三 初めまして、でいいのよね
あら、残念。
私が期待した、あの日の彼は、私の婚約者では無かったようだ。
彼はヒューと名乗った。
私の心もひゅーと落ち込んだ。
薄いカーキ色の長袖のシャツに濃いカーキ色のスラックスという、私が前世で知っているアメリカの保安官そのものの格好をしている彼は、その服装の通りに保安官だと名乗ったのである。
「部屋までお送りしますよ。ハルベルトの家は完全な男所帯ですからね、客人用の離れを使ってください。荷物はこれだけですか。」
とっても事務的な話し方しかしない彼は、当り前だが私の事も忘れている事だろう。
あの人当たりの良い、あの騎馬兵さんはどこに行ってしまったのか。
いや、単なるおしゃべりな人だったのだろうか。
そうね、あの頃の彼はまだ十代だったもの。
彼は馬に乗せた私に次々とくだらない話をして聞かせ、終には自分の恋人の事まで話してしまったというぐらいだ。
「お久しぶりです。私、あの、迷子になってあなたに助けてもらった覚えがありますけれど、覚えていらっしゃいますかしら?」
ヒューは目に見える程に驚きで仰け反った。
「え、いや、あの、俺の事を知っていましたか?」
あ、物凄く言葉遣いまで砕けてしまっている。
「ええ。あら、別人でいらっしゃったらごめんなさいね。あの、首都星のデビフって街の八年前のお祭りで……。ああ、そうよね。銀河中なんて広すぎますもの。他人の空似ってよくありますものね。ごめんなさい。お忘れになって。」
ところが、ヒューは律義に記憶を遡ってくれているようだ。
腕を組んで、うーんとひとしきり悩むと、腕を解いてぽんと両手を打ち付けた。
「あ、迷子になっていないと言い張ったおしゃまさんだ!」
「まあ、やっぱりあなたでしたのね。お会いできて嬉しいですわ!あの日はお名前も伺っていませんでしたもの。恋人さんのお話ばっかりで。やっぱりご結婚されていたのでしょうか。」
ちょっとドキドキしながら、初対面に近い私からにしてはぶしつけだと思いながら、ここで失恋してしまおうと尋ねていた。
だって、初恋の人が婚約者の部下なのよ!
「い、いや、ご結婚はされてないよ!」
「まあ!お別れになったの?どうして!」
私の口調はかなり強いものになっていた。
もう!
大好きな男性がフリーでいるのに、親に決められた婚約者に媚を売るなんて、私は絶対にできません事よ!
「どうして結婚をされていないの!」
私の剣幕になぜかヒューはあからさまにたじろぎ、イリアはぶっと吹き出した。
姪である私をこよなく可愛がってくれる彼女は、やはり婚約者自ら私を迎えに来なかった事実が許せないのか、ヒューの自己紹介の後に急に不機嫌になってしまったのだ。
でも、彼女はやっぱり私が大事という伯母様だ。
私の幼い頃の話や、この私の剣幕で気が解されたのだろう。
そして私は初対面に近い男性にとっても失礼なことをしていたと、ようやく脳みそがその注意喚起をし始めたのである。
ああいけないと、イリアに子供の頃の話を振って、今までの私を流してしまおうと考えた。
「あ、あの、聞いて!イリア。私はちゃんとグラントさんに言ったのよ。パパとママがはぐれちゃいましたって。私は迷子では無いんですって。」
そう、母はすぐにはぐれる。
まあ素敵と、パレードに入り込んでしまい、そのままパレードの人達に巻き込まれて連れ去られてしまったのだ。
慌てて妻を引き戻そうとした父も一緒に。
ぽかんとした私は、ぐるりと周囲を見回して、警察官の姿を探した。
だが、助けになりそうな警官や警備の人間がいなかった。
しかし、ぐるぐると見回しているうちに、とあるブースでデモンストレーションをしていた騎馬兵の彼と目が合った。
彼はにこりと笑い、私は彼の方へと駆け出していた。
「ねえ、助けて下さる?パパとママがはぐれてしまったのよ。パレードの人達に連れて行かれちゃったの。お祭りの責任者か警備の人はどこかしら?」
ヒューはお道化た様にしてぐるりと目玉を回すと、それは大変だ、と言った。
そして、僕がお連れしますよ、と私に手を差し出したのだ。
「荷物を持ちましょうか?」
あの日と違い、私は彼の差し出した手にときめかなかった。
ときめいてはいけないと思った。
「いえ、大丈夫です。コロコロ鞄だもの。平気です。ああ、早く婚約者さんに会いたいわね。案内してくださいな。」
なぜか彼は少々むっとした顔を見せ、イリアはなぜか低い声でふふふと笑い声を立てた。