザによって両親から遠ざかることで、私は両親との関係を修復できたと思うのだ。
「いいえ。私はいつでも幸せだった。ママがそんな事になっている事も、弟が亡くなっていた事まで忘れていたぐらいに幸せだった。でも、ええ、そう。伯父様達が私を守ってくれたから私はずっと幸せのままだったのでしょうね。」
ぐす。
うわ、ムスファーザが泣いてしまった。
私は彼の隣に座り直すと、実の父親にするようにして彼に寄りかかった。
ムスファーザは実の娘にするようにして、私に彼の腕を回した。
「ああ、ミモザ。君は本当に可愛い。君が選びきれないなら、オールクリアにしてあげるから心配しないで。」
「えと、私は伯父様にも手紙を書くべきだったかしら。とりあえず動かないでいいわよって。」
「愛しているって一行だけでいい。そうしたら僕は君に何でも従うよ。」
2021/8/2 明るい栗色が輝いて金色に見えるよりも、最初からカーンの弟は金色に近い亜麻色の髪の方が対照的のイメージに思えるので修正しました。
私の中での栗色の髪の毛イメージが、馬のあの赤味のある明るい茶色でしたが、人間ですと暗めの赤味の茶色、言葉通りの焼き栗の皮みたいな茶色が正解だったと、恥ずかしさでいっぱいです。
おや、と思いながらも流してくださった皆様、ありがとうございます。




