四十一 猫の危険察知能力は素晴らしい
サンルームは食堂を通り抜けた先にある丸い部屋だ。
俺はそこにシュロやパキラなどの観葉植物をいくつか置いているが、黄色い実をようやく結んだレモンが最近では一番のお気に入りだ。
一本だったらそれぞれ魅力的な木々なのだろうが、置きすぎたことでジャングルにあるただの緑でしかなくなり、だからこそレモンの薄黄緑色に癒されるのかもしれない。
まるで今の俺にとってのミモザの様だと考えながらサンルームに入ると、ムスファーザは俺でも扱いが難しい俺の執事に運ばせたアフタヌーンティセットを堪能していた。
俺の執事が俺に対するよりも丁寧にかしずく様に不満を感じるよりも、イアンがイリアとなってまでも彼を欲した事が分かると思ってしまった。
ムスファーザはゆったりと、まるで生まれながらの王子かこの館の主のようにして緑の中の真っ白なティーテーブルに納まっているのだ。
「ご一緒しても?」
「ふふ、君ん家じゃないの。」
「そうでしたね。最近は俺こそこの星の居候な気がしています。」
俺はムスファーザの対面になるように座ると、カートの上にあったスコーンにそっと手を伸ばした。
ぱし。
「叩くなんてひどいです。」
俺は手の甲を撫でながら恨みがましくムスファーザを見返したが、彼は俺の視線に嬉しそうにふふんと笑って俺の手の甲を叩いた理由を話し出した。
「君は食べちゃダメだよ。これからミモザが初めて焼いたケーキを持ってくるんだって。君はあの子のことが好きなんでしょう。君が食べてあげて。」
俺は目の前の男がどんな戦場でも生き延びてきた理由を知った気がした。
危険を前にしたら味方でも何でも切り捨てる、だ。
「あなたはそれで今日はわざわざ俺の目の前に姿を現わしましたね。」
「ええ?そうかな。僕は毎日この館で寛いでいるけど。」
「ええ。それはよっく知っています。俺が言いたいのは、今日はわざわざ俺に話しかけてきましたねって事ですよ。」
「ふふ。プリンちゃん。君は僕に感謝がしたくなるはずだよ。感謝したら、君の宝石箱に入っていたルビーのネクタイピンが欲しいな。」
「――宝石箱は金庫の中ですけど。」
「――昔ながらのものにした方が良いよ。電子キーはコツさえ知っていれば意外と簡単だからね。ふふ、何も盗んでいないよ。僕はね、大事なミモザの相手がどんな人か心配で心配で、それだけのことだから。」
「普通に財産目録を調べれば金庫の中身も知れますけどね。あなたは金庫を開けてみたかっただけでしょう。」
イアンを虜にしたであろう笑顔で、ムスファーザは俺にふふんと笑って見せた。




