四十二 ホットケーキはいかが?
私は久しぶりにヒューの屋敷の前にいた。
もう三日も会っていないという事は、そろそろ私の滞在期間も終わりとなるのである。
私はもともと春休みだけの滞在だった。
そこで恋をすれば今後を考えればいいし、恋をしなければ先に決めていた大学進学と環境局への入局だ。
コバルトブルーと間違えられて殺されまくったソーラレイが、絶滅危惧種のレッドデータから外されるほどにこの星で大繁殖していたのだ。
絶対にどこかの好事家がカラスを宇宙に連れてきている筈なのだ。
私はカラスを絶対に見つけ出したいのだ。
大昔、ノアの箱舟にはカラスも乗せていた。
水がひいたのか確かめるためにノアはカラスの番を放ったが、カラス達はノアの下には戻って来なかった。
そこで鳩を飛ばした所、彼等はオリーブの小枝を咥えて戻ってきた。
だから鳩は平和と幸福の使者となったのだが、私はカラスだって頑張ったのだと考える。
鳩よりも遠くを飛べる大きな翼で、遠くへ遠くへとノア達が定住できる乾いた土地を絶対に探し回ったと思うのだ。
だから、今度は人間がカラスを捜す。
昔話で嫌われ者となった彼等を、昔話と同じように戻ってこなかった存在にしたくない。
この世界で前世の記憶を持って生まれてしまった私は、自分がこの世界の異物そのもののような気持ちになりながら暮らしてもいる。
どうしても使えない調理器具。
料理を作れないのは、いつの世だって男も女も自立できない枷となる。
私はこの世界で生きていきたいのだ。
こんな風にもんもんと考えたままインターフォンも押さないのは、私が今日もケーキを失敗してしまったからだろう。
ヒューに会う口実で焼いて見たのだが、今日もケーキは焼く事が出来なかった。
誰でも上手に焼けるオーブンは、材料の分量や状態にとても拘る。
だから、材料は食糧庫に分量きっちりを用意してもらい、食糧庫は入力された料理名で焼くだけ煮るだけ、あるいはそのまま等、全て用意してくれる。
その用意したものをオーブンに入れてケーキのボタンを押せば完了だ。
ケーキの種類だって数百種をオーブンに指示できる。
私のように、食糧庫から小麦粉百グラム、バターが五十グラム、卵は三個と取り出して自分で混ぜたものではオーブンは完全に拒否をする。
どんなに頑張ってメレンゲでふわふわにしても、この未来のオーブンにはゴミ同然の存在でしか無いのである。
でも、頑なに自分で作ったケーキが食べたい私もいる。
「どうして入って来ないの!」
私の目の前にはヒューがドアを開けていた。
「寒くない?ほら、入って。」
私は彼に何かを言う前にぐいっと家の中に引き込まれた。
「あの、ごめんなさい。ムスファーザ伯父様から聞いていると思うけれど、あの、私がケーキを焼いて持ってくるって。でも、あの、焼いたのだけど、失敗しただけで、だから、あの。」
私は自分の背に回された彼の腕の温かさに、このままでいいような気持にもなっていて自分が何を言っているのわからなかったが、彼は私を笑わせるような素敵な言葉を返してくれた。
ぐう。
腹の虫だ。
「朝から何も食べていないんだ。一緒にホットケーキでも焼かないかい?」
「ええ、ええ。素敵ね。」
一緒に、っていう所が特に!




