四十七 ごめんね
私はカーンの滞在する迎賓館の扉を叩いていた。
イリアという付き添いなしで男性の家を訪問するなんて許され難い事だが、この話はイリアやヒューに、またはデトゥーラにだって聞かせる必要のない事だからと一人で来たのだ。
だって、自分の親友の死を悼むばかりに、親友が助けた私をずっと見守ってきた人に対して、もういいからごめんなさい、と言うのだ。
そう、ごめんなさいだ。
ヒューにも、ごめんなさいだ。
私は取りあえず大学に行って、それでもヒューが好きならヒューと結婚してグリロタルパに納まろうと思う。
でも、このままじゃきっと大学に行けなかったとヒューを恨むかもしれない。
だから、とりあえず自分の当初の目的を突き進もうという考えだ。
そして、まず、大将閣下様にはごめんなさいだ。
「ごめんなさいは無しだよ。」
「うわ!」
ドアを開けたのは閣下様直々であった。
「でもって、きゃあ!」
私は彼によって引っ張られ、無理やりに腕を組まされると、引きずるようにして迎賓館の周囲をぶらぶら歩く旅に連れ出された。
確かに迎賓館の並びはヒューによって整備されており、植樹されている木々や花々で散歩にはとても良い景観でもある。
「ええと、あの。あなたの親友の事を忘れていてごめんなさい。」
「うん。思い出したのはわかった。そしてね、俺も君に伝えたい事がある。君を愛したのは罪悪感なんかじゃないよ。君とあの夏の日に散々におしゃべりして幸せだったからだ。俺はね、親友の姉とあのあと付き合って、うん、結果として子供が出来た。そして、彼女は俺を振って子供と一緒に別の女性と暮らしている。」
「え?」
「うん。俺の子供は俺のことを知らないまま、俺の手を一切受けずにどこかで幸せに暮らしている。彼女は最初からそれが目的だって言っていた。同性愛者の彼女は子供が欲しかっただけだって。」
「まあ。」
「うん。でも君が俺を見下ろした時、俺の子も大きくなったらこんな風に俺を見下ろしてくれるのかなって、想像は確かにしたね。ほら、生まれたての子供の目は綺麗な水色って言うじゃ無いの。君の眼はとってもきれいな水色だ。」
「えと、あの。」
「うん。だから、心配しなくても大丈夫。俺は本気で君を愛しているし、君を幸せにするから、安心して俺の胸に飛び込んできなさい。」
「あう。」
そこで図ったように私達は私の滞在する迎賓館の前にいて、カーンは私を解放すると、またね、と気さくに微笑んだ。
「あう。」
私はごめんなさいのごの字も口にできないまま、すごすごと自分の迎賓館に戻るしかなかった。
そして、心配顔で私を待っていたイリアとムスファーザに事の次第を告げると、
彼等は顔を見合わせてから、そういう事にしましょう、と言った。
「そういう事って何よ!」
「大将閣下様と庶民のお嬢様の許されざる恋でしょう。彼女は監視付きで辺境の星に追いやられたの。せっかくの子供もその地で亡くなったわ。」
寒々としてきた私の心に追い打ちをかける様にして、外で鳥が急に羽ばたく様な音が起きた。
私は後ろを振り返り、ステンドグラスから外を覗いたのは過去にもあったと思い出した。
イリアとムスファーザに手を引かれ、森歩きごっこをした時に寄った家でステンドグラスから外を覗いたのだ。
色ガラスを通す世界はそれだけで美しく、そうだ、私がカラスを見たのは首都星の自宅からではなく、そこで、だ。
その家にはとても美しいが、お腹の大きな女性がニコニコと微笑んでいた。
「ファーファ伯父様達がカーンの奥さんと子供を殺したの?」
ぱしっとイリアに初めて頭を叩かれた。
「そこまで鬼畜じゃ無いわよ。」
「ねえ。でも、可哀想だったね。どんな未来でも出産は命がけだね。」
私は生きていると思い込まされている嘘の方がカーンには優しいのだと、彼こそ全部知っていて騙されたままなのだろうと彼の為に泣いていた。
ぽろぽろと次から次へと零れる涙を止めたくも無かった。




