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どうしてあなたが婚約者の従者なの?  作者: 蔵前
グリロタルパに奴らも来る!
40/68

三十九 だから、あの時の私は八歳だって

 急にモテ期が来たと喜ぶにはカーンは大味すぎだ。


 彼は単なる子爵家の令嬢には雲の上過ぎるお方なのだ。


 私は彼にお茶の時間だからと呼び出され、イリアは私に付き添ってくれているが、大きすぎるテーブルの端という場所に追い払われている。

 私はイリアの反対側の隅っこで、侯爵と額が付き合うぐらいの位置にテーブルセッティングされた席に座らされているのだ。


 うわあ、どうしようと、不安ばっかりだ。


 ただし、思い出した白熊の彼は確かに優しく、私のやりたい事を邪魔などせずに一歩下がって好きにさせてくれたどころか、確かに普通だったら不可能な自由研究をさせて貰えたという恩義もある。


 私はその夏の自由研究発表会で、彼のお陰で優秀賞を取れたのだ。


「料理人も連れてきた。君に最高のスフレを食べさせたくてね。」

 宝石のような深く青い瞳を煌かせたカーンは、チョコレートソースとベリーソースで飾り立てられたスフレの皿を前に微笑んだ。

 深い緑色で縁取りをされた大きな白い皿の真ん中に、ちょこんと鎮座するチョコレートスフレは数口で終わりそうだが、口にした後の余韻が何日も残りそうなほどに罪深いほどに美味しそうだ。


「単なるお茶の時間に豪勢すぎです。」


「そんな事は無い。この小さなスフレはあの日の君自身だ。こんなに可愛らしくて魅力的な君に、俺は情けなくも完全に恋に落ちてしまったんだよ。」


 あの日の私は八歳ではなかったかと、大丈夫かお前と、目の前の男性に対して不審に思いながらも母に仕込まれていた社交上の笑顔を顔に作った。


 どうしよう。


 私の初恋はハルベルトなのよと、目の前の恐れ多い侯爵に伝えて良いものなのだろうか。


「あんなに優しいシュバルツコフがあなただったなんて驚きだわ。十歳の迷子の時に出会えたのはハルベルトだったし、他のご兄弟にも私は知らぬ間に出会っているかもしれないわね。」

「ああ、そうだね。ソーンって知っているかな。環境局の局長なんて小さくまとまっている男だけどね、君が十五歳の時のステルナ星でのキャンプの引率のお兄さんだよ。あそこはあいつの領地だからね。覚えているかな。」


 覚えている?どころか、ストーカーですか、あなたは!


「まあ!あのサファリスーツがお似合いな、あら、まあ、あの黒髪の素敵な方ね。ええ、覚えているわ。星の生物についての含蓄が深くて、お話が面白かった方ね。そうね、そう言われれば、あの方はハルベルトに似ていらっしゃったわね。」

 自分で話を振っておきながら、私の返事に侯爵はむっとした顔を見せた。

「まあ。私は何かお気に触ることを言ってしまったかしら。」


「いいえ。あなたの記憶に残れない自分の無個性が悲しくなっただけです。」


 いや、お前は無個性どころかイメージキャラクターの着ぐるみ君だっただろうと、私は突っ込みたくて仕方がなかったが、相手は一応は偉い人だ。

 いや、突っ込むどころかそのつむじを見せての思いっきりな慰めて欲しいという見え見えの落ち込み方に、私は彼の頭を叩いてやりたいくらいだ。


 彼は待っている。


 それではあなたをもっと知りたいわ!系の私の申し出を。


 しかし、私はカーンの頭を叩きたいだけであり、そんな私に召使が追い打ちをかけてきた。


 スフレにアイスクリームを追加してお酒の香りのするシロップをスフレの周りにかけ、なんと、そのシロップに火を放ったのだ。

 アイスは解けないのに青い炎はめらめらと燃え、炎によってスフレの中のチョコもきっと溶けていることだろう。

 ああ、そこに温められたスフレと冷たいアイスクリームが私に蹂躙される事を求めているではないか。

 私は一秒でも早くスフレを食べたいと、ぎゅうっとフォークを握った。


「あら、あら、あなたの髪の毛に火が点いちゃいそうよ。」

「え!」

 ぐいんとカーンは顔を上げ、私と目線を合わせた。

 私はカーンににやっと笑って見せた。

 私はあなたが思っているような妖精さんじゃなくてよ、と伝わるようにお嬢様とは言えない上品とは言えない笑みだ。

「ミモザ。」

 単純にニカっと笑って見せた私に、侯爵様は目を少々見開いている。


「ふふ。ぬいぐるみの時のあなたも、ぬいぐるみを脱いだあなたも無個性どころじゃなくってよ。この素敵なスフレをありがとう。私はこのスフレを今すぐ食べてしまいたいの。いいかしら。」


 私は霞を食べているようなお嬢さんではなく、ご飯が大好きな人間なのよと、返事も待たずに待ち焦がれたスフレを口に運んだ。


「ああ、美味しいいい!」


「君が大きくなるのを待っていたかいがあったというものだ。」


 あれ、彼の目元は下品な子供を咎めるどころか、スフレよりも甘そうな笑い皺を作って私に見せている!

 え、私は何か失敗したのか?


「あの頃と同じ悪戯な妖精なままだ!あの頃の君がまだここにいる!」


「だからあの頃は八歳でしょうって。この変態!」


 とうとう叫んじゃった。

 社交界なんかもう知らない!

 もう!この嬉しそうに大笑いする大男をどうしたらいいの!

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